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第3章 大貴族の乗っ取り作戦
【第37話】 NPCの定義
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「カーラ!カーラ!!しっかりしろ!」
「ひぃっ!?
あ…エンブリオ…?」
「良かった…怪我は?歩けるか?」
「う、うん…うわぁ!?」
エンブリオに激しく肩を揺らされ、呆けていたカーラの焦点が戻った。
擦り傷や打撲傷はあるものの、魔法で攻撃を受けているわけでもなく無傷に近い。
エンブリオは、子供の無事を確かめた親のようにカーラを抱擁した。
抱きしめられたカーラは離れようとして、まだ焦げた匂いのする大穴を見て固まる。
奥には交戦していた男たちの死体があり、息を切らしながらヤブガラシが声をかけた。
「あー、悪いがまだここも安全じゃねぇぞ?
敵が上の階に移動しただけで、何も状況は良くなってねぇ」
「…あぁ、すまない。
こうなったら、ハルマン様のところに行くのは無理だ。
俺達だけで行動しよう」
「まさかとは思うが、戦うのか…?あれと…?」
「無理に決まっているだろう。逃げるぞ」
ドラゴンイーターと白煙に限らず、護衛の冒険者の実力に大きな違いはない。
だから、一撃でもスキンヘッドの男と同じ攻撃を受ければ命はない。
仲間の死に際を目の当たりにして、ドラゴンイーターの彼らは戦闘中にも関わらず頭が留守になってしまったようだった。
その隙に彼らを倒したエンブリオとヤブガラシは、そうはなりたくないと廊下を引き返す。
だが、カーラはその階段の先に敵の気配を感じた。
「ま、待って…!誰か上がってくる…!」
「何だとっ!?」
「まさか…っ、こっちだ…!」
エンブリオが近くの部屋を開けた。敵は一人ではない。
そうなれば、階段を上がってきた相手も自分たちを瞬殺する力を持っているのは想像に難くない。
エンブリオは唇に歯を立てた。
敵が複数いる可能性を考えず、あれだけの魔法使いなら一人だろうと安易に考えてしまった。
音を立てずに扉を閉めて、さらに奥の部屋に行く。
「二人とも、こうなったら応戦するしかない。
覚悟を決めるぞ」
「どうやら、護衛を逃がす気はないようだな。
やるしかねぇ」
「わかってる、やろう」
書斎らしき部屋に入ると、前衛としてヤブガラシとエンブリオが前に、後衛としてカーラが後ろに立つ。
嵐の前の静けさのような、肌がひりつくような緊張感が流れた。
敵はまだ階段を上がっているところだろうが、ここに来るのは時間の問題だ。
エンブリオは、何故かカーラが見逃されたのは気まぐれで、次に来る敵は容赦しないという予感があった。
見れば、カーラの肩が震えていた。
「さっきの魔法使い、冒険者組合にいた奴か?」
「え…?う、うん」
「…そうか、お前はわかっていたんだな」
敵が迫っているにも関わらず、エンブリオは他愛ない雑談を始めた。
カーラは戸惑いながら、扉から目を離さずに答える。
真面目過ぎてともすれば四角四面な彼が、このような不行跡を働くのは長く共に過ごしていて初めてのことだった。
ヤブガラシはリーダーの真意を汲み取って、出来るだけ普段通りの明るい声を出す。
「正直、俺はさっぱりだったぞ。
さすが狼娘は違うな」
「その呼び名やめてよ…あれはマスコミのデマだって言ったでしょ」
「でも、森で暮らしてたのは本当なんだろ?」
「うん…親代わりの人がいて、その人と暮らしてたんだ」
カーラも二人の意図に気づき始めていた。
もしかしたら、いや恐らく確実に、もうこんな話はできなくなるだろう。
だから、カーラは今までひた隠しにしてきた過去を口にした。
何より、エンブリオとヤブガラシは人とは違う境遇を馬鹿にする人間ではないのはわかっていた。
「何だよ、親が狼ってのはデマか。
ただ森で暮らしてただけなんだな。何で森を出たんだ?」
「それは、私が病気になって…治療ができなかったから…」
「治療が?」
「金がなかったとか?」
「…まぁ、二人ならいいか。
つまり、その人は狼じゃないけど、でも人間でもなかったんだ」
「人じゃないって…獣人か?」
「近いけど、少し違うかな。
狼みたいな尾と耳はついていたけど…。
私が組合で異変に気づけたのは、あの魔法使いがその人とどこか同じ雰囲気を漂わせていたからなんだ」
「…よくわからんな。どんな種族なんだ?」
「わからない。
ただその人は、自分のことをプレイヤーって言ってた」
ドスドスと象のような足音を立てて走っていくサカナを見送って、キングは一番近くにあった扉を蹴り開けた。
入ってすぐに、まるで高級ホテルのような家具付きの寝室が広がった。
ふかふかのベッドと高級そうな机に手を当てながら、クローゼットの中を開けて誰もいないことを確認する。
次の部屋はまるで会社の応接室のようだった。
隠れる場所もほとんどない。
奥に続く扉を見つけると、軽く見渡してからドアを蹴り飛ばした。
扉が開いた瞬間、部屋全体が明るく光り出した。
「…ん?」
「『水槍』!」
先手を取ったカーラの魔法が、キングの顔にめがけて放出される。
無から産まれた水は、先が三つに分かれた三叉槍の形を保って敵を貫こうとする。
キングはそれを軽く顔を動かして避けると、両手にダガーナイフを出現させた。
応接室の隣は同じ広さの書斎で、入って左手の壁と右手奥の窓を除いて本棚に囲まれていた。
キングはその数瞬で間取りと、正面に立ったエンブリオ、左方向に立つヤブガラシ、さらに奥で机の上に乗って手を構えるカーラを隻眼で捉える。
「やけに扉が軽いと思ったら、そういうことか」
「…うそっ、吸血鬼!?」
「うおおおお!!『聖剣一突』!」
「おい、エンブリオ!?」
エンブリオは声を上げて足を踏み出すと、上段からキングの喉元にめがけて突く。
既に一度魔法を避けているキングに、聖属性の魔法を巡らせた剣で攻撃をしかけた。
本来は攻撃を仕掛けるはずだったヤブガラシだが、エンブリオの狙いを察して踏みとどまった。
魔族の中でも上位の吸血鬼は再生能力がある。
魔法が苦手なヤブガラシでは、足止めも出来ないと踏んだのだ。
代わりにヤブガラシとカーラは、魔法攻撃を畳みかける。
「『火球』!」
「『水槍』!」
「いいねぇ、久々にやる気のあるやつに会ったぜ」
「……な、」
キングはナイフで剣を受け止めると、火球と水槍を片手で捌く。
高速で上下に切り裂かれて霧散する魔法を見て絶句するカーラとヤブガラシだったが、この中で最も絶望をしていたのはエンブリオだった。
彼はこの一撃で、相手と自分との間にある差を思い知った。
一方でキングは、カーラがメイドの恰好をしていることに気づく。
護衛に混じって戦っていることにまず疑問を持つが、それよりも上で暴れ狂っているロリコンを思うと倒していいか迷う。
「……」
(何でこんなところにメイドが…そういやこいつ今、俺のことを吸血鬼って言ったか?
冒険者冒険者組合じゃ何も言われなかったってのに、何でわかったんだ?)
その間に、エンブリオはこの数撃でどう足掻いても勝てない壁を思い知り、底の知れない谷間に落ちていく感覚がした。
最初に殺されるのはもちろん自分だ。
そして次に矛先が向くのは、前衛とリーダーを失ったヤブガラシとカーラ。
エンブリオの頭の中に、仲間と歩んできた時間が走馬灯のように流れていく。
最後に、裏門で倒れていたクルトたちのことが頭に思い浮かぶ。
彼らは魔法ではなく、刺されて血を流して殺されていた。
例えば、エンブリオの剣を受け止めているこのナイフのようなもので。
(すまんクルト!敵討ちはできそうにない!俺達じゃ勝てない…!!
それどころか、国中の冒険者をかき集めてもコイツには…)
「ヤブガラシ!!カーラを連れて逃げろ!!」
「エンブリオ…?何言って…」
「頼む!!」
呆気に取られるカーラ。エンブリオはヤブガラシと目を合わせると、自分の全ての思いを込めて叫んだ。
キングはエンブリオの捨て身の行動に既視感を覚える。
ヤブガラシは奥歯を噛みしめて目を閉じると、走り出した。エンブリオの膝は、僅かに震えていた。
その先にいたのは、カーラだ。
吸血鬼に向けられていた手を掴むと、机から引きずり降ろして窓へ向かう。
エンブリオの膝は、僅かに震えていた。
「…おう!!」
「待ってヤブガラシ!待って!エンブリオは!?」
「そうか、お前らNPCはそうやって動くわけか」
「えぬぴーしー…?何のことかわからんが、俺が相手だ!!」
「お前じゃ役不足だ」
キングが剣を受け止めていた手を持ち上げるだけで、組み合っていた剣が離れる。
勢いでエンブリオの身体が浮いた隙に、キングはエンブリオの横を歩いて近寄る。
右腕を突き出して半回転すれば、エンブリオの首元が紙切れのように切れて血しぶきが上がった。
絶叫するカーラを胸に抱きよせると、ヤブガラシは彼女の頭を両手で守って窓から飛び降りた。
キングも後を追おうと、足を踏み出す。
「……あ?」
「がふっ、がはっ……あ、」
その足をエンブリオが掴んだ。
首元から広がる血液の勢いは、いつ失血死してもおかしくない。
自分の血液に溺れながら手を放そうとしないエンブリオに、キングは左手のナイフを投げる。
今度は精確に眉間を貫いたナイフで、エンブリオの瞳から光が消え失せた。
それでも足にまとわりついた手を蹴り飛ばすと、キングは窓の外に身を乗り出した。
地上数階分の高さでも、キングは自分が飛び降りても大丈夫だという自信があった。
ゲームでも、高所から降りてダメージを負うことはなかった。
だから下をのぞき込んで、息をのんだ。
「…ヤブガラシ!ねぇ!」
「逃げろカーラ…頼むから……な?」
地上では、エンブリオと同じように倒れ込むヤブガラシと無傷のカーラがいた。
思えば当然のことだった。
人間はこの高さから飛び降りれば、死にかねない。
それでもカーラが無事なのは、エンブリオが自らの身体を呈して衝撃を受け止めたからだ。
即死とは行かなかったようだが、足が変な方向に曲がりとても歩ける状態ではない。
キングは自分の価値観が大きくグラリと揺らぐのを感じた。
地面に飛び降りてもなお、その感覚は身体の中から消えない。
「立って!立ってよ!お願いヤブガラシ!」
「お前…せっかく助けてやったのに…早く逃げろよ…」
「嫌だ!!私も白煙の一員だもん!!お願いだから!」
「……」
「一人にしないでよぉ…!」
「…頼むよ、この子は殺さないでくれ……」
キングはその声を、現実世界で聞いたことがあった。
無機質な照明が等間隔に並ぶ天井が続く、鉄筋コンクリートの建物の中。
開かれた扉とパイプ椅子と机が置かれた部屋。
そこで彼はただ無表情に、被害者の慟哭と証言を聞いていた。
まさかゲームのNPCに過去のトラウマを刺激されるとは思わず、キングは上層階から降り立ったまま、ナイフを持つことができずに立ち尽くす。
ヤブガラシは、着地の衝撃で背骨を折っていた。
腕も足も動かすことができず、キングに頼み込む。
夜闇が昼間のように輝き出した。明るさはさらに増していき、建物の最上階がフォマの範囲攻撃で破壊される。
隕石が消滅して闇が戻ってきたとき、キングはヤブガラシの元まで歩いていた。
「…いいぜ、そいつは殺さない。
ただし悪いが、お前は生かしてやれない」
「…ありがとう」
「ヤブガラシ待って、私も…がっ!!?」
キングはヤブガラシから離れないカーラを無理矢理引き離すと、出来得る限りの手加減をして鳩尾に拳を入れた。
彼女が吐血して気絶すると同時に、ナイフを投げた。
正確無比なコントロールで頭を貫かれたヤブガラシは、敵に負けて殺されたにも関わらず、満たされた笑みを浮かべていた。
キングは彼の顔に手を伸ばすとその瞼を閉じ、建物を見上げて自分の仲間がいるだろう最上階を見上げた。
「ひぃっ!?
あ…エンブリオ…?」
「良かった…怪我は?歩けるか?」
「う、うん…うわぁ!?」
エンブリオに激しく肩を揺らされ、呆けていたカーラの焦点が戻った。
擦り傷や打撲傷はあるものの、魔法で攻撃を受けているわけでもなく無傷に近い。
エンブリオは、子供の無事を確かめた親のようにカーラを抱擁した。
抱きしめられたカーラは離れようとして、まだ焦げた匂いのする大穴を見て固まる。
奥には交戦していた男たちの死体があり、息を切らしながらヤブガラシが声をかけた。
「あー、悪いがまだここも安全じゃねぇぞ?
敵が上の階に移動しただけで、何も状況は良くなってねぇ」
「…あぁ、すまない。
こうなったら、ハルマン様のところに行くのは無理だ。
俺達だけで行動しよう」
「まさかとは思うが、戦うのか…?あれと…?」
「無理に決まっているだろう。逃げるぞ」
ドラゴンイーターと白煙に限らず、護衛の冒険者の実力に大きな違いはない。
だから、一撃でもスキンヘッドの男と同じ攻撃を受ければ命はない。
仲間の死に際を目の当たりにして、ドラゴンイーターの彼らは戦闘中にも関わらず頭が留守になってしまったようだった。
その隙に彼らを倒したエンブリオとヤブガラシは、そうはなりたくないと廊下を引き返す。
だが、カーラはその階段の先に敵の気配を感じた。
「ま、待って…!誰か上がってくる…!」
「何だとっ!?」
「まさか…っ、こっちだ…!」
エンブリオが近くの部屋を開けた。敵は一人ではない。
そうなれば、階段を上がってきた相手も自分たちを瞬殺する力を持っているのは想像に難くない。
エンブリオは唇に歯を立てた。
敵が複数いる可能性を考えず、あれだけの魔法使いなら一人だろうと安易に考えてしまった。
音を立てずに扉を閉めて、さらに奥の部屋に行く。
「二人とも、こうなったら応戦するしかない。
覚悟を決めるぞ」
「どうやら、護衛を逃がす気はないようだな。
やるしかねぇ」
「わかってる、やろう」
書斎らしき部屋に入ると、前衛としてヤブガラシとエンブリオが前に、後衛としてカーラが後ろに立つ。
嵐の前の静けさのような、肌がひりつくような緊張感が流れた。
敵はまだ階段を上がっているところだろうが、ここに来るのは時間の問題だ。
エンブリオは、何故かカーラが見逃されたのは気まぐれで、次に来る敵は容赦しないという予感があった。
見れば、カーラの肩が震えていた。
「さっきの魔法使い、冒険者組合にいた奴か?」
「え…?う、うん」
「…そうか、お前はわかっていたんだな」
敵が迫っているにも関わらず、エンブリオは他愛ない雑談を始めた。
カーラは戸惑いながら、扉から目を離さずに答える。
真面目過ぎてともすれば四角四面な彼が、このような不行跡を働くのは長く共に過ごしていて初めてのことだった。
ヤブガラシはリーダーの真意を汲み取って、出来るだけ普段通りの明るい声を出す。
「正直、俺はさっぱりだったぞ。
さすが狼娘は違うな」
「その呼び名やめてよ…あれはマスコミのデマだって言ったでしょ」
「でも、森で暮らしてたのは本当なんだろ?」
「うん…親代わりの人がいて、その人と暮らしてたんだ」
カーラも二人の意図に気づき始めていた。
もしかしたら、いや恐らく確実に、もうこんな話はできなくなるだろう。
だから、カーラは今までひた隠しにしてきた過去を口にした。
何より、エンブリオとヤブガラシは人とは違う境遇を馬鹿にする人間ではないのはわかっていた。
「何だよ、親が狼ってのはデマか。
ただ森で暮らしてただけなんだな。何で森を出たんだ?」
「それは、私が病気になって…治療ができなかったから…」
「治療が?」
「金がなかったとか?」
「…まぁ、二人ならいいか。
つまり、その人は狼じゃないけど、でも人間でもなかったんだ」
「人じゃないって…獣人か?」
「近いけど、少し違うかな。
狼みたいな尾と耳はついていたけど…。
私が組合で異変に気づけたのは、あの魔法使いがその人とどこか同じ雰囲気を漂わせていたからなんだ」
「…よくわからんな。どんな種族なんだ?」
「わからない。
ただその人は、自分のことをプレイヤーって言ってた」
ドスドスと象のような足音を立てて走っていくサカナを見送って、キングは一番近くにあった扉を蹴り開けた。
入ってすぐに、まるで高級ホテルのような家具付きの寝室が広がった。
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扉が開いた瞬間、部屋全体が明るく光り出した。
「…ん?」
「『水槍』!」
先手を取ったカーラの魔法が、キングの顔にめがけて放出される。
無から産まれた水は、先が三つに分かれた三叉槍の形を保って敵を貫こうとする。
キングはそれを軽く顔を動かして避けると、両手にダガーナイフを出現させた。
応接室の隣は同じ広さの書斎で、入って左手の壁と右手奥の窓を除いて本棚に囲まれていた。
キングはその数瞬で間取りと、正面に立ったエンブリオ、左方向に立つヤブガラシ、さらに奥で机の上に乗って手を構えるカーラを隻眼で捉える。
「やけに扉が軽いと思ったら、そういうことか」
「…うそっ、吸血鬼!?」
「うおおおお!!『聖剣一突』!」
「おい、エンブリオ!?」
エンブリオは声を上げて足を踏み出すと、上段からキングの喉元にめがけて突く。
既に一度魔法を避けているキングに、聖属性の魔法を巡らせた剣で攻撃をしかけた。
本来は攻撃を仕掛けるはずだったヤブガラシだが、エンブリオの狙いを察して踏みとどまった。
魔族の中でも上位の吸血鬼は再生能力がある。
魔法が苦手なヤブガラシでは、足止めも出来ないと踏んだのだ。
代わりにヤブガラシとカーラは、魔法攻撃を畳みかける。
「『火球』!」
「『水槍』!」
「いいねぇ、久々にやる気のあるやつに会ったぜ」
「……な、」
キングはナイフで剣を受け止めると、火球と水槍を片手で捌く。
高速で上下に切り裂かれて霧散する魔法を見て絶句するカーラとヤブガラシだったが、この中で最も絶望をしていたのはエンブリオだった。
彼はこの一撃で、相手と自分との間にある差を思い知った。
一方でキングは、カーラがメイドの恰好をしていることに気づく。
護衛に混じって戦っていることにまず疑問を持つが、それよりも上で暴れ狂っているロリコンを思うと倒していいか迷う。
「……」
(何でこんなところにメイドが…そういやこいつ今、俺のことを吸血鬼って言ったか?
冒険者冒険者組合じゃ何も言われなかったってのに、何でわかったんだ?)
その間に、エンブリオはこの数撃でどう足掻いても勝てない壁を思い知り、底の知れない谷間に落ちていく感覚がした。
最初に殺されるのはもちろん自分だ。
そして次に矛先が向くのは、前衛とリーダーを失ったヤブガラシとカーラ。
エンブリオの頭の中に、仲間と歩んできた時間が走馬灯のように流れていく。
最後に、裏門で倒れていたクルトたちのことが頭に思い浮かぶ。
彼らは魔法ではなく、刺されて血を流して殺されていた。
例えば、エンブリオの剣を受け止めているこのナイフのようなもので。
(すまんクルト!敵討ちはできそうにない!俺達じゃ勝てない…!!
それどころか、国中の冒険者をかき集めてもコイツには…)
「ヤブガラシ!!カーラを連れて逃げろ!!」
「エンブリオ…?何言って…」
「頼む!!」
呆気に取られるカーラ。エンブリオはヤブガラシと目を合わせると、自分の全ての思いを込めて叫んだ。
キングはエンブリオの捨て身の行動に既視感を覚える。
ヤブガラシは奥歯を噛みしめて目を閉じると、走り出した。エンブリオの膝は、僅かに震えていた。
その先にいたのは、カーラだ。
吸血鬼に向けられていた手を掴むと、机から引きずり降ろして窓へ向かう。
エンブリオの膝は、僅かに震えていた。
「…おう!!」
「待ってヤブガラシ!待って!エンブリオは!?」
「そうか、お前らNPCはそうやって動くわけか」
「えぬぴーしー…?何のことかわからんが、俺が相手だ!!」
「お前じゃ役不足だ」
キングが剣を受け止めていた手を持ち上げるだけで、組み合っていた剣が離れる。
勢いでエンブリオの身体が浮いた隙に、キングはエンブリオの横を歩いて近寄る。
右腕を突き出して半回転すれば、エンブリオの首元が紙切れのように切れて血しぶきが上がった。
絶叫するカーラを胸に抱きよせると、ヤブガラシは彼女の頭を両手で守って窓から飛び降りた。
キングも後を追おうと、足を踏み出す。
「……あ?」
「がふっ、がはっ……あ、」
その足をエンブリオが掴んだ。
首元から広がる血液の勢いは、いつ失血死してもおかしくない。
自分の血液に溺れながら手を放そうとしないエンブリオに、キングは左手のナイフを投げる。
今度は精確に眉間を貫いたナイフで、エンブリオの瞳から光が消え失せた。
それでも足にまとわりついた手を蹴り飛ばすと、キングは窓の外に身を乗り出した。
地上数階分の高さでも、キングは自分が飛び降りても大丈夫だという自信があった。
ゲームでも、高所から降りてダメージを負うことはなかった。
だから下をのぞき込んで、息をのんだ。
「…ヤブガラシ!ねぇ!」
「逃げろカーラ…頼むから……な?」
地上では、エンブリオと同じように倒れ込むヤブガラシと無傷のカーラがいた。
思えば当然のことだった。
人間はこの高さから飛び降りれば、死にかねない。
それでもカーラが無事なのは、エンブリオが自らの身体を呈して衝撃を受け止めたからだ。
即死とは行かなかったようだが、足が変な方向に曲がりとても歩ける状態ではない。
キングは自分の価値観が大きくグラリと揺らぐのを感じた。
地面に飛び降りてもなお、その感覚は身体の中から消えない。
「立って!立ってよ!お願いヤブガラシ!」
「お前…せっかく助けてやったのに…早く逃げろよ…」
「嫌だ!!私も白煙の一員だもん!!お願いだから!」
「……」
「一人にしないでよぉ…!」
「…頼むよ、この子は殺さないでくれ……」
キングはその声を、現実世界で聞いたことがあった。
無機質な照明が等間隔に並ぶ天井が続く、鉄筋コンクリートの建物の中。
開かれた扉とパイプ椅子と机が置かれた部屋。
そこで彼はただ無表情に、被害者の慟哭と証言を聞いていた。
まさかゲームのNPCに過去のトラウマを刺激されるとは思わず、キングは上層階から降り立ったまま、ナイフを持つことができずに立ち尽くす。
ヤブガラシは、着地の衝撃で背骨を折っていた。
腕も足も動かすことができず、キングに頼み込む。
夜闇が昼間のように輝き出した。明るさはさらに増していき、建物の最上階がフォマの範囲攻撃で破壊される。
隕石が消滅して闇が戻ってきたとき、キングはヤブガラシの元まで歩いていた。
「…いいぜ、そいつは殺さない。
ただし悪いが、お前は生かしてやれない」
「…ありがとう」
「ヤブガラシ待って、私も…がっ!!?」
キングはヤブガラシから離れないカーラを無理矢理引き離すと、出来得る限りの手加減をして鳩尾に拳を入れた。
彼女が吐血して気絶すると同時に、ナイフを投げた。
正確無比なコントロールで頭を貫かれたヤブガラシは、敵に負けて殺されたにも関わらず、満たされた笑みを浮かべていた。
キングは彼の顔に手を伸ばすとその瞼を閉じ、建物を見上げて自分の仲間がいるだろう最上階を見上げた。
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