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「夏休み、あと三日で終わるのね…。」
洗い物をしながら母さんがつぶやいた。
俺は、焦っていた。
まだ出来上がってない進路希望調査票。
いやにまぶしい真っ白なその紙に、俺は悩まされている。
あの後、二回本屋に行ってみた。
図書館にも行った。
心配だったから、母さんがパート休みの日についてきてもらったんだけど…いつもダメだった。
呼吸が荒くなって、立っていられなくなる。
だんだん行きたくなくなって、近づくことさえできなくなった。
確信した。
やっぱり、俺は本が苦手になったんだ。
苦手というか、もう生理的に受け付けなくなったんだ。
予想はしてたから、特に失望するとかはなかった。
ただ、心の芯が冷たくなっていくのを感じただけ。
内心、母さんも焦ってるんだと思う。
もちろん父さんも。
何も言わないけど。
ちょっとでも進路って言われたら喧嘩になりそうで、だから、その気遣いはありがたかった。
逃げてるんじゃない、俺は誰よりも必死に考えてる。
あれから、沙羅のお見舞いには行かなかった。
行けなかった、っていうのが正しいかもしれない。
意味もなくいらいらして沙羅や穂乃果さんにあたるのは一番避けたかった。
そして現実的に、お見舞いに行って、他人のことを考えるだけの体力も残ってなかった。
夕食の時、父さんがぽつりと言った。
「そろそろ、進路決めないとだな。」
「うん。」
「父さんも母さんも、建都の味方だから。」
「うん。」
他に何か言えば涙が出てきそうで、うなずくことしかできなかった。
その言葉を思い出しながら、ボールペンを手に取った。
真っ白な進路希望調査票。
深呼吸する。
ボールペンの先を、紙の上で走らせた。
当たり前のように進学先、と書いてあるところを二重線で消して、就職先に書き換える。
建築会社の営業職へ就職を希望します。
第二希望も第三希望も、特に書かなかった。
たった一文、それだけを書くのがどれだけ苦しかったか。
書き終わってもなお余白の残るその紙に、ちょっとだけいらいらする。
明日、父さんか母さんに印鑑を押してもらおう。
そう思って、俺は眠りについた。
次の日は、父さんも母さんも仕事だった。
暇といえば暇。
だけど、もう俺には何をする気力も残ってなかった。
どうせ二日後には学校が始まって、またいつものあわただしい日常に連れ戻される。
自分で望んで、わざわざ努力までして入った高校なはずなのに、今は通うのが嫌で嫌で仕方ない。
ネガティブな思考をかき消すようにテレビをつける。
大して興味のない政治の話をしているお昼のワイドショー。
見ているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
おいしい匂いがして、目が覚めた。
「はっ、!」
「おう、起きたか?」
「え、父さん?」
父さんがキッチンに立っている。
あれ、今日仕事終わるの早くないか…?
つけっぱなしになってるテレビは13時を指している。
寝ぼけた頭で逡巡していると、父さんが言った。
「今日は急に早く帰れることになったんだ。どうせ昼ご飯食べてないんだろ?今作ってるから待ってな。」
「え、あ、うん。ありがとう…。」
呆気にとられながら待っていると、父さん特製のカレーライスが出てきた。
野菜はだいぶ大きめ。だけど、それがいいんだって父さんは胸を張る。
「そういえば、岸谷と連絡先交換したんだってな。聞いたぞ。」
「あ、うん。進路の相談にもちょっと乗ってもらったりした。」
「そうか。あいつも色々あったからな…。」
「え?」
「いや、なんでもない。いろんな大人に聞いて視野を広げるのは大切なことだぞ。よかったな。」
「うん。あの、ありがとう。会社連れて行ってくれて。」
「ははっ、役に立ったならよかった。」
食べ終わって、父さんに進路希望調査票を見せる。
たったの一文。
それを、父さんは長い時間見つめていた。
「そうか。考えて決めたのか?」
紙から目を離さずに、父さんが静かに言った。
「うん。」
父さんの方を見て、答える。
「わかった。印鑑は押す。」
「ありがとう。」
「でも、これで終わりじゃない。これからも考えて、興味のあることをとことん追求していった方がいいぞ。」
父さんが言いたいことはわかった。
消去法で選んだ進路じゃなくて、もっと積極的な理由で選べる進路を探せってことなんだと思う。
それができたらとっくにやってるよ、って言いたい気持ちを抑えて、俺はただただうなずいた。
洗い物をしながら母さんがつぶやいた。
俺は、焦っていた。
まだ出来上がってない進路希望調査票。
いやにまぶしい真っ白なその紙に、俺は悩まされている。
あの後、二回本屋に行ってみた。
図書館にも行った。
心配だったから、母さんがパート休みの日についてきてもらったんだけど…いつもダメだった。
呼吸が荒くなって、立っていられなくなる。
だんだん行きたくなくなって、近づくことさえできなくなった。
確信した。
やっぱり、俺は本が苦手になったんだ。
苦手というか、もう生理的に受け付けなくなったんだ。
予想はしてたから、特に失望するとかはなかった。
ただ、心の芯が冷たくなっていくのを感じただけ。
内心、母さんも焦ってるんだと思う。
もちろん父さんも。
何も言わないけど。
ちょっとでも進路って言われたら喧嘩になりそうで、だから、その気遣いはありがたかった。
逃げてるんじゃない、俺は誰よりも必死に考えてる。
あれから、沙羅のお見舞いには行かなかった。
行けなかった、っていうのが正しいかもしれない。
意味もなくいらいらして沙羅や穂乃果さんにあたるのは一番避けたかった。
そして現実的に、お見舞いに行って、他人のことを考えるだけの体力も残ってなかった。
夕食の時、父さんがぽつりと言った。
「そろそろ、進路決めないとだな。」
「うん。」
「父さんも母さんも、建都の味方だから。」
「うん。」
他に何か言えば涙が出てきそうで、うなずくことしかできなかった。
その言葉を思い出しながら、ボールペンを手に取った。
真っ白な進路希望調査票。
深呼吸する。
ボールペンの先を、紙の上で走らせた。
当たり前のように進学先、と書いてあるところを二重線で消して、就職先に書き換える。
建築会社の営業職へ就職を希望します。
第二希望も第三希望も、特に書かなかった。
たった一文、それだけを書くのがどれだけ苦しかったか。
書き終わってもなお余白の残るその紙に、ちょっとだけいらいらする。
明日、父さんか母さんに印鑑を押してもらおう。
そう思って、俺は眠りについた。
次の日は、父さんも母さんも仕事だった。
暇といえば暇。
だけど、もう俺には何をする気力も残ってなかった。
どうせ二日後には学校が始まって、またいつものあわただしい日常に連れ戻される。
自分で望んで、わざわざ努力までして入った高校なはずなのに、今は通うのが嫌で嫌で仕方ない。
ネガティブな思考をかき消すようにテレビをつける。
大して興味のない政治の話をしているお昼のワイドショー。
見ているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
おいしい匂いがして、目が覚めた。
「はっ、!」
「おう、起きたか?」
「え、父さん?」
父さんがキッチンに立っている。
あれ、今日仕事終わるの早くないか…?
つけっぱなしになってるテレビは13時を指している。
寝ぼけた頭で逡巡していると、父さんが言った。
「今日は急に早く帰れることになったんだ。どうせ昼ご飯食べてないんだろ?今作ってるから待ってな。」
「え、あ、うん。ありがとう…。」
呆気にとられながら待っていると、父さん特製のカレーライスが出てきた。
野菜はだいぶ大きめ。だけど、それがいいんだって父さんは胸を張る。
「そういえば、岸谷と連絡先交換したんだってな。聞いたぞ。」
「あ、うん。進路の相談にもちょっと乗ってもらったりした。」
「そうか。あいつも色々あったからな…。」
「え?」
「いや、なんでもない。いろんな大人に聞いて視野を広げるのは大切なことだぞ。よかったな。」
「うん。あの、ありがとう。会社連れて行ってくれて。」
「ははっ、役に立ったならよかった。」
食べ終わって、父さんに進路希望調査票を見せる。
たったの一文。
それを、父さんは長い時間見つめていた。
「そうか。考えて決めたのか?」
紙から目を離さずに、父さんが静かに言った。
「うん。」
父さんの方を見て、答える。
「わかった。印鑑は押す。」
「ありがとう。」
「でも、これで終わりじゃない。これからも考えて、興味のあることをとことん追求していった方がいいぞ。」
父さんが言いたいことはわかった。
消去法で選んだ進路じゃなくて、もっと積極的な理由で選べる進路を探せってことなんだと思う。
それができたらとっくにやってるよ、って言いたい気持ちを抑えて、俺はただただうなずいた。
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