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2:誘拐は日常茶飯事

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「…まあ、言いたい事は分かるけどさ、アタシ達はまだ恵まれている方だと思うよ?」

 散々買い物を堪能した私達は、食堂へと入り、夕食をオーダーした。魚介をふんだんに使ったブイヤベースに舌鼓を打ちつつも、私がマスターの愚痴を連ねていると、向かいに座るガーネットが、器の底に残ったブイヤベースをバケットで拭いながら、持論を口にする。

「そりゃぁ、アタシも、あんなデカブツに捕まるようなマスターの男運の悪さには辟易しているけどさ、それ以外は概ね好みが一致しているから、あんま心労がないんだよね。運動苦手だけど後衛だから充分務まるし、あまり痛い思いもしないで済むし。自分のマスターと性格が合わないと、悲惨だよ?ほら、あの後ろの人を見てごらん?」

 ガーネットがバケットを口に含みながら指差した先へと目を向けると、一人のヒューマンの男がテーブルの上に肘をつき、頭を抱えていた。その男の顔に浮かぶ苦悩の表情から目が離せないでいると、背後からガーネットの説明が聞こえて来る。

「あの人、マスターが『ぴーけー』やってるんだってさ。『ろぐいん』している時には、自分が望んでもいない人殺しを繰り返していて。そのせいで、『ろぐあうと』した後も自責の念が拭いきれなくって、殺した相手に会うたびに謝罪して回っているんだよね」
「…よくそんな込み入った事情、知ってるわね?」
「嫌でも知るわよ、アタシも1回殺されたし」
「げ」

 私の上げた変な声が、響いたのかもしれない。俯いていた男の人が顔を上げ、ガーネットと目が合った。男が席を立ち、青い顔で近づいて来る。

「…ア、アンタ、ガーネットって言ったっけ?…あの時は申し訳なかった。俺は、本当は殺したくないんだ…」
「ああ、好いよ好いよ、もうすでに1回謝って貰ったし」

 唇を震わせながら頭を下げる男に、ガーネットがウンザリするように答える。彼女はテーブルに片肘をついてその上に顎を乗せ、もう片方の手を振るって男を追い払う素振りを見せた。

「『ろぐいん』している時には、自分がどう思おうと、体が勝手に動いちゃうんだから。むしろ同情するよ、そんなマスターに仕えるハメになるなんてさ…。ほら、行った行った。『えぬぴーしー』の時くらい、忘れて自由を満喫しなさい」
「本当にすまなかった…」
「わかったから!…あ!本当にすまないと思っているなら、次にアタシを殺した時には、後で飯奢ってよね!?それで、チャラにしてあげるから!」
「わかったよ…ありがとう…」

 頭を下げながら自分の席へと戻る男に向かって、ガーネットが中腰でどやしつける。彼女は宙に浮いたお尻を勢い良く椅子に落ち着けると、盛大な溜息をついた。

「まったく、もう…あ、イリス、わかったでしょ?彼の苦悩に比べれば、アタシ達に降りかかってくる運命なんて、可愛いモノじゃない。彼のマスターに比べたら、貴方のマスターなんて特上よ?」
「うん…そうだね…」

 ガーネットの説得に、私はもう一度背後へと振り返り、独り寂しく食事を摂る男の姿を見ながら相槌を打つ。彼女の言う通り、私は、マスターが自分のマスターとなってくれた事に、本当に感謝している。私は剣を振るうのが好きだし、ダメージテイラーのスキルは派手で、爽快感がある。マスターが用意してくれた「ソードマスター」というクラスはそんな私にピッタリで、狩りの時の私はマスターに操られるがまま心の底から躍動し、嬉々としてモンスターを斬り払っていた。

 それに私のマスターの良さは、「就業時間」にも表れている。私のマスターは、どうやらマスターの住む「りある」の世界では「こうりつちゅう」と呼ばれているそうで、マスターは「ろぐいん」するとガーネット達とパーティを組み、脇目も振らず狩場へと直行する。そして、私はマスターに操られるがままぶっ通しで狩りを続けるわけだけれども、2~3時間で街へと戻り、換金してさっさと「ろぐあうと」するのだ。つまり残りの21時間は、まるまる「えぬぴーしー」としての自由時間というわけ。私が内心でマスターの評価を下す傍らで、ガーネットがボヤいている。

「『せかんど』とか『さーど』に生まれるとまともに育ててくれない事もあるし、酷いのになると『倉庫1』とか『倉庫2』とか命名されて、そのまま放置よ?そんな名前になった日には、恥ずかしくて、『えぬぴーしー』の時に偽名使うしかないんだから」
「しかも『ねおち』なんてされた日には、いつまで経っても仕事が終わらないしね…」

 そう答えた私の視界に、食堂の壁に顔を押し付けたまま辛抱強く立ち続ける「ぷれいやー」の後姿が飛び込んでくる。ああやって超過勤務しても残業代なんて出ないし、可哀想…。

 私のマスターは、本当にメリハリが利いている。いつもほとんど同じ時間に「ろぐいん」して、バババッと狩場を回って、スパンと「ろぐあうと」する。そう考えると、ガーネットの言う通りだと思う。せいぜいマスターが私に押し付けて来る望まぬ運命だって、人前で臆面もなく、パ、パパパンツ見せびらかすくらいだし、さっきの人殺しの苦悩に比べれば全然許容できる範囲だ。…いや、うら若き乙女なら決して受け入れちゃ駄目だけれども!

「お待たせしました。プリン・アラモードです」
「来た来た!コレを待ってたのよね!」

 私が椅子に座ったまま俯き、羞恥と安堵の狭間で揺れ動いていると、デザートのプリン・アラモードが運ばれて来た。ガーネットが目を爛々と輝かせてスプーンを手に取り、早速一口掬って口に運ぼうとするが、その途中で突然痙攣し、硬直する。

「…え、嘘!?マスター、『ろぐいん』してきた!?『そうば』見るの!?タイミング、最悪なんだけど!」

 慌てて彼女はプリンを口に含み、スプーンごと咀嚼しながら、私に言い募る。

「ゴメン!此処のお代、払っておいて!15分しても戻って来なかったら、プリン食べちゃっても好…」

 彼女は最後まで言い残す事ができず、その姿が霞のように消え去る。口に咥えていたスプーンが彼女の消失と共に落下し、軽やかな音を立ててテーブルの上で跳ね返る。

「…はぁ…」

「誘拐」と呼ばれる、この世界では良くある日常風景。私は溜息をついて15分待ち、その後彼女のプリン・アラモードを平らげて、一人で食堂を後にした。



 外に出ると空は真っ暗な暗闇に覆われ、大通りに並ぶ街灯が皓々と輝き、闇の侵略から街を守ろうとしていた。けれども、通りには相変わらず大勢の「えぬぴーしー」が行き交い、その間を幾人もの「ぷれいやー」が駆け抜けて行く。体内時計に目を向けると、「りある」では13時を回ったところ。後9時間もすれば、マスターが「ろぐいん」して来るだろう。私は次の「ろぐいん」に備え、一眠りするために家路へと就こうとしたが、そこでふと立ち止まった。

「…あ、また、あの人が居る…」

「えぬぴーしー」特有の、地味な茶色の髪や淡い水色の髪の中から、ひと際鮮やかな赤髪が頭一つ飛び出していた。背の高いヒューマンの男は、「ぷれいやー」にもかかわらず初期装備と思しき質素な衣装に身を包み、柱に顔を押し付けるように佇んでいる。その姿はまるで、先ほどの食堂に居た「ねおち」の人に瓜二つだけど、私は彼がそうではない事を知っている。ううん。それは私だけではなく、この界隈で暮らす「えぬぴーしー」であれば、誰もが知っている事だった。

 少しの間眺めていると、彼はやがて、まるで垂直に立てた棒を捻るように不器用に体を回転させ、大通りへと歩き出す。そして、大通りを斜めに横断すると反対側の垣根にぶつかり、そのまま動かなくなった。彼はそうやってジグザクに大通りを横切りながら、人混みの中へと消えていく。この1年、繰り返し目にするようになった光景を今日も目で追いながら、私は小さな声で呟く。

「…あの人のマスター、上手く操作できないのかな…」

「ぴーけー」に苦悩する男の人もそうだけど、私達はマスターを選ぶ事ができない。私はその中で、ちょっぴり助平なところだけが玉にきずなマスターに出会えた事に感謝しながら、家路へと就いた。
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