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会場は去年と同じだ。体育館とその設備が綺麗でとてもマイナースポーツで使われるとは思えない場所だ。北原さんもこの会場を見て去年のあたしと同じことを言った。
アリーナにはすでにコートが六面設営されていた。上の応援席には各校の横断幕が掲げられている。ただ、観客席にいる人たちはまばらでほとんどが保護者だと思われる。全国大会だというのに、こういうのを見るとやはりマイナースポーツであることを思い出させる。
開会式後すぐにあたしたちの第一試合だ。
そそくさとコートへ移動し、コートのエンドラインにお互いのチームが一列に並んだ。右から明賀先輩、千屋さん、あたし、北原さん、宮成先輩の順だ。宮成先輩は今回も選手として登録されている。
相手の東谷高校は三人。去年も三人だったからたぶん同じメンバーだ。顔は覚えていないが、試合内容は覚えている。二セットともあたしたちが完封した。その雪辱を晴らそうとしているのか、試合開始前にも関わらず、向こうから闘志が伝わってくる。
九時三十分ちょうどに試合開始の笛が吹かれた。一通りお互いのチームが挨拶を交わし、あたしたちは明賀先輩を中心に試合前最後の作戦会議を行った。
「相手は去年完封した相手。それでも油断は禁物よ」
明賀先輩の言葉にあたしは神妙に頷いた。
「あれだけ試合をしてもなおセパタクローをやめなかった強い意志があるわ。リベンジに燃えているはずだから、油断していたら足をすくわれるわよ」
油断のしようがなかった。最後の大会へ意気込む明賀先輩と、常に真剣な千屋さんがいる。あたしも自然と気が引き締まるというものだ。
一回戦は二セットとも相手を一桁台に抑え勝った。続く二回戦も勝ち、二日目へ駒を進めた。
明日、日本一になる。試合会場を出るとき、強く胸に誓った。
二日目は朝九時から試合開始だ。今大会最大の相手である三連覇中の銀渓高校とは最後に当たることになっている。
一試合目はストレート勝ちした。どちらのセットも一〇点台前半に抑えた。昨日一日目の試合は全て一桁だったことを考えると対戦相手のレベルも上がっているが、実情は圧勝だった。
二試合目も同様で、優勝に王手をかけた。
とにかく千屋さんが相手を終始圧倒していた。本気になった千屋さんを止められる人はいないだろう。ただ、千屋さんは、
「三試合目を考えて多少は力をセーブしている」
とこともなげに言ってのけた。
午後一時、優勝を懸けた最後の試合が始まった。コートのエンドラインに全員が並び、主審の笛でネットまで移動し、両チームで握手をする。あたしの目は自然と相手の背番号一の選手に引き寄せられた。
「ずいぶん大きくなったね」
明賀先輩が握手をしながら相手の背番号一の選手に話しかけた。
「茜、親戚の人みたいなこというじゃん」
セパタクローの世界は狭いからか、対戦校に知り合いがいる場合が多いらしい。らしい、というのは明賀先輩がそう言っていたからだ。あたしと北原さんは高校からだし、千屋さんに至ってはああいう性格だから知り合いは全然いない。
「高校に入ってから二〇センチ伸びた。成長期。いいでしょ」
相手の背番号一、つまりキャプテンは身長が一八〇以上はある。今大会で一番大きい。あたしも大きいほうだとは思っていたが、それより一〇センチ以上大きい。昨日試合後に銀渓高校の試合映像を部室で見て動きをたたき込まされた。その映像は宮成先輩の友達が撮ってくれたものだ。映像の中でも大きいと思っていたが、実物を目の当たりにすると迫力はそれ以上だ。
「成長痛とか大変だったんじゃない?」
「全然。他の部からの勧誘断るほうが大変だった」
それだけの身長があれば、バレーボールやバスケットボールなんかからはひっきりなしに声がかかっただろう。それでもセパタクローをやっているのには理由やこだわりがあるはずだ。でも、あたしには関係ない。そう学んだ。
「まあ、楽しくやろうよ、よろしく」
「負ける気なんてないくせに」
明賀先輩の言葉に相手キャプテンはまあね、と涼やかに言って手を振った。その人からは試合前の緊張感が漂っておらず、柔和な笑顔向けられた。かえって不気味だ。
短い作戦会議後、試合開始。サーブ権は相手からで、サーバーは相手キャプテンだ。その身長を活かしアタッカーと思われがちだが、昔からサーバーだったから今もそうなのだろう、とは明賀先輩の説明だ。
相手のトサーとアタッカー二人は千屋さんと同じくらいの身長だが、昨日試合映像を見た千屋さんは、
「そんなに問題にならない」
と堂々と言い切っていたから、大丈夫だろう。
笛が吹かれ、相手キャプテンにサーブのトスが上がった。長い足が持ち上がり、ボールを蹴る。
黄色いなにかがあたしのすぐ左横に飛んできて床にぶつかった。
笛の音でそれがボールで、相手に一点入ったことを知った。
「実際に見るとだいぶ速いわね」
明賀先輩が苦々しい表情を浮かべながら呻いた。
全高校と試合会場が同じなのに、あたしたちは銀渓高校の試合だけ映像でしか見ていなかった。それは銀渓高校があたしたちより必ず先に試合を終えるせいだった。その理由は相手キャプテンの得意技である高速サーブだ。とにかく速く、映像では打ったら打っただけ決まることが多かった。
「阿河さん、狙われているだろうから、なんとか触って。落ちなければどうにでもできるから」
明賀先輩の心強い言葉を信じ、あたしは相手サーブに備えた。
今度もあたしの真横に飛んできた。あたしの動体視力でも捉えきれない。足を差し出すが、空振り、またも相手に一点。
笛が吹かれ、サーブのトスが上がる。セパタクローはサーブ権が三回ずつで交代する。つまり今の相手のサーブ権はこれが最後で、今度はあたしたちがサーブを打つ。
軌道がわずかに低く、ネットに当たった。ラッキー、と思ったのも束の間、勢いがあるからか辛うじてボールがネットを越え、あたしたちのコートに落ちた。
これで0対3。今まで常にリードしてきたが、ここにきて初めて逆の展開となってしまった。それでもあたしたちに焦りはない。まだ序盤だからだ。
「相手サーブは強力ですが、相手のアタッカーはそうでもありません」
千屋さんがあたしと明賀先輩を呼び寄せ、そう言った。
「私がブロックで点を取ったり、チャンスボールへ変えてアタックを決めます。つまりこちらにサーブ権がある間、相手は一点も取れません」
さっきの明賀先輩と同じように、千屋さんの力強い言葉を支えに、サーブ位置についた。
千屋さんの言うことは正しい。でもそれは、相手も同じことを考えているはずだ。つまり、相手にサーブ権がある間、こちらは一点も取れない、ということだ。相手はこの均衡を崩す必要がない。なぜなら相手が先にサーブ権を持っていたからだ。三点ずつ奪い合う場合、相手が先にセットポイントの21に到達してしまう。この均衡はあたしたちが破らないといけない。破る方法は分からないが、簡単に崩す方法は分かる。あたしのサーブミスだ。この均衡はサーブ権のあるチームが三点ずつ奪う前提のもと成り立っている。つまりあたしがミスしたら、と考えて少し震えた。恐れではない、あたしの中に弱気なあたしは存在しない。
笛が吹かれ、千屋さんがあたしにサーブのトスを上げた。最初は嫌々やっていたのに、今は日本一のために力を合わせているから不思議だ。
一番上手い相手キャプテンはコートのど真ん中でずっしりと構えている。そこを避けるようにサーブを打ち込んだ。拾われこそしたものの、千屋さんが有言実行で相手のアタックをブロックし、ようやく一点を返した。
続くあたしのサーブで点を取り、相手アタックをまたも千屋さんがブロックし、3対3の同点とした。
「とりあえず終盤までシーソーゲームに乗ります」
千屋さんの指示にあたしと明賀先輩は頷いた。おそらく千屋さんの頭の中には相手有利の均衡を崩す逆転の方法がすでにあるのだろう。今はそれを信じるだけだ。
相手もあたしもサーブをミスせず、千屋さんも次々とブロックとアタックを決め、18対18となったところであたしたちはタイムを取り、ベンチへ一度戻った。サーブ権は相手だから、このままだと相手が勝ってしまうことになる。
「ここで逆転します」
千屋さんが手早く飲み物を押し込み、あたしと明賀先輩を交互に見やった。
「どうやって? 情けない話だけど、私には手が思いつかないわ」
「簡単な作戦ですが、私が大変になるので終盤まで待ちました。阿河さんが一回もミスしなかったからなんとかなりそうです」
「タイムの時間短いから、もったいぶらず教えて」
あたしがそう言うと、千屋さんは素直に頷いた。
「ではよく聞いてください」
笛が吹かれコートへ戻った。さっきまでと違うのはレシーブ位置だ。明賀先輩はネット際に、あたしはコート左サイドラインから一メートルほど離れた場所に、千屋さんはコートの中央に陣取った。
相手キャプテンはこのフォーメーションに目を丸くしている。相手の気持ちはあたしにもよく分かる。
相手のサーブはたまにネットに引っかかってこちらのコートに落ちることがある。明賀先輩はそれを確実に拾うためにネット際にいる。相手に狙われているあたしは、守備範囲を狭めレシーブできる可能性を最大限に高めた。コートの残りは全て千屋さんがカバーする。レシーブとトスさえ上がれば千屋さんが点を取れるから逆転できる、これが千屋さんの作戦だ。
「千屋さんの負担大きくない?」
あたしが聞くと千屋さんはこともなげに、
「わざわざ私のカバー範囲へは打ってこない、当然でしょ。だから見た目ほどの負担はない」
さっきと言っていることが違うからたぶんこれは強がりだ。あたしがいるのと逆の右サイドラインギリギリにあの速いサーブを打たれたらいくら千屋さんといえど、レシーブできるか怪しい。できるにしても相当体力を削られるはずだ。終盤までシーソーゲームを続けたのもそのためだ。
「阿河さんはむだに高い身体能力でとにかく喰らいついて」
笛が吹かれ相手サーブはやはりあたしに飛んできた。ただ、千屋さんの目論見通りあたしの守備範囲が狭まったお陰で幾分かレシーブができるような気がしてきた。
あたしが左足をボールの前に出すと、辛うじて当たった。ボールはあたしの頭上を越えて後ろへ飛んでいったが、今までと違いボールが繋がった。
千屋さんがボールを追いかけ、一度コート中央へ戻し、明賀先輩が天井近くまで蹴り上げて相手コートへ返した。
その程度では相手に揺さぶりはかけられず、相手のキャプテンがきっちりレシーブをした。それでも構わない。あとは千屋さんがきっちりブロックして逆転できる。明賀先輩が高く返したお陰で千屋さんは悠々とネット際に位置できている。
相手のトサーがネットから2メートルほど離してセンターへトスを上げた。
あたしたちのコート内に当惑が広がる中、相手サーバーが助走をつけ、ジャンプした。一八〇以上の大きな体が飛び、右足を空中で持ち上げた。
まさか、とあたしが構える間もなくボールはエンドラインとサイドラインが交わるギリギリに勢いよく飛び込んだ。
反撃の狼煙をあげるはずだったのに、相手が得点した。このセットは完全に流れが相手に傾いた。
「バレーボールでいうところのバックアタックとジャンプサーブを組み合わせてセパタクローへアレンジしたような攻撃ね」
明賀先輩が相手サーブを初めて生で見たときと同じかそれ以上に苦々しい表情をしていた。
「ちょっとまずいですね」
千屋さんにもわずかに焦りの表情が浮かんでいる。こんな千屋さんは初めて見た。
「相手のサーブから私のアタックへつなげないとまた相手の餌食です」
さっきまでは相手のサーブを相手コートへ返せればそれでよかった。だが状況は一変してしまった。逆転の条件が一気に厳しくなった。
千屋さんの作戦が無効化され、あたしたちは為す術なく21対18で第一セットを落とした。
アリーナにはすでにコートが六面設営されていた。上の応援席には各校の横断幕が掲げられている。ただ、観客席にいる人たちはまばらでほとんどが保護者だと思われる。全国大会だというのに、こういうのを見るとやはりマイナースポーツであることを思い出させる。
開会式後すぐにあたしたちの第一試合だ。
そそくさとコートへ移動し、コートのエンドラインにお互いのチームが一列に並んだ。右から明賀先輩、千屋さん、あたし、北原さん、宮成先輩の順だ。宮成先輩は今回も選手として登録されている。
相手の東谷高校は三人。去年も三人だったからたぶん同じメンバーだ。顔は覚えていないが、試合内容は覚えている。二セットともあたしたちが完封した。その雪辱を晴らそうとしているのか、試合開始前にも関わらず、向こうから闘志が伝わってくる。
九時三十分ちょうどに試合開始の笛が吹かれた。一通りお互いのチームが挨拶を交わし、あたしたちは明賀先輩を中心に試合前最後の作戦会議を行った。
「相手は去年完封した相手。それでも油断は禁物よ」
明賀先輩の言葉にあたしは神妙に頷いた。
「あれだけ試合をしてもなおセパタクローをやめなかった強い意志があるわ。リベンジに燃えているはずだから、油断していたら足をすくわれるわよ」
油断のしようがなかった。最後の大会へ意気込む明賀先輩と、常に真剣な千屋さんがいる。あたしも自然と気が引き締まるというものだ。
一回戦は二セットとも相手を一桁台に抑え勝った。続く二回戦も勝ち、二日目へ駒を進めた。
明日、日本一になる。試合会場を出るとき、強く胸に誓った。
二日目は朝九時から試合開始だ。今大会最大の相手である三連覇中の銀渓高校とは最後に当たることになっている。
一試合目はストレート勝ちした。どちらのセットも一〇点台前半に抑えた。昨日一日目の試合は全て一桁だったことを考えると対戦相手のレベルも上がっているが、実情は圧勝だった。
二試合目も同様で、優勝に王手をかけた。
とにかく千屋さんが相手を終始圧倒していた。本気になった千屋さんを止められる人はいないだろう。ただ、千屋さんは、
「三試合目を考えて多少は力をセーブしている」
とこともなげに言ってのけた。
午後一時、優勝を懸けた最後の試合が始まった。コートのエンドラインに全員が並び、主審の笛でネットまで移動し、両チームで握手をする。あたしの目は自然と相手の背番号一の選手に引き寄せられた。
「ずいぶん大きくなったね」
明賀先輩が握手をしながら相手の背番号一の選手に話しかけた。
「茜、親戚の人みたいなこというじゃん」
セパタクローの世界は狭いからか、対戦校に知り合いがいる場合が多いらしい。らしい、というのは明賀先輩がそう言っていたからだ。あたしと北原さんは高校からだし、千屋さんに至ってはああいう性格だから知り合いは全然いない。
「高校に入ってから二〇センチ伸びた。成長期。いいでしょ」
相手の背番号一、つまりキャプテンは身長が一八〇以上はある。今大会で一番大きい。あたしも大きいほうだとは思っていたが、それより一〇センチ以上大きい。昨日試合後に銀渓高校の試合映像を部室で見て動きをたたき込まされた。その映像は宮成先輩の友達が撮ってくれたものだ。映像の中でも大きいと思っていたが、実物を目の当たりにすると迫力はそれ以上だ。
「成長痛とか大変だったんじゃない?」
「全然。他の部からの勧誘断るほうが大変だった」
それだけの身長があれば、バレーボールやバスケットボールなんかからはひっきりなしに声がかかっただろう。それでもセパタクローをやっているのには理由やこだわりがあるはずだ。でも、あたしには関係ない。そう学んだ。
「まあ、楽しくやろうよ、よろしく」
「負ける気なんてないくせに」
明賀先輩の言葉に相手キャプテンはまあね、と涼やかに言って手を振った。その人からは試合前の緊張感が漂っておらず、柔和な笑顔向けられた。かえって不気味だ。
短い作戦会議後、試合開始。サーブ権は相手からで、サーバーは相手キャプテンだ。その身長を活かしアタッカーと思われがちだが、昔からサーバーだったから今もそうなのだろう、とは明賀先輩の説明だ。
相手のトサーとアタッカー二人は千屋さんと同じくらいの身長だが、昨日試合映像を見た千屋さんは、
「そんなに問題にならない」
と堂々と言い切っていたから、大丈夫だろう。
笛が吹かれ、相手キャプテンにサーブのトスが上がった。長い足が持ち上がり、ボールを蹴る。
黄色いなにかがあたしのすぐ左横に飛んできて床にぶつかった。
笛の音でそれがボールで、相手に一点入ったことを知った。
「実際に見るとだいぶ速いわね」
明賀先輩が苦々しい表情を浮かべながら呻いた。
全高校と試合会場が同じなのに、あたしたちは銀渓高校の試合だけ映像でしか見ていなかった。それは銀渓高校があたしたちより必ず先に試合を終えるせいだった。その理由は相手キャプテンの得意技である高速サーブだ。とにかく速く、映像では打ったら打っただけ決まることが多かった。
「阿河さん、狙われているだろうから、なんとか触って。落ちなければどうにでもできるから」
明賀先輩の心強い言葉を信じ、あたしは相手サーブに備えた。
今度もあたしの真横に飛んできた。あたしの動体視力でも捉えきれない。足を差し出すが、空振り、またも相手に一点。
笛が吹かれ、サーブのトスが上がる。セパタクローはサーブ権が三回ずつで交代する。つまり今の相手のサーブ権はこれが最後で、今度はあたしたちがサーブを打つ。
軌道がわずかに低く、ネットに当たった。ラッキー、と思ったのも束の間、勢いがあるからか辛うじてボールがネットを越え、あたしたちのコートに落ちた。
これで0対3。今まで常にリードしてきたが、ここにきて初めて逆の展開となってしまった。それでもあたしたちに焦りはない。まだ序盤だからだ。
「相手サーブは強力ですが、相手のアタッカーはそうでもありません」
千屋さんがあたしと明賀先輩を呼び寄せ、そう言った。
「私がブロックで点を取ったり、チャンスボールへ変えてアタックを決めます。つまりこちらにサーブ権がある間、相手は一点も取れません」
さっきの明賀先輩と同じように、千屋さんの力強い言葉を支えに、サーブ位置についた。
千屋さんの言うことは正しい。でもそれは、相手も同じことを考えているはずだ。つまり、相手にサーブ権がある間、こちらは一点も取れない、ということだ。相手はこの均衡を崩す必要がない。なぜなら相手が先にサーブ権を持っていたからだ。三点ずつ奪い合う場合、相手が先にセットポイントの21に到達してしまう。この均衡はあたしたちが破らないといけない。破る方法は分からないが、簡単に崩す方法は分かる。あたしのサーブミスだ。この均衡はサーブ権のあるチームが三点ずつ奪う前提のもと成り立っている。つまりあたしがミスしたら、と考えて少し震えた。恐れではない、あたしの中に弱気なあたしは存在しない。
笛が吹かれ、千屋さんがあたしにサーブのトスを上げた。最初は嫌々やっていたのに、今は日本一のために力を合わせているから不思議だ。
一番上手い相手キャプテンはコートのど真ん中でずっしりと構えている。そこを避けるようにサーブを打ち込んだ。拾われこそしたものの、千屋さんが有言実行で相手のアタックをブロックし、ようやく一点を返した。
続くあたしのサーブで点を取り、相手アタックをまたも千屋さんがブロックし、3対3の同点とした。
「とりあえず終盤までシーソーゲームに乗ります」
千屋さんの指示にあたしと明賀先輩は頷いた。おそらく千屋さんの頭の中には相手有利の均衡を崩す逆転の方法がすでにあるのだろう。今はそれを信じるだけだ。
相手もあたしもサーブをミスせず、千屋さんも次々とブロックとアタックを決め、18対18となったところであたしたちはタイムを取り、ベンチへ一度戻った。サーブ権は相手だから、このままだと相手が勝ってしまうことになる。
「ここで逆転します」
千屋さんが手早く飲み物を押し込み、あたしと明賀先輩を交互に見やった。
「どうやって? 情けない話だけど、私には手が思いつかないわ」
「簡単な作戦ですが、私が大変になるので終盤まで待ちました。阿河さんが一回もミスしなかったからなんとかなりそうです」
「タイムの時間短いから、もったいぶらず教えて」
あたしがそう言うと、千屋さんは素直に頷いた。
「ではよく聞いてください」
笛が吹かれコートへ戻った。さっきまでと違うのはレシーブ位置だ。明賀先輩はネット際に、あたしはコート左サイドラインから一メートルほど離れた場所に、千屋さんはコートの中央に陣取った。
相手キャプテンはこのフォーメーションに目を丸くしている。相手の気持ちはあたしにもよく分かる。
相手のサーブはたまにネットに引っかかってこちらのコートに落ちることがある。明賀先輩はそれを確実に拾うためにネット際にいる。相手に狙われているあたしは、守備範囲を狭めレシーブできる可能性を最大限に高めた。コートの残りは全て千屋さんがカバーする。レシーブとトスさえ上がれば千屋さんが点を取れるから逆転できる、これが千屋さんの作戦だ。
「千屋さんの負担大きくない?」
あたしが聞くと千屋さんはこともなげに、
「わざわざ私のカバー範囲へは打ってこない、当然でしょ。だから見た目ほどの負担はない」
さっきと言っていることが違うからたぶんこれは強がりだ。あたしがいるのと逆の右サイドラインギリギリにあの速いサーブを打たれたらいくら千屋さんといえど、レシーブできるか怪しい。できるにしても相当体力を削られるはずだ。終盤までシーソーゲームを続けたのもそのためだ。
「阿河さんはむだに高い身体能力でとにかく喰らいついて」
笛が吹かれ相手サーブはやはりあたしに飛んできた。ただ、千屋さんの目論見通りあたしの守備範囲が狭まったお陰で幾分かレシーブができるような気がしてきた。
あたしが左足をボールの前に出すと、辛うじて当たった。ボールはあたしの頭上を越えて後ろへ飛んでいったが、今までと違いボールが繋がった。
千屋さんがボールを追いかけ、一度コート中央へ戻し、明賀先輩が天井近くまで蹴り上げて相手コートへ返した。
その程度では相手に揺さぶりはかけられず、相手のキャプテンがきっちりレシーブをした。それでも構わない。あとは千屋さんがきっちりブロックして逆転できる。明賀先輩が高く返したお陰で千屋さんは悠々とネット際に位置できている。
相手のトサーがネットから2メートルほど離してセンターへトスを上げた。
あたしたちのコート内に当惑が広がる中、相手サーバーが助走をつけ、ジャンプした。一八〇以上の大きな体が飛び、右足を空中で持ち上げた。
まさか、とあたしが構える間もなくボールはエンドラインとサイドラインが交わるギリギリに勢いよく飛び込んだ。
反撃の狼煙をあげるはずだったのに、相手が得点した。このセットは完全に流れが相手に傾いた。
「バレーボールでいうところのバックアタックとジャンプサーブを組み合わせてセパタクローへアレンジしたような攻撃ね」
明賀先輩が相手サーブを初めて生で見たときと同じかそれ以上に苦々しい表情をしていた。
「ちょっとまずいですね」
千屋さんにもわずかに焦りの表情が浮かんでいる。こんな千屋さんは初めて見た。
「相手のサーブから私のアタックへつなげないとまた相手の餌食です」
さっきまでは相手のサーブを相手コートへ返せればそれでよかった。だが状況は一変してしまった。逆転の条件が一気に厳しくなった。
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