真っ白な君は

紐下 育

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夜、俺は一人で自分の部屋にこもっていた。
リビングでは父さんと母さんと穂乃果さんが話している。
俺が学校に行かなくなって、最初こそ心配してた父さんと母さんも、今はもうそんなに気にしなくなった。いや、逆に気を遣ってるのかもしれない。
いつもそうだ。俺の両親はいつだって、俺の意志を尊重する。
今まではそれがありがたかった。
だけど、最近はそうじゃない。
俺の言うことを全部受け入れられて、怒られたり焦られたりもしない。
あぁ、俺の今の状態って、それだけ重大なんだな。
そう思うと悲しくなる。
誰にぶつけたらいいのかわからない怒りを、ひたすら寝て誤魔化す。
家に穂乃果さんが来て、穂乃果さんの心配をするようになる。
俺はその輪からはじかれた。自ら外れた気もするけど。

談笑するような声を聞きながら、俺は久しぶりにシャーペンを手に取った。
字が書けない、読めない。
この状況を変えなきゃいけないことは、俺が一番わかっている。
識字率が異常に高いこの国で生きていくためには、文字が読めるか読めないかで大きな差が生まれる。
高校を辞めるんだったらなおさら、文字を読めるようにしておかないと。
働き口も見つけられない。

うう、気持ち悪い。
さぁっと血の気が引いていく。
めまいがして、目の前にある紙が無限に広がっているような気持ちがする。
目を開けているのもつらくなって、思わず半分目を閉じた。
それでも、一文字一文字書き入れていく。

書くネタは、いくらでもある。
特に沙羅のことだったら、いくらでも。
今日は、沙羅の遊んでいた公園のことを書こう。
そう決めて、もう一度シャーペンを握りしめる。

あるところに、小さなこうえんがありました。

沙羅の読める字は限られている。
まだ習ってない漢字はひらがなで。
そうやって一行書いたところで、俺は力尽きた。

「もうだめだ。また明日やろう。」

一人で言い訳がましくつぶやいて、ベッドにダイブした。

「けんと?」

母さんの声で目を覚ました。
時計を見るともう10時。
いつもなら沙羅の病室についている時間。
朝型の俺にとっては遅い時間だ。

「どうかした?体調でも悪い?」

学校に行かなくなってから、体調が良かった日なんて一度もない。
気分も体調も、ずっと最悪だ。
そう言いたい気持ちを飲み込んで起き上がった。

「ううん、大丈夫。」
「そう、よかった。」

そこまで言ってから、母さんは俺の机の上にある紙に目を向ける。

「無理だけは、しないでね。」

その言葉に、無性にいらいらした。

無理しなかったら、俺は社会に出られないのに。
無理しないでずっとこの家にいたとして、父さんも母さんもいなくなった後俺はどうしたらいいの?

もちろん、母さんの言おうとしていることはわかる。
沙羅を見てるから。
穂乃果さんも見てるから。
沙羅がもし俺と同じ状況だったら、って考える。
俺だって、母さんと同じことを言うかもしれない。

もう早く一人になりたくて、俺は母さんを置いて自分の部屋を出た。

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