中の人にも色々事情があるんです!

瑪瑙 鼎

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11:クエストは命懸けで(3)

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『くっ…≪ホワールウィンド≫!』
『≪アースクェイク≫!』
『≪フェードアウト≫』

 「私」マスターがすかさず剣を抜き、背後に向けて横なぎに払うが、黒いフードを被った男は靄と化して消え去り、「私」の剣は空を切る。ガーネットも範囲魔法を放つが、男を捉えられない。

『≪プロボーグ≫!赤兎、こっちに来い!』

 ヤマトが挑発スキルを放ち、ボブゴブリンのヘイトを赤兎から引き剥がす。「私」達三人は赤兎を中心に円陣を組み、次の襲撃に備える。頭の中でマスター達の会話が飛び交った。

『畜生!初心者狩りのからすかよっ!格下しか襲わないチキン野郎めっ!』
『鴉は、隠蔽・火力特化ビルドです!反面、防御は薄いので、殴り合いに持ち込めれば勝ち目はあります!』
『でも、火力特化のカンストアサシンでしょっ!?私は勿論、イリスだってたないわよっ!?』
『1分後に来るぞっ!次に備えろっ!』

 フェードアウトは「アサシンマスター」のスキルで、発動中は対象を認識できず、攻撃・支援対象から除外される。相手が再び姿を現すまでこちらから手を出す事のできない、厄介なスキルだ。そのスキルの唯一の隙が、効果時間と再使用時間クールタイムが同じ1分であるという事。防衛側は、その効果時間切れに合わせてスキルを放ち、相討ちを狙う事が求められる。

 やっと赤兎が「かくせいくえすと」に挑戦できたのに、何て酷い事をするんだろう。

 私はこのタイミングで襲い掛かって来た「ぷれいやー」に憤りを感じながらも、何の力にもなれない自分に無力感を覚え、ただひたすらマスター達の抵抗が実を結ぶ事を願い続ける。マスター達が激論を交わす中、ガーネットが破れかぶれに言い放った。

『ええいっ!こうなったら…≪カウンターマジック・ブリザード≫!≪クリスタルシールド≫!≪スクロール・オブ・リザクレ…』
『≪ハートブレイク≫、≪ペネトレイトブロー≫』
『きゃっ!』

 ガーネットが立て続けに魔法を詠唱し、加えて先生に蘇生スクロールを発動させようとしたところで、鴉が彼女の真横に現れる。鴉の持つ短剣は続けざまにガーネットの体へと吸い込まれ、連撃を浴びた彼女は血飛沫を上げながら宙を舞う。



 /////【ギルドメンバー:ガーネット】が、【プレイヤー:鴉】に斃されました /////



『≪ダブルスラッシュ≫!』
『≪エスケープ≫』

 頭の中に流れるメッセージを無視し、「私」マスターが鴉へと襲い掛かるが、鴉は霞へと姿を変え、森の中へと消え去る。臍を噛む「私」マスターの許に、ガーネットから激励が飛んだ。

『ブリザードを当てたし、エスケープも使わせたわよ!後は任せたっ!』
『あいよぉ!』

 カウンターマジック・ブリザード。

 近接攻撃者にステータス減少・移動速度低下・継続ダメージを与える、カウンタースキル。一方、エスケープはフェードアウトと同じ隠蔽スキルだが、効果時間2分に対し、クールタイムが20分。つまり先ほどのガーネットの行動は、先生を蘇生しようとする事で鴉の攻撃を誘引したというわけ。予定外の攻撃を仕掛けたため、鴉はフェードアウトのクールタイムが明けておらず、「私」マスターの攻撃から逃れるためにエスケープを使わざるを得なかった。カウンターマジック・ブリザードの移動速度低下も手伝って、鴉は離脱できない。これで、フェードアウト一本で正面決戦に臨まざるを得なくなった。

 しかし依然、状況は厳しい。すでに回復職と魔法職を失い、ヤマトタンカーは鴉を倒すだけの火力がない。「私」が倒されると、敗北が確定する。「私」マスターは周囲に神経を尖らせ、2分以内に襲い掛かって来る敵に備える。だが、フェードアウトのクールタイムが明けた事で、攻撃のタイミングが読めない。必ず先手を取られる事になる。

『…イリス!』
『≪トリプルチェインブロー≫』

「私」の背後に黒い靄が現れ、人の姿を形作る。ヤマトの警告に「私」マスターは反射的に回避を試みるが、その行動は間に合わない。「私」の無防備な背中に3筋の刃が襲い掛かり、―――

 ――― キン。

 硬質な音と共に空間がガラスのように割れ、周囲にクリスタルの破片が飛び散った。

『…チッ!』

 手札の切り間違いに気づいた鴉が、苛立たし気に舌打ちをする。

 クリスタルシールド。

 付与対象者に対するダメージを一度だけ無効化する、防御スキル。それをガーネットが唱えた事で、鴉はガーネット自身にクリスタルシールドが付与されたと判断し、ペネトレイトブローという防御貫通スキルを放った。だが、クリスタルシールドの付与対象者は、ガーネットではなく、「私」。ペネトレイトブローは無駄撃ちとなり、クールタイムが明けていない鴉は通常スキルで「私」を攻撃し、クリスタルシールドがそれを防いだというわけだ。ガーネットが己を犠牲にして作ったチャンスを生かし、「私」マスターが反撃を繰り出す。

 だが、鴉には、それでも手が届かない。

『≪ホワール…』
『≪アームブレイク≫』
『ぐっ!?』
『≪セブンス・ペイン・ブリード≫』
『がぁっ!?』

「私」の反撃は鴉が放ったアームブレイクによって阻害され、硬直した「私」の体の上を7筋の刃が走った。「私」の体は7筋の赤い線によってズタズタに切り裂かれ、HPは5割を切り、しかも継続ダメージが続いている。「私」はなおも鴉に詰め寄って剣を振りかぶるが、鴉は身を引き、遁走を計る。

『待て!このっ…!』
『≪フェードアウト≫』

 その時、何処からともなく飛来した1本の矢が鴉の肩当てに当たり、虚しく跳ね返された。



『――― ≪ラピッドショット≫』



『…こんのっ、クソ雑魚がぁっ!』
『赤兎、でかしたっ!≪ダブルスラッシュ≫!』
『ぐぅぅぅぅ!』

 フェードアウトを潰された鴉が悪態をつき、「私」が高笑いを上げながら剣を振り下ろす。「私」の2本の剣を受け、鴉の体に十字型の赤い線が浮き上がり、鮮血が舞う。

 おそらく赤兎のマスターは、狙ったわけではないだろう。それは、彼女が操る赤兎の挙動不審さを見れば明らかだ。右手しか動かない彼女が、レベル20の一次職でしかない赤兎が、レベル80のアサシンマスターに攻撃を当てるだなんて、偶然と奇跡が積み重なったとしか思えない。しかし、その奇跡は最大の成果を生んだ。フェードアウトを潰され、鴉はもう逃げられない。

『いっけぇ!イリスっ!』

 血塗れで横たわったままのガーネットからの声援を受け、「私」は再び二刀を引き絞った。鴉のHPは残り4割。一方の「私」は、持続ダメージによって残り3割。どちらもあと一撃。「私」の視界の左右から二刀の刃が鴉へと伸び、その間隙を縫って鴉の短刀が「私」へと襲い掛かる。

『≪デュアルスティール・…』
『≪デッドリーブロー≫』

「私」の左刀と鴉の短刀が、同時に相手に突き刺さった。鴉の短刀は「私」の軽鎧を易々やすやすと突き破り、背中へと突き出て赤い噴水を作り上げる。HPが真っ赤になり、次第に血に染まっていく「私」の視界の中で、鴉が「私」の右刀をその身に受けながら顔を寄せ、至近距離で「私」を嘲笑った。

『…惜しかったなぁ…この、雑魚がっ!』



『――― ≪デコイ≫』



 /////【ギルドメンバー:】が、【プレイヤー:鴉】に斃されました /////



『…ち、畜生ぉぉぉっ!』

 頭の中を流れるメッセージと共に、嘲笑っていた鴉の表情が一変する。時間が巻き戻り、背中に突き抜けていた鴉の短刀が押し戻され、修復された「私」の軽鎧の前で刃が止まる。HPが3割に戻り、代わりにHPが真っ赤になったヤマトが膝をつき、胸に開いた大穴から血を噴き上げながら地面に崩れ落ちた。

 デコイ。

 ヤマトの職業クラス守護者ガーディアンが持つ、仲間が受けたダメージを2倍にして肩代わりする、防御スキル。「私」と交差したままの鴉の体には、すでに「私」の二刀が突き刺さっている。そして、デッドリーブローは火力突出の攻撃スキル。

 …行動阻害効果は、ない。

 目の前で狼狽えている鴉に向けて、「私」マスターが意趣返しとばかりに、唇の端を吊り上げる。

『…エクスプロージョン≫』

 鴉に突き込まれた2本の刀身が輝きを放ち、傷口から橙色の光が溢れ出す。傷口は瞬く間に広がり、爆音を上げながら鴉の体が千切れ飛び、鮮血と共に宙を舞った。



 ///// 【イリス】が、【プレイヤー:鴉】を斃しました /////



『よっしゃぁっ!ザマァ見やがれ、このチキン野郎がっ!』
『やったぁ!イリス、ナイス キル!』
『畜生っ!ふざけんなっ!このクソ雑魚どもがっ!後で覚えてやがれっ!』
『一昨日来やがれってんだっ!』

 剣を掲げガッツポーズを取る「私」にガーネットが喝采を送り、上半身と下半身が泣き別れになった鴉が罵声を浴びせる。轢死体と化した鴉は、中指を立てて挑発する「私」に向かって数々の罵詈雑言を並べた後、「ふぃーるど」から姿を消した。残された「私」は、HPポーションを口に含みながら周囲に横たわる仲間の死体を見渡し、口を開く。

『…悪ぃ。蘇生スキルねぇから、先にホームに帰っていてくれ。赤兎のクエストは、俺が見ておく』
『いいわよ、私は暫くの間、此処で死んだまま見学しているから。イリス、赤兎の事、よろしくね?』
『後の事、よろしくお願いします、イリスさん』
『あいよぉ』

 死体のままお喋りを始めたガーネット達に手を振り、「私」は棒立ちしている赤兎の許へと歩み寄った。「私」が全身血塗れの姿で赤兎の手を取ると、彼のマスターは一瞬硬直し、やがて恐る恐る頭を下げる。

『 あ の 、 ご め ん な さ い 』
『何で謝るんだよ。お前のせいじゃねぇから』
『 で も 』
『気にするな。あのチキン野郎が全部悪いんだから…それよりさっきの攻撃、凄ぇ助かったよ。アレがなかったら、絶対負けてた。誇って好いぞ、赤兎』
『 う ん 。 あ り が と う 、 イ リ ス 』

 赤兎が頭を下げると、「私」は振り返って彼に背を向ける。そして「私」マスターは彼の手を引き、ズカズカと森の奥へ進みながら口を尖らせ、何故か不機嫌そうに答えた。

『さっさとクエストを終わらせるぞ、赤兎。後20匹、ボブゴブリンを倒せば終わりだからな』
『 う ん 』

 こうして再開されたボブゴブリン狩りは順調に進み、「かくせいくえすと」を終えた赤兎は無事に二次職へとクラスチェンジした。



 ***

「「「…」」」

 マスター達が「ろぐあうと」し、打ち上げと称して行きつけのお店へと顔を出した私達を出迎えたのは、テーブルに並べられた沢山の料理と乱立するジョッキの山だった。所狭しと並べられた料理に私が目を瞠っていると、テーブルの向かいに座るヒューマンの男が美味そうにビールを飲み干し、上機嫌で話し掛けてくる。

「姉ちゃん、良くこの俺を殺してくれたっ!今日は俺の奢りだっ!遠慮せず、ガンガンやってくれ!」
「あ、あの…」
「ガーネットっ!さっきは悪かったなっ!約束通り今日は俺が払うから、好きなだけ喰ってくれ!坊主!あんたレベル20で俺のマスターを怯ませるだなんて、大したタマだっ!見どころあるぜっ!」
「…は、はぁ…」

 向かいの男から矢継ぎ早に放たれる景気の良い言葉を受け、私と赤兎は思わず恐縮したていで肩をすくめ、頭を下げる。一方のガーネットは男の勧めに遠慮なく料理へと手を伸ばしながら、男に向かって呆れ声を上げた。

「まったくもう…殺し殺された相手に対し嬉々として酒を振る舞うだなんて、どうかしているんじゃないの、鴉?」
「これが喜ばずにいられるかよっ!?姉ちゃんがこの俺を殺してくれたおかげで、今後1週間はデスペナの影響で出撃できねぇ!その間、俺は人殺しをせずに済むんだ!ひゃっほぉぉぉぉぉぃ!糞マスターめ、ざまぁ見やがれってんだ!」

 以前、ガーネットに頭を下げに来た男の、一転して晴れ晴れとなった表情に、私は思わず目を瞬かせる。鴉は未だ戸惑いを覚える私達に無理矢理ジョッキを持たせると、勢い良くジョッキを掲げた。

「それでは、この俺の死を祝して、カンパーイ!」
「「「…か…乾杯?」」」

 立ち上がって胸を張ったまま、嬉しそうにジョッキを傾ける鴉の姿を見ながら、私は舐めるようにビールを口に含む。



 自分のマスターと性格が合わないと言う事が、どれだけ不幸な事なのか。

 そして、私がマスターに出会えて、どれだけ幸せだったか。



 そんな事を思いながら、私は一晩中、殺し合った相手と酒を酌み交わしていた。
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