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一章
7.5 夢に沈む
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それは、夢のような時間であった。
少なくとも、アンドレアにとっては。
誰にも褒められず、認められず。
誰からも侮蔑され、諦められ。
それでも、領主という地位に縛られ、生きていくしかなかった彼にとって。
誰かが、否ーー自分が愛した女性が自分を理解し、
さらには自分の望むことをしてくれるなんて。
彼にとってはありえない現実だった。
どれだけ、願い焦がれようと、来るはずのない夢であった。
「はい、アンドレア様、お口を開けてください」
あーん、と虚飾に満ちた表情で、パトリシアは料理を捧げる。
彼の目の前に並ぶは、料理が盛られた皿の列。
隣にいるのは最愛の女性。
いつもは彼を侮蔑に満ちた目で眺め、控える使用人たちも、気を利かせたのか誰もいない。
アンドレアにとって、心休まる世界がそこにあった。
「美味しいですか?」
「美味しい、最高だ!程よい焼き加減、噛みしだく瞬間広がる肉の旨み。咀嚼し終えた後でさえ、生命の脈動を感じるかの如き満足感。これはまさにーー」
「そんなに褒めないでください。恥ずかしいです」
パトリシアは彼の口元を二指で優しく触れ、言葉を止めた。
少し、気恥ずかしいそうに。
どこか、嬉しそうに。
アンドレアの瞳には、そう見えていた。
来る日も、来る日も、その世界は続いた。
彼が求めた世界が続いた。
嘘だと思った、自身の取り入るための演技だと思った。
幾度かは、そういう輩もいた。
「今日はいつもとは趣向を変えてみました。薬膳系です」
だが、その手の輩ですら、途中で彼の食欲含め全てに嫌気がさして、数日と保たず。
元の侮蔑の視線を彼に向けていた。
その程度の凡人共と、かの悪役を比較するのは、些か以上に強引ではあったが。
「今日は初心に戻って、素材の味を活かした丸焼きです!」
でも、そうはならなかった。
毎日毎日、毎食毎食。
彼女の手料理は振る舞われた。
「大丈夫です。洗い物はやっておくので。そこでのんびりしていてください」
それが当たり前になるくらい、
かつての、小姑のような彼女の姿が霞むくらいには続いた。
「アンドレア様は食べている時が一番素敵です。だって、いつも以上に笑ってくれるから」
彼女の言葉だけを、聞いていた。
「もう準備出来てますよ!だいたいこの時間には、アンドレア様、お腹空いちゃいますもんね」
彼女の言葉しか、耳に届かなくなったのかもしれない。
彼女の策略通りに。
「アンドレア様」
彼を呼ぶ声。
「アンドレア様♪」
彼を誘う声。
「アンドレア様ー!」
彼を求める声。
僕には彼女だけいればいい。
ありのままの自分を受け入れてくれた唯一の女性。
例え、世間が思うような関係ではなくても。
例え、肉体的な繋がるがなくても。
それを求めた結果、今の時間が消えてしまうのならば。
「ありがとう、パトリシア。僕は君が大好きだよ」
このままでいい。
「嬉しいです、アンドレア様」
このままが、いい。
アンドレア・エーテルザット。
人の愛に飢えていた男。
砂漠に注がれた水のように、彼は彼女から捧げられた全てを吸収した。
料理も、
奉仕も、
愛も。
例え、その中身が、
なんであろうとも。
一切合切区別なく、ありのままに受け入れた。
少なくとも、アンドレアにとっては。
誰にも褒められず、認められず。
誰からも侮蔑され、諦められ。
それでも、領主という地位に縛られ、生きていくしかなかった彼にとって。
誰かが、否ーー自分が愛した女性が自分を理解し、
さらには自分の望むことをしてくれるなんて。
彼にとってはありえない現実だった。
どれだけ、願い焦がれようと、来るはずのない夢であった。
「はい、アンドレア様、お口を開けてください」
あーん、と虚飾に満ちた表情で、パトリシアは料理を捧げる。
彼の目の前に並ぶは、料理が盛られた皿の列。
隣にいるのは最愛の女性。
いつもは彼を侮蔑に満ちた目で眺め、控える使用人たちも、気を利かせたのか誰もいない。
アンドレアにとって、心休まる世界がそこにあった。
「美味しいですか?」
「美味しい、最高だ!程よい焼き加減、噛みしだく瞬間広がる肉の旨み。咀嚼し終えた後でさえ、生命の脈動を感じるかの如き満足感。これはまさにーー」
「そんなに褒めないでください。恥ずかしいです」
パトリシアは彼の口元を二指で優しく触れ、言葉を止めた。
少し、気恥ずかしいそうに。
どこか、嬉しそうに。
アンドレアの瞳には、そう見えていた。
来る日も、来る日も、その世界は続いた。
彼が求めた世界が続いた。
嘘だと思った、自身の取り入るための演技だと思った。
幾度かは、そういう輩もいた。
「今日はいつもとは趣向を変えてみました。薬膳系です」
だが、その手の輩ですら、途中で彼の食欲含め全てに嫌気がさして、数日と保たず。
元の侮蔑の視線を彼に向けていた。
その程度の凡人共と、かの悪役を比較するのは、些か以上に強引ではあったが。
「今日は初心に戻って、素材の味を活かした丸焼きです!」
でも、そうはならなかった。
毎日毎日、毎食毎食。
彼女の手料理は振る舞われた。
「大丈夫です。洗い物はやっておくので。そこでのんびりしていてください」
それが当たり前になるくらい、
かつての、小姑のような彼女の姿が霞むくらいには続いた。
「アンドレア様は食べている時が一番素敵です。だって、いつも以上に笑ってくれるから」
彼女の言葉だけを、聞いていた。
「もう準備出来てますよ!だいたいこの時間には、アンドレア様、お腹空いちゃいますもんね」
彼女の言葉しか、耳に届かなくなったのかもしれない。
彼女の策略通りに。
「アンドレア様」
彼を呼ぶ声。
「アンドレア様♪」
彼を誘う声。
「アンドレア様ー!」
彼を求める声。
僕には彼女だけいればいい。
ありのままの自分を受け入れてくれた唯一の女性。
例え、世間が思うような関係ではなくても。
例え、肉体的な繋がるがなくても。
それを求めた結果、今の時間が消えてしまうのならば。
「ありがとう、パトリシア。僕は君が大好きだよ」
このままでいい。
「嬉しいです、アンドレア様」
このままが、いい。
アンドレア・エーテルザット。
人の愛に飢えていた男。
砂漠に注がれた水のように、彼は彼女から捧げられた全てを吸収した。
料理も、
奉仕も、
愛も。
例え、その中身が、
なんであろうとも。
一切合切区別なく、ありのままに受け入れた。
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