虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと

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ふわふわと、鈍い感覚。
だけれど景色は重苦しい。
曇った空と、大きな木がぽつんと一つ。
木だけが異様な存在感を放っている。
太く、大きく、葉と実がみずみずしく茂る。
それ以外は何もない。
一面に広がる、少し茶色がかった、木とは対照的な枯れかけの草原。

見覚えのある、馴染みのある感覚。
しかし、この場所がどこか分からない。
言語化できない。
幼少期にいたどこか、だろうか。
ーーなんとなく、私の心の中な気がする。
そう、きっと夢の中だ。
多分、そうだ。

木の裏手から、不意に少女が現れる。
その子は泣いている。
目をはらして泣いている。
ちらちらと自身の頭上を見上げながら。

彼女の視線の先は、やはり木だった。
大きな木に一段と綺麗な果物が実っている。
赤く、大きな実。
きっと林檎だと思う。
林檎は好きだ、大好きだ。
とても美味しそう。
欲しい。
手に入れたい。
食べてしまいたい。
ゆっくりじっくり、味わって。
私でもそう思った。
少女もそう思ったことだろう。

けれど私は手が届かない。
少女も当然届かない。

彼女の様子を眺めていると、木の上の方から何かがにょろにょろと降りてきた。
蛇だ。
狡猾そうな顔つきの、太く大きな蛇。
何故か人語が話せるようで、少女に話しかけている。

「この林檎が欲しいのか?」

「うん、欲しいーーでも、手が届かないの」

「じゃあ、どうする?」

「美味しそうだから、見て楽しむ」

「それで、いいのかい」

蛇はちろちろと舌を出して言う。

「手にとって、香りや味を楽しみたいとは思わないか」

少女を誘惑する。

「家に持ち帰り、ずっと眺めていようとは思わないか」

長い体をくねらせて。

「その身が腐る、その時まで」

だが、少女は表情を曇らせたままだった。
俯きがちに、体をもじもじと揺らしながら言う。

「ーーそれは、良くないよ。せっかくこんなに綺麗で美味しそうなものを」

蛇は続けて言う。

「このまま、誰のも食べられずに放置することの方がもったいない。この実の持ち主の木だってそう思っているはずだ」

蛇は笑った。
口を広げ、自身の牙を見せながら。
それには少女への恫喝の意味もあるのだろう。
逆らえば、この牙は貴様へ向くと。

「でもーー」

少女は口ごもる。
あの時の私のように。

「誰も食べなければ、その実に意味はない。食べられるために、種を残すために実らせている。それをこのままにしておいては、実の方だって可哀想だ」

「だって……生まれてきた意味を、役目を果たせないのだから」

蛇は体をくねらせ、少女に近づく。
長い体を伸ばしながら。
さっきよりもずっと近い距離に。



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