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二章
11.眠る残念領主
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アンドレアの意識が回復することはなかった。
呪いのように、深い眠りに落ちている。
専用の特設医務室にて、大きないびきをしながら眠っている。
そこにいるのは、パトリシアは医師が一人。
髭をもっさりと蓄えた、老齢に近い医師。
眼光が鋭いーーということもなく、
線が細く、圧もない。
無難に事をこなすだけで存えてきたような、そんな凡庸な雰囲気の医師。
向かい合って座っている。
重い空気と、煩いいびき。
不可思議な空気間の中に、2人はいた。
「パトリシア様、その、こんなことを言いたくはないのですがーー」
言葉を発したのは医者の方だった。
アンドレアの担当医。
元より食べ過ぎなアンドレアの健康管理を、形だけ担っていた男。
役に縛られているだけの男。
「そうですね。私のせいです」
「え?」
担当医は、自らが言おうとしていた言葉を、奪われ、絶句した。
誰かが言わねばならない、ならば医者たる自身がその責務を負う他ない。
アンドレア様亡き今、この領地の最高権力者はパトリシア様。
それに楯突く発言、所作があれば、かの噂の悪役令嬢ーーいや、元悪役令嬢はその手練手管を遺憾なく発揮して、人生を滅茶苦茶に狂わすことだろう。
そう考え、夜も眠れず、不安で一杯であったのに。
彼女は、事もなげに、さも当たり前だと言わんばかりの表情で答えた。
「私が料理を作り過ぎた、そしてアンドレア様がそれを食べ過ぎた。原因と結果はあまりにも明確です。最初は、多少は婚約者らしいことでもしようと手慰み程度だったのですがーー」
伏せ目がちに、彼女は続ける。
「あの人があまりにも美味しそうに食べるものですから、つい」
そのどこか寂しげな表情に、担当医は心動いた。
あの食事のことしか考えていなかった残念領主に、熱心に尽くすものがいたことに。
自身は、とうに諦め、匙を投げーーむしろ匙を渡した側の人間からすれば、彼女の行為は天使のそれにすら見えた。
どうして、そこまでできるのか?
どんな目的にためにしているのか?
なんのことはない、ただ嬉しかったというだけの話。
見返りがどうとか、関係ない。
それだけのこと。
なのに、穿った見方をしてしまったことを、担当医は恥じた。
その上で、慰めるの言葉をかけた。
「それはーー仕方がないですね。私も女房が気合を入れて飯を作った時には、自分の限界を顧みず、胃袋に放り込みますとも。きっと、アンドレア様も同じだったのでしょう。で、あらば、これは不幸な事故。愛故に生まれた悲劇」
その言葉を、パトリシアは何の感慨もなく聞いていた。
この担当医との会話は、形式上必要というだけで、内容はどうだっていい。
アンドレアの現況と、担当医と会話したという事実だけが残ればいいのだ。
故に、どう誤解しているかは知らないが、知ったかぶりで私を慰めるのはやめて欲しい。
さっさと会話を終わらせてくれること、それが一番私のためになる、そう伝えたいパトリシアであった。
「それに、異国の悲劇とは違い、こうしてアンドレア様はまだ生きている。意識は回復しておりませんが、致命的な欠陥はありません。たしかに、体はこうして、そのーーとても大きいですが、元々アンドレア様は規格外の肉体を持つお方、我々の常識では測りきれない」
担当医は止まらない、立ち上がり、パトリシアの肩に手をかけた。
自身の言葉に酔っているのだろう。
何も起こらなかった日常への刺激。
それに酔いしれているのだろう。
自身の都合よく状況を解釈し、
自身が主役であるように物語のように現実を捉える。
見たいものだけを見て、
聞きたい言葉だけを聞く。
別に、それが悪いこととは思わない。
それが人間の性質。
恋に落ちるのも刺激に酔うのも大して変わらない。
だから、彼女は何も言わない。
ただ演技を続ける。
これまで通り、
今まで通り。
「故に、心配することはありません。まだ慣れない地で不安も多いことでしょう。アンドレア様のことはこちらにお任せいただき、パトリシア様は少しお休みになって頂ければ」
「いえ、アンドレア様がこのような状態にあるのに、のんびり休んでなんかいられません。このパトリシア、自らの失敗は自らの手でその贖罪を果たします」
やんわりと担当医の手を払い除け、パトリシアはアンドレアの元を後にする。
必要事項は済ませた。
状況も把握した。
後は、彼が目覚めるまでにどの程度こちらの状況を整えられるか。
口元に指を置きつつ、パトリシアは思考する。
自身の望みを叶えるために。
呪いのように、深い眠りに落ちている。
専用の特設医務室にて、大きないびきをしながら眠っている。
そこにいるのは、パトリシアは医師が一人。
髭をもっさりと蓄えた、老齢に近い医師。
眼光が鋭いーーということもなく、
線が細く、圧もない。
無難に事をこなすだけで存えてきたような、そんな凡庸な雰囲気の医師。
向かい合って座っている。
重い空気と、煩いいびき。
不可思議な空気間の中に、2人はいた。
「パトリシア様、その、こんなことを言いたくはないのですがーー」
言葉を発したのは医者の方だった。
アンドレアの担当医。
元より食べ過ぎなアンドレアの健康管理を、形だけ担っていた男。
役に縛られているだけの男。
「そうですね。私のせいです」
「え?」
担当医は、自らが言おうとしていた言葉を、奪われ、絶句した。
誰かが言わねばならない、ならば医者たる自身がその責務を負う他ない。
アンドレア様亡き今、この領地の最高権力者はパトリシア様。
それに楯突く発言、所作があれば、かの噂の悪役令嬢ーーいや、元悪役令嬢はその手練手管を遺憾なく発揮して、人生を滅茶苦茶に狂わすことだろう。
そう考え、夜も眠れず、不安で一杯であったのに。
彼女は、事もなげに、さも当たり前だと言わんばかりの表情で答えた。
「私が料理を作り過ぎた、そしてアンドレア様がそれを食べ過ぎた。原因と結果はあまりにも明確です。最初は、多少は婚約者らしいことでもしようと手慰み程度だったのですがーー」
伏せ目がちに、彼女は続ける。
「あの人があまりにも美味しそうに食べるものですから、つい」
そのどこか寂しげな表情に、担当医は心動いた。
あの食事のことしか考えていなかった残念領主に、熱心に尽くすものがいたことに。
自身は、とうに諦め、匙を投げーーむしろ匙を渡した側の人間からすれば、彼女の行為は天使のそれにすら見えた。
どうして、そこまでできるのか?
どんな目的にためにしているのか?
なんのことはない、ただ嬉しかったというだけの話。
見返りがどうとか、関係ない。
それだけのこと。
なのに、穿った見方をしてしまったことを、担当医は恥じた。
その上で、慰めるの言葉をかけた。
「それはーー仕方がないですね。私も女房が気合を入れて飯を作った時には、自分の限界を顧みず、胃袋に放り込みますとも。きっと、アンドレア様も同じだったのでしょう。で、あらば、これは不幸な事故。愛故に生まれた悲劇」
その言葉を、パトリシアは何の感慨もなく聞いていた。
この担当医との会話は、形式上必要というだけで、内容はどうだっていい。
アンドレアの現況と、担当医と会話したという事実だけが残ればいいのだ。
故に、どう誤解しているかは知らないが、知ったかぶりで私を慰めるのはやめて欲しい。
さっさと会話を終わらせてくれること、それが一番私のためになる、そう伝えたいパトリシアであった。
「それに、異国の悲劇とは違い、こうしてアンドレア様はまだ生きている。意識は回復しておりませんが、致命的な欠陥はありません。たしかに、体はこうして、そのーーとても大きいですが、元々アンドレア様は規格外の肉体を持つお方、我々の常識では測りきれない」
担当医は止まらない、立ち上がり、パトリシアの肩に手をかけた。
自身の言葉に酔っているのだろう。
何も起こらなかった日常への刺激。
それに酔いしれているのだろう。
自身の都合よく状況を解釈し、
自身が主役であるように物語のように現実を捉える。
見たいものだけを見て、
聞きたい言葉だけを聞く。
別に、それが悪いこととは思わない。
それが人間の性質。
恋に落ちるのも刺激に酔うのも大して変わらない。
だから、彼女は何も言わない。
ただ演技を続ける。
これまで通り、
今まで通り。
「故に、心配することはありません。まだ慣れない地で不安も多いことでしょう。アンドレア様のことはこちらにお任せいただき、パトリシア様は少しお休みになって頂ければ」
「いえ、アンドレア様がこのような状態にあるのに、のんびり休んでなんかいられません。このパトリシア、自らの失敗は自らの手でその贖罪を果たします」
やんわりと担当医の手を払い除け、パトリシアはアンドレアの元を後にする。
必要事項は済ませた。
状況も把握した。
後は、彼が目覚めるまでにどの程度こちらの状況を整えられるか。
口元に指を置きつつ、パトリシアは思考する。
自身の望みを叶えるために。
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