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8.富者の嘆き

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レイピア=アントワーズは恵まれていた。
剣の才能についてもそうだが、体力についても無尽蔵と言えるほどに強靭な肉体を有していた。
とても、ただの令嬢とは思えないほどの活動限界。
呼吸を乱さず、
疲れも見せず。
ただ自身の通り道の障害を右へ左へ切り裂いていく。

「この悪魔……がっ、覚悟しやがれっ!」

背後から、致命傷を幸運にも、
ーー否、不幸にも避けた兵士が斬りかかる。
レイピアの視界の範囲外、
大振りの一撃。

「五月蝿い」

だが、彼女はするりと避ける。
まるで、背後も自身の視野の一部のように。
兵士は二撃目を与えられた、今度は左胸にぐっさりと。

彼女は再び進行を再開する。
てくてくと、国の中枢へ向けて歩みを進める。

「いたぞ!あれが連絡のあった狂人だ」

中枢から派遣されてきたと思われる、フルプレートの鎧の兵士たちが現れた。
重装備のためか、重い足音を立てながら、レイピアの方へとゆっくりと進軍する。
その数は15を超えていた。

「気をつけろ、ただの女と思って油断はするな」

部隊長と思われる男が、注意を呼びかける。
その声に、他の兵士たちは首肯する。
慎重に、レイピアの周りを包囲していく。
機動力はないが、数の理がある兵士たち。
普通に考えれば、いくらレイピアが剣技に冴えていても、いくら機動力に優れていても、その不利は明確だった。
そう、彼女を普通の物差しで測るならば。

「これなら、少しは集中できるでしょうか」

不安そうに、彼女は言う。
だが、その不安は命を奪われる不安ではない。
自身の体に傷がつく不安でもない。

レイピアはその場で数回、跳ねたと思うと体を低くして突進した。
剣はその手に、
長い髪を靡かせて。

1人目の犠牲者は、予想通りというか、正面にいた兵士だった。
フルプレート、とは言っても継ぎ目はある。
関節部や首の可動域にも隙間はある。
その隙間に、彼女の所有する剣は十分に通った。
さくり、と軽い音と感触。
返り血は鎧の中に充満し、剣だけが血に濡れる。

包囲しているはずの兵士たちがたじろぐ。
次は自身の番ではないか、と。
だが、たじろぐ余裕があるならば、すぐに動くべきだった。
戦うか逃げるか決めるべきだった。
少なくとも、後者を選べば命は繋がったはずだ。

しかし、彼らは迷ってしまった。
戸惑ってしまった。
見れば見る程、彼女の姿は美しく。
見惚れている間に仲間たちは順に仕留められていく。

「すまん、みんなっーー俺は逃げる」

その言葉が出たのは、『みんな』が倒れた後だった。
当然、逃走行動は間に合わない。
兵士ならば、せめて闘争の末に死ぬべきだった。
背後から、彼女の剣を受けて、その者も生き絶えた。
防御のための鎧は、急所に誘導するための拘束具にしかならなかった。

「あぁ、駄目ですね。やはり、駄目です」

血を振り払いながら、彼女は言う。

「こんなことをしても、気は晴れません」

兵士の肉だまりに囲まれながら言う。

「ミゾノグチの、嘘つき」

レイピア=アントワーズは恵まれている。
それ故に、自分を責めることも省みることもない。
全ては他人のせい。
自分自身は、いつだって悪くない。
心の底から、そう思っている。

「ルパイン様ーーどうして私を捨てたんですか?」

うずくまり、叫ぶ。

「貴方が一緒なら、私はこんなことしなくても済んだのに」

捨てられた理由も、かの者に求める。
自身が悪いなどと、欠片も思っていない。

「どうすればいいのですか?私は、私は。どこを直せばいいのですか?」

彼女は叫ぶ。
わからない、わかりませんと嘆く。
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