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一章
1.憎しみのこもる湿地
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おのれ、あの女っ!
見渡す限りの湿地草原。
特有の異臭を不快に感じながら、パトリシアは胸の中で悪態をつく。
どうして、私がこんな落ち目に合う?
何がいけなかった?
私の何が悪かった?
確かに、当時はかの王子の婚約者になろうと躍起になっていた。
彼に恋していたし、愛していた。
一方的であろうと、その思いに嘘はない。
だからこそ、あれだけの労力を払った。
だからこそ、あれほどの非人道的行為のきっかけを作った。
全ては、恋心故に。
すべては、愛故に。
その結果が、これだ。
恋だの愛だのは、年頃の女なら誰にだって抱く感情だ。
それはパトリシア自身だけでなく、あの女も同じこと。
だが、あの女は愛も幸せも手に入れている。
なんという不平等。
なんという不合理。
確かに、私にも悪いところはあった。
自ら非人道的行為と認識している程だ、若気の至り、愛は盲目といえど、振り返ればそのレベルは一般のそれを凌駕していた。
でも、すべてが全て、嘘偽りの塊というわけでもない。
私は、少し、事実を誇張したり、一部を切り取ったに過ぎない。
本質的には、完全な嘘をついたわけではないのだ。
例えば、あの女が男遊びをしているということ。
それにしても、かの王子以外の男と、あの女が親しげに話している様子を見かけた、ということを、ほんのちょっぴり大袈裟に言ったに過ぎない。
周りが、大袈裟に誤解したに過ぎない。
私は、火種を蒔いただけ。
思いの外、激しく燃えたけれど。
結果、望む方向に進展したけれど。
私だけが悪いわけじゃない。
権力も、確かに使った。
けれど、手持のカードを使って何が悪い。
権力は個人の才能と大差ない。
ちょっと汎用性が効く程度だ。
足の速いものは、その速力を活用して仕事をする。
顔がいいものは、その見た目を利用して他人に好かれる。
金があるものは、それを利用して望みを叶える。
誰だってやっていることだ。
罪に問われることではないはずだ。
私にも悪いところはある。
だが、私だけが悪いというのは言い過ぎだ。
ましてや、死罪を要求するなど、気が狂っているとしか思えない。
それにあの女だってそう。
無垢で穢れを知らないような外見をしているが、本質はこの沼の底のようにどす黒く濁っている、透明度0の漆黒のような女だ。
直接対決した際も、あの女は私の口撃に対して、一切怯むことなく応戦してきた。
他の凡庸な貴族とは違うその攻撃性に少し好感を持ったが、それが実害をもたらすならば話は別だ。
あの女は周りの状況を注視、観察している。
誰もいない時にのみ、私に全力で応戦ーーどころか殲滅しようとしにきていた。
心を折にきていた。
だが、一度他の誰かの影が見えれば、いつもの純粋無垢な仮面を被った。
そういう恐ろしい女だった。
結果、それを知らない外野はあの女の味方をした。
これまで、援助や同盟を結んでいた輩も全てあの女の味方についた。
ある種のカリスマ、あれも一つの才能なのであろう。
パトリシアは一気に追い詰められたのだ。
落ち度はあった。
油断もしていた。
遊びが過ぎたところもあった。
恋に目を潰されたところもあった。
だが、
だがーー
この現状に成る程、私は酷いことをしたのだろうか?
とパトリシアは思った。
「パトリシアさん、どうですか、このお肉。丸々として、かつ濃厚な香り。食べなくてもその味が伝わってきますよ……まあ、食べますけど」
醜悪な現実の一つの声が聞こえた。
人型の豚を思わせるその巨躯。
『暴食のアンドレア』
絶えず何か食べ物を持っているその両手。
『動く肉塊アンドレア』
脂ぎった体。
『お肉大好きアンドレア』
肉の旨さの表現については王国一。
『残念貴族アンドレア』
名前を聞けば、ため息が溢れる落ちこぼれ。
『アンドレア・アンドレア』
数々の異名が頭の中に響く。
「一緒にどうですか?マイハニー?」
アンドレア・エーテルザット。
それが私の旦那の名前である。
見渡す限りの湿地草原。
特有の異臭を不快に感じながら、パトリシアは胸の中で悪態をつく。
どうして、私がこんな落ち目に合う?
何がいけなかった?
私の何が悪かった?
確かに、当時はかの王子の婚約者になろうと躍起になっていた。
彼に恋していたし、愛していた。
一方的であろうと、その思いに嘘はない。
だからこそ、あれだけの労力を払った。
だからこそ、あれほどの非人道的行為のきっかけを作った。
全ては、恋心故に。
すべては、愛故に。
その結果が、これだ。
恋だの愛だのは、年頃の女なら誰にだって抱く感情だ。
それはパトリシア自身だけでなく、あの女も同じこと。
だが、あの女は愛も幸せも手に入れている。
なんという不平等。
なんという不合理。
確かに、私にも悪いところはあった。
自ら非人道的行為と認識している程だ、若気の至り、愛は盲目といえど、振り返ればそのレベルは一般のそれを凌駕していた。
でも、すべてが全て、嘘偽りの塊というわけでもない。
私は、少し、事実を誇張したり、一部を切り取ったに過ぎない。
本質的には、完全な嘘をついたわけではないのだ。
例えば、あの女が男遊びをしているということ。
それにしても、かの王子以外の男と、あの女が親しげに話している様子を見かけた、ということを、ほんのちょっぴり大袈裟に言ったに過ぎない。
周りが、大袈裟に誤解したに過ぎない。
私は、火種を蒔いただけ。
思いの外、激しく燃えたけれど。
結果、望む方向に進展したけれど。
私だけが悪いわけじゃない。
権力も、確かに使った。
けれど、手持のカードを使って何が悪い。
権力は個人の才能と大差ない。
ちょっと汎用性が効く程度だ。
足の速いものは、その速力を活用して仕事をする。
顔がいいものは、その見た目を利用して他人に好かれる。
金があるものは、それを利用して望みを叶える。
誰だってやっていることだ。
罪に問われることではないはずだ。
私にも悪いところはある。
だが、私だけが悪いというのは言い過ぎだ。
ましてや、死罪を要求するなど、気が狂っているとしか思えない。
それにあの女だってそう。
無垢で穢れを知らないような外見をしているが、本質はこの沼の底のようにどす黒く濁っている、透明度0の漆黒のような女だ。
直接対決した際も、あの女は私の口撃に対して、一切怯むことなく応戦してきた。
他の凡庸な貴族とは違うその攻撃性に少し好感を持ったが、それが実害をもたらすならば話は別だ。
あの女は周りの状況を注視、観察している。
誰もいない時にのみ、私に全力で応戦ーーどころか殲滅しようとしにきていた。
心を折にきていた。
だが、一度他の誰かの影が見えれば、いつもの純粋無垢な仮面を被った。
そういう恐ろしい女だった。
結果、それを知らない外野はあの女の味方をした。
これまで、援助や同盟を結んでいた輩も全てあの女の味方についた。
ある種のカリスマ、あれも一つの才能なのであろう。
パトリシアは一気に追い詰められたのだ。
落ち度はあった。
油断もしていた。
遊びが過ぎたところもあった。
恋に目を潰されたところもあった。
だが、
だがーー
この現状に成る程、私は酷いことをしたのだろうか?
とパトリシアは思った。
「パトリシアさん、どうですか、このお肉。丸々として、かつ濃厚な香り。食べなくてもその味が伝わってきますよ……まあ、食べますけど」
醜悪な現実の一つの声が聞こえた。
人型の豚を思わせるその巨躯。
『暴食のアンドレア』
絶えず何か食べ物を持っているその両手。
『動く肉塊アンドレア』
脂ぎった体。
『お肉大好きアンドレア』
肉の旨さの表現については王国一。
『残念貴族アンドレア』
名前を聞けば、ため息が溢れる落ちこぼれ。
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数々の異名が頭の中に響く。
「一緒にどうですか?マイハニー?」
アンドレア・エーテルザット。
それが私の旦那の名前である。
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