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番外編
国王選定の儀 ウェジエ×フェシス編①
しおりを挟む「ご無事でのご帰還をお待ちしております」
傍らに立つフェシスはウェジエに向かって恭しく頭を下げた。
「うん、行って来る。帰還までの間よろしく頼む」
ウェジエはフェシスの顔を真っ直ぐに見詰め、にこりと笑った。
部屋では大勢の人々に見守られ、そして魔導師たちが発動した魔法陣が足元に輝く。紫色に輝く魔法陣はウェジエの足元を明るく照らし、そしてひと際大きく輝くとウェジエを光の膜で包み込んだ……。
国王選定の儀。ウェジエは自身の運命の相手の元へと導かれて行った――――はずだった。
『ドサッ』と、音を立て落ちたウェジエが落ちた場所、それは――――
「は?」
腰を打ち付け痛みに耐えながら顔を上げるとそこには見慣れた顔ぶれが……。目の前には驚き目を見開いたフェシス。そして、同様に驚いた顔をしている周りの人々。
「え?」
ウェジエとフェシスはお互い顔を見詰め合ったまま固まった。
「「え?」」
シーン、と部屋のなかは静まり返り、皆が思考停止しているとフェシスが戸惑いながらも口を開いた。
「あー……おかえり?」
「えっと……うん、た、ただいま……ハハ」
ウェジエは頭を掻きながら立ち上がる。どう言葉にしたらいいのか分からないといった戸惑った表情のまま、目が泳ぎつつ話し出す。
「えっと……これは……つまり……フェシスが俺の相手……ってことか、な?」
運命の相手へと導かれるはずの転移の魔法陣。そこから転移したはずが、導かれた場所は出発したところと同じ場所だった。その理由は運命の相手がそこにいるから。魔法陣が失敗したといった話は今まで聞いたことがない。だからこそ疑いようもないのだが、しかし、幼馴染であり、側近でもあるフェシスが相手だとはまさか思うはずもなく。つい目の前にいる『運命の相手』に疑問の目を向けてしまう。
そもそも『運命の相手』とめぐり逢ったときにその場で『運命の相手』なのだと分かるものなのか。それはどのように感じるものなのか、どうやって運命だと分かるものなのか、それは分からなかった。ひとによって違うものなのかもしれないため、そういったものは伝えられて来なかったのかもしれない。ただ、結ばれたときに帰還し、『誓約の証』が胸に刻まれる、といったことだけしか伝聞されていなかった。
そのためウェジエもまさか自身の一番身近な人間であるフェシスが『運命の相手』だとは思わず、にわかには信じられなかったのだ。
恐る恐るフェシスに視線を向けると、フェシスも俯き困ったような顔をしていたが、そろりと視線をウェジエへと向ける。バチッとお互いの視線がぶつかり、ウェジエはギクリと身体が強張り、そしてフェシスは目を見開いたかと思うと、みるみるうちに顔が真っ赤に染まっていく。
「え?」
予想外の反応にウェジエは戸惑いつつ、そんなフェシスの表情を見たことがなかったため興味を持った。いつもは冷静沈着で無表情。だからといって冷たい人間ではないし、いつもウェジエのことを考え支えてくれる良き兄、良き友人でもあり、そして側近でもあるフェシス。そんなフェシスの表情がこんなにも崩れるところを見たことがない。そのことに高揚する自分がいることに気付く。
フェシスは真っ赤な顔のまま、目が泳ぎサッと視線を逸らした。ウェジエはフェシスに歩み寄り、顔を覗き込む。フェシスがギクリと身体を震わせたのが分かり、ウェジエはなにやらゾワリと背徳感を覚える。フェシスはさらに顔を背け、片手でウェジエを制止させた。
「す、すまない、わ、私がウェジエの相手ということは理解した……理解はしたが……ちょっと待ってくれ……少し時間が欲しい……」
「え、あ、うん……そ、そうだよな! うん! 俺も戸惑ってるし、考える時間も欲しいよな! うんうん! しっかりと考えてくれ!」
さらに覗き込もうとしていたウェジエはバッと姿勢を正し、慌ててフェシスの言葉を肯定した。
「すまない……」
小さく謝罪の言葉を口にするとフェシスは顔を背けたまま、踵を返し部屋を後にした。周りにいた人々はざわざわと皆が小声で耳打ちし合い、ウェジエはそんな皆の視線が突き刺さり深い溜め息を吐いた。
それからというもの、フェシスは側近としての仕事を休み、丸一日部屋へと閉じこもってしまった。側近となってからは今までウェジエの傍を離れたことはなかった。幼馴染として比較的常に一緒にいることは多かったが、側近となってからは毎日共に過ごしていた。それなのに初めてウェジエの傍を離れてまでフェシスは部屋に籠ってしまい、全く姿を現さない。ウェジエは若干の不安を覚え、フェシスの部屋までやって来た。
「フェシス……その……大丈夫か?」
扉を叩き、おずおずと部屋へ向かって声を掛ける。シーンと静まり返った部屋からは物音もせず、溜め息を吐き頭をガシガシと掻く。そしてもう一度小さく溜め息を吐くと、踵を返し部屋の前から去ろうとした。その瞬間ガチャリと音がしたかと思うと、腕を掴まれ引っ張られる。扉を確認する間もなく腕は引かれ、思わずよろけそうになりながら部屋のなかへと引き摺り込まれた。
「うおっ、こ、こける!」
引っ張り込まれたと同時に掴まれていた腕から手は離れ、扉を閉じる音がする。扉に目をやると、扉を背に俯くフェシスが立ち尽くしていた。フェシスは俯いたままで表情は見えない。
「フェ、フェシス……」
明らかにいつもと違う様子のフェシスにどう声を掛けたら良いのか分からない。ウェジエは恐る恐る声を掛けながら歩み寄る。
『運命の相手』という予期せぬ事態に戸惑う気持ちはよく分かる。ウェジエですら戸惑ったことに間違いはないのだ。しかし、ウェジエはすでに覚悟を決めていた。運命の相手を見付けるために旅立とうとしていたウェジエは相手が誰だろうと受け入れる覚悟をしていたからだ。それが相手はフェシスだった。戸惑いこそすれ、今までずっと傍にいた相手であり、一番親しい相手でもある。気心しれた相手であるフェシスを拒む理由などない。それどころか驚き羞恥で顔を染めたフェシスの姿に高揚した自分に気付いた。だからこそウェジエはフェシスが『運命の相手』だと理解した。
しかし、フェシスはどうだろうか。フェシスにしてみれば予期せぬ事態だ。まさか自分が選ばれるなどとは夢にも思っていなかっただろう。それが分かるからこそウェジエはフェシスにどういった態度を取れば良いのかが分からなかった。
ウェジエは俯くフェシスの目の前まで歩み寄ると、フェシスの手をそっと取った。ビクッと身体を震わせたフェシスは無言のまま。ひやりと冷たいフェシスの手を優しく包み、親指ですりっと手の甲を撫でる。
「フェシス」
もう一度そっと声を掛けると、フェシスは少し顔を上げ、上目遣いにウェジエを見た。眼鏡の奥に見えるその瞳は少し潤んでいるかのように艶やかで、ほんのりと頬が赤く染まっている。
ウェジエはそんなフェシスの姿にドキリと心臓が跳ねた。今まで見たことがないようなフェシスの表情。冷静沈着な普段とはあまりに違う顔。一気に己の顔に熱が集まるのに気付いた。
フェシスはなにも言葉にしないまま、ウェジエの手をグッと握り返したかと思うと、ウェジエの手を引いた。
「!?」
引かれた勢いでウェジエはフェシスに寄り掛かり、フェシスはウェジエの手を掴んでいた手と反対側の手でウェジエの首元にしがみついたかと思うと唇を重ねた。
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