みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん

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第7部 大乱闘スマッシュシスターズ

第28話 人の男に手をだすなっ! 

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『さぁ! やってきました森実高校体育祭名物、男女混合騎馬戦大会! 熱き闘志を瞳に宿し、大きな牙をたずさえた若武者たちが今、1歩1歩、大地を踏みしめて入場してきます! 会場のボルテージも一気にスパーク! 校庭という逃げ場のないジャングルで、選手たちは激しく睨みあう! その雰囲気はまさに、令和の天下分け目の大戦おおいくさ! 今宵、この戦場に新たな伝説を打ち立てるのは、一体どの選手なのか! 実況は生徒会会計、狛井廉太郎がお送りいたします!』

「実況上手くない、あの人?」

「狛井先輩の隠れた才能を見つけてしまいましたね」



 芽衣と2人で慄きながら、テントの下で力説している廉太郎先輩に視線をむける。

 なんだあの人?

 生徒会じゃなくて、放送部に入部すればよかったんじゃねぇの?

 我がアニキ分である廉太郎先輩の才能に戦々恐々していると、右斜め後ろから「ハァ……」と小さなため息が聞こえてきた。



「なんでわたくしが、こんな事を……」
「いい加減諦めろって、ノブ。これもクズ高の未来のためや」



 俺の左後方で、相方である大和田の兄様を慰める鷹野。

 どうでもいいけど鷹野テメェ、俺のうなじの匂いを嗅ごうとするな!?

 純粋に気持ちワリィんだよ!



「そう文句を言わないでくださいよ、お兄様。欠員の代わりが、お兄様たちしか居なかったんですから」

「誰がお兄様ですか。いい加減、親族に食いこもうとするのはやめてください。あとタカさん? そんな羨ましそうな目でコッチを見ないでください。あぁ、もうっ! ヨダレが垂れてますよ?」



 鷹野の口元のヨダレを、服の裾で拭こうと手を伸ばす。

 が、残念ながら現在、俺を先頭にガッチリと騎馬を組んでいるので、鷹野まで手が届かない。



「3人とも、そろそろ始まります。集中してください」



 そう言って、芽衣は真剣な眼差しで、騎馬を組んでいる俺たちの上で短く言い放った。

 キュッ! と、あらかじめ渡されたハチマキを額に巻き、静かに息を整える。

 今回の騎馬戦のルールは単純明快だ。

 騎手が巻いているハチマキを取るか、騎手を騎馬から落とせば勝利確定の、バトルロイヤル形式。

 最後の1人になるまで力の限り戦う、総当たり戦。

 そう、戦わなければ生き残れない!



「参加人数は、ざっと50人ちょいってところですね。……士狼」
「わぁーてるよ」



 首だけで周りをグルリと見渡し、お目当ての相手を発見する。
 グラウンドの中央でドンッ! と、自分の領地を主張するように、腕を組んで不敵な笑みを浮かべている蜂谷。

 彼女の騎馬は例のモヒカン野郎を先頭に、ラガーマン顔負けの筋骨隆々な肉体をした2人の野郎どもで構成されていた。

 この離れた距離からでも伝わってくる、圧倒的なまで威圧感。
 もうすでに3分の1の参加選手が、戦意喪失しているのが簡単に見て取れた。



「さすがは東日本最強の喧嘩屋チーム【東京卍帝国】で幹部を務める女性なだけあって、貫録がありますね……」

「なんやノブ、珍しくビビったんか?」

「まさか。正直に言って、癪ではあるんですが、このチームで負ける姿が想像できませんよ」

「流石は兄者、いいこと言うじゃねぇか」



 誰が兄者ですか、と辟易した声音が俺の耳に届くよりも速く、実況の廉太郎先輩の声が、強引にグランドの喧騒けんそうを引き裂いた。



『さぁ、今! 運命の鐘の音のカウントダウンが……はじまったぁぁぁぁぁぁっ!』



「10、9、8」と、生徒たちと観客たちの声が、グラウンドを激しく震わせる。

 それと同時に、ピリピリと肌を刺すような緊張感が、加速度的に膨らんでいく。



 ――7、6、5。



 唇の水分が蒸発し、神経が鋭敏になる。



 ――4、3、2。



 痛いくらい心臓が高鳴る。

 今にも破裂してしまいそうだ。



 ――1。



「――ッ!」



 次の瞬間、まるで地割れのような雄叫びが、身体を震わせた。

 それと同時に、弾丸のように大地を蹴り上げ、加速。

 そのまままっすぐ、他の参加者になぞ目もくれず、蜂谷のもとへ突進していく。



「「~~~~~ッ!」」



 刹那、芽衣と蜂谷の手が激しくぶつかり、乾いた音を校庭に響かせる。

 お互い素早く後ろに後退。

 すぐさま体勢を立て直しにかかるが、その隙を突くように他の選手が、芽衣と蜂谷のハチマキに手を伸ばす。

 が、それよりも速い2人の左ジャブが、他の選手のハチマキをあっさり奪い取ってしまう。

 目にも止まらぬ、すれ違いざまの攻防に、一瞬で会場が沸きあがる。



「どうやら、少しはヤルみたいデスネ! これなら、ちょっとは楽しめそうデス!」

「そうですか、それはよかったです。……ただ楽しむ余裕があればいいんですけど、ね!」



 芽衣がパァンッ! と俺の頭を叩く。

 それを合図に、再び蜂谷に向かって特攻。

 あわや衝突! といった寸前で、素早く左に回り込む。

 途端に蜂谷の無防備なハチマキが、視界に収まる。



「残念ですが、これで終わりです!」



 気合一閃。

 芽衣の左ジャブが蜂谷のハチマキに触れる。



 ……寸前、蜂谷は身を後ろに逸らした。



 当然左手は空を切り、芽衣の体勢が崩れる。

 それを「待ってました!」とばかりに、獰猛な蛇のように、蜂谷の右手が芽衣へと伸びる。

 すかさず俺達は、飛ぶように後方へとバック。

 芽衣のハチマキに蜂谷の指先がカスリながらも、何とか紙一重で躱すことに成功する。



「むぅ、惜しかったデスネ。でも次は逃がさないデス!」



 ワキワキと右手を閉じたり開いたりしながら、楽しそうに微笑む蜂谷。

 対称的に、芽衣の顔から余裕が無くなり、ツツーッ! と頬に一筋の汗が流れた。



「な、なんて反射神経してるんですか、彼女は。アレを避けますか、普通!?」

「普通じゃないから、東京卍帝国の幹部をやってんだろ?」

「おいおい2人とも、お喋りは後にしな! 次が来るで!」



 鷹野の声音と同時に、今度は蜂谷の騎馬が、こちらに向かって突っ込んでくる。

 あんな重量級の騎馬と、まともにぶつかったら、体が吹っ飛ぶぞ!?



「士狼!」
「分かってるっての!」



 グッ! と脚部に力を込め、一定の距離を保ったまま、蜂谷たちから逃げ回る。

 が、それでも要所要所で一気に距離を詰められ、何度も芽衣のハチマキに蜂谷の指先が引っかかる。



「くぅっ!? 離れてください、よ!」

「それはムリ寄りのムリな相談デスネ!」



 芽衣が器用に身体を捻り、ギリギリのところで躱し続けるが、これもいつまで続くか分からない。

 すでに肩で息をしている我らが総大将とは対照的に、涼しい顔のまま、コキコキッ! と首を鳴らす蜂谷。



「ん~? ちょこまかと鬱陶しいデスネ~。早く降参してくだサーイ! なんだか飽きてきちゃいマシタ~」



 ふぁ~っ! と、可愛らしくあくびを漏らす蜂谷。

 その間にも、近寄ってきた他の騎手のハチマキを奪取していく。

 どんな反射神経してんだコイツ?

 ほんとに同じ人間かよ?



「マズイわね……正直ジリ貧だわ」



 もう猫を被る余裕すらないのか、ハハッ! と乾いた笑みをこぼす、御大将おんたいしょう



「なら諦めるか?」
「……それこそ冗談でしょ?」



 無理やり笑みを作る芽衣に、同じく無理やり笑って答える。

 そんな俺たちを見て、大和田のあにぃが、呆れたように口をひらいた。



「こんなピンチのときに笑ってる場合じゃありませんよ? どうするんですか? このままじゃいずれ、彼女たちに刈り取られますよ?」

「おいおい、お兄たまよ? おかしな事を言うな? ピンチの時だから、笑ってんじゃねぇか」

「ハァ? 何を言っているんですか?」




 とうとう気でも狂ったんですか? と、不躾な視線をぶつけてる兄上に、俺はニンマリ笑みを深めながら、言ってやった。



「男だったら、ピンチのときほど虚勢きょせいを張るもんだ」

「アタシは女だけどね」

「はぁぁぁぁぁんっ!? け、喧嘩狼かっけェ~ッ! ヤバい、今の言葉だけで、ごはん3杯はイケるぜよ!」

「……色々台無しですね」



 軽口を言い合っているうちに、いつの間にか余裕が生まれたのか、視界がクリアになっていく。

 おかげで数分前までには見えなかった周りの景色が、良く見える。



「確かに今の状況は最悪だ。正直に言って、絶体絶命だと思う」



 ネガティブな言葉ばかり、頭の中でシャボン玉の如く浮かび上がっては、弾けて消える。

 何度も心が挫けそうになる。

 それでも。


「でも、ここで逆転したら俺達、最高にカッコよくねぇか?」



 膝を折り、腰を下ろしてしまいそうになる、その時こそ。

 そんな一寸先は闇な状況で、顔を上げた時こそ。

 ――本当の戦いが始まるのだ。




「というワケで1つ、試してみたい事があるつぅか、作戦があるんだけどさ。……聞く?」



「試してみたいこと?」と、俺以外の3人の声がハモる。

 俺は縋るような瞳を浮かべる3人に、今しがた思いついた作戦を口にした。



「――ってなワケなんだけど、どう?」

「そ、それはもはや作戦じゃないわよ、士狼……」

「古羊様の言う通りです。それは作戦なんかじゃありません。正直、失敗する確率の方が高い、ギャンブルです!」

「そうか? ワシはええと思うけどのう? どうせこのままジッとしていても、いつかは狩られるワケやし。試してみる価値はあると思うで。まぁ確かに、ワシらの負担は半端ねぇけどのう」



 芽衣と大和田のあにぃが短く「ハァッ……」と、ため息をこぼす。



「いいわ。どうせ打つ手なんて、何もありゃしないんだし。やるだけやってやるわよ!」

「元々が分の悪いギャンブルみたいな勝負ですし、ここは1つ、大穴めがけてやってやりますか」

「よし! 決定やな! ワシらはいつでも準備OKやで、喧嘩狼!」



 にししっ! と、ワクワクした顔で頷く鷹野。

 覚悟を決めた3人に、俺は発破をかけるように声を張り上げた。



「いいかテメェら! 余計なことは考えず、俺にだけ集中しろ。俺が倒れねぇ限り、テメェらは倒れねぇ。テメェらが倒れねぇ、限り俺も倒れねぇからよ!」



 上等! と、3人の吠えるような声が、肌を震わす。

 俺たちは一寸先の闇のさらに先にある、二寸先の光を目指して、大地を蹴り上げた。



『さぁ、戦いもいよいよ終盤戦! 残り10組となりましたが、はたして栄光は誰の手に!? ――おーっと!? 我らが生徒会長チームが、ガチムチチーム、いやガチムチームに全力特攻だぁぁぁぁぁっ!』



 一発の巨大な弾丸と成り果てた俺達は、蜂谷率いるガチムチームへと、再び特攻を仕掛ける。

 その途端、蜂谷の顔に失望にも似た色が浮かび上がった。



「結局はバカの1つ覚えでデスカ……正直ガッカリデス」



 スッ! と、蜂谷が右手を構えるのが分かった。

 彼女の反射神経なら、どれだけ素早く移動しようが、奇をてらおうが、すぐさま対応されてしまうだろう。

 それでも俺達は、1本の槍のごとく、ただまっすぐに大地を蹴り上げる。



「この勝負、結構楽しみにしていたんデスガ……。まあ、しょうがないデスネ。さようならデス」



 蜂谷の射程圏内に足を踏み入れた瞬間、


 ――ざわっ!


 と肌が粟立つのが分かった。

 同時に、蜂谷の針のような鋭い右手が、芽衣のハチマキへと伸びる。

 そのまま蜂谷の右手が、芽衣のハチマキを掴む!



 ……よりも数秒早く、俺たちは芽衣を抱えたまま、急ブレーキ。



 からの、1歩背後へ飛ぶように下がった。

「んなっ!?」と、驚愕の声をあげる蜂谷の体勢が、大きく崩れる。



「士狼、今っ!」
「了解っ!」



 残りの力を振り絞るように、過去もしがらみも、何もかも突破するように、加速する。


 加速せよ。

 加速せよ。

 加速せよ!


 心の強さで大地を蹴れ!



「もらった!」
「なんノッ! この程度ッ!」



 芽衣の伸びた右手が、体勢の崩れた蜂谷のハチマキに触れる。

 寸前でパシッ! と、彼女の左手によって阻まれる。

 い、今のを防ぐのかよ!?

 どんだけ人外じみた反射神経してんだ、コイツ!?

 驚く俺をよそに、ガップリ! と、お互いの両手を組みあげる、芽衣と蜂谷。

 お互いの力は互角らしく、蜂谷の顔から余裕の笑みが消える。

 そんな蜂谷に、芽衣は優等生の仮面を脱ぎ去ったドスの利いた声音で、



「……別にアンタが、どこで何を企もうが、アタシの知ったことじゃない。どうぞ好きにすればいいわ。ただね――」



 グィッ! と、思いっきり蜂谷の手を、自分の方へ引っ張る。

 わわッ!? と、声をあげながら、前のめりになる蜂谷。



 その額に巻かれている赤色のハチマキを、芽衣は今度こそガッチリキャッチしながら、自分の縄張りを主張する獣のように、ハッキリと宣言した。






「――士狼はアタシのよ。人の男に、ちょっかいかけてんじゃないわよ!」






 瞬間、この世の終わりのように、世界がいた。
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