失われた右腕と希望の先に

瑪瑙 鼎

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第2章 ハンター

16:ハンター

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 柊也がカラディナ共和国に入国してから、さらに半月が経過した。その間、カラディナ国内を北西に移動し、柊也はカラディナ北部有数の街、ラ・セリエへ足を踏み入れていた。

 柊也は、カラディナで入手したこちらの衣服に身を包み、すでに隻腕に戻っていた。右肩は包帯で包まれている。義手はカラディナに入国してから3日後に捨てた。元々エーデルシュタイン国内の偽装用であり、カラディナでは隻腕である事を隠す必要がなかった。エーデルシュタインが探しているのは柊也であり、隻腕のカラディナ人ではないからだ。なお、衣服の購入費を含め、柊也がここに来るまでに費やした費用については、謁見後にエーデルシュタイン王家から支給された支度金で賄っている。それなりの金額を貰っており、今のところお金に関する心配はなかった。

 カラディナ共和国の首都は国の中央に位置するサン=ブレイユであるが、柊也はそこを通らず、カラディナ国境付近を反時計回りに進んで、ラ・セリエに向かった。理由は二つ。一つは、柊也がカラディナの中枢から距離を置きたかった事。中原三強の首都だけあって、サン=ブレイユは非常に賑わっており、人の目も多い。上手くエーデルシュタインの目を眩ませたと思っている柊也であったが、何処で他人の目に留まるかわからない。であれば、いきなり権力者に情報が伝わる首都よりは、情報の伝達が遅れる辺境の方が、都合が良かった。

 二つ目は、ラ・セリエはハンター業が盛んで、流れ者にも比較的寛容な風土だからだった。隻腕で、この世界で何ら縁故を持たない柊也としては、自力だけで全てが決まるハンターが、ほとんど唯一の「飯のタネ」と言えた。

 ハンターとはこの世界における職業の一つで、いわば個人の兵士稼業である。この世界ではガリエルの手先や土着の魔物が多数存在し、それらから身を守るために武力を必要としていた。ただ、騎士や一般の兵士は国や各領主の下に属しており、その動きは一般市民から見れば迅速ではないし、市民の希望が叶う事もない。そのため、各集落や個人が魔物から身を守るために一時的に頼るのが、ハンターである。なお、ハンターは魔物専門の兵士業というわけではない。対魔物が一番儲けが良いが、護衛や危険地帯における採集、まれに軍事的な仕事も請け負う。いわゆる、魔物を主とした荒事全般の何でも屋である。

 ラ・セリエは城郭都市であり、ヴェルツブルグやサン=ブレイユに比べると小規模だが、堅牢さで言えば遥かに勝っていた。これは、ラ・セリエがカラディナにとって、北部から押し寄せる魔物に対する防壁の役目を果たしているためである。実際、ラ・セリエの北東方向にはコルカ山脈が広がり、ここからカラディナに押し寄せる魔物の討伐が、ラ・セリエに住むハンターの主な収入源であった。

 城門を守る門番から町の情報を仕入れ、当座の仮宿を抑えると、柊也は早速ハンターギルドへと足を運んだ。城壁に囲われたラ・セリエは、石造より木造の家屋が多く、整然とした街並みを見せていた。人並みが多いわけではないが、道行く人々は生気に溢れ、活気が感じられる。おそらく日中はハンター達が街の外へ繰り出しているせいもあるであろう。飲食街も夜に向けての仕込みに入っている様で、夜、ハンター達が戻った後の喧騒さが容易に予想できた。

 ハンターギルドの建物は、周囲を飲食街に取り囲まれた所にあった。ハンターが得た報奨をそのまま吸い上げるために飲食店が画策したのだろう。ハンターギルドの両脇には、酒場が連なっていた。ちなみにこの様な場所だけあって、ギルド側はクエストを依頼したい一般市民に配慮し、クエストを依頼する建物はここから2ブロックほど離れた場所にある。柊也が訪れたのは、ハンター用の建物だった。

 建物は石造の3階建てで、重厚さこそ感じられないが、しっかりとした造りだった。中に入ると、広間の奥に木製のカウンターが5つ並び、そのうちの2つに受付嬢が座り、何か書き物をしている。おそらく夕方にもなればカウンター全てに受付が就くのだろうが、まだ午後の早い時間のせいであろう。ハンター達もまだ戻って来ていないのか、受付嬢の他には誰もいなかった。

「いらっしゃいませ。どの様なご用件でしょうか?」

 受付嬢の一人が柊也に気づき、声をかける。柊也がハンターではない事には気づいている様だ。

「ハンターになりたい。手続きを頼む」

 柊也の話を聞いた受付嬢は、整った眉を顰める。

「…ハンターに、ですか?しかし失礼ですが、その腕ではいささか難しいのでは?」

 そう問われた柊也は、しかし予想していた事であり、躊躇いなく回答する。

「大丈夫だ。確かに前衛での活動には無理があるが、実は魔術師なんだ。地と水の素質を持っている」

 堂々と言い切った。

 柊也が素質の有無を確認したのは、召喚直後の1回だけであり、現在も素質が確認されたわけではない。エーデルシュタインを脱出したのは、素質がないのにも関わらず魔法が使えた事が一因でもある。にも拘わらずラ・セリエで魔法が使えると言い切ったのは、カラディナでは、柊也に魔法の素質がない事が知られていないからである。

 実は、素質の有無が確認できるのは、教会に喜捨をして祝福または鑑定を受けた場合に限られる。そしてその喜捨は、金貨5枚と相場が決まっている。つまり、素質の有無を確かめるには、誰かが金貨5枚を払わないとできない。

 であれば、対応策は簡単だ。「素質がある」と先に言ってしまえば良い。実際に魔法を使って見せれば、その言葉の証拠となる。もしその素質が無いと疑うのであれば、疑った者が金貨5枚を払って鑑定に持ち込むしかない。しかし、目の前で実際にその魔法が発動しているのにも関わらず、金貨5枚を払ってまでその素質を疑う者がいるだろうか。

 エーデルシュタインでは教皇から真っ先に素質を否定されてしまったため逃げ出す他になかったが、カラディナなら「言ったもの勝ち」が通じるのであった。実際それを聞いた受付嬢も、態度を軟化させる。

「ああ、そうでしたか。失礼しました。それでは手続きを進めさせていただきますね」

 と言って、柊也の前に記入用の用紙を差し出す。

「すまない。実は右腕を失ったのが最近でね。まだ左手での物書きができないんだ。代筆をお願いできないか」
「畏まりました。まずはお名前からお教え下さい」
「トウヤだ」
「トウヤ様ですね」

 柊也は偽名を使った。「トウヤ」は「柊:トウ」の誤読から生まれた、高校時代のあだ名だった。3年間使われ続けて柊也も馴染んでおり、呼ばれても違和感なく反応する事ができる。

「お持ちの素質を、お教え下さい」
「『地を知る者』『水を知る者』『ロザリアの気まぐれ』の3つだ」
「3つもお持ちとは、素晴らしいですね。すみませんが、地と水については、後ほど確認させて下さい」
「わかった」

 柊也は全ての魔法が使えるが、それを正直に伝えるのは流石に憚られた。素質は通常一人につき1つか2つであり、3つでも多い方なのだ。周囲に目立たず、疑われないためにも、3つ以内に抑えるのが無難だった。

「地を知る者」「水を知る者」は、それぞれ、地・水の魔法を一通り使う事ができる素質である。ただし、能力的には可もなく不可もなくであり、美香の持つ「〇を極めし者」やハインリヒの持つ「獄炎」と比較すると、「〇を知る者」は火力や範囲において劣る。魔術師と言えば「〇を知る者」を持つのが一般的で、優秀な者はそれにプラスαの素質を持っていた。実際は、柊也の使う魔法はこの2つの素質より高度なレベルであったが、3つ素質を持つ事にした以上、目立たないよう、一つ一つの素質を控えめに申告した。

 最後の「ロザリアの気まぐれ」は珍しい素質で、美香の持つ「一日の奇跡」の下位互換に当たる。「一日の奇跡」と同様に、一度だけ全ての属性魔法が使えるのは同じだが、魔力消費が多いのと、再利用までにかかる時間に幅があり不定なのが、「一日の奇跡」と比べ劣る点である。特に後者が問題で、記録に残る最短は1日、最長は何と11ヵ月後である。そのため非常に使いどころが難しく、珍しい割には外れとされる素質である。

 柊也が「ロザリアの気まぐれ」を選んだのは、一日1回に限るが、地、水以外の魔法を使っても他人に説明がつくからである。本当に「ロザリアの気まぐれ」を使用しているのであれば、再利用の問題があるが、柊也はいつでも魔法が使えるので、心配はない。再利用にあたっても他人には「運良く1日で再利用できた」と説明すれば良い。また、外れとされる素質で目立たない点も良かった。受付嬢が素質の確認に「ロザリアの気まぐれ」を指定しなかったのは、この再利用の問題を知っているからである。

「ありがとうございます。後は、これと…これと…と。それではトウヤ様、ハンター制度について、説明に入らせていただきます」

 こうして、柊也は無事にハンター手続きを終え、ラ・セリエにおけるハンターとしての生活が開始された。
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