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第七章

153.どういう気分だ。息子に殺人犯扱いされるのは?

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 いずれバレると思っていたのか、バレてもいいぐらいの影響力しかない情報なのか。

 死神は、執務机を蹴ってくるくると椅子を回し始めた。

 世の中全てがどうでもいいという感じだ。

「あんた、とある男に『死の舞踏』の修復を依頼し、自分の所有するアパートメントの一室を貸し出しているな」

「アレッサンドロという修復士のことを言っているのかい?」

「そいつはボッティチェリだとボクも、ヨハネも、いけすかないおっさんも既に知っている。アンジェロはそいつに美術の課題を手伝ってもらい、ユディトを描いて貰ったんだ。惚れている可能性が高い」


 死神が椅子の背もたれにもたれ、片手で両目を覆った。


「絵の女に初恋か。どれだけ絵を嫌って遠ざけても、向こうから近づいてくる。なんともアンジェロらしい」

「どういう気分だ。息子に殺人犯扱いされるのは?ヨハネから報告を受けているだろ?」

「例えるなら、七つのラッパが吹き鳴らされて終末が確定したぐらいの気分だね」

「違うなら違うって言えばいい」

「言ったところで、頭に血が上っているアンジェロには無理だ。たたでさえ、彼は私が絵を黙って集めたこと、紛失した絵をオークションで競り落としたことに怒っているのだから」

「何で、集めた?バレたらアンジェロが嫌がるって分かっていたはずなのに」


「個人的理由だ」とバッサリとロレンツォは会話を切り落とす。


「あっそ」

「やけにあっさり引き下がるねえ。もっと噛み付いてくると思ったのに」

「アンジェロは、ボッティチェリの家にいるぞ」

「そうかい。それは世話をかけているだろうねえ」

「あんたはアレッサンドロという男の素性を最初から分かっていて、修復士として雇ったんだよな?」

「まあね」

「豪華王ロレンツォと当時の絵描きは、身分に天と地の開きがあったんだろう?それが現代でも続いていたとしたら、なぜ、ボッティチェリにユディトの修道士殺しを止めるよう命令しない?」

「何、些末なことだ」

「ドメニコ会修道士が死ねば死ぬほど、あんたの過去の悔しさが薄れるからか?」


 死神が小さく笑った気がした。


「本当に些末なことなんだよ、サライ」

「アンジェロを連れ戻したいか?」

「例え、ボッティチェリとユディトが死んだって、ドブネズミが新たな失踪プランをプレゼントする。アンジェロは完全に私のことを嫌ってしまったようだから」

「死神のくせに、無器用すぎる」

「見た目はこんなだが、中身は人間なものでね」


 こんなひねくれた大人をなんとかしてやるのは特定屋の仕事の範疇外だと思いながらサライはくるりと背を向ける。

 死神が言った。
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