虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと

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「それじゃあ、またねー」

明るく手を振りながら、ペコットは帰って行った。
言いたいことを言いたいだけ言って、
やりたいことだけやって、
人の体を弄んで。

朝から慌ただしい彼女だった、ご飯くらい食べていけばいいのに。
ため息混じりに思う。
ーーだけれど、彼女もあれで忙しい身だ。
引き止めるのも気が引けた。
彼女には彼女の、私には私の仕事がある。

「お嬢様」

エクレアが言う。
少し、悲しそうに。

「お父様が、お呼びです。お食事の後、部屋に来る様にと」

ほら、来た。
自分が何者であるか。
自分が何のために生きているのか。
何のために生かされているのか。
一番理解させられる時間。

「分かりました」

ああ、そうか。
またこの時間が来てしまったか。
緊張する。
せっかく、ペコットに元気を貰ったのにな。

ーー

「リトアよ。第二王子との婚約の件、どうなっている」

巨熊を連想する、大きな体。
顔に刻まれた幾つもの傷は、かつての侵略戦争でついたものと聞いている。
周囲に多くの武器が飾られたお父様の自室。
ただのアンティークではなく、すぐに実践可能な現役のもの。
全てお父様の私物であり、戦友である。

エーテルザット家。
今は上級貴族であるが、元を辿れば成り上がりである。
他国から殺して奪って売り払って。
我が父、眼前の大男、ペンタグラ=エーテルザットの代にてようやくその地位が確定された。
だが、お父様も若い頃は戦場を駆けていた。

何も知らない、剣の振るい方すら知らない私とは違う。
血の匂いを知っている。
命の価値を知っている。
人が平等でないことを知っている。
私とは違う。
私の父親

「万事問題なく。ただ、もう少しお時間を頂ければと」

「ーーそれは何度目の台詞だ」

私の上辺だけの言葉を、すぐに見抜く。
ただでさえ鋭い眼光がさらに輝きを、強さを増す。

「此方はお前が出来ると言ったから、国王の申し出を受けた。相応の代償を払っていることを忘れるな」

「お前は我がエーテルザット家の貴重な資産でもあることを忘れるな」

「はい、お父様」

私は答える。
顔を伏せつつ。
怯えながら。

「お前が王子との婚約者の一人である以上、他家との交渉カードに使えぬ。或いは失敗しても他人の手垢がついたお前の商品価値は著しく下がる」

お父様は言う。



言葉を区切って言う。
お父様の感情が荒ぶっている時に現れる癖。
相手に自身の我儘ーー意見を通す時に使う手段。
交渉の技術として下の下。
格下にしか通用しない。
だけれど、だからこそ。
格下の私にはどうしようもなく通じてしまう。

「はい……分かっております」

体が震える、
声が震える。

「ーー我等が家訓は覚えているな」
続けてお父様は言う。

「勝って、奪って、生き残れ!敗者の弁にーー」

「……価値はなし」

私が続きを言う。

「それでいい。ゆめ忘れるな」

下がれ、と短く加える。
私は深々と頭をさげ、退出した。
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