プレイヤーキラー~PKギルドの世界征服~

栗金団(くりきんとん)

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小さき者たちの異世界転生

【第0.5話】 ひざ丈種族たち

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 MMORPG「百魔蹂躙」は、金曜日の夜から休日と同じ盛り上がりを見せる。
 この日もログイン直後から急ぎ足でヴァレンタイン広場に向かう小さな影が三つあった。
 「急ぐのじゃ~、ミッション終わっちゃうのじゃ~!」
 「いや抹茶プリンさん!?
 わらわたちは、あなたがフィールドボスを倒しに行きたいっていうから…!」
 先頭を走るのは、黒いおかっぱ頭の少女だった。
 目を惹く朱色の着物には桜の花びらがちりばめられ、屋根を飛び跳ねる足は漆で墨色に輝く小町下駄を履いている。
 童という古風な一人称に似つかわしくない愛らしい見た目は、種族の座敷童から来ているのだろう。
 少女が見下ろすと、裏通りで列の一番後ろを走る抹茶プリンという名の小柄な少女と目が合う。
 短い歩幅で必死に走る後ろ脚の付け根には、山吹色の尻尾がふわふわと揺れている。
 さらに頭の上には同じ色の耳があり、小さな頭蓋に対してアンバランスな大きさが時々左右に向いては戻る。
 また白地に赤紐の巫女装束を見にまとまった姿はどこか神聖な雰囲気があり、モンスターや妖怪とは明らかに種族が異なるとわかる。彼女は魔族でも妖怪族でもない、神族の仙狐だった。
 「じゃってじゃって、ワイリーさんが今日しか出てこないっていうからぁ…!」
 「え、僕のせいだワン?」
 そして仙狐の前を走るのは、手足が鉄紺の毛皮で覆われた少年だ。
 頭の上には仙狐と同じように動物の耳が生えているが、こちらは狼のように大きく丸々とした三角形で、尻尾も細長く手足と同じ毛色をしている。
 魔族の中では吸血鬼と二大人気を誇るケロベロス、その成長途中の姿である狼男だ。
 背丈は仙狐と同じで平均的な成人男性の半分ほどしかなく、完全形態の姿ではないことを示していた。
 だがいずれも、戦闘力の高い西洋モンスターとは別のベクトルで人気がある種族だ。
 三人が目指しているのは、ウィークリーミッションを受けられる串刺し公の居城前である。
 あと数分もすれば、今週分のミッションは受けられなくなる。
 最短距離を走る三人の前に、いくつもの障害物が現れた。
 「さぁ、行くのじゃ!
 …あいたっ!?」
 「抹茶プリンさん!?
 大変だ山田花子!抹茶プリンさんが!
 …っていないワン!?」」
 早速操作を誤って木箱に躓く抹茶プリンに、バク転で煙突塔を飛び越えた狼男のワイリーが声を上げる。
 屋根の上を走る座敷童に助けを求め、降りてきてもらうためだ。
 しかし玄人向けのコースを一度もミスすることなく進んだ座敷童の山田花子は、あっという間に先へ進み既に姿を消していた。
 そうしている間にも抹茶プリンが洗濯用の物干し竿に頭をぶつける。
 ギルドチャットで花子から連絡が入る。

 『ごめん、もうついちゃった』

 「花子あの野郎!…ワン!」
 「うぅ…ワイリーさん、ワシはもういいのじゃ…」
 「何を言っているワン!!
 あと少しで着くのに…ワン」
 「ワシにこのコースはまだ早かったということなのじゃ…」
 「そんな!抹茶プリンさん!」
 手をついて項垂れる抹茶プリンはまだゲームを初めて数か月の新規プレイヤーであり、ベテランプレイヤーの花子のように機敏に動けるわけではない。
 身を持って経験者との能力差を知り、すっかり意気消沈した抹茶プリンの尻尾と尾は地面に着くほど項垂れている。
 不貞腐れて困り眉をさらに下げる様子を見て、ワイリーがどうにか励まそうと口をモゴモゴと動かした。
 だが、タイムリミットまであと2、3分しかない。
 かける言葉が見つからずにいると、抹茶プリンがふいに顔を上げた。
 「…じゃあさ、ワイリぃーさん?」

 「遅いな二人とも…やっぱり童が戻った方が良かったかな…」
 武具の鉄扇を開いて、口元を隠しながら思案する花子。
 既に掲示板の前でミッションを受ける寸前まで来ているのだが、肝心の抹茶プリンとワイリーが来ない。
 追いチャットをしても返信はなく、ウロウロと同じところを回り続けた。
 だが、ふと人込みの間から聞きなれた声がする。
 「花子ちゃ~ん!お待たせなのじゃ~」
 「あ、来た!
 …ん?ワイリー!?」
 「ワフッ!ワウゥ!」
 象より一回り小さな狼が、横道から飛び出して花子の元に向かってくる。
 力強い後脚で地面を蹴り、前脚で人の間に着地することを繰り返して器用に雑踏の中を進む。
 アーモンド形の銀色の瞳と暗闇に同化しそうな黒毛は、どこか見覚えがある。
 変化の術で狼の姿に変化したワイリーだ。
 その背中には抹茶プリンが天真爛漫に跨って、首の毛を手綱のように握りながら手を振っている。
 「えぇ!?それで来たの!?
 大変じゃなかった?」
 「ワシは全然?」
 「クウゥ~~ン……」
 狼の口では人語が喋れないワイリーが、助けを求めるように花子を見つめる。
 背中に人を乗せて移動するとしたら、屋根伝いに来る以上に難易度の高い障害物を避けてくる必要があっただろう。
 慰めようと手を伸ばした花子に、抹茶プリンが「速く!速く!」と急かす。
 時刻が変わるまで、あと数秒のところまで来ている。
 「そうだ!じゃあ行くよ!」
 「ワンッ!」
 「レッツゴーじゃ!」

 『ウィークリーミッション「貌のない猫からの挑戦状」を始めます』

 システムのAI音声を聞いて、抹茶プリンと人の姿に戻ったワイリーが首を傾げる。
 ウィークリーミッションは難易度別にミッションが用意されており、三人はいつも同じミッションを受けている。
 だが、「貌のない猫からの挑戦状」というミッション名は聞いたことがない。
 「ん?
 これ一番難しい奴じゃろ?」 
 「…あ!?
 ごめん!間違えた!!」
 「花子!?何やってんだワン!」
 「え、これどうすりゅっ…あっ、うあっー!」
 言いながら、三人は湧き上がる光に飲み込まれていく。
 手違いで推奨レベルを満たしていないミッションに参加をしたにも関わらず、転移が始まった。
 魔法陣から出ることが出来ずあたふたしている花子と抹茶プリンを横目に、ワイリーは諦めたように空を見上げた。 


 そして、始まりの地に新たに三人のプレイヤーが降り立った。
 「ここ…どこだワン?」
 「変なところに着いちゃったのじゃ…」
 「これもそれも全部花子のせいだワン」
 「わ、童は…童は急いでたんだもん!」
 花子の誤操作からウィークリーミッション「貌のない猫からの挑戦状」を始めてしまった三人だったが、しかし転移したのは田舎の小道のような場所だった。
 責めるような視線を二人から向けられた花子は、素直に謝れず言い訳を始めようとする。
 すかさず、ワイリーがその膨らんだ頬を叩いた。
 「えぇい!素直に認めるワン!」
 「はう!?」
 ぽよん、と音を立てて花子が吹っ飛ぶ。
 ワイリーの手は半獣化によりクッションのような肉球がついており、叩かれても痛みは全くない。
 それでも花子が飛んだのは、本来なら機械的にダメージを受けるはずの身体に、肉球という快感を受けたからだった。
 「ナニコレ柔らかい!柔らかい!?」
 「な、い、今、花子を叩いた感触があったワン…」
 「え?なんじゃなんじゃ?」
 道端の草木に飛び込んだまま困惑する花子と、自分の片手を見つめて固まるワイリーを抹茶プリンは交互に見る。
 そして、自分の嗅覚と聴覚、視覚に映る風景の解像度の高さに気づく。
 まだ冷えた春の空の高さと、そこから滑空するツバメの羽の動き、どこから聞こえる目白の鳴き声。
 花子の身に纏う西陣織の糸の輝き、ワイリーの毛の一本一本が風に揺れる様子。
 それは、ゲーム世界では決してわからないはずのものだった。
 ところが、世界の美しさに対して花子とワイリーの表情は暗かった。
 何故なら彼らはここがどんなところで、何故ここにいるかもまだ知らない。それを見て、抹茶プリンが動いた。
 「実験をするのじゃ!」
 「むにぃー!?」
 「すごいすごぉい!
 ワイリーさんのほっぺ、マシュマロみたいなのじゃ!」
 「童も!童も!
 うわぁ!?
 やわらか~い、ははは!
 見てみて、この顔!」
 「あははは!
 すごい!すごいのじゃ!」
 「はうーぅ!はにゃぁ~~」
 抹茶プリンと花子に両側から頬を握ってつねられて、ワイリーの顔が滑らかに変形する。ゲームでは体感できなかった柔らかな質感と感触、それから痛みで、三人はここが異世界なのだと実感した。女の子相手にワイリーはされるがまま実験台になり、何とも言えない言葉を牙の間からもらす。ようやく二人の小悪魔から解放されると、赤くなった頬に両手を当ててしゃがみこんだ。
 「弄ばれたワン…」
 「ここが異世界転生なのは間違いないみたいだね、あ、設定が開けないや」
 「本当なのじゃ…これってつまり…」
 「……」
 ゲームの中に囚われ、二度と現実には戻れないかもしれない。いくら誤魔化そうと隠せない真実に、抹茶プリンは押し黙った。ワイリーも花子も何も言わず、俯いて続く言葉を待つことしかできない。抹茶プリンが、拳を高く掲げた。
 「もう仕事に行かなくて良いってことなのじゃ!?」
 「良かった~、抹茶プリンさんが社畜で良かった~」
 「ワシ、常々ずっとゲームをして過ごせたらって思っていたのじゃ」
 「あと馬鹿で良かった~」
 「僕も現世に未練はないワン」
 「童も。じゃあ三人似たもの同士だね」
 「じゃあ、これを機に呼び捨てにしないワン?」
 「え、いいのじゃ?この中だとワシが一番の新参者なのじゃ」
 ワイリーの提案に、抹茶プリンが掲げた拳を下げた。お互いに本当の年齢も職業も知らない三人だが、抹茶プリンはゲーム世界でいうならルーキー。基本的な戦闘やルールは理解しているが、まだまだ二人から教わることが多い立場である。一緒にいれば、花子はもちろんワイリーのプレイスキルが高いのは嫌でもわかる。抹茶プリンからすれば二人はゲームの先輩で、先輩の顔で遊んだり気安く背中に乗ったりする態度はともかく、尊称や敬語は尊敬の証だった。だが、その先輩たちは恥ずかし気に目を逸らしていう。
 「あ、実は童も同じこと思ってた…抹茶プリンさん、親しい人にはプリンって呼ばれてるじゃん?あれ、憧れてたんだよね」
 「僕もその、ずっと、さん付けなのが気になったワン…」
 「そっか……そっか!では、これからは花子とワイリーちゃんと呼ぶのじゃ!」
 「童も!プリンって呼ぶね!」
 「ワン!ん?ワイリー…ちゃん?」
 「「「わ~い!わ~い!わ~い!」」」
 共に手を繋いで、グルグルと回り始める三人。背の低さも相まって、まるで子供が遊んでいるようだ。キャッキャウフフとそのまましばらく回って、三人は目を回して近くの草むらに倒れる。現実世界では感じることのない土壌の匂いと新鮮な空気をかぎ、温かな陽光を全身に浴びる。それすらも楽しそうに、彼らは鳥の形をした雲を見上げた。
 「う~~、気持ち悪いワン」
 「ところで、これからどうするのじゃ?」
 「えー、何かやってみたいことある人?」
 「…とりあえず、今日寝るところでも探すワン」
 「ワシはね~、美味しいものが食べたいのじゃ」
 「美味しいもの?」
 「クレープとかアイスとか、そういう甘くておいしいのじゃ。
 ほら、今は味がわかるから」
 「そうか、もしかしたら何か持ってるかも。
 …いや、ミッションに行くからそういうのはボックスに置いてきちゃった」
 べっ、と紅い舌を出して指さすプリン。
 花子はアイテムボックスを開いてめぼしいものがないか探そうとして、手を止めた。
 アイテムボックスがあれば料理をどこかで作って持ち運ぶことはできるが、料理や一部の素材は賞味期限や使用場所の制限があるため普段から持ち歩いているわけではない。
 そういったものは大抵、主要都市にあるボックスの中である。
 つまりボックスの中なら、昔入れた食材があるかもと付け加える。
 「それなら、街で何か買い食いするのも楽しそうだワン」
 「やりたいのじゃ!
 花子、ここから一番近い街はどこじゃ?」
 「えっとね…ここから北東に進んだところに、アーサー王国があるよ。
 そこならボックスもあるし、レストランも多いはず」
 「じゃあ、決まりなのじゃ!」
 「うん!行こう!」
 「レッツゴーだワン!」
 飛び起きたプリンに続いて、ようやく三半規管が元に戻ったワイリーと花子が立ち上がる。
 歩き出した花子はスキップをしており、プリンとワイリーの尻尾は左右に大きく揺れていた。
 三人は新しい世界に胸をときめかせ、目を輝かせていた。
 あえて歩きながら話をして、しばらく道なりに進んでいく。
 「ん?あれはなんだワン?」
 最初にソレに気づいたのは、視力の優れているワイリーだった。
 次にプリンが目を凝らして、最後に花子が近寄ってからようやく気付く。
 見渡す限り人工物のない風景、舗装もされていない道の先になだらかな丘がある。
 その頂上の禿げた部分に大量の血跡が残っていた。
 「これ…血の跡じゃよね?」
 「うん、それもまだ新しいね…
 …ワイリー?あんまりそこ掴まないでね?」
 「うわぁ…ぐろいワン…」
 しゃがみ込んでまじまじと見るプリンと、扇を握って周囲を警戒する花子。
 ワイリーは花子の背中に隠れると、帯に手をかけて血を見ないように顔を隠した。
 着物が崩れるのを嫌がって花子が身体を振っても、頑なに離れようとしない。
 プリンは目をぎゅっと閉じたワイリーに近寄ると、垂れて折れた耳を握ってスクイーズのように触る。
 「何で触るんだワン…うわぁあ…」
 「ワシもこの状況が怖いのじゃ…モンスターの仕業じゃろうか?」
 「怖い…?絶対嘘だワン。
 …あ、そこ気持ちいいワン…」
 無意識にも意識的にも動く耳の付け根にある筋肉を揉まれて、思わず頭を傾けるワイリー。
 花子はワイパーのように左右に動くワイリーの尻尾を膝に受けながら、一体誰の仕業で何の血液なのかを考察する。
 ゲーム世界では、自分たち以外のプレイヤーの痕跡はほとんど残らない。
 そのため他者がいた証拠は不気味なものであり、三人に漠然とした不安を与える。
 「うーん?
 でも手負いのモンスターや獣なら、死体が全く残っていないのは不自然な気も…」
 「なら、きっと猟師が一撃で倒して血抜きをしたのじゃ!」
 「あぁ、それなら仕留めて持ち帰ったのも納得…かも…?
 何かに包んて持って行ったとか…いや、それにしては血液量が多いような」
 「きっと大きな獲物だったのじゃ」
 「えぇ…?
 そうなるのかなぁ…?
 もしかしたら、他のぷれい…」
 「動物!もしくはモンスターじゃ!」
 「そ、そうかな…?」
 「そうじゃ!
 ほら、もう行くのじゃぁ…!」
 「あっ、そこそこっ…ワン…」
 他に血が垂れた跡もなく一か所に血が大量に落ちている異様な光景に、プリンは頑なに動物かモンスターのものだと言い張った。
 証拠がなく強く否定できない花子と、語尾があいまいになり始めるワイリー。
 プリンは二人の手をそれぞれ取ると、現場から離れようと道を逸れて獣道を進み始めた。
 ワイリーは素直についていくが、花子はプリンの行動があまりにも強引だったので、足を踏ん張ろうとする。
 「ちょちょ、もう少し調べてから…」
 「ダメダメ!
 だってせっかくゲームの世界に来たのに!
 気分下がったらつまんないのじゃ!」
 「…抹茶プリンさん」
 「ワシは皆で楽しく過ごしたいのじゃあ…!
 あと敬語…!」
 花子は、プリンの真意に気づいて自分の行動を恥じた。
 彼女は不要な憶測で三人の旅出を見ず知らずの誰かに横やりを入れられることを、この先に影が差すことを避けたがったのだ。
 仮に脅威となる敵がいたとしても、見晴らしは良いこの場よりも、人が多く治安の良い安全なアーサー王国の方が安全だ。
 ならば、犯人がこの近くにいることを考えて早くこの場を離れて最短距離で王国に移動するのが最善だと、プリンは短い時間で判断をした。
 と、花子は解釈する。

 (そうか、ワイリーの耳を撫で回していたのも、ただ狼毛の触感を楽しみたかったからじゃくて…
 気を逸らして怖がらせないようにするための配慮だったんだ…!!)

 「ごめんねプリン!
 童が間違ってたよ!」
 「わかればいいのじゃ!
 さぁ、行くのじゃ!」
 花子の推理は半分正解だったが、半分間違っていた。
 プリンは犯人が戻るとか、アーサー王国が危険だからとか、難しいことは考えていない。
 ただへなっていたワイリーの耳が触りたかったから触っただけであり、あの場から離れたかったからそう言っただけである。
 そして最も大きな理由として、純粋な二人にあの凄惨な事件が、同じギルドにいる人間の仕業だとバレたくなかった。

 (あの丘、血でわかりにくかったけど頂上が不自然に窪んでいたんじゃ…。
 あんな範囲攻撃ができるのは、ワシの知る中ではソーサレスだけなのじゃ)

 雑草もない緑の乏しい丘は、お盆のように沈降していた。
 これは多くのプレイヤーの中でも僅かな人間しか到達できない魔法使いの最上位職、PVPに優れたソーサレスしか出来ない芸当だ。
 顔をしかめたプリンの額から、冷や汗が流れる。
 プリンの後ろで手を引かれる花子とワイリーに、その表情が見えることはなかった。
 「…フォマちゃん」
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