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第9部 聖夜に水星は巡航する
第4話 後輩ちゃんドロップキック
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何やかんやありつつも、無事生徒会の打ち上げが終わった、翌日のお昼休み。
俺はいつものようにメロンパン片手に、古羊姉妹が待つ生徒会室へ移動――することなく、1階の空き教室へと歩を進めていた。
「うーす。みんな大好きシロウ君ですよぉ~、と」
「遅い! シロパイのくせに、ウチを待たせるなんて生意気だし!」
ガラッ! と空き教室の扉を開けた瞬間、心地よい罵声がシロウ・ボディを五月雨のごとく貫いた。
そこに居たのは、桃色に髪を染め上げた美少女。
司馬ちゃんに並ぶ1年生2大マドンナの1人であり、我が心のお兄たま、大和田の兄上の妹である大和田信菜ちゃんが、プンスカ! と可愛らしく憤慨している姿だった。
「なんだ、なんだぁ? そんなに先輩に早く会いたかったのかぁ~? んん~?」
「んなっ!? そ、そんなんじゃないし! ただお昼を食べる時間が無くなるのが嫌だっただけだし」
「照れるな、照れるなって♪」
「照れてないし! 断じて照れてないし!」
ぷいっ! と頬を桃色に染め上げながら、明後日の方へと首を捻るプチデビル後輩
う~ん、可愛い――
……ゾワッ。
「ッ!?!?」
瞬間、俺の首筋をゲイに舐められたかのような嫌な悪寒が全身を駆け巡った。
この全身の産毛という産毛が逆立つ感覚を……俺は知っている。
そうこの感覚は確か、俺が小学5年生の冬に感じたヤツと同じだ。
あの日は確か、1日中雨が降っていたっけ……。
おかげで身も心も冷たくなった俺は、早急に身体を温めるべく、学校から帰宅してすぐ電気ストーブの電源を入れたのだけれど、何故か電源が入らない。
あれ、なんでだ? と不思議に思いストーブの背後を確認すると、どうやらコンセントが抜けかかっていたらしく、俺は『やれやれだぜ』と某奇妙な冒険に出てくる主人公のようなことを口ずさみながら、濡れた手でコンセントに触り、
――バチィッ!
という炸裂音と共に、交流100Vの電流が俺を襲った。
結果、俺はその場でハイスピード・テクニカルダンスッ!
ぬるい人生なんてお呼びじゃねぇ!
花火のように鮮やかで、ドブネズミのように美しい、漢の生き様、魅せてやる! と言わんばかりの、ハード&ロックだ。
それを当時中学2年生だった大神家が誇る不良債権である我が姉上が発見。
姉は俺のダンスを一通り見て爆笑した後、弟を助けるべく自称IQ53万の頭脳を高速回転させた。
正直、感電する弟を放置して、しばらく爆笑する姉もどうかと思うが、問題はここからだった。
弟を助けるべく、卓抜なる頭脳で導き出された姉の結論は、
『そうだっ! 弟をドロップキックで蹴り飛ばそう』
というモノだった。
なんでも『外部から強い衝撃を与えれば、意識の有無に関わらず、コンセントを手放すに違いない!』と考えたらしい。
しかもドロップキックならば、俺に接触した瞬間、姉も感電してしまうかもしれないが、空中に居る以上、慣性の法則が働き、意識の有無に関わらず俺を蹴飛ばし、コンセントを手放させることが出来る。
まさに神の1手だ!
そう1人納得した姉は、弟に渾身のドロップキックをお見舞いするべく、助走距離を取った。
そしてクラウチング・スタートからの、パンツ丸出しドロップキックにより、無事愚弟の救出に成功したのであった。
……ということを、自慢げに自分の友人たちに語っていた。
さも武勇伝のように語る姉の隣で、この事件の全容を全て知っている俺は……姉のあまりのおぞましさに恐怖を覚えていた。
いやね?
姉の話だと『弟を蹴り飛ばして、無事救出したっ!』って所で終わってるんだけどさ?
……実はこの話には、続きがあるんだよね。
当時の姉は戦闘民族である母の血を色濃く受け継いだせいか、巷で『喧嘩最強』と不良共に恐れられるほどの、名うての喧嘩師だったのよね。
そんな姉の本気の一撃を顔面で受け止めた俺は、さぁ大変!
俺の身体は、モノの見事にリビングの窓をブチ破って、お外でダイブッ!
しかもそこへ『トドメだ!』と言わんばかりに、仕事から帰宅してきたママンのトヨタ・カローラが息子を跳ね飛ばし、怒涛の追撃。
そしてロケットのごとく吹き飛んで行く俺の身体は、最後の〆と言わんばかりに、大神家の斜め前のお宅の窓ガラスを、スタイリッシュにブチ破って停止した。
騒ぎ出すご近所さん。
喚き散らす人妻。
血みどろの俺。
爆笑する姉。
車の心配をする母。
プラグをコンセントに
↓
感電してロックンロール
↓
姉、爆笑からのドロップキック
↓
窓をクラッシュ
↓
お外へダイブッ! からの母のカローラでワントラップ
↓
俺氏、キリモミ飛行からのフライング・ヒューマン
↓
からの相手のゴールにシュート
↓
再び窓クラッシュ
↓
超エキサイティングッッ!
↓
そして伝説へ……。
まさにピタゴラスイッチも真っ青な完成度である。
『まったく、軟弱な弟を持つと姉は苦労するわ。アイツ結局、指先を火傷して3日間病院へ通ったんだぞ? それにしても、電気って怖ぇよな。お前らも気をつけろよ?』
まるで悪いのは『全て弟っ!』と言わんばかりに、喜々として友人たちに蛮勇を語る姉を前に、俺は己の血筋に畏怖を覚えずにはいられなかった。
そして何気にそれだけの事がありながら、指先を火傷した程度で済む自分のタフネスさにも、恐怖を覚えた。
俺の身体にも、この蛮族どもの血が半分流れているのかと思うと……考えるだけで恐ろしい。
って、アレ?
俺、何の話をしてたんだっけ……?
「??? どったし、シロパイ? そんな青い顔をして?」
「いや、ちょっと背筋に悪寒が……」
「悪寒? 熱でもあるし?」
大和田ちゃんが「んん~?」と首を捻りながら、俺のおでこに自分の手のひらを当ててきた。
途端に、後ろの教室のドアから、
――ガンッ!
と、何かを蹴りつけたような音が聞こえてきた。
『ざけんなっ! これ見よがしに、イチャイチャ♪ してんじゃないわよ……』
『お、落ち着いてメイちゃん!? 2人にバレちゃうから! 今は静かにしとこ? ね?』
『……分かってるわよ。ついちょっと壁があったから、殴りたくなっただけよ』
『アマゾネスさんかな?』
……コレは盗聴されてますねぇ。
うん、盗聴されてるわ。絶対。
なんせ、さっきから窓の端からチラチラと、見覚えのある亜麻色の髪が見え隠れしているし……。
何してんの、あいつら?
ヒマなのかな?
とりあえず、扉のすぐ近くでスタンバイしているであろう双子姫に、声をかけてやろうとしたが、テンパって2人の存在に気づいていない大和田ちゃんが、ゴホンッ! とワザとらしく空咳をしてみせた。
「と、ところでシロパイ? 今日のお昼は、いつも通りソレだけなの?」
「ん? あたぼーよ! 男は黙ってメロンパン一択だ!」
「ふ、ふぅぅぅん。そっか」
大和田ちゃんは、何故か女体を前にした男子高校生のように、瞳をギラギラさせながら、
「さ、流石にさ? いっつもソレだけじゃ、栄養が偏っちゃうと思わない? 思うよね? ね? ね?」
「うわぁ。圧がすっごい……」
拒否することは許さん! とばかりに、ズイッ! と俺の方へ詰め寄る大和田ちゃん。
『近い、近い!? そんなにくっつくんじゃないわよ! 恥を知りなさい、恥を!』
『むぅぅぅぅぅ……』
瞬間、教室の後ろのドアから『離れろ!』と言わんばかりの圧力が放たれる。
前門の後輩、後門の同級生。
どうすればいいの、コレ?
それぞれの思惑から発散される雰囲気に圧倒され、借りてきた狼のように身動き1つ出来なくなるナイスガイ、シロウ・オオカミ。
そんなカチンコチンに固まる俺を尻目に、大和田ちゃんは持って来ていたトートバックから、小包みのようなモノを取り出してみせた。
「はいシロパイ、コレ」
「はへ? 何コレ?」
素直に差し出されたソレを受け取りながら、マジマジと未来の妹の顔を凝視する。
大和田ちゃんは、ほんのりと頬を桃色に染めつつ、決して俺とは目を合わせないようにしながら、早口で。
「お、お弁当! ほ、ほら! 前に『お弁当を作ってくる』って約束、したっしょ!?」
「お、おう……。そういや、そんな約束したけどさ……えっ? いまさら?」
俺の脳裏をよぎるは、つい1か月ほど前に、彼女がお弁当を作ってくると言っておいて、結局作っては来ず、逆に俺への脅迫写真を撮影していった、苦い記憶がフラッシュバック。
てっきり、あのときの約束は、もう反故になったモノだとばかり思っていたんだが……。
どうやら彼女の中では、そうではなかったらしい。
大和田ちゃんは、耳朶までカァーッ! と真っ赤に染めると、乱暴な足取りで近くの席へと腰を下ろした。
「う、うるさいし! 女の子の手料理なんだから、もっと喜べ!」
「わかった。ならこのお弁当は、我が家の家宝にするね?」
「いや、今食べろや……」
はやくコッチに座れ! と、大和田ちゃんに目だけで急かされる。
俺はとくに反論することなく、彼女の目の前の席に腰を下ろしながら、大和田印のお弁当と、事前に持って来ていたメロンパンを机の上にぽんっ! と置いた。
刹那、後ろのドアに控えていた乙女たちの圧力に、勢いが増したような気がした。
が、きっと気のせいだろう。
気のせいだよね?
頼む、気のせいであってくれ! お願い!?
空間が歪むほどの圧力に身震いする俺とは対照的に、どこか勝ち誇った微笑みを浮かべる大和田ちゃん。
「ふふんっ! どうせシロパイのことだから、女の子にお弁当を作って貰ったのは初めてなんっしょ? さぁっ! 思う存分、貪り食べるといいし!」
「すげぇ自信じゃん。まぁでも確かに、大和田ちゃんの言う通りだわな。俺も芽衣以外の女の子から、お弁当を貰うのは初めてだし、かなりワクワクしてるのは否めないわ。へへへっ! 超楽しみ♪」
「……は? ちょい待ち、シロパイ。今、なん言った?」
さっそく大和田ちゃんのお弁当を広げようとした俺の手を、ガシッ! と掴む、未来の妹。
その瞳は浮気した彼氏を責めるかのような、鋭く冷たいモノだった。
「えっ? えっ? なになに? 何でそんな射殺すような目を先輩に向けるの? 純粋に怖いよ?」
「黙って。ウチの質問にだけ答えろし」
その有無を言わさない圧倒的なまでの威圧感に、ついゴクリッ! と生ツバを飲み込んでしまう。
もうさっきまで牧歌的な『ほのぼの♪』していた雰囲気は、どこへやら。
学級裁判よろしく、ヒリついた緊張感が、俺の素肌をこれでもかと撫でまわした。
普段の俺であれば、少女漫画に出てくるスカしたイケメンよろしく、ニヒルな笑みを浮かべつつ肩を竦めているところだが……いかんせん。
大和田ちゃんの身体から発散される殺気が、尋常じゃない。
軽く俺を5人は殺せそうなくらい膨れ上がる殺気を前に、大人のオモチャよろしく、ブルブルッ!? と震えることしか出来ない。
「ねぇシロパイ? あの女からお弁当を貰ったって、ほんと?」
「は、はひ……。ほ、ほんとでふっ」
「チッ……」
まるで『あの泥棒猫め!』とでも言いたげに、キッ! と眉根を吊り上げる大和田ちゃん。
そのまま無言で机の上に置かれたお弁当の箱をパカッ! と開く。
……なんで無言なの?
という俺のツッコミより速く、我が目に飛び込んできたのは、肉厚のから揚げに、ほんのり焦げた卵焼き、ほうれん草のおひたしに、ワカメごはんと、健全な男子高校生の胃袋を直で刺激するラインナップであった。
「おぉっ! このクオリティのお弁当……。もしかして大和田ちゃんって、料理得意だったりする?」
「まぁ、乙女の嗜み程度にはね。それよりも……はいっ、シロパイ!」
「へっ? むがっ!?」
突如口の中にボリューム満点のから揚げが放り込まれる。
反射的に、そのから揚げを噛みしめた瞬間、
――じゅゎ♪
衣の中から、あふれんばかりの肉汁が、オオカミ・マウスの中を蹂躙していった。
その暴力的なまでの旨味が舌先から脳天を突き抜け、自然と頬がだらしなく緩んでしまう。
「どうシロパイ? 味の方は?」
「毎日俺のために【から揚げ】を作ってくださ――あっ、何でもないです。すごく美味しいです、はい……」
軽口を叩こうとした瞬間、扉の窓の方から、
――ひょっこり♪
と、芽衣のスマホが姿を現した。
ソレをよくよく観察すると、画面いっぱいに、俺が会長閣下の虚乳を揉みし抱いている【例の脅迫写真】がピックアップ。
なるほど。
『余計なことは言うな!』と、そういうことですね?
かしこまリーの裏蓮華♪
もう美味しくて涙が出そうになっているのか、それとも恐怖で涙が出そうになっているのか、自分でも分からない。
分かることは、余計なことを言った瞬間、社会的に抹殺されるということだけ。
気を引き締めろ、俺!
「ウチが作ったんだから、美味しいのは当たり前。そうじゃなくて、あの女の作った料理と、どっちが美味しかったかって聞いてんの」
「……ふぅ」
サッ! と、大和田ちゃんから目を逸らす。
こ、これは何て答えるのが正解なんだ?
とりあえず、ひと通り脳内でシミュレーションしてみる。
① 大和田ちゃんのご飯の方が美味しいよ!
↓
芽衣さん、ブチ切れ
↓
スーパー地球人に目覚める
↓
俺の頬に芽衣の拳がパイルダーオン。
② 芽衣のご飯の方が美味しいよ!
↓
大和田ちゃん、ブチ切れ
↓
スーパー地球人に目覚める
↓
俺の頬に大和田ちゃんの拳がパイルダーオン。
③ 2人とも美味しいよ!
↓
そんなナマッチョロイこと聞いてんじゃねぇんだよ!
↓
2人ともブチ切れ
↓
スーパー地球人に目覚める
↓
2人の拳が俺の頬にパイルダーオン。
ふぅ~む……おかしいな?
どの未来を選んでも、結果が同じなワケなのだが……?
並みの男なら、この時点で壊れたロボットよろしく『アババババッ!?』と、訳の分からないことを口走っている所だろうが……この俺、シロウ・オオカミは違う。
クールでシニカルなイケてるナイスガイな俺の優秀な頭脳は、ある1つの解をすでに導きだしていた。
俺は期待と不安に満ちた瞳とオーラを放つ大和田ちゃんと芽衣に聞こえるように、声高らかに言ってやった。
「――俺の料理の方が100倍美味い!」
「『…………』」
気がつくと、かつての姉と同じく、縞々パンツ丸出しで、俺に向かってドロップキックをかましてくる、プチデビル後輩の姿があった。
俺はいつものようにメロンパン片手に、古羊姉妹が待つ生徒会室へ移動――することなく、1階の空き教室へと歩を進めていた。
「うーす。みんな大好きシロウ君ですよぉ~、と」
「遅い! シロパイのくせに、ウチを待たせるなんて生意気だし!」
ガラッ! と空き教室の扉を開けた瞬間、心地よい罵声がシロウ・ボディを五月雨のごとく貫いた。
そこに居たのは、桃色に髪を染め上げた美少女。
司馬ちゃんに並ぶ1年生2大マドンナの1人であり、我が心のお兄たま、大和田の兄上の妹である大和田信菜ちゃんが、プンスカ! と可愛らしく憤慨している姿だった。
「なんだ、なんだぁ? そんなに先輩に早く会いたかったのかぁ~? んん~?」
「んなっ!? そ、そんなんじゃないし! ただお昼を食べる時間が無くなるのが嫌だっただけだし」
「照れるな、照れるなって♪」
「照れてないし! 断じて照れてないし!」
ぷいっ! と頬を桃色に染め上げながら、明後日の方へと首を捻るプチデビル後輩
う~ん、可愛い――
……ゾワッ。
「ッ!?!?」
瞬間、俺の首筋をゲイに舐められたかのような嫌な悪寒が全身を駆け巡った。
この全身の産毛という産毛が逆立つ感覚を……俺は知っている。
そうこの感覚は確か、俺が小学5年生の冬に感じたヤツと同じだ。
あの日は確か、1日中雨が降っていたっけ……。
おかげで身も心も冷たくなった俺は、早急に身体を温めるべく、学校から帰宅してすぐ電気ストーブの電源を入れたのだけれど、何故か電源が入らない。
あれ、なんでだ? と不思議に思いストーブの背後を確認すると、どうやらコンセントが抜けかかっていたらしく、俺は『やれやれだぜ』と某奇妙な冒険に出てくる主人公のようなことを口ずさみながら、濡れた手でコンセントに触り、
――バチィッ!
という炸裂音と共に、交流100Vの電流が俺を襲った。
結果、俺はその場でハイスピード・テクニカルダンスッ!
ぬるい人生なんてお呼びじゃねぇ!
花火のように鮮やかで、ドブネズミのように美しい、漢の生き様、魅せてやる! と言わんばかりの、ハード&ロックだ。
それを当時中学2年生だった大神家が誇る不良債権である我が姉上が発見。
姉は俺のダンスを一通り見て爆笑した後、弟を助けるべく自称IQ53万の頭脳を高速回転させた。
正直、感電する弟を放置して、しばらく爆笑する姉もどうかと思うが、問題はここからだった。
弟を助けるべく、卓抜なる頭脳で導き出された姉の結論は、
『そうだっ! 弟をドロップキックで蹴り飛ばそう』
というモノだった。
なんでも『外部から強い衝撃を与えれば、意識の有無に関わらず、コンセントを手放すに違いない!』と考えたらしい。
しかもドロップキックならば、俺に接触した瞬間、姉も感電してしまうかもしれないが、空中に居る以上、慣性の法則が働き、意識の有無に関わらず俺を蹴飛ばし、コンセントを手放させることが出来る。
まさに神の1手だ!
そう1人納得した姉は、弟に渾身のドロップキックをお見舞いするべく、助走距離を取った。
そしてクラウチング・スタートからの、パンツ丸出しドロップキックにより、無事愚弟の救出に成功したのであった。
……ということを、自慢げに自分の友人たちに語っていた。
さも武勇伝のように語る姉の隣で、この事件の全容を全て知っている俺は……姉のあまりのおぞましさに恐怖を覚えていた。
いやね?
姉の話だと『弟を蹴り飛ばして、無事救出したっ!』って所で終わってるんだけどさ?
……実はこの話には、続きがあるんだよね。
当時の姉は戦闘民族である母の血を色濃く受け継いだせいか、巷で『喧嘩最強』と不良共に恐れられるほどの、名うての喧嘩師だったのよね。
そんな姉の本気の一撃を顔面で受け止めた俺は、さぁ大変!
俺の身体は、モノの見事にリビングの窓をブチ破って、お外でダイブッ!
しかもそこへ『トドメだ!』と言わんばかりに、仕事から帰宅してきたママンのトヨタ・カローラが息子を跳ね飛ばし、怒涛の追撃。
そしてロケットのごとく吹き飛んで行く俺の身体は、最後の〆と言わんばかりに、大神家の斜め前のお宅の窓ガラスを、スタイリッシュにブチ破って停止した。
騒ぎ出すご近所さん。
喚き散らす人妻。
血みどろの俺。
爆笑する姉。
車の心配をする母。
プラグをコンセントに
↓
感電してロックンロール
↓
姉、爆笑からのドロップキック
↓
窓をクラッシュ
↓
お外へダイブッ! からの母のカローラでワントラップ
↓
俺氏、キリモミ飛行からのフライング・ヒューマン
↓
からの相手のゴールにシュート
↓
再び窓クラッシュ
↓
超エキサイティングッッ!
↓
そして伝説へ……。
まさにピタゴラスイッチも真っ青な完成度である。
『まったく、軟弱な弟を持つと姉は苦労するわ。アイツ結局、指先を火傷して3日間病院へ通ったんだぞ? それにしても、電気って怖ぇよな。お前らも気をつけろよ?』
まるで悪いのは『全て弟っ!』と言わんばかりに、喜々として友人たちに蛮勇を語る姉を前に、俺は己の血筋に畏怖を覚えずにはいられなかった。
そして何気にそれだけの事がありながら、指先を火傷した程度で済む自分のタフネスさにも、恐怖を覚えた。
俺の身体にも、この蛮族どもの血が半分流れているのかと思うと……考えるだけで恐ろしい。
って、アレ?
俺、何の話をしてたんだっけ……?
「??? どったし、シロパイ? そんな青い顔をして?」
「いや、ちょっと背筋に悪寒が……」
「悪寒? 熱でもあるし?」
大和田ちゃんが「んん~?」と首を捻りながら、俺のおでこに自分の手のひらを当ててきた。
途端に、後ろの教室のドアから、
――ガンッ!
と、何かを蹴りつけたような音が聞こえてきた。
『ざけんなっ! これ見よがしに、イチャイチャ♪ してんじゃないわよ……』
『お、落ち着いてメイちゃん!? 2人にバレちゃうから! 今は静かにしとこ? ね?』
『……分かってるわよ。ついちょっと壁があったから、殴りたくなっただけよ』
『アマゾネスさんかな?』
……コレは盗聴されてますねぇ。
うん、盗聴されてるわ。絶対。
なんせ、さっきから窓の端からチラチラと、見覚えのある亜麻色の髪が見え隠れしているし……。
何してんの、あいつら?
ヒマなのかな?
とりあえず、扉のすぐ近くでスタンバイしているであろう双子姫に、声をかけてやろうとしたが、テンパって2人の存在に気づいていない大和田ちゃんが、ゴホンッ! とワザとらしく空咳をしてみせた。
「と、ところでシロパイ? 今日のお昼は、いつも通りソレだけなの?」
「ん? あたぼーよ! 男は黙ってメロンパン一択だ!」
「ふ、ふぅぅぅん。そっか」
大和田ちゃんは、何故か女体を前にした男子高校生のように、瞳をギラギラさせながら、
「さ、流石にさ? いっつもソレだけじゃ、栄養が偏っちゃうと思わない? 思うよね? ね? ね?」
「うわぁ。圧がすっごい……」
拒否することは許さん! とばかりに、ズイッ! と俺の方へ詰め寄る大和田ちゃん。
『近い、近い!? そんなにくっつくんじゃないわよ! 恥を知りなさい、恥を!』
『むぅぅぅぅぅ……』
瞬間、教室の後ろのドアから『離れろ!』と言わんばかりの圧力が放たれる。
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「はいシロパイ、コレ」
「はへ? 何コレ?」
素直に差し出されたソレを受け取りながら、マジマジと未来の妹の顔を凝視する。
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「お、お弁当! ほ、ほら! 前に『お弁当を作ってくる』って約束、したっしょ!?」
「お、おう……。そういや、そんな約束したけどさ……えっ? いまさら?」
俺の脳裏をよぎるは、つい1か月ほど前に、彼女がお弁当を作ってくると言っておいて、結局作っては来ず、逆に俺への脅迫写真を撮影していった、苦い記憶がフラッシュバック。
てっきり、あのときの約束は、もう反故になったモノだとばかり思っていたんだが……。
どうやら彼女の中では、そうではなかったらしい。
大和田ちゃんは、耳朶までカァーッ! と真っ赤に染めると、乱暴な足取りで近くの席へと腰を下ろした。
「う、うるさいし! 女の子の手料理なんだから、もっと喜べ!」
「わかった。ならこのお弁当は、我が家の家宝にするね?」
「いや、今食べろや……」
はやくコッチに座れ! と、大和田ちゃんに目だけで急かされる。
俺はとくに反論することなく、彼女の目の前の席に腰を下ろしながら、大和田印のお弁当と、事前に持って来ていたメロンパンを机の上にぽんっ! と置いた。
刹那、後ろのドアに控えていた乙女たちの圧力に、勢いが増したような気がした。
が、きっと気のせいだろう。
気のせいだよね?
頼む、気のせいであってくれ! お願い!?
空間が歪むほどの圧力に身震いする俺とは対照的に、どこか勝ち誇った微笑みを浮かべる大和田ちゃん。
「ふふんっ! どうせシロパイのことだから、女の子にお弁当を作って貰ったのは初めてなんっしょ? さぁっ! 思う存分、貪り食べるといいし!」
「すげぇ自信じゃん。まぁでも確かに、大和田ちゃんの言う通りだわな。俺も芽衣以外の女の子から、お弁当を貰うのは初めてだし、かなりワクワクしてるのは否めないわ。へへへっ! 超楽しみ♪」
「……は? ちょい待ち、シロパイ。今、なん言った?」
さっそく大和田ちゃんのお弁当を広げようとした俺の手を、ガシッ! と掴む、未来の妹。
その瞳は浮気した彼氏を責めるかのような、鋭く冷たいモノだった。
「えっ? えっ? なになに? 何でそんな射殺すような目を先輩に向けるの? 純粋に怖いよ?」
「黙って。ウチの質問にだけ答えろし」
その有無を言わさない圧倒的なまでの威圧感に、ついゴクリッ! と生ツバを飲み込んでしまう。
もうさっきまで牧歌的な『ほのぼの♪』していた雰囲気は、どこへやら。
学級裁判よろしく、ヒリついた緊張感が、俺の素肌をこれでもかと撫でまわした。
普段の俺であれば、少女漫画に出てくるスカしたイケメンよろしく、ニヒルな笑みを浮かべつつ肩を竦めているところだが……いかんせん。
大和田ちゃんの身体から発散される殺気が、尋常じゃない。
軽く俺を5人は殺せそうなくらい膨れ上がる殺気を前に、大人のオモチャよろしく、ブルブルッ!? と震えることしか出来ない。
「ねぇシロパイ? あの女からお弁当を貰ったって、ほんと?」
「は、はひ……。ほ、ほんとでふっ」
「チッ……」
まるで『あの泥棒猫め!』とでも言いたげに、キッ! と眉根を吊り上げる大和田ちゃん。
そのまま無言で机の上に置かれたお弁当の箱をパカッ! と開く。
……なんで無言なの?
という俺のツッコミより速く、我が目に飛び込んできたのは、肉厚のから揚げに、ほんのり焦げた卵焼き、ほうれん草のおひたしに、ワカメごはんと、健全な男子高校生の胃袋を直で刺激するラインナップであった。
「おぉっ! このクオリティのお弁当……。もしかして大和田ちゃんって、料理得意だったりする?」
「まぁ、乙女の嗜み程度にはね。それよりも……はいっ、シロパイ!」
「へっ? むがっ!?」
突如口の中にボリューム満点のから揚げが放り込まれる。
反射的に、そのから揚げを噛みしめた瞬間、
――じゅゎ♪
衣の中から、あふれんばかりの肉汁が、オオカミ・マウスの中を蹂躙していった。
その暴力的なまでの旨味が舌先から脳天を突き抜け、自然と頬がだらしなく緩んでしまう。
「どうシロパイ? 味の方は?」
「毎日俺のために【から揚げ】を作ってくださ――あっ、何でもないです。すごく美味しいです、はい……」
軽口を叩こうとした瞬間、扉の窓の方から、
――ひょっこり♪
と、芽衣のスマホが姿を現した。
ソレをよくよく観察すると、画面いっぱいに、俺が会長閣下の虚乳を揉みし抱いている【例の脅迫写真】がピックアップ。
なるほど。
『余計なことは言うな!』と、そういうことですね?
かしこまリーの裏蓮華♪
もう美味しくて涙が出そうになっているのか、それとも恐怖で涙が出そうになっているのか、自分でも分からない。
分かることは、余計なことを言った瞬間、社会的に抹殺されるということだけ。
気を引き締めろ、俺!
「ウチが作ったんだから、美味しいのは当たり前。そうじゃなくて、あの女の作った料理と、どっちが美味しかったかって聞いてんの」
「……ふぅ」
サッ! と、大和田ちゃんから目を逸らす。
こ、これは何て答えるのが正解なんだ?
とりあえず、ひと通り脳内でシミュレーションしてみる。
① 大和田ちゃんのご飯の方が美味しいよ!
↓
芽衣さん、ブチ切れ
↓
スーパー地球人に目覚める
↓
俺の頬に芽衣の拳がパイルダーオン。
② 芽衣のご飯の方が美味しいよ!
↓
大和田ちゃん、ブチ切れ
↓
スーパー地球人に目覚める
↓
俺の頬に大和田ちゃんの拳がパイルダーオン。
③ 2人とも美味しいよ!
↓
そんなナマッチョロイこと聞いてんじゃねぇんだよ!
↓
2人ともブチ切れ
↓
スーパー地球人に目覚める
↓
2人の拳が俺の頬にパイルダーオン。
ふぅ~む……おかしいな?
どの未来を選んでも、結果が同じなワケなのだが……?
並みの男なら、この時点で壊れたロボットよろしく『アババババッ!?』と、訳の分からないことを口走っている所だろうが……この俺、シロウ・オオカミは違う。
クールでシニカルなイケてるナイスガイな俺の優秀な頭脳は、ある1つの解をすでに導きだしていた。
俺は期待と不安に満ちた瞳とオーラを放つ大和田ちゃんと芽衣に聞こえるように、声高らかに言ってやった。
「――俺の料理の方が100倍美味い!」
「『…………』」
気がつくと、かつての姉と同じく、縞々パンツ丸出しで、俺に向かってドロップキックをかましてくる、プチデビル後輩の姿があった。
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