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第3章 大貴族の乗っ取り作戦

【第27話】 見張り

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 「っふぁ…いい加減、見張りも飽きてきたわ」
 「こらカーラ、欠伸なんかするな」
 「でもよぉ、俺は気持ちがわかるぜ。
 どうせ貴族の邸宅を襲うような間抜けなんか現れねぇぜ」
 カーラの勤務怠慢を注意したエンブリオに、ヤブガラシは人通りが少ない大通りを見つめたまま話を続ける。
 邸宅の出入口に面しているとはいえ、馬車で訪れる貴族も移動をする貴族たちも見かけなくなって大分経つ。
 ハルマン・ハーバーの誕生日パーティーは、お開きに近づいているようだ。暗くなった通りを歩く者もいない。
 白煙の三人が整備された代り映えのしない風景を見て、もう一時間以上が経っている。
 ヤブガラシとカーラは気慣れない燕尾服がむずがゆいのか、早々に第三ボタンまで外してしまった。
 「そういうな、これも仕事なのだから。
 それに、報酬が良いから受けたいって言ったのはお前だろ」
 「それは…そうだけどよ…」
 「カーラもだ」
 「は~い…」
 「そろそろ報告の時間だな、行くぞ」
 「やっとかよぉ…っと、スマン」
 「……休憩が終わったら夜の警備もあるんだ、気を引き締めろ」
 キッと睨まれてヤブガラシが小さく謝る。
 他の護衛班が到着したのを見ると、エンブリオは「異常なし」とだけ伝えた。
 三人は交代のため長方形の形をした邸宅の周りを歩き始め、休憩室がある裏通りへと歩き始めた。
 途中でパトロール中の他の護衛に会釈をするが、一時的な雇われではなく長年ハーバー家に仕えている彼らは、不愛想に見てみぬふりをするだけだった。
 冒険者風情に挨拶をする必要もないと思っているのだろう。
 身なりもどこか小綺麗で、それがカーラとヤブガラシは余計に癪に障る。
 「何だあいつ…」
 「挨拶くらいしろってのよ…」
 「お前らがお喋りしてたのが気に入らないんだろ」
 角を曲がった瞬間にぼやく二人だが、三人はこうした扱いも慣れていた。
 主人程ではなくても、彼らは貴族に使えているだけ地位が高い。
 同じ給料を得ていても、たとえそれ以上でも、危険に身を晒している冒険者はこうして見下されることがある。
 だが、自分たちが教養や地位とは縁遠いのも事実だった。
 邸宅の側面を見ながら歩くと、メイドが寝泊まりする宿舎の建物が見えてくる。
 「しかし貴族様の邸宅は広いな、ここも敷地なんだろ?」
 「声がでかいぞ」
 「宰相の家なんだから当たり前でしょ、他の家はそうでもないわよ」
 「お前らなぁ…」

 (やっぱり、貴族からの依頼なんて受けない方が良かったか…?)

 長方形の邸宅は、地方なら村丸々一つ分、他の貴族の邸宅でも数軒分が入る広さはあった。
 さすがに召使用の建物は年季が入っており壁もくすんだ生成り色で塗られているが、数十人は住んでいるのではないかとエンブリオは思う。
 ただ、貴族とはいえ華やかな生活をするだけならこれだけの人数は不要に見える。
 それを大きな声で喋る二人に、エンブリオはこの依頼を受けるべきではなかったかと後悔する。
 「そうなのか?エンブリオの家はどうなんだ?」
 「俺は……別に普通の家だよ」
 「普通って?だって貴族なんだろ?」
 「いや…」
 普段は聞きにくいことだからこそ、二人はここぞとばかりに突っ込んでくる。
 言葉を濁してもしつこく切り込むヤブガラシに、エンブリオはどうにか逃れる方法はないかと探る。
 だがカーラまで目で尋ねてくる上に、このまま放置して仲間にハーバー家と同じ暮らしをしていると思われるのは絶対に避けたかった。
 三人の前を歩きながら、自分が踏みつけた砂利を見て一気に答える。
 「…俺のところはメイドが三人しかいなかった。
 それも、母親が早くに亡くなったからだ」
 「あ…そ、そうなのか…スマン」
 「別にいいさ」
 ヤブガラシは小骨を飲み込んだ時のように顔をしかめて、すぐに謝罪した。
 いつも通りの軽い言い方でも、長く共に過ごしてきたエンブリオには込められている誠意が伝わる。
 緊張していた空気がふっと緩んだ。
 カーラは初めて語られたエンブリオの出自に、思わず足を止めた。
 すぐに歩き出すが、自分が直接的に聞いたわけでなくとも、エンブリオに無理に言わせたことに罪悪を感じる。

 (生まれの母親って、どんな感じかわからないけど…
 でも、エンブリオのこんなに悲しそうな顔を見るのは初めてだ)

 「私も…ごめん」
 「いや、いいよ。結局、俺は家を出たわけだし」
 角を曲がると、裏通りに面した裏口が見える。
 裏口といっても鉄門は馬車を通すことのできる大きさと、見られても恥ずかしくないだけの装飾が施されている。
 さらにその門の前には、別の冒険者による護衛がいる。
 燕尾服ではなく燕尾服と同じダークスーツを着て立つ三人組は、角を曲がる前からエンブリオたちの気配に気づいて顔を向けていた。
 真ん中の女性を挟むようにして立つ二人の頭からは、兎の耳と猫の耳が生えている。
 この国では珍しい獣人族だとカーラが思う間に、ヤブガラシが考えなしに手を挙げて挨拶をする。
 「よぉ、報告をしに来たぜ」
 「お疲れ様です、何かありましたか?」
 「なーんにも、そっちは?」
 「こちらも問題はないですね、今開けますね」
 気さくな会話をしているが、彼女とヤブガラシは初対面だ。
 両脇の兎人族の男性と猫人族の女性は、ヤブガラシの挨拶に警戒するように顔をしかめた。
 だが真ん中に立っていた褐色肌に銀髪の若い女性は爽やかな受け答えをすると、扉の錠に鍵を差し込む。
 無意識だろうがその間に視線が自分たちの武器の位置を確認するように動いたのを、野伏のカーラは見逃さなかった。
 相当な手練れだ。兎人族の男性は立ち上がった白い耳の内側と同じ色の瞳でヤブガラシを瞬きもせずに見つめ、その間猫人族の女性は耳を左右に動かしながら道の反対側を見ている。
 その背中を見ていたカーラは、彼女のミッドナイトブルーの髪の間から左右に揺れる長い尻尾を見て気づいた。
 彼らが用意された燕尾服ではなく、自前のスーツを着ている理由がわかる。
 「お待たせしました、中にどうぞ…って、すみません。
 ウチのものがジロジロと」
 開錠した扉を開いた女性が、ヤブガラシをガン見する兎人族の男性の腕を引っ張った。
 兎人族の習性なのか、それとも人間の見た目で巨大なヤブガラシが珍しいのか。
 凝視されても機嫌よく笑うヤブガラシはヤブガラシで、それくらい慣れていると笑った。
 彼もまたその耳を上から見ていたのだから、お互い様でもある。
 だが、エンブリオは同じようにカーラの腕を引っ張る。
 「いや気にしないでくれ、こちらもすまない」
 「…あ」
 そこで、カーラは自分も不躾に猫人族のことを見ていたとはっとする。
 視線を上げると、顔だけふり返った女性の不機嫌そうな菜の花色の瞳が目に入る。
 みるみる顔が赤くなり、カーラは謝罪の言葉も出なかった。
 後にクルトと名乗った銀髪の女性はエンブリオと顔を見合わせると、お互い困ったように笑った。
 「良くない癖だぞ、相手を観察しすぎだ」
 「ごめん…」
 「ははは!
 まぁ、後で謝っておけば大丈夫だ!」
 「うぅ…」
 裏門から通されて南棟の角部屋に入った三人は、案内する執事について廊下を進んでいく。
 赤面した顔を両手で挟んで後悔を口にするカーラと励ますヤブガラシだったが、再度エンブリオに睨まれて黙った。
 三人が歩いているのは南棟に暮らす執事たちの共有部分で、舞踏会の演奏も喧噪も聞こえてこない。
 だが代わりに、冒険者が話す声が休憩の部屋から漏れていた。
 三人の予想通り、執事はその部屋の扉を開く。
 「あははは!お前まじかよ…っと」
 「こちらでお休みください」
 「…ありがとうございます」
 「…どうも」
 「……」
 さすがのヤブガラシも、挨拶一つしなかった。
 報告を終えた三人は、夜の見張りまでしばらくは休憩することになっている。 
 用意された部屋には、先客として五人組の冒険者がいた。
 だが机の上に用意された軽食は食い散らかされ、床には空瓶や食べ終えた果物のヘタや読み終えた新聞が散乱している。
 彼らは三人と執事を見ると慌てて押し黙ったが、執事は何も注意することもなくすぐに部屋を出ていった。
 「……交代しなくていいのか?」
 「あー、まだ五分あるからな」
 エンブリオの問いに、椅子に座ったスキンヘッドの男が答える。
 隣で立ちながら犬食いで肉を頬張っている男に、エンブリオは眉をひそめた。
 男は目の下に何重もの皺があり、ゴブリンのように飛び出た瞳でカーラの顔を見るとそのまま下へと視線を移動した。
 カーラが腕を組むと男は小悪魔のように大きな口でニヤリと笑い、カーラもエンブリオも薄気味悪さに鳥肌が立つのを感じた。
 彼らは昼間冒険者組合で美女に絡んでいた輩と五人組に雰囲気こそ似ていたが、比べ物にならないほど強かった。
 特に椅子で足を広げている顔に火傷跡がある男は、別格だ。
 その時、どこからか女性の悲鳴が聞こえた。
 「いやあぁあ!お許しくださいっ!お許しくださいっ!」
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