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3.従者の覚悟
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戦。
それは人が死ぬ。
対人、対組織ならともかく、これから起こるのは国と国の戦い。
それが1人の女の失恋によって引き起こされようとしている。
ーー不条理だ。
如何に主人の意思であろうと、それは諌めなくてはならない。
たとえ、自身の立場が危うくなろうとも、
執事の任を解かれようとも、止めなくてはいけない。
でなければ、多くの犠牲者が出る。
こんなくだらない理由で、多くの人の運命が狂う。
不幸せに、不条理に。
それはあってはならない。
自身の言葉がきっかけならば、尚更そうだ。
「お嬢様、いけません」
「否定するのは簡単です。でも、私を止めたいならば、説き伏せたいならば、きちんとした理由を持って来なさい」
レイピアは薄く笑った。
理由などどうでもいいと宣ったその口で、執事に理由を求める。
「いえ、理由などいりません。かと言って、作る必要もありません。議論の余地など必要なく、無闇に隣国を攻めるなどいけないことなのです。もし、行えばお嬢様は今後1000年、狂人の誹りを免れないことでしょう」
「狂人……ふっ、ふふ、はははは」
「お気を確かに、落ち着いてください。いつもにお嬢様に戻ってください」
狂ったように笑いを浮かべるレイピアを、ミゾノグチは抱きとめる。
その大きな手と大きな体で、抱きとめ、抱き寄せる。
主人が正気が正気を取り戻すように、
ただの恵まれた女に戻りように。
祈り、願い、望んだ。
「ミゾノグチ、私はもう限界なのです。繰り返されるあの日の夢、風化しないあの時の記憶、戻らない、戻れない幸せな日々。私は強い女ではなかったのです。私は優れた女ではなかったのです。ただ、他者より運が良かった、恵まれていただけの女。だから、もう限界。終わりにしたいの、私はーー」
「終わらなくていい、終わりにしなくていいのです。お嬢様、一つの恋が破れた程度、それだけのことです。お嬢様くらいの年の女性がどれほど恋破れているかご存知ですか。そもそも、恋なんてものはほとんどのそれが成立し難い夢まぼろしの産物。誤解と妥協を人恋しさで調理した、汚れ穢れた幻想なのです」
「ミゾノグチーー」
「お嬢様は疲れているのです。隣国との戦をすれば、確かにかの者のことは忘れることができるかもしれない。ですが、それ以上に大きな傷を負うことになります。心にも体にも、消えず、消せず、許されない傷を負うことになるのです」
「ミゾノーーグチ」
「だから、もっとゆっくりしましょう。一度この国を離れ、誰も知らない誰もいない静かな所へ行きましょう。ここにはお嬢様の過去が、思い出があり過ぎます。だからこそ、傷が癒えづらかったのかもしれません」
「もう、いい」
レイピアは短く言った。
手にした剣を、執事の胸に突き立て。
「ーー、……、……」
執事は何か言おうとしたが、言わなかった。
レイピアの目は、黙り生き絶える従者の姿を捉えていた。
だが、彼女の心は何も動かなかった。
懸命に主人を思い言葉を尽くした従者よりも、
ここにはいない、過去の恋人の存在の方が、彼女にとっては重かったのだ。
それは人が死ぬ。
対人、対組織ならともかく、これから起こるのは国と国の戦い。
それが1人の女の失恋によって引き起こされようとしている。
ーー不条理だ。
如何に主人の意思であろうと、それは諌めなくてはならない。
たとえ、自身の立場が危うくなろうとも、
執事の任を解かれようとも、止めなくてはいけない。
でなければ、多くの犠牲者が出る。
こんなくだらない理由で、多くの人の運命が狂う。
不幸せに、不条理に。
それはあってはならない。
自身の言葉がきっかけならば、尚更そうだ。
「お嬢様、いけません」
「否定するのは簡単です。でも、私を止めたいならば、説き伏せたいならば、きちんとした理由を持って来なさい」
レイピアは薄く笑った。
理由などどうでもいいと宣ったその口で、執事に理由を求める。
「いえ、理由などいりません。かと言って、作る必要もありません。議論の余地など必要なく、無闇に隣国を攻めるなどいけないことなのです。もし、行えばお嬢様は今後1000年、狂人の誹りを免れないことでしょう」
「狂人……ふっ、ふふ、はははは」
「お気を確かに、落ち着いてください。いつもにお嬢様に戻ってください」
狂ったように笑いを浮かべるレイピアを、ミゾノグチは抱きとめる。
その大きな手と大きな体で、抱きとめ、抱き寄せる。
主人が正気が正気を取り戻すように、
ただの恵まれた女に戻りように。
祈り、願い、望んだ。
「ミゾノグチ、私はもう限界なのです。繰り返されるあの日の夢、風化しないあの時の記憶、戻らない、戻れない幸せな日々。私は強い女ではなかったのです。私は優れた女ではなかったのです。ただ、他者より運が良かった、恵まれていただけの女。だから、もう限界。終わりにしたいの、私はーー」
「終わらなくていい、終わりにしなくていいのです。お嬢様、一つの恋が破れた程度、それだけのことです。お嬢様くらいの年の女性がどれほど恋破れているかご存知ですか。そもそも、恋なんてものはほとんどのそれが成立し難い夢まぼろしの産物。誤解と妥協を人恋しさで調理した、汚れ穢れた幻想なのです」
「ミゾノグチーー」
「お嬢様は疲れているのです。隣国との戦をすれば、確かにかの者のことは忘れることができるかもしれない。ですが、それ以上に大きな傷を負うことになります。心にも体にも、消えず、消せず、許されない傷を負うことになるのです」
「ミゾノーーグチ」
「だから、もっとゆっくりしましょう。一度この国を離れ、誰も知らない誰もいない静かな所へ行きましょう。ここにはお嬢様の過去が、思い出があり過ぎます。だからこそ、傷が癒えづらかったのかもしれません」
「もう、いい」
レイピアは短く言った。
手にした剣を、執事の胸に突き立て。
「ーー、……、……」
執事は何か言おうとしたが、言わなかった。
レイピアの目は、黙り生き絶える従者の姿を捉えていた。
だが、彼女の心は何も動かなかった。
懸命に主人を思い言葉を尽くした従者よりも、
ここにはいない、過去の恋人の存在の方が、彼女にとっては重かったのだ。
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