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いい加減なことを言ってはいけない

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私は高校の同級生の次美と沙世と一緒にファミレスでだべっていた。

恋バナやら学校の話やらで盛り上がっていたが、次美が急に小声で言い始めた。

「そう言えばさぁ、紀久子って、どうなったのかな?ニュースでもやってたよ」

沙世が呆れた顔で言った。

「ああ、何であんなに大袈裟なのかねぇ……彼女って、色んな男と付き合っていたみたいだし、夜の世界にも足を突っ込んでいたって話だから、まぁ、何が起きても不思議じゃないよね」

私はたしなめるように言った。

「あまりいい加減なことは言わない方がいいわよ。紀久子はああ見えて根は真面目だったし、男と付き合っていたと言っても、恋愛関係じゃなくて、単に遊び友だちだったとか、紀久子は頭が良かったから、勉強を教えてあげてたとか、不純じゃなかったみたいよ。あなたたち、知らなかったの?」

次美がドリンクバーのオレンジジュースを飲み干すと、肩をすくめて、言った。

「全然……だってさ、彼女、体、売ってたって噂よ。ホテルから見知らぬ男と出て来たのを誰かが見たらしいし、真面目だなんて思えないわ」

私はため息をついた。

「だから、いい加減なことを言っては駄目よ。私、紀久子が放課後、授業で分からなかったところを先生に教えて貰っていたところを見たし……」

すると、沙世がさえぎった。

「勉強熱心だからって、正しい生活を送っていたとは限らないんじゃない?……そう、それで思い出したんだけど、私さ、彼女が知らないおじさんと手を繋いでカラオケに入って行ったのを見たことあるのよ」

次美はドリンクバーで新たにくんで飲んでいたウーロン茶を吹き出しそうになった。

「凄いね!でもさ、ラブホじゃなくて、本当にカラオケだったの?そっか、カラオケで盛り上がって、ラブホで頑張っちゃったってパターンかな?」

私はまたたしなめた。

「またいい加減なこと言って……紀久子って、そんなに目立つタイプじゃなかったから、別人と間違えたんじゃないの?私も知り合いかと思ったら、関係ない人だったってことがあったしね」

沙世は天井を見上げて、そうなかぁ?と言いたげな顔をしながら、ドリンクバーコーナーに向かった。

すると、次美のスマホからメールの着信音が鳴った。

沙世が戻って来ると、メールを読み終えた次美が私と沙世に手を合わせながら言った。

「ごめん、彼が会いたいそうでさ。普段は部活で忙しいから、なかなか時間がつくれないんだ……また今度、カラオケにでも行こう?」

私は頷いたが、また沙世が言い出した。

「カラオケかぁ……今度は紀久子がおじさんと出て来るのを見ちゃったりして」

全く、しょうがないなぁと思いながら、私は口を開いた。

「またいい加減なこと言って!見間違いよ」

私が言い終わると次美が真面目な顔で言った。

「いずれにしてもさ、彼女、早く見つかればいいわね」

そして、スマホの時計を見るや否や、大変だわと言って、次美は謝りながら、彼氏に会いに行ったので、私と沙世は帰路についた。

帰宅すると、お母さんにただいまと言って、すぐ二階の部屋に駆け上がって行った。

そして、ドアを閉めると、大きくため息をついた。

「全く、次美も沙世もいい加減なことばかり言って、困るわね。ねぇ、紀久子……」

そう言って、私はある男性を巡って三角関係になっていた紀久子の様子を伺うべく、押し入れを開けた。

すると、そこにいるはずの紀久子がいなかった……私が絞め殺したはずの彼女の姿はこつ然と消えていたのだ。

昨日、私の家に遊びに来た紀久子とある男性のことで口論になって、思い切り頭を殴ると、血を流して倒れてしまい、動かなくなってしまった。

私はどうしようと思っていると、ムクムクと起き上がった紀久子は殺してやると叫んで、向かって来た。

私は怖くなり、やめて!と叫んだが、紀久子は血だらけの顔で私の首を両手でつかみ、強く絞めて来たので、足を絡めて、つまづかせ、仰向けに押し倒した。

そして、たまたま目の前の床に置いてあった延長コードを紀久子の首に巻き付けて、力を振り絞り、思い切り絞めると、徐々に真っ赤な顔から生気が消え失せて行き、ぐったりとなってしまったので、とにかくどこかに隠さないといけないと思い、無理矢理押し入れに押し込んだはずだったのだが……。

それで、次美と沙世に相談に乗って貰おうとしたのだが、結局、何も言えなかった。

私は焦って、とにかくお母さんには打ち明けようと降りて行くと、お母さんはお風呂掃除をしていた。

「……お母さん、掃除は後にして、話を聞いてくれない?」

すると、汗まみれのお母さんは私の方を向いた。

「見れば分かるでしょ……掃除だなんていい加減なことを言っては駄目よ。あなたの部屋で掃除機をかけてたら、押し入れから紀久子ちゃんが出て来て、びっくりしたわよ。しかも息してないじゃない。あなたと何か一悶着あったんだとすぐに察したわ。だから、母親として当然のことをしているまでよ……さっ、お父さんが帰って来るまでに終えないとね」

私はお母さんを見て、なるほど、そういうことかと思って、ホッとした。

「お母さん、サンキューね……じゃ、私も手伝うね」

そう言って、汗だけで無く、赤い液体を服に沢山つけながら、ノコギリで紀久子を解体しているお母さんに感謝しつつ、私は黒いポリ袋を取りに、足早に台所へ向かった。

お母さんがいなくても、何とかなったかなぁ……いや、それは無い、絶対に有り得ないはずだ。

お母さんの優しさに対して、軽々しくいい加減なことを言ってはいけないと、私は自分に言い聞かせたのだった。


(*Prologueに投稿したものを加筆など、修正し、再投稿したものです)
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