256 / 414
第8部 ぽんこつMy.HERO
第17話 突撃! キサマが晩御飯!
しおりを挟む
――焼肉。
この僅か2文字が放つ、圧倒的なまでの魂の熱量は、一体なんなのだろうか?
それは育ちざかりの子どもたちを狂喜乱舞させ、仕事で疲れたサラリーマンの頬を、これでもかと緩ます魔法の言葉。
熱々の鉄板の上に、ジュージューッ! と焼かれたソレを、ホカホカご飯と一緒に食す。
ただそれだけの行為なのに、脳内麻薬はどっぴゅどぴゅのびゅるる♪
それはまさしく、幼少の頃、海で仲間たちと遊んでいたら、爆裂ボディをしたお姉さんを見つけたときの高揚感に似ている、と言えば誰しもが『なるほど!』と頷くことだろう。
嫌なこともツライことも、お肉と一緒に胃袋へ流し込まれるような、その感覚。
気力と体力を充実させ、また明日も頑張ろう! という気にさせてくれる、まさに神の飯。
…うん?
なんでいきなり、焼肉の話をしているのかって?
それはもちろん――
「第1回! 嵐を呼べ! チキチキ! 栄光の大神ヤキニクロォォォォォドッ!」
「「いえぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」」
――今夜の我が家の食卓が、焼肉パーリーだからだ!
「愛してるよぉ~、母ちゃぁぁぁぁぁ~~んっ!」
「お母さん、サイコ―ッ! 抱いてぇぇぇぇぇ~~~っ!」
「あッはッは! よせよせ、我が子たちよ♪」
母ちゃんの号令とともに、俺と姉ちゃんの拳が天高く突きあげられる。
その様子を、何故か1人戸惑った様子で見守る我が愛しの後輩、大和田ちゃん。
大和田ちゃんは私服に着替えた俺の裾をクイクイッ! と引っ張るなり、そっとその潤んだ唇を我が耳元まで近づけ、囁くように口をひらいた。
(ちょっ、パイセン!? コレはどういう事だし!?)
(うん? どういうことって何が? あっ、ごめん!? もしかして、タレは『レモン』より『塩派』だった?)
(いやレモン派ですけど……って、そうじゃなくて!? なんでポスターの材料を取りにきたハズのウチが、パイセンの家で晩御飯を食べる事になってるし!?)
(えっ? だってご飯は、みんなで食った方が美味しいだろ?)
(答えになってない……)
意味が分からない……、と困惑した表情を浮かべる大和田ちゃん。
そんな彼女を差し置いて、ジュージュー♪ とお肉と野菜を焼いていく、マイマザー。
香ばしい匂いが鼻腔を突き抜け、俺の腹の虫へと直撃する。
あぁ、はやく貪り喰いてぇ!
(ちょっとパイセン? 人の話、ちゃんと聞いてるし?)
(聞いてる、聞いてる。別にいいじゃん、母ちゃんが『喰え!』って言ってんだし。晩御飯くらい、ご馳走になれば)
そう、事の発端は1時間前。
大和田ちゃんを家に連れてきたと同時に、母ちゃんが仕事から帰宅。
双子姫以外の女の子を家に連れてきたという事実が、母ちゃんの顔面を歓喜の涙で包み込みこんだ。
結果、玄関前で膝から崩れ落ちるビックマザー。
そのまま駅前でナンパするヤリチンのごとく、言葉巧みに家へと連れ込まる大和田ちゃん。
そして最終的に「よかったら晩御飯でも食べていって!」という母ちゃんの殺し文句により、現在に至るのであった。
う~ん、相変わらず行動力だけはズバ抜けている母親だ。
押し売りセールスマンの営業トークよろしく、その薄汚ねぇ口から発せられる、鮮やかな言葉の数々は、我が母ながら思わず拍手しそうになったくらいだ。
ママンの気合の入れようからして、これは下手すると、お泊りコースもあるんじゃないか?
女の子の後輩が我が家にお泊り……ヤベェ、最高かよ!?
今度こそ、しっかりCG回収しなきゃ!
「信菜ちゃんだっけ? 食べられないお肉ってある?」
「あっ、いえ。大丈夫です。基本的に、好き嫌いとかは無いので」
「ほんと? なら何か食べたいお肉はある?」
「あっ、ブタ! 俺、ブタ! ブタ、喰いてぇ! ブタ、ブタ!」
「ブヒブヒうるさいわよ、愚弟? アンタは野菜でも食ってな」
「野菜はブタさんが食ってるから、大丈夫だ!」
「パイセ――先輩? 豚さんが食べてるのは、野菜じゃなくて穀物だと思うんですが……?」
えっ?
野菜と穀物って、何か違うの?
「よしっ、そろそろOKだな! 総員、手を合わせろ!」
姉ちゃんが珍しく他人に気を使う傍らで、母ちゃんが再びファミリー全員に、王政復古の大号令をかける。
待ってました! とばかりに、姉弟そろって勢いよくパンッ! と手を合わせる。
遅れて大和田ちゃんが、アワアワ!? した様子で、お手々のシワとシワを合わせた。な~む~♪
「よし、手を合わせたな? それじゃ……いただきます!」
「「いただきます!」」
全員で血肉となってくる豚さんと牛さんに、感謝の言葉を伝える。
刹那、俺と姉ちゃんは生産者のみなさまに感謝の念を送りながら、そっとお肉に手を伸ばす。
――ことなく、お互いの頬に、固い拳をめりこませていた。
「「パパスッ!?」」
「い、いただきま――えぇぇぇぇっ!? な、何やってるし、2人とも!?」
大神一家から少し遅れて、感謝の言葉を口にしようとした大和田ちゃんが、後方へ吹き飛ぶ姉と弟を、驚きに満ちた目で見つめてきた。
よほど驚いたのだろう、口調が素に戻っていた。
が、今はそんなこと、どうでもいい!
俺は唇の端から溢れ出た血を、乱暴に手の甲で擦りながら、同じく乱暴に唇の端から流れ出る血を、親指で拭うリトルボスに、不敵な笑みを向けてみせた。
「ブハッ!? さ、さすがは母ちゃんの血を受け継いでいるだけあって、パンチが重いぜ……。腕を上げたな、姉ちゃん」
「フッ。そういう愚弟だって、このお姉さまに一撃を与えるなんて……。どうやら、成長はしているようだな」
ほのぼの♪ していた大神家の食卓が、一瞬で張りつめたモノに変わる。
きっと今、我が家にヨネスケが突撃してきたら『勘弁してください……』と、裸足で逃げ出すに違いない。
それくらい部屋に充満する殺気は、尋常ではなかった。
「ちょっ!? 待って、待って!? さっきまで、あんなに楽しい雰囲気だったじゃん! なんでいきなり喧嘩!? 意味分かんないし!」
「信菜ちゃん、これは喧嘩じゃない。喧嘩じゃないのよ」
「あぁ、これは交渉だ」
「こ、交渉……?」
ピタリと動きを止める大和田ちゃんを尻目に、ゆっくりと立ち上がる姉と弟。
そのまま拳を構えながら、再び戦闘態勢……いやネゴシエーションモードへと移行した。
「俺は1枚でも多く、肉を食したい」
「あたしも1枚でも多く、この愚弟よりお肉を食したい」
「ゆえにお互いの存在が邪魔で仕方ない」
「「よってこの弟(姉)を抹殺するのは、当然の摂理!」」
「なんだ、このヤベェ姉弟は? 頭おかしいのか……?」
あぁ、おかしいのか……。
と、何故か1人納得している大和田ちゃんから視線を切り、大胆不敵に微笑む我が姉へと意識を向ける。
まぁ大和田ちゃんが困惑するのも、無理はない。
なんせあの一瞬で
『お肉食べたい → 弟が邪魔だなぁ→ よし! 抹殺しよう!』
という思考回路に至る我が姉には、正直俺もドン引きを辞さない。
まったく?
可愛い弟に拳を向けるなんて、相変わらず頭がおかしいとしか思えない。
「覚悟しなさい愚弟? 長きにわたる引きこもり生活で開発した、この『汚部屋番式小太刀二刀流』で息の根を止めてやるわ」
「ハッ、やってみろ! その前に俺の『ゴミクズ龍閃』が、姉ちゃんの意識を刈り取るぜ?」
「ごめんなさいね、ノブナちゃん? うちのバカどもが騒がしくて?」
「い、いえ、大丈夫です。ちょっと……いや、かなりエキセントリックな食卓ですけど、楽しいですよ?」
「ほんと? ムリはしないでね?」
と、俺には向けたことがない優しい笑みを浮かべる母ちゃんに、大和田ちゃんは「無理なんてしてないですよ」と微笑で返した。
その傍らで、壮絶な殴り合いを演じる、姉と弟。
それにしても、現役男子高校生と本気の殴り合いを演じられるウチの姉は、肉体的にも精神的にも、おかしいんじゃないだろうか?
どうして我が家の女性陣は、全員身体能力がアイア●マンなのだろうか?
もはや『女』どころか人間を辞めているとしか思えない。
「それに、誰かとこうやって食事を摂るのも、久しぶりなんで」
「あら、家族とは一緒にご飯を食べないの?」
「その、お義母さんは毎日仕事場で寝泊まりしているので……。お兄ちゃ――兄は外で食べる機会が多いから」
「お父さんは? お父さんはどうしたの?」
「お父様は……その……えへへ」
そう苦笑を浮かべて、何かを誤魔化そうとする大和田ちゃん。
途端に我が家の食卓の空気が、急激に重くなったのが分かった。
あっ、これ、多分踏み込んじゃいけない類の話題だ!
(お、おい母ちゃん! どうすんだ、この空気!?)
(あたし嫌よ! こんな淀んだ空気の中で、お肉を食べるなんて!?)
(ええぃ、うるさいぞ! もとはと言えば、おまえらが喧嘩を始めたのが悪いんだろうが!? 責任をとって、何とかしろ!)
いそいそと自分の席に戻りながら、大神式アイコンタクトを飛ばし合う、マイファミリー。
なんとかって……しょうがねぇなぁ。
どうやらここは『アナタのお耳の恋人』、シロウ・オオカミ先生の出番のようだな。
(母ちゃん、姉ちゃん。ここは知的でクールなナイスガイな俺に任せてくれ)
(よっ、待ってました! 我が家が誇る、口先だけの男!)
(『全日本! 口先だけコンテスト~男子高校生の部 個人優勝~』を果たしたその実力、お母ちゃんたちに見せてみろ!)
たまに思うんだが、俺はもしかしたら、この家の子じゃないのかもしれない。
今も心の隅で
『愚息、実はアンタ、ウチの子じゃないの……。そう、あれは17年前のことよ――』
なんて、シリアス全開なカミングアウトを口にしつつ、俺の出生には異世界の国の王族が関係していたりして、そのままその異世界に転移して、偶然もらったチートでハーレムを築きながら、現地人にドヤ顔で説教する未来を期待している自分がいる。
さらに欲を言うのであれば、なんやかんやで俺の異世界転移に巻き込まれた大和田ちゃんが、普段はツンケンしつつも、だんだんと俺に心を開いて、最終的にマリッジしちゃって……ふふふふっ。
「? パイセン、どうしたし? そんなデレッ♪ とした顔をして?」
「ねぇ大和田ちゃん、子どもは何人ほしい?」
「キメェ!? なに突然トチ狂ったことを口にしてるし!?」
一体どういう思考回路してんだ!? と、大和田ちゃんどころか家族全員から、非難がましい視線を浴びるマイボディ。
なんだ、なんだ?
その明らかにバカを見るような目は?
不愉快極まりないじゃないか。
特に大和田ちゃんの瞳は、今にも性犯罪を犯そうとする、とんでもない変態を見るように冷たい。
待て待て? 誤解だ!
全日本オフィシャルチキン協会名誉会長である俺が、そんなチキンなマネをするワケがないだろう?
「ナシナシ、今のナシ! もう1回! もう1回チャンスちょうだい! 俺に汚名万来のチャンスをちょうだい!」
「嫌なチャンスね」
「我が息子ながら、見てられないわ」
「パイセン、それを言うなら『名誉挽回のチャンス』では?」
何故だろう?
口を開けば開くほど、俺の株が落ちている気がする……。
俺はなんとか言い募ろうと、再び口を開きかけたそのとき、突然クスクスッ! と、大和田ちゃんが控えめに吹き出した。
「大和田ちゃん?」
「あぁ、ごめんなさい。いやだって、パイセンがおかしくて……ぷふっ!?」
はっはっはっはっはっ! と、彼女の笑い袋が爆発!
そのまま目尻に涙の粒を浮かべながら、ひとしきり爆笑し続ける、我が後輩。
……いやまぁ、重っ苦しい空気にならずに済んで、よかったんだけどさ?
……何とも釈然としない。
ぷくぅ! と、自然と俺の頬が膨らむのと同時に、大和田ちゃんは初めて見せる、心からの笑顔を浮かべたまま。
「ひぃ~、面白かった! ウチ、こんなに笑ったの、久しぶりかもしんない!」
「……それはようござんしたね」
「ふて腐れんじゃないわよ、愚弟。男の拗ねた顔なんて、気持ち悪いだけよ?」
「ほらほら! 口より手を動かせ、おまえら? せっかくの肉が焦げるぞぉ」
はぁ~い! と全員で声をハモらせながら、お肉へと手を伸ばす。
モシャモシャと肉を咀嚼する俺の隣りで、大和田ちゃんは、やけに清々しい表情のまま、
「パイセン」
と、俺を呼んだ。
「うん? どったよ? ご飯おかわり?」
「違うし。……誰かと食事をするって、こんな楽しいモノだったんだね」
「? そんなの、あたりめぇだろうが。どうした急に?」
「『あたりまえ』……そっか」
「??? 大和田ちゃん?」
「ううん、なんでもないし!」
ニカッ♪ と微笑みを浮かべたまま、豚肉を頬張る大和田ちゃん。
その顔はまるで、宝物を見つけた子どものように、無邪気であった。
この僅か2文字が放つ、圧倒的なまでの魂の熱量は、一体なんなのだろうか?
それは育ちざかりの子どもたちを狂喜乱舞させ、仕事で疲れたサラリーマンの頬を、これでもかと緩ます魔法の言葉。
熱々の鉄板の上に、ジュージューッ! と焼かれたソレを、ホカホカご飯と一緒に食す。
ただそれだけの行為なのに、脳内麻薬はどっぴゅどぴゅのびゅるる♪
それはまさしく、幼少の頃、海で仲間たちと遊んでいたら、爆裂ボディをしたお姉さんを見つけたときの高揚感に似ている、と言えば誰しもが『なるほど!』と頷くことだろう。
嫌なこともツライことも、お肉と一緒に胃袋へ流し込まれるような、その感覚。
気力と体力を充実させ、また明日も頑張ろう! という気にさせてくれる、まさに神の飯。
…うん?
なんでいきなり、焼肉の話をしているのかって?
それはもちろん――
「第1回! 嵐を呼べ! チキチキ! 栄光の大神ヤキニクロォォォォォドッ!」
「「いえぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」」
――今夜の我が家の食卓が、焼肉パーリーだからだ!
「愛してるよぉ~、母ちゃぁぁぁぁぁ~~んっ!」
「お母さん、サイコ―ッ! 抱いてぇぇぇぇぇ~~~っ!」
「あッはッは! よせよせ、我が子たちよ♪」
母ちゃんの号令とともに、俺と姉ちゃんの拳が天高く突きあげられる。
その様子を、何故か1人戸惑った様子で見守る我が愛しの後輩、大和田ちゃん。
大和田ちゃんは私服に着替えた俺の裾をクイクイッ! と引っ張るなり、そっとその潤んだ唇を我が耳元まで近づけ、囁くように口をひらいた。
(ちょっ、パイセン!? コレはどういう事だし!?)
(うん? どういうことって何が? あっ、ごめん!? もしかして、タレは『レモン』より『塩派』だった?)
(いやレモン派ですけど……って、そうじゃなくて!? なんでポスターの材料を取りにきたハズのウチが、パイセンの家で晩御飯を食べる事になってるし!?)
(えっ? だってご飯は、みんなで食った方が美味しいだろ?)
(答えになってない……)
意味が分からない……、と困惑した表情を浮かべる大和田ちゃん。
そんな彼女を差し置いて、ジュージュー♪ とお肉と野菜を焼いていく、マイマザー。
香ばしい匂いが鼻腔を突き抜け、俺の腹の虫へと直撃する。
あぁ、はやく貪り喰いてぇ!
(ちょっとパイセン? 人の話、ちゃんと聞いてるし?)
(聞いてる、聞いてる。別にいいじゃん、母ちゃんが『喰え!』って言ってんだし。晩御飯くらい、ご馳走になれば)
そう、事の発端は1時間前。
大和田ちゃんを家に連れてきたと同時に、母ちゃんが仕事から帰宅。
双子姫以外の女の子を家に連れてきたという事実が、母ちゃんの顔面を歓喜の涙で包み込みこんだ。
結果、玄関前で膝から崩れ落ちるビックマザー。
そのまま駅前でナンパするヤリチンのごとく、言葉巧みに家へと連れ込まる大和田ちゃん。
そして最終的に「よかったら晩御飯でも食べていって!」という母ちゃんの殺し文句により、現在に至るのであった。
う~ん、相変わらず行動力だけはズバ抜けている母親だ。
押し売りセールスマンの営業トークよろしく、その薄汚ねぇ口から発せられる、鮮やかな言葉の数々は、我が母ながら思わず拍手しそうになったくらいだ。
ママンの気合の入れようからして、これは下手すると、お泊りコースもあるんじゃないか?
女の子の後輩が我が家にお泊り……ヤベェ、最高かよ!?
今度こそ、しっかりCG回収しなきゃ!
「信菜ちゃんだっけ? 食べられないお肉ってある?」
「あっ、いえ。大丈夫です。基本的に、好き嫌いとかは無いので」
「ほんと? なら何か食べたいお肉はある?」
「あっ、ブタ! 俺、ブタ! ブタ、喰いてぇ! ブタ、ブタ!」
「ブヒブヒうるさいわよ、愚弟? アンタは野菜でも食ってな」
「野菜はブタさんが食ってるから、大丈夫だ!」
「パイセ――先輩? 豚さんが食べてるのは、野菜じゃなくて穀物だと思うんですが……?」
えっ?
野菜と穀物って、何か違うの?
「よしっ、そろそろOKだな! 総員、手を合わせろ!」
姉ちゃんが珍しく他人に気を使う傍らで、母ちゃんが再びファミリー全員に、王政復古の大号令をかける。
待ってました! とばかりに、姉弟そろって勢いよくパンッ! と手を合わせる。
遅れて大和田ちゃんが、アワアワ!? した様子で、お手々のシワとシワを合わせた。な~む~♪
「よし、手を合わせたな? それじゃ……いただきます!」
「「いただきます!」」
全員で血肉となってくる豚さんと牛さんに、感謝の言葉を伝える。
刹那、俺と姉ちゃんは生産者のみなさまに感謝の念を送りながら、そっとお肉に手を伸ばす。
――ことなく、お互いの頬に、固い拳をめりこませていた。
「「パパスッ!?」」
「い、いただきま――えぇぇぇぇっ!? な、何やってるし、2人とも!?」
大神一家から少し遅れて、感謝の言葉を口にしようとした大和田ちゃんが、後方へ吹き飛ぶ姉と弟を、驚きに満ちた目で見つめてきた。
よほど驚いたのだろう、口調が素に戻っていた。
が、今はそんなこと、どうでもいい!
俺は唇の端から溢れ出た血を、乱暴に手の甲で擦りながら、同じく乱暴に唇の端から流れ出る血を、親指で拭うリトルボスに、不敵な笑みを向けてみせた。
「ブハッ!? さ、さすがは母ちゃんの血を受け継いでいるだけあって、パンチが重いぜ……。腕を上げたな、姉ちゃん」
「フッ。そういう愚弟だって、このお姉さまに一撃を与えるなんて……。どうやら、成長はしているようだな」
ほのぼの♪ していた大神家の食卓が、一瞬で張りつめたモノに変わる。
きっと今、我が家にヨネスケが突撃してきたら『勘弁してください……』と、裸足で逃げ出すに違いない。
それくらい部屋に充満する殺気は、尋常ではなかった。
「ちょっ!? 待って、待って!? さっきまで、あんなに楽しい雰囲気だったじゃん! なんでいきなり喧嘩!? 意味分かんないし!」
「信菜ちゃん、これは喧嘩じゃない。喧嘩じゃないのよ」
「あぁ、これは交渉だ」
「こ、交渉……?」
ピタリと動きを止める大和田ちゃんを尻目に、ゆっくりと立ち上がる姉と弟。
そのまま拳を構えながら、再び戦闘態勢……いやネゴシエーションモードへと移行した。
「俺は1枚でも多く、肉を食したい」
「あたしも1枚でも多く、この愚弟よりお肉を食したい」
「ゆえにお互いの存在が邪魔で仕方ない」
「「よってこの弟(姉)を抹殺するのは、当然の摂理!」」
「なんだ、このヤベェ姉弟は? 頭おかしいのか……?」
あぁ、おかしいのか……。
と、何故か1人納得している大和田ちゃんから視線を切り、大胆不敵に微笑む我が姉へと意識を向ける。
まぁ大和田ちゃんが困惑するのも、無理はない。
なんせあの一瞬で
『お肉食べたい → 弟が邪魔だなぁ→ よし! 抹殺しよう!』
という思考回路に至る我が姉には、正直俺もドン引きを辞さない。
まったく?
可愛い弟に拳を向けるなんて、相変わらず頭がおかしいとしか思えない。
「覚悟しなさい愚弟? 長きにわたる引きこもり生活で開発した、この『汚部屋番式小太刀二刀流』で息の根を止めてやるわ」
「ハッ、やってみろ! その前に俺の『ゴミクズ龍閃』が、姉ちゃんの意識を刈り取るぜ?」
「ごめんなさいね、ノブナちゃん? うちのバカどもが騒がしくて?」
「い、いえ、大丈夫です。ちょっと……いや、かなりエキセントリックな食卓ですけど、楽しいですよ?」
「ほんと? ムリはしないでね?」
と、俺には向けたことがない優しい笑みを浮かべる母ちゃんに、大和田ちゃんは「無理なんてしてないですよ」と微笑で返した。
その傍らで、壮絶な殴り合いを演じる、姉と弟。
それにしても、現役男子高校生と本気の殴り合いを演じられるウチの姉は、肉体的にも精神的にも、おかしいんじゃないだろうか?
どうして我が家の女性陣は、全員身体能力がアイア●マンなのだろうか?
もはや『女』どころか人間を辞めているとしか思えない。
「それに、誰かとこうやって食事を摂るのも、久しぶりなんで」
「あら、家族とは一緒にご飯を食べないの?」
「その、お義母さんは毎日仕事場で寝泊まりしているので……。お兄ちゃ――兄は外で食べる機会が多いから」
「お父さんは? お父さんはどうしたの?」
「お父様は……その……えへへ」
そう苦笑を浮かべて、何かを誤魔化そうとする大和田ちゃん。
途端に我が家の食卓の空気が、急激に重くなったのが分かった。
あっ、これ、多分踏み込んじゃいけない類の話題だ!
(お、おい母ちゃん! どうすんだ、この空気!?)
(あたし嫌よ! こんな淀んだ空気の中で、お肉を食べるなんて!?)
(ええぃ、うるさいぞ! もとはと言えば、おまえらが喧嘩を始めたのが悪いんだろうが!? 責任をとって、何とかしろ!)
いそいそと自分の席に戻りながら、大神式アイコンタクトを飛ばし合う、マイファミリー。
なんとかって……しょうがねぇなぁ。
どうやらここは『アナタのお耳の恋人』、シロウ・オオカミ先生の出番のようだな。
(母ちゃん、姉ちゃん。ここは知的でクールなナイスガイな俺に任せてくれ)
(よっ、待ってました! 我が家が誇る、口先だけの男!)
(『全日本! 口先だけコンテスト~男子高校生の部 個人優勝~』を果たしたその実力、お母ちゃんたちに見せてみろ!)
たまに思うんだが、俺はもしかしたら、この家の子じゃないのかもしれない。
今も心の隅で
『愚息、実はアンタ、ウチの子じゃないの……。そう、あれは17年前のことよ――』
なんて、シリアス全開なカミングアウトを口にしつつ、俺の出生には異世界の国の王族が関係していたりして、そのままその異世界に転移して、偶然もらったチートでハーレムを築きながら、現地人にドヤ顔で説教する未来を期待している自分がいる。
さらに欲を言うのであれば、なんやかんやで俺の異世界転移に巻き込まれた大和田ちゃんが、普段はツンケンしつつも、だんだんと俺に心を開いて、最終的にマリッジしちゃって……ふふふふっ。
「? パイセン、どうしたし? そんなデレッ♪ とした顔をして?」
「ねぇ大和田ちゃん、子どもは何人ほしい?」
「キメェ!? なに突然トチ狂ったことを口にしてるし!?」
一体どういう思考回路してんだ!? と、大和田ちゃんどころか家族全員から、非難がましい視線を浴びるマイボディ。
なんだ、なんだ?
その明らかにバカを見るような目は?
不愉快極まりないじゃないか。
特に大和田ちゃんの瞳は、今にも性犯罪を犯そうとする、とんでもない変態を見るように冷たい。
待て待て? 誤解だ!
全日本オフィシャルチキン協会名誉会長である俺が、そんなチキンなマネをするワケがないだろう?
「ナシナシ、今のナシ! もう1回! もう1回チャンスちょうだい! 俺に汚名万来のチャンスをちょうだい!」
「嫌なチャンスね」
「我が息子ながら、見てられないわ」
「パイセン、それを言うなら『名誉挽回のチャンス』では?」
何故だろう?
口を開けば開くほど、俺の株が落ちている気がする……。
俺はなんとか言い募ろうと、再び口を開きかけたそのとき、突然クスクスッ! と、大和田ちゃんが控えめに吹き出した。
「大和田ちゃん?」
「あぁ、ごめんなさい。いやだって、パイセンがおかしくて……ぷふっ!?」
はっはっはっはっはっ! と、彼女の笑い袋が爆発!
そのまま目尻に涙の粒を浮かべながら、ひとしきり爆笑し続ける、我が後輩。
……いやまぁ、重っ苦しい空気にならずに済んで、よかったんだけどさ?
……何とも釈然としない。
ぷくぅ! と、自然と俺の頬が膨らむのと同時に、大和田ちゃんは初めて見せる、心からの笑顔を浮かべたまま。
「ひぃ~、面白かった! ウチ、こんなに笑ったの、久しぶりかもしんない!」
「……それはようござんしたね」
「ふて腐れんじゃないわよ、愚弟。男の拗ねた顔なんて、気持ち悪いだけよ?」
「ほらほら! 口より手を動かせ、おまえら? せっかくの肉が焦げるぞぉ」
はぁ~い! と全員で声をハモらせながら、お肉へと手を伸ばす。
モシャモシャと肉を咀嚼する俺の隣りで、大和田ちゃんは、やけに清々しい表情のまま、
「パイセン」
と、俺を呼んだ。
「うん? どったよ? ご飯おかわり?」
「違うし。……誰かと食事をするって、こんな楽しいモノだったんだね」
「? そんなの、あたりめぇだろうが。どうした急に?」
「『あたりまえ』……そっか」
「??? 大和田ちゃん?」
「ううん、なんでもないし!」
ニカッ♪ と微笑みを浮かべたまま、豚肉を頬張る大和田ちゃん。
その顔はまるで、宝物を見つけた子どものように、無邪気であった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる