それは非売品です!~残念イケメン兄弟と不思議な店~

白井銀歌

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season2

91話:ジェル、温泉に行く

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 それはまだ日陰に寒さが残る、春先のことでした。
 ワタクシがリビングで紅茶を片手に、のんびりミステリー小説を読んでいると、兄のアレクサンドルが温泉の話をしてきたのです。

「友達が山奥で温泉旅館を経営してて、最近リニューアルしたらしいんだ。それで泊まりに来ないかって言われててさ」

「それはいいですね、行ってらっしゃい」

「いや、そうじゃなくてだな――」

 ワタクシがさほど興味無さそうに返事したにも関わらず、アレクはまだ温泉の話を続けようとします。
 もうちょっとで犯人がわかるところなので、できれば読書の邪魔はしないで欲しいんですがねぇ。

「せっかくだから、ジェルちゃんも一緒に行こうよ」

「え、ワタクシもですか?」

 まさか誘われると思っていなかったので、少し驚きました。

「たまには都会の喧騒(けんそう)から離れて、ジャポネスクな人里離れた静かな村の温泉旅館でのんびりするのもいいんじゃねぇか?」

「そうですねぇ……」

 経験上、彼がワタクシのことを「ジェルちゃん」と呼ぶときはロクでもない考えがあることが多いのですが、静かな村の温泉でのんびり、という言葉には少々心が動かされるものがあります。

 読みかけの小説から目を離して、ワタクシがアレクの方を向いたことに気付いたのか、彼のマリンブルーの瞳が輝き、弁舌は勢いを増しました。

「なぁ、想像してみろ。うららかに晴れ渡る空と澄んだ空気。遠くから聴こえる野鳥のさえずり。美しい山の景色を見ながらスペシャルでラグジュアリーな露天風呂でリフレッシュされる自分を――」

「露天風呂でリフレッシュ……」

「そうだぞ。その後はベテランの板前さんが腕を振るったゴージャスな山の幸をおなかいっぱい食べよう!」

「山の幸……どんな物ですかねぇ?」

 ペースに呑まれて、つい話に相槌を打ってしまうと、後はもう彼の独壇場です。

「あぁ、今の時期は山菜がイチオシだ。山菜の王様と言われるタラやフキノトウは天ぷらにすると美味いぞ!」

「へぇ、図鑑で見たことはありますが食べたことないですよ」

「じゃあ食ってみないとだな!」

 アレクは勝手にうんうんと頷きます。

「あ、もちろん山の幸だけじゃないぞ。もし綺麗な渓流が近くにあればフレッシュな魚も食えるかもしれない。イワナやヤマメの塩焼きは最高だぞ! どうだ、興味あるだろう?」

「たまには、そういうのもいいかもしれませんねぇ」

「よし、決まりだ! 後はお兄ちゃんが手配するから楽しみにしてろ!」

 こうしてワタクシは調子の良い言葉に乗せられて、一緒に温泉旅行に出かけることになったのでした。

 翌週、アレクに案内されるがままに出発したのですが“人里離れた静かな村”と言っただけあって、温泉旅館はとんでもない山奥にありました。

「――はぁっ、新幹線で1時間半で、さらに電車とバスに乗り継いで2時間、そこからさらに徒歩30分……くっ、こんなことなら転送魔術で移動すれば楽だったのに」

「旅行ってのは移動も含めて旅行だからな。ほら、俺が荷物持つから頑張れ」

 慣れない山道に息をはずませながら歩くワタクシに対し、アレクは普段となんら変わりない調子で答えます。
 こういうところで体力の差を痛感させられるとは。少し悔しいです。

 山を越えた先にあったのは、昔ながらの茅葺かやぶきの屋根が連なる小さな村でした。

「うわぁ……これはたしかにジャポネスクですねぇ」

「だろう?」

 ワタクシがキョロキョロと物珍しく周囲を見回していると、村の奥から男性がやってきます。
 ずいぶん時代錯誤な格好で、スズメの巣のようなモジャモジャ頭に灰色のお釜帽を被って、くたびれた感じの着物とよれよれの袴(はかま)を身に着けていました。

 男性はワタクシ達をまったく警戒する様子も無く、人懐っこい笑顔を浮かべて話しかけてきます。

「やぁ。今、着いたところですか?」
 
「おう、そうだよ。俺はアレクサンドル。こっちは弟のジェルマン」

「やぁやぁ、どうも。私は銀田一耕助ぎんだいちこうすけです」

 銀田一耕助……⁉
 格好といい名前といい、ワタクシの知っている古い日本のミステリー小説の登場人物に微妙にそっくりなんですが、何か関係があるんでしょうか。

「あの。銀田一さんはこの村の人ですか?」

「いや、知り合いの紹介で来たんですよ。心身が疲れるような出来事が立て続けにあったもんで……この八(や)つ墓鬼首獄門村(はかおにこべごくもんむら)でゆっくり静養したいと思いまして」

「よくそんな名前のところで静養しようなんて思いましたね」

 銀田一と名乗る男性。不吉すぎる村の名前。
 もしかしてワタクシ達は、山道を歩く内にミステリー小説の世界に迷い込んでしまったのではないでしょうか。

「どうしたジェル? やけに難しい顔して」

「いえ、なんでもないです」

 さすがに考えすぎですかね。たまたま小説の世界とちょっと似ているだけのことで――

「あ、兵隊さんだ」

 そう言ったアレクの視線の先には軍帽を深く被り、コートの襟を立てて顔を隠した男性がうろうろしていました。

「あー、復員兵ですね」

 銀田一さんは、のんきな口調でそう答えました。

「誰なのかまったくわからないんですが、決まった時間に村を徘徊しているんですよ」

「不審者じゃないですか! 戦争が終わって何年経ってると思ってるんですか! 明らかに普通じゃないでしょう⁉」

「いやー、でも徘徊するだけで別に何かされるわけでもありませんから」

 徘徊している時点で十分怪しいんですが。
 しかし銀田一さんにとっては、それが何でもない日常風景らしいのです。

「さぁ、アレクサンドルさんにジェルマンさん。旅館に行くなら案内しますよ。着いていらっしゃい」

 正直、狐につままれたような気分でしたが、そのまま彼に案内されて村の奥にある旅館へ向かうことになりました。
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