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第5章 西誅
84:大草原
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ああ、何て繊細なんだろう。こんな薄い生地、見た事がない。
セレーネは斜め上を見上げ、目の前に広がる明るい蛍光緑の世界を眺め、感嘆する。エルフは総じて手先が器用であり、エルフの民族衣装も生地が細かいものであるが、目の前の生地はそれを上回り、目で追い切れないほどの細やかな線が縦横に走っている。
「 」
セレーネが細い指を伸ばして生地をなぞると、生地は心地よい涼しさと張りを齎し、指が通り過ぎた後も皴が寄らず、元の姿へと戻っている。いくら骨組みを通して張り渡されているとは言え、丁寧になめした革の様な、布とは思えない滑らかさは、それを直に目にしてもにわかには信じられない。
「 」
にも関わらず、革の様な重さは一切感じられず、向こう側が透けて見えるほど生地は薄く、しかも麻よりも軽い。これでいて、風雨を凌げるというのだから、柊也の生まれた世界が如何に発展していたか、セレーネには理解が追い付かないのも、致し方ない事だった。
「 」
更に驚くべき事に、この生地は王宮貴族が用いるような高級品ではなく、街の人々が用いるような、ごくありふれた大衆品であるという事。それは、今セレーネが内側から見ている、「てんと」と呼ばれる簡易住居に使われている事から見ても明らかである。この「てんと」は、国家機密や軍需品等ではなく、庶民が娯楽で用いるような廉価な物なのだそうだ。この「てんと」があれば、長く辛い旅路の中で、風雨に惑わされる事なく安らぎを得る事ができ、より快適な夜を過ごす事ができる。
「 」
だから、トウヤさん達は、野外にも関わらず、いつもこうして「てんと」の中で安心して、…いけない。駄目、セレーネ、それ以上考えてはいけない。二人に惑わされてはいけない。私はまだ217歳なのよ。まだまだ私には早すぎる。
「…セレーネ、お待たせ。もうこっちを向いてもいいぞ」
「…」
「サイレンス」が解けて音が生き返ったテントの中で、背後から柊也に呼び掛けられたセレーネは、恨めしそうな顔で振り返る。テントの中央には柊也が胡坐をかいて座り、その隣でシモンがへたり込んでいた。柊也は涼し気な顔をしてセレーネの方を向いているが、シモンは俯いたまま、肩で荒い息をついている。
「はぁ…はぁ…はぁ…ん、んんんんっ!」
すると、シモンは突然太腿の間に両手を差し込んで仰け反り、上を向いて小刻みに震える。あぁ、シモンさん、また進化しちゃった。セレーネは諦観の念を込めて溜息をつき、柊也にジト目を向ける。そりゃぁ、アラセナの一件があれば、進化しちゃうのもわかるけどさぁ…。
「…どうした?セレーネ」
セレーネの視線に気づいた柊也は、左手指に付いた液体を舐めとろうと口に運びながら、セレーネに尋ねる。そんな柊也を見たセレーネは、慌てて呼び止めた。
「え?トウヤさん、それ、舐めちゃうんですか?」
「え?だって、俺、右手ないし」
向こうの世界から、ハンカチを取り寄せればいいじゃないですか!セレーネは、内心に沸き上がるツッコミを抑え、自分の手元からハンカチを取り出す。
「ああ、もう!私が拭いてあげますから!手、出して下さい!」
そう言って身を乗り出したセレーネだったが、柊也の左手にはすでに先客がいた。シモンは柊也の左手を取ると、目を閉じ、指を一本一本口に含んでいく。
「…ぁ…んむ…」
「あ、シモン、サンキュ」
いや、だから、それじゃ元に戻っているだけでしょうがぁ!
***
アラセナ北部山中を脱出した三人は、そのまま山岳地帯を横切るように西進した。幸いな事に山狩りの追手はなく、またセント=ヌーヴェルとエルフの勢力圏に挟まれた緩衝地帯で魔物もおらず、一行は久しぶりに危険の少ない毎日を送る。残念ながらシモンとセレーネの二人に約束した感謝祭は今年も巡り合えなかったが、あれだけの逃避行の中で三人とも無事である事自体が、柊也にとって何より感謝すべき事であった。
アラセナ北部から西に2日ほど進んだ頃には、北に横たわる山岳地帯は標高が低くなり、三人は一段低い峠を見つけると、山を越えた。山岳地帯の北には緩やかな荒野が広がっている。
「大丈夫です。だいぶ東にずれていますが、これを北に進めば大草原に出ます」
ようやく記憶に残る景色を見つけ、セレーネがひと際明るい声で、二人に報告する。久しぶりに見る、セレーネの無邪気な笑顔見て、柊也とシモンは、頬を綻ばせた。
「後、どれくらいだ?」
「えぇと、大草原まで1週間、そこからティグリの森まで2週間くらいです」
***
「あれ?」
1週間後、いつもの設営を開始したところで、柊也が首を傾げた。
「おっかしいな…、汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」
柊也は、いつも設営に使う「ストーンウォール」を詠唱するが、何故か魔法が発動せず、頼もしい石壁が出現しない。しゃがんでテントを組み立てていたシモンが顔を上げ、声をかけた。
「どうしたんだ?トウヤ」
「それが、『ストーンウォール』が発動しないんだよ。…汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て。…ほら」
「え、何で?」
「いや、俺にもわからん。シモン、『疾風』と『防壁』はどうだ?」
「…ん?…あれ?私も駄目だ」
シモンが腕を持ち上げると、手の甲から肘にかけて、砂粒が所々に貼り付いている。初めての事に戸惑った二人は、顔を見合わせた。
「あ、トウヤさん、シモンさん。それ、大草原に入ったからです」
周囲を警戒していたセレーネが後ろを向き、二人に説明する。
「どういう事だ?」
「いわゆる中原と呼ばれる地域はロザリア様の管轄地なのですが、ここ大草原はサーリア様の管轄地になります。しかし、現在サーリア様は長い間眠りにつかれており、ロザリア様のような加護が働きません。そのため、全くと言っていいほど魔法や素質が働かないのです」
「そうなのか…、参ったな」
その話を聞いた柊也は、顔を顰める。
「え、どうしてですか?」
「ん?『ストーンウォール』が張れないだろ?夜襲への備えが無くなるから、不寝番が必要になるだろう?」
「あ、ああ。そういう事ですね。それなら大丈夫です」
柊也の話を聞いたセレーネは、右拳を左手の平に打ち下ろすと、柊也の左手を掴んで引っ張っていく。再び人里を離れ、三人とも向こうの世界の服を着ていたため、もれなくシモンも付いて来た。
セレーネは辺りを見渡し、少し離れた所に生える茂みを見つけると、そこに二人を連れて行き、口を開く。
「トウヤさん、シモンさん。ここら辺にテントだけ張って貰えますか?それと、すりこ木とすり鉢を出して下さい」
「ん?ああ、わかった」
柊也は、言われた通りに右手の力ですりこ木とすり鉢を取り出すと、セレーネに手渡す。続けてテントを取り出し、シモンと二人で設営を始めた。
セレーネはすりこ木とすり鉢を受け取ると、茂みに生えた葉を何枚か慎重に毟り、すり鉢へと入れる。そしてすりこ木を手に持つと、葉をすり潰した。
やがてテントの設営が完了すると、すり鉢を持ったセレーネが近寄り、すりこ木の先端をテントの屋根に押し付ける。そしてセレーネは、少しずつすり鉢の中の葉汁をすりこ木を介して屋根に塗りたくりながら、テントを一周した。テントからは独特の青臭い匂いが漂って来る。
「…これでよし、と。大草原の生き物は例外なくこの葉の匂いを嫌い、近寄ってきません。これで、夜、獣に襲われる心配はありません」
「へえ…この葉は一体、何だい?」
柊也は慎ましい胸を張るセレーネに質問をしながら、テントに塗りたくられた葉汁を指でなぞり、舌で舐めてみる。意外にも、爽快感とともに若干の甘味が感じられた。
「えっと、これはジョカの木と言って…ああああああああああああああ!トウヤさん!何やってるんですか!」
「え、な、何!?」
セレーネは説明を始めたところで、柊也の所業を見て慌てて近づいてくる。初めて見るセレーネの剣幕に柊也は驚き、尋ね返した。
「ジョカの葉汁は、猛毒なんです!中和しないと、3時間くらいで死んじゃいますよ!」
「ええええええええええええええええええええ!?」
「ちょ、ちょっと、トウヤ!」
柊也は青ざめ、シモンが慌てて柊也の背中をさする。狼狽する二人を前に、セレーネが柊也に指示を出した。
「トウヤさん、左手を濯いで。次に、コップ一杯の水を出して下さい」
「あ、ああ」
柊也が急いでペットボトルを取り出すと左手を洗い流し、続けてコップへと注ぐ。するとセレーネは、自分の首に巻きついている、幅の広いチョーカーにぶら下がった陶器製の小瓶を取り外すと、蓋を開け、中身をコップへと落とした。灰色の粉末が水面に散らばり、セレーネが指でかき回すと、やがて溶けて見えなくなる。
「トウヤさん、これ、飲んで下さい」
「わ、わかった」
柊也が慌ててコップの水を全て飲み干すと、セレーネは溜息をつき、表情を和らげる。
「これで大丈夫です。今のは、ジョカの実を乾燥させて粉末状にしたもの。ジョカの葉汁は、ジョカの実で中和できるんです」
「そ、そうなのか…あー、死ぬかと思った」
「実際、今ので死ねますからね。これからは無闇に口に入れるとか、子供みたいな事、止めて下さいね?それと、大草原の中でもし激しい胃のむかつきを覚えた時には、迷わずジョカの実の粉末を溶かして飲んで下さい。何処かでジョカの葉汁が口に入ったのかも知れませんから」
「ああ、わかった。セレーネ、すまなかった。骨身に染みたよ」
柊也は神妙に頷き、ジョカの木を見る。なるほど、草食動物から身を守るために、毒を持つようになったのだろう。その一方で、動物に自らの繁殖を手伝わせるために、実に解毒を持たせる。よく考えられている。珍しく柊也の優位に立ったセレーネが、機嫌良く説明を続けた。
「ジョカの毒は、エルフが物心ついた時に最初に覚える事です。エルフの住む森の中には生えていませんが、この通り大草原の至る所に生えていますので、エルフにとっては常識なんです」
「そうか。大草原は、中原とは全然違うんだな」
「はい」
セレーネは嬉しそうに頷き、柊也の手を取ってテントへと誘う。柊也は苦笑して後を追い、その後ろを、柊也の左手を取られて剥れたシモンがついて行く。
セレーネの帰還が、目前に迫っていた。
セレーネは斜め上を見上げ、目の前に広がる明るい蛍光緑の世界を眺め、感嘆する。エルフは総じて手先が器用であり、エルフの民族衣装も生地が細かいものであるが、目の前の生地はそれを上回り、目で追い切れないほどの細やかな線が縦横に走っている。
「 」
セレーネが細い指を伸ばして生地をなぞると、生地は心地よい涼しさと張りを齎し、指が通り過ぎた後も皴が寄らず、元の姿へと戻っている。いくら骨組みを通して張り渡されているとは言え、丁寧になめした革の様な、布とは思えない滑らかさは、それを直に目にしてもにわかには信じられない。
「 」
にも関わらず、革の様な重さは一切感じられず、向こう側が透けて見えるほど生地は薄く、しかも麻よりも軽い。これでいて、風雨を凌げるというのだから、柊也の生まれた世界が如何に発展していたか、セレーネには理解が追い付かないのも、致し方ない事だった。
「 」
更に驚くべき事に、この生地は王宮貴族が用いるような高級品ではなく、街の人々が用いるような、ごくありふれた大衆品であるという事。それは、今セレーネが内側から見ている、「てんと」と呼ばれる簡易住居に使われている事から見ても明らかである。この「てんと」は、国家機密や軍需品等ではなく、庶民が娯楽で用いるような廉価な物なのだそうだ。この「てんと」があれば、長く辛い旅路の中で、風雨に惑わされる事なく安らぎを得る事ができ、より快適な夜を過ごす事ができる。
「 」
だから、トウヤさん達は、野外にも関わらず、いつもこうして「てんと」の中で安心して、…いけない。駄目、セレーネ、それ以上考えてはいけない。二人に惑わされてはいけない。私はまだ217歳なのよ。まだまだ私には早すぎる。
「…セレーネ、お待たせ。もうこっちを向いてもいいぞ」
「…」
「サイレンス」が解けて音が生き返ったテントの中で、背後から柊也に呼び掛けられたセレーネは、恨めしそうな顔で振り返る。テントの中央には柊也が胡坐をかいて座り、その隣でシモンがへたり込んでいた。柊也は涼し気な顔をしてセレーネの方を向いているが、シモンは俯いたまま、肩で荒い息をついている。
「はぁ…はぁ…はぁ…ん、んんんんっ!」
すると、シモンは突然太腿の間に両手を差し込んで仰け反り、上を向いて小刻みに震える。あぁ、シモンさん、また進化しちゃった。セレーネは諦観の念を込めて溜息をつき、柊也にジト目を向ける。そりゃぁ、アラセナの一件があれば、進化しちゃうのもわかるけどさぁ…。
「…どうした?セレーネ」
セレーネの視線に気づいた柊也は、左手指に付いた液体を舐めとろうと口に運びながら、セレーネに尋ねる。そんな柊也を見たセレーネは、慌てて呼び止めた。
「え?トウヤさん、それ、舐めちゃうんですか?」
「え?だって、俺、右手ないし」
向こうの世界から、ハンカチを取り寄せればいいじゃないですか!セレーネは、内心に沸き上がるツッコミを抑え、自分の手元からハンカチを取り出す。
「ああ、もう!私が拭いてあげますから!手、出して下さい!」
そう言って身を乗り出したセレーネだったが、柊也の左手にはすでに先客がいた。シモンは柊也の左手を取ると、目を閉じ、指を一本一本口に含んでいく。
「…ぁ…んむ…」
「あ、シモン、サンキュ」
いや、だから、それじゃ元に戻っているだけでしょうがぁ!
***
アラセナ北部山中を脱出した三人は、そのまま山岳地帯を横切るように西進した。幸いな事に山狩りの追手はなく、またセント=ヌーヴェルとエルフの勢力圏に挟まれた緩衝地帯で魔物もおらず、一行は久しぶりに危険の少ない毎日を送る。残念ながらシモンとセレーネの二人に約束した感謝祭は今年も巡り合えなかったが、あれだけの逃避行の中で三人とも無事である事自体が、柊也にとって何より感謝すべき事であった。
アラセナ北部から西に2日ほど進んだ頃には、北に横たわる山岳地帯は標高が低くなり、三人は一段低い峠を見つけると、山を越えた。山岳地帯の北には緩やかな荒野が広がっている。
「大丈夫です。だいぶ東にずれていますが、これを北に進めば大草原に出ます」
ようやく記憶に残る景色を見つけ、セレーネがひと際明るい声で、二人に報告する。久しぶりに見る、セレーネの無邪気な笑顔見て、柊也とシモンは、頬を綻ばせた。
「後、どれくらいだ?」
「えぇと、大草原まで1週間、そこからティグリの森まで2週間くらいです」
***
「あれ?」
1週間後、いつもの設営を開始したところで、柊也が首を傾げた。
「おっかしいな…、汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」
柊也は、いつも設営に使う「ストーンウォール」を詠唱するが、何故か魔法が発動せず、頼もしい石壁が出現しない。しゃがんでテントを組み立てていたシモンが顔を上げ、声をかけた。
「どうしたんだ?トウヤ」
「それが、『ストーンウォール』が発動しないんだよ。…汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て。…ほら」
「え、何で?」
「いや、俺にもわからん。シモン、『疾風』と『防壁』はどうだ?」
「…ん?…あれ?私も駄目だ」
シモンが腕を持ち上げると、手の甲から肘にかけて、砂粒が所々に貼り付いている。初めての事に戸惑った二人は、顔を見合わせた。
「あ、トウヤさん、シモンさん。それ、大草原に入ったからです」
周囲を警戒していたセレーネが後ろを向き、二人に説明する。
「どういう事だ?」
「いわゆる中原と呼ばれる地域はロザリア様の管轄地なのですが、ここ大草原はサーリア様の管轄地になります。しかし、現在サーリア様は長い間眠りにつかれており、ロザリア様のような加護が働きません。そのため、全くと言っていいほど魔法や素質が働かないのです」
「そうなのか…、参ったな」
その話を聞いた柊也は、顔を顰める。
「え、どうしてですか?」
「ん?『ストーンウォール』が張れないだろ?夜襲への備えが無くなるから、不寝番が必要になるだろう?」
「あ、ああ。そういう事ですね。それなら大丈夫です」
柊也の話を聞いたセレーネは、右拳を左手の平に打ち下ろすと、柊也の左手を掴んで引っ張っていく。再び人里を離れ、三人とも向こうの世界の服を着ていたため、もれなくシモンも付いて来た。
セレーネは辺りを見渡し、少し離れた所に生える茂みを見つけると、そこに二人を連れて行き、口を開く。
「トウヤさん、シモンさん。ここら辺にテントだけ張って貰えますか?それと、すりこ木とすり鉢を出して下さい」
「ん?ああ、わかった」
柊也は、言われた通りに右手の力ですりこ木とすり鉢を取り出すと、セレーネに手渡す。続けてテントを取り出し、シモンと二人で設営を始めた。
セレーネはすりこ木とすり鉢を受け取ると、茂みに生えた葉を何枚か慎重に毟り、すり鉢へと入れる。そしてすりこ木を手に持つと、葉をすり潰した。
やがてテントの設営が完了すると、すり鉢を持ったセレーネが近寄り、すりこ木の先端をテントの屋根に押し付ける。そしてセレーネは、少しずつすり鉢の中の葉汁をすりこ木を介して屋根に塗りたくりながら、テントを一周した。テントからは独特の青臭い匂いが漂って来る。
「…これでよし、と。大草原の生き物は例外なくこの葉の匂いを嫌い、近寄ってきません。これで、夜、獣に襲われる心配はありません」
「へえ…この葉は一体、何だい?」
柊也は慎ましい胸を張るセレーネに質問をしながら、テントに塗りたくられた葉汁を指でなぞり、舌で舐めてみる。意外にも、爽快感とともに若干の甘味が感じられた。
「えっと、これはジョカの木と言って…ああああああああああああああ!トウヤさん!何やってるんですか!」
「え、な、何!?」
セレーネは説明を始めたところで、柊也の所業を見て慌てて近づいてくる。初めて見るセレーネの剣幕に柊也は驚き、尋ね返した。
「ジョカの葉汁は、猛毒なんです!中和しないと、3時間くらいで死んじゃいますよ!」
「ええええええええええええええええええええ!?」
「ちょ、ちょっと、トウヤ!」
柊也は青ざめ、シモンが慌てて柊也の背中をさする。狼狽する二人を前に、セレーネが柊也に指示を出した。
「トウヤさん、左手を濯いで。次に、コップ一杯の水を出して下さい」
「あ、ああ」
柊也が急いでペットボトルを取り出すと左手を洗い流し、続けてコップへと注ぐ。するとセレーネは、自分の首に巻きついている、幅の広いチョーカーにぶら下がった陶器製の小瓶を取り外すと、蓋を開け、中身をコップへと落とした。灰色の粉末が水面に散らばり、セレーネが指でかき回すと、やがて溶けて見えなくなる。
「トウヤさん、これ、飲んで下さい」
「わ、わかった」
柊也が慌ててコップの水を全て飲み干すと、セレーネは溜息をつき、表情を和らげる。
「これで大丈夫です。今のは、ジョカの実を乾燥させて粉末状にしたもの。ジョカの葉汁は、ジョカの実で中和できるんです」
「そ、そうなのか…あー、死ぬかと思った」
「実際、今ので死ねますからね。これからは無闇に口に入れるとか、子供みたいな事、止めて下さいね?それと、大草原の中でもし激しい胃のむかつきを覚えた時には、迷わずジョカの実の粉末を溶かして飲んで下さい。何処かでジョカの葉汁が口に入ったのかも知れませんから」
「ああ、わかった。セレーネ、すまなかった。骨身に染みたよ」
柊也は神妙に頷き、ジョカの木を見る。なるほど、草食動物から身を守るために、毒を持つようになったのだろう。その一方で、動物に自らの繁殖を手伝わせるために、実に解毒を持たせる。よく考えられている。珍しく柊也の優位に立ったセレーネが、機嫌良く説明を続けた。
「ジョカの毒は、エルフが物心ついた時に最初に覚える事です。エルフの住む森の中には生えていませんが、この通り大草原の至る所に生えていますので、エルフにとっては常識なんです」
「そうか。大草原は、中原とは全然違うんだな」
「はい」
セレーネは嬉しそうに頷き、柊也の手を取ってテントへと誘う。柊也は苦笑して後を追い、その後ろを、柊也の左手を取られて剥れたシモンがついて行く。
セレーネの帰還が、目前に迫っていた。
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