1 / 51
プロローグ
0.誰かにとってのプロローグ
しおりを挟む
マーテルロ伯爵家令嬢、パトリシア・マーテルロは悪役であった。
悪役ーーそれは正義ではないもの。
歴史における敗北者。
負け犬に与えられる称号。
そして、悪役がいたということは、当然それを対となる存在がいる。
ラインバルト王国の第二王子ダリル・ラインバルトと男爵令嬢アトラ・アンダルシアの身分違いの恋物語。
王国の民草を一瞬で魅了した、その運命的な話は人々の記憶に鮮烈に残っている。
多くの苦難に立ち向かい、打ち倒し、ついに結ばれた二人。
それを祝福しないものはいなかった。
ーーそうである、はずだった。
パトリシア・マールテルロ。
彼女は、二人の恋にとっての障害そのものだった。
ダリルに片思いしていた彼女は、恋敵たるアトラに嫉妬した。
悪意と敵意を胸に抱き、抱くだけには終わらず、そのおぞましい計画を実行に移してきた。
まずは情報による封殺。
彼女は社交界に、アトラについての嘘を流した。もちろん、悪い嘘を。
『アトラは権力が欲しいだけの浅ましい女』
『ダリル王子に近づいたのも金と権力が目的』
『三度のご飯よりも男が大好きで、毎晩色んな男と関係を共にしている』
などなど。
そんな偽りの話を、彼女は紡いだ。
事実のように、吹聴した。
次は権力による圧殺。自身が使える関係を全て使い、アトラを社交界から孤立させた。
一つ、アトラ・アンダルシアへの金銭的援助の禁止。
一つ、アンダルシア家との交易の禁止。
一つ、アトラ・アンダルシアとの会話の禁止。
社交会どころか、家ごと潰すレベルの指示を彼女は出した。
破った場合は同様の対処を処す、という脅しつきで。
そして、暴力。
ならず者たちを金で雇い、アトラを襲撃させた。
運良くダリル王子が居合わせたことにより、アトラは生き残ることができたが、その時のショックで意識を失い、深い眠りについた。
アトラが寝込んでいる間に、彼女はダリル王子との婚約を結ぼうとした。
本人の意思など関係なく、
金と権力で強引に。
だが、うまくいかなった。
アトラとダリル王子の仲は引き裂かれることはなかった。
当事者であるダリル王子が、彼女の所業を暴露したからだ。
すべて、全て。
それも、婚約が成立する直前に。
ダリル王子自身が話した真実、それを打ち消すことはできなかった。
全てが彼女の敵に回った。
全て、すべて。
タイミング良く目ざめたアトラとダリル王子は無事結ばれ、
悪行の全ての罪を問われた彼女は死罪となりかけた。
だが、その判決が下される間際、アトラが現れ、こう言ったのだ。
「私が同じ立場だったら、同じことをしていたかもしれない。貴方は悪くない、悪いのは、ダリル王子、貴方の魅力ですわ」
そして、ダリル王子に笑いかけた。
その結果、嘆息しつつもダリル王子は彼女の死罪を取り消した。
代わりに、一つの契約を取り交わした。
エーテルザット家のアンドレア公爵と結婚すること。
死罪は免れたが、罰には違いなかった。
アンドレア公爵は、醜悪な見た目で有名であった。
『暴食のアンドレア』
『動く肉塊アンドレア』
『お肉大好きアンドレア』
『残念貴族アンドレア』
『アンドレア・アンドレア』
などなど。
外面、内面ともにおそよ褒めるところが一つもない。
その結果がこれだ。
二つ名どころの騒ぎではない。
数ある呼び名の数々か、その恐ろしさを物語っている。
そんなアンドレア公爵も、今年でとうとう二十九歳。そろそろお相手を見つけなければいけない年頃だ。
社交界では、三十を過ぎる前に嫁を娶らなければ没落する、という伝承すらある。
そんな相手に一生をかけて尽くせ、それがお前の罪をすすぐ唯一の法だ、と、
かの王子は言外に伝えようとしていた。
彼女は選び難きを選ぶしかなかった。
死か、生存か。
これまで、自身の願望にのみ誠実に生きてきた彼女。
故に、可能性があるならば、いかに恥辱に満ちたといえど、そちらを選ぶ。
それがパトリシア・マーテルロという女である。
……ということらしい。
当時の文献には、確かにそう記されていた。
これが事実かどうかは分からない。
歴史は強者の記すもの。
証拠も何もない。
だが、そうであると語られている。
それが現在に生きる我々にとっての史実だ。
悪役ーーそれは正義ではないもの。
歴史における敗北者。
負け犬に与えられる称号。
そして、悪役がいたということは、当然それを対となる存在がいる。
ラインバルト王国の第二王子ダリル・ラインバルトと男爵令嬢アトラ・アンダルシアの身分違いの恋物語。
王国の民草を一瞬で魅了した、その運命的な話は人々の記憶に鮮烈に残っている。
多くの苦難に立ち向かい、打ち倒し、ついに結ばれた二人。
それを祝福しないものはいなかった。
ーーそうである、はずだった。
パトリシア・マールテルロ。
彼女は、二人の恋にとっての障害そのものだった。
ダリルに片思いしていた彼女は、恋敵たるアトラに嫉妬した。
悪意と敵意を胸に抱き、抱くだけには終わらず、そのおぞましい計画を実行に移してきた。
まずは情報による封殺。
彼女は社交界に、アトラについての嘘を流した。もちろん、悪い嘘を。
『アトラは権力が欲しいだけの浅ましい女』
『ダリル王子に近づいたのも金と権力が目的』
『三度のご飯よりも男が大好きで、毎晩色んな男と関係を共にしている』
などなど。
そんな偽りの話を、彼女は紡いだ。
事実のように、吹聴した。
次は権力による圧殺。自身が使える関係を全て使い、アトラを社交界から孤立させた。
一つ、アトラ・アンダルシアへの金銭的援助の禁止。
一つ、アンダルシア家との交易の禁止。
一つ、アトラ・アンダルシアとの会話の禁止。
社交会どころか、家ごと潰すレベルの指示を彼女は出した。
破った場合は同様の対処を処す、という脅しつきで。
そして、暴力。
ならず者たちを金で雇い、アトラを襲撃させた。
運良くダリル王子が居合わせたことにより、アトラは生き残ることができたが、その時のショックで意識を失い、深い眠りについた。
アトラが寝込んでいる間に、彼女はダリル王子との婚約を結ぼうとした。
本人の意思など関係なく、
金と権力で強引に。
だが、うまくいかなった。
アトラとダリル王子の仲は引き裂かれることはなかった。
当事者であるダリル王子が、彼女の所業を暴露したからだ。
すべて、全て。
それも、婚約が成立する直前に。
ダリル王子自身が話した真実、それを打ち消すことはできなかった。
全てが彼女の敵に回った。
全て、すべて。
タイミング良く目ざめたアトラとダリル王子は無事結ばれ、
悪行の全ての罪を問われた彼女は死罪となりかけた。
だが、その判決が下される間際、アトラが現れ、こう言ったのだ。
「私が同じ立場だったら、同じことをしていたかもしれない。貴方は悪くない、悪いのは、ダリル王子、貴方の魅力ですわ」
そして、ダリル王子に笑いかけた。
その結果、嘆息しつつもダリル王子は彼女の死罪を取り消した。
代わりに、一つの契約を取り交わした。
エーテルザット家のアンドレア公爵と結婚すること。
死罪は免れたが、罰には違いなかった。
アンドレア公爵は、醜悪な見た目で有名であった。
『暴食のアンドレア』
『動く肉塊アンドレア』
『お肉大好きアンドレア』
『残念貴族アンドレア』
『アンドレア・アンドレア』
などなど。
外面、内面ともにおそよ褒めるところが一つもない。
その結果がこれだ。
二つ名どころの騒ぎではない。
数ある呼び名の数々か、その恐ろしさを物語っている。
そんなアンドレア公爵も、今年でとうとう二十九歳。そろそろお相手を見つけなければいけない年頃だ。
社交界では、三十を過ぎる前に嫁を娶らなければ没落する、という伝承すらある。
そんな相手に一生をかけて尽くせ、それがお前の罪をすすぐ唯一の法だ、と、
かの王子は言外に伝えようとしていた。
彼女は選び難きを選ぶしかなかった。
死か、生存か。
これまで、自身の願望にのみ誠実に生きてきた彼女。
故に、可能性があるならば、いかに恥辱に満ちたといえど、そちらを選ぶ。
それがパトリシア・マーテルロという女である。
……ということらしい。
当時の文献には、確かにそう記されていた。
これが事実かどうかは分からない。
歴史は強者の記すもの。
証拠も何もない。
だが、そうであると語られている。
それが現在に生きる我々にとっての史実だ。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる