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第9部 聖夜に水星は巡航する
第28話 冬の訪れ07ホール事件
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我らが女神さまこと芽衣の射抜くような視線が俺の隣に、亀梨少年に注がれる。
さっきまでダンマリを決め込んでいた少年は、狼狽した様子で首をブンブンと横に振ってみせた。
「ちょっ、な、ナニ言ってるんすか会長!? 僕が犯人? そんなワケないっすよ!」
犯人はそこのクソ野郎っすよ! と、谷垣を指さす亀梨少年。
うん、奴がクソ野郎であることはもう満場一致でみんな理解しちゃっているので、誰も何も言わないのでスルーしておいた。
それよりも今、重要なのは亀梨少年の方である。
「亀梨くんの目的は、わたしたちをこの暗号に気づかせて、彼を逮捕させること。おそらく、この捜査から逮捕までの様子を撮影したビデオカメラを、何人かの生徒に見せようとしたんでしょうね。そうすれば、谷垣くんの悪名は勝手に広まりますからね」
「あ、あれ? ちょっと待ってくれよ芽衣? 犯人の目的はクリスマス会をぶっ潰すことなんじゃねぇの?」
「ソレは嘘ですよ、士狼。そう伝えておけば、わたしたちが否応なしにも事件の捜査に乗り出さないといけないと分かったうえでの判断ですよ。まぁ亀梨くんとしては、別にクリスマス会が無くなろうが、谷垣くんの悪名さえ広まれば御の字といった所ですかね」
「……」
芽衣の言葉に黙って耳を傾け続ける亀梨少年。
その不気味なまでの沈黙に、思わずこちらが緊張してしまう。
「そもそも、この【バットマン】事件の情報とヒントは、全て彼から教えて貰ったものですからね」
「め、メイちゃん、それって……」
「えぇ。亀梨くんは犯人が谷垣くんになるよう、自然とわたし達を誘導しようとしていたんですよ」
暗号の存在さえ分かれば、解くのは簡単ですからね。
そう口にした芽衣の言葉を遮るように、亀梨少年がゆっくりと口をひらいた。
「……ハァ、さすがは会長っすね。どうやらオイラ、少しだけ会長の実力を見誤っていたようっす」
「その口ぶりから察するに、認めるんですか?」
「隠したって、もうしょうがないっすからね。……そうっすよ、オイラが本当の【バットマン】っす」
そのあまりにもあっけない告白に、逆に俺たちは混乱してしまう。
もっとこう、「違う!? 俺じゃない!」みたいなヤリトリがあると思っていただけに、なんとも拍子抜けだ。
ただ1人だけ、谷垣を除いては。
谷垣はキッ! と瞳を吊り上げるなり、「あっ、おいっ!?」と言う元気の制止も振り切って亀梨少年の襟首をグィッ! と握りしめた。
「お、お、おおおっ、おまえが犯人かっ! よくも僕をこんな目に合わせてくれたな! 僕が何をしたっていうんだよ!?」
「……『何をした』かって?」
それはあまりにも一瞬過ぎた。
突然亀梨少年の雰囲気が剣幕なモノへと切り替わると、谷垣の手を振り払い、代わりに今度は少年が谷垣の襟首を強く握りしめた。
亀梨少年の豹変に怒り狂っていた谷垣の瞳に怯えの色が濃くなる。
そんな谷垣のことなど気にすることなく、少年はギリギリと奥歯を噛みしめながら下から谷垣を睨みつけた。
「テメェみてぇなクソ野郎から、ガッキーを守るタメだよ!」
その憤怒に染められた表情と、普段とはまったく違う口調に、谷垣はおろか生徒会役員全員、呆気とられて何も言えなくなってしまった。
ガッキーって確か、亀梨少年の幼馴染の新垣田千穂ちゃんのことだよな?
走り出した口はもう自分では止められないのか、亀梨少年は反吐でも吐き出すかのように苦しげにこう言った。
「オイラだって、本当はこんな事したくなかった……。ガッキーが好きになった男なら、悔しいけど、全力で応援してやろうと思ったさ。でもっ! コイツはっ! この男だけはダメだ!」
キッ! と、今にも谷垣を殺しかねない瞳に、3股クソ野郎が「ひぃっ!?」と小さく悲鳴をあげた。
1つ下の後輩だが、その殺気にも似た迫力には凄まじいモノがあった。
この場の空気を支配した亀梨少年が、まるで口にするのもおぞましいとばかりに苦痛に顔を歪め、
「オイラはガッキーのために、この男について調べた。その最中で、この男が現在進行形で3股を楽しんでいるクソ野郎だと知った。そんな男にガッキーはやれない! おまえじゃ、ガッキーは幸せに出来ない! おまえと居たら、ガッキーは不幸になる!」
「そ、そんな!? 僕は新垣さんを不幸になんかしないよ! 僕専用の牝穴07ホールとして、大切に可愛がるさ! なんなら彼女の身体に誓ってもいい!」
「スゲェ。こんなナチュラルクソ野郎、ワイ見たことがないで」
「いや元気が言うな」
「いや下僕1号も言うな」
「「いや宇佐美も言うな(や)」」
「いつまで漫才を続けるつもりですか……」
俺たち腐れ縁チームに、芽衣のジトッ! とした視線が突き刺さる。
いやいや?
その視線を向ける相手は間違っているからね、芽衣ちゃん?
その冷え切った視線は、あの後輩をナチュラルに07ホール扱いしている谷垣にこそ相応しいからね?
というかこの場で堂々と自分の後輩を07ホール扱いするなんて、どんなメンタルしてんだ谷垣?
肝座り過ぎだろう?
何なの? 肝が超合金で出来てるの?
まぁ、案の定というか当然というか、谷垣のその言動は火に油どこから、地雷原にガソリン抱えて特攻するようなモノで、一瞬にして亀梨少年の顔が怒りで真っ赤に染まった。
「このクソ野郎がっ!? それ以上ガッキーを侮辱したら、容赦しねぇぞ!」
「ぶ、侮辱なんてとんでもない!? むしろ本気で賞賛したさ! 新垣さんは最高の牝穴07ホールになるって、これ以上なく褒めちぎったよ!?」
谷垣がそう叫ぶと同時に、曲がり角の方から大和田ちゃんと司馬ちゃんが帰ってきた。
が、そのまま谷垣の発言を耳にするなり、2人同時に瞳から光彩を消失させ、そのまま曲がれ右っ! して、再び廊下の角へと姿を消して行った。
そのあまりに無駄のない動きに、思わず感心してしまう。
うんうん、分かる、分かるよぉ!
このクソみたいな会話に、参加したくないんだよね?
俺もだよ♪
「こんのっ!? まだ言うか!」
「ひぃっ!? だ、誰か助けてぇ!?」
完全に自業自得な谷垣は、半ベソをかきながら、チラチラと俺の方を見つめてくる。
その仕草がまさに小動物チックで、とても吐き気がした。
おい、やめろ!?
潤んだ瞳で俺を見るな!
気持ち悪いんだよ!?
「ハァ……士狼?」
「……あいよ」
芽衣の無言の「やれ」という合図に、小さく頷く。
そのまま怒りでトマトのように顔を真っ赤にした亀梨少年と、涙で顔をグシャグシャにした谷垣の間に無理やり身を滑りこませる。
「はいはい、ストップ、ストップ。中断、中断」
「大神先輩……そこをどいてください!」
「どかない。いいから一旦離れろ。まずは頭を冷やせ、話し合いはそこからだ」
「話し合いなんて必要ない! そこのふざけたクソ野郎を1発ぶん殴ってやらないと、オイラの気が収まらない!」
今から始まるのは『話し合い』ではない、『殺し合い』だ! と言わんばかりに、亀梨少年の身体から殺気と怒気が溢れ出る。
ひぃっ!? と、すっかり身を縮こまらせて、俺の背後に隠れてしまう谷垣。
そんな谷垣に今にも殺してしまいそうな危ない光を瞳に宿した亀梨少年が、再び詰め寄ろうとするが、ソレを俺はグイッ! と身体を押しのけ阻止する。
途端にそのナイフのような瞳がジロリッ、と俺を射抜いた。
邪魔をするなら容赦しないぞ? と言外に語るその瞳を前に何故かよこたんが「ひゃうっ!?」と息を呑む。
「どけ!」
「どかない」
「~~~~っ!? いくら先輩でも、いい加減にしないと本気で――」
「よかったな。まだ間に合うじゃねぇか、おまえ」
「……はっ?」
何を言われたのか分からない、と言った様子で目を白黒させる亀梨少年。
いや亀梨少年だけじゃなく、芽衣以外のここにいる人間全員が、キョトンとした顔で俺を見つめていた。
俺はただ1人、亀梨少年の激情に彩られた瞳をまっすぐ見据えながら、
「自分が愛した女がさ、不幸になっちまうのってさ、悔しいよな。……俺もさ、前に1度だけ同じようなことがあったんだよ。まぁ、そのときは彼女には彼氏が居て、どうすることも出来なかったんだけどさ」
「お、大神先輩? な、何を言って……?」
「でも、おまえは違うじゃねぇか。まだ新垣ちゃんは誰のモノでもないんだぜ?」
亀梨の大きく見開いた目が俺を捉える。
そんな亀梨少年に、俺は苦笑を浮かべながら、
「亀梨少年の気持ちは痛いほど分かるぜ? 惚れた女には幸せになって欲しいよなぁ。出来れば、自分の手で幸せにしてやりてぇよなぁ」
コクン、と頷く亀梨少年の肩を軽く叩きつつ、俺は発破をかけるように言った。
「なら、それはまだ終わってねぇ。始まってすらねぇ。今ならまだ、間に合うんだ。なぁ亀梨少年よ? おまえが今するべき事は、一体なんだ? このクソ野郎を血祭りにあげることか?」
違うだろ?
そうじゃないだろ?
おまえが今、しなきゃいけないことは、1つだけだろ?
「――おまえが今しなきゃいけないコトは、自分の想いを伝える勇気を持つコト、だろ?」
「大神先輩……」
「ほれ行け少年。それとも、この谷垣に彼女を取られる方がいいか?」
「――ッ!」
瞬間、亀梨少年は春一番の如く俺の横を走り去っていった。
あっという間に校舎の中から後輩の姿が消えて行く。
その遠ざかって行く足音を耳にしていると、誰よりも先に我に返った谷垣がガクガクと俺の肩を揺さぶってきた。
「ちょっ、大神!? なに犯人を取り逃がしてんだよ!? お、追わなきゃ! 早く追わないと僕専用の牝穴07ホールが寝取られてしまう!?」
「えぇい、うるせぇ、うるせぇ。シロウサンタさんからの、ちょっと早めのクリスマスプレゼントってことで、これでいいんだよ」
よくないよ! と慌てて亀梨少年の後を追おうとする谷垣。
俺はその肩をグッ! と掴み、
「ちょい待ち。おまえには色々と聞かなきゃならんことがあるから、一緒に生徒会室まで来て貰うぞ」
「そ、そんな悠長なことを言っている時間はないよ! それに僕は脅されていただけで、真犯人はあの1年坊主だったんだよ!? それなら先に、あの1年坊主から事情を聞くのが筋ってモンでしょ!?」
「それもそうか――よし、行ってこい」
そう俺が口にしたときには、谷垣も風の如く校舎を疾走していた。
そしてそのまま日が差し始める町の中へと、亀梨少年と共に消えて行く。
あの2人がこの後どうなるかは、俺にも、神様にも分からないだろう。
でも出来ることなら、みんなが笑っていられるような、幸せな結末でありますように。
と、心の中で祈っておいた。
「し、ししょーっ!? ふ、2人ともどこか行っちゃったけど、追わなくていいの!?」
「問題ねぇよ。もう面は割れてるし、あとでしょっぴけばいい。それでいいだろ、芽衣?」
「ハァ……まぁいいですよ。その代わり、後でキッチリあの2人を捕まえてくださいね?」
ほいほい、と軽く返事を返しながら、いまだ唖然とした顔を浮かべているパツキン巨乳と、涙を流して谷垣に敬礼している元気へと視線を向けた。
「おい、元気。いつまで敬礼してんだ?」
「いやぁ。実に男らしい谷垣はんの生き様に、ついな。それにしても相棒? さすがに今のは、ちょっとお人好しが過ぎひんか?」
「あぁん? 別に俺はお人好しじゃねぇっつぅの。ただ俺は、2人のウチのどちらかが新垣ちゃんに盛大にフラれる様を、高みからニヤニヤ♪ しながら眺めていてぇの。それで出来れば、フラれた方を盛大にバカにしてぇの」
「キサマもキサマで、人間のカスやのぅ1号」
ようやく現実世界へと帰還したパツキン巨乳が、湿った視線を俺に送ってきた。
まぁ、うさみんのエキセントリックな言動にはもう慣れたものなので、とくに反応することもなく、俺は元気に声をかけた。
「とりあえずは、一件落着ってことで、これからどうする? 朝飯でも食べに行くか?」
「そやな。これで無事クリスマス会も中止にならんで済んだんやし、パァといくかいな!」
「ダメですよ、2人とも。まだそのクリスマス会の準備が終わっていないんですから。せっかく時間があるんです、少しでも準備を進めようじゃありませんか」
芽衣のその一言により「うへぇ……」と顏を見合わせて眉をしかめる、俺と元気。
後にこの事件は、俺たちの間で『冬の訪れ07ホール事件』として語り継がれることになるのだが……まぁこの話は横へ置いておこう。
俺たちは無事守り抜いた保健室の窓をその場に、1年生ズと合流するべく、生徒会室へと足を進めるのであった。
さっきまでダンマリを決め込んでいた少年は、狼狽した様子で首をブンブンと横に振ってみせた。
「ちょっ、な、ナニ言ってるんすか会長!? 僕が犯人? そんなワケないっすよ!」
犯人はそこのクソ野郎っすよ! と、谷垣を指さす亀梨少年。
うん、奴がクソ野郎であることはもう満場一致でみんな理解しちゃっているので、誰も何も言わないのでスルーしておいた。
それよりも今、重要なのは亀梨少年の方である。
「亀梨くんの目的は、わたしたちをこの暗号に気づかせて、彼を逮捕させること。おそらく、この捜査から逮捕までの様子を撮影したビデオカメラを、何人かの生徒に見せようとしたんでしょうね。そうすれば、谷垣くんの悪名は勝手に広まりますからね」
「あ、あれ? ちょっと待ってくれよ芽衣? 犯人の目的はクリスマス会をぶっ潰すことなんじゃねぇの?」
「ソレは嘘ですよ、士狼。そう伝えておけば、わたしたちが否応なしにも事件の捜査に乗り出さないといけないと分かったうえでの判断ですよ。まぁ亀梨くんとしては、別にクリスマス会が無くなろうが、谷垣くんの悪名さえ広まれば御の字といった所ですかね」
「……」
芽衣の言葉に黙って耳を傾け続ける亀梨少年。
その不気味なまでの沈黙に、思わずこちらが緊張してしまう。
「そもそも、この【バットマン】事件の情報とヒントは、全て彼から教えて貰ったものですからね」
「め、メイちゃん、それって……」
「えぇ。亀梨くんは犯人が谷垣くんになるよう、自然とわたし達を誘導しようとしていたんですよ」
暗号の存在さえ分かれば、解くのは簡単ですからね。
そう口にした芽衣の言葉を遮るように、亀梨少年がゆっくりと口をひらいた。
「……ハァ、さすがは会長っすね。どうやらオイラ、少しだけ会長の実力を見誤っていたようっす」
「その口ぶりから察するに、認めるんですか?」
「隠したって、もうしょうがないっすからね。……そうっすよ、オイラが本当の【バットマン】っす」
そのあまりにもあっけない告白に、逆に俺たちは混乱してしまう。
もっとこう、「違う!? 俺じゃない!」みたいなヤリトリがあると思っていただけに、なんとも拍子抜けだ。
ただ1人だけ、谷垣を除いては。
谷垣はキッ! と瞳を吊り上げるなり、「あっ、おいっ!?」と言う元気の制止も振り切って亀梨少年の襟首をグィッ! と握りしめた。
「お、お、おおおっ、おまえが犯人かっ! よくも僕をこんな目に合わせてくれたな! 僕が何をしたっていうんだよ!?」
「……『何をした』かって?」
それはあまりにも一瞬過ぎた。
突然亀梨少年の雰囲気が剣幕なモノへと切り替わると、谷垣の手を振り払い、代わりに今度は少年が谷垣の襟首を強く握りしめた。
亀梨少年の豹変に怒り狂っていた谷垣の瞳に怯えの色が濃くなる。
そんな谷垣のことなど気にすることなく、少年はギリギリと奥歯を噛みしめながら下から谷垣を睨みつけた。
「テメェみてぇなクソ野郎から、ガッキーを守るタメだよ!」
その憤怒に染められた表情と、普段とはまったく違う口調に、谷垣はおろか生徒会役員全員、呆気とられて何も言えなくなってしまった。
ガッキーって確か、亀梨少年の幼馴染の新垣田千穂ちゃんのことだよな?
走り出した口はもう自分では止められないのか、亀梨少年は反吐でも吐き出すかのように苦しげにこう言った。
「オイラだって、本当はこんな事したくなかった……。ガッキーが好きになった男なら、悔しいけど、全力で応援してやろうと思ったさ。でもっ! コイツはっ! この男だけはダメだ!」
キッ! と、今にも谷垣を殺しかねない瞳に、3股クソ野郎が「ひぃっ!?」と小さく悲鳴をあげた。
1つ下の後輩だが、その殺気にも似た迫力には凄まじいモノがあった。
この場の空気を支配した亀梨少年が、まるで口にするのもおぞましいとばかりに苦痛に顔を歪め、
「オイラはガッキーのために、この男について調べた。その最中で、この男が現在進行形で3股を楽しんでいるクソ野郎だと知った。そんな男にガッキーはやれない! おまえじゃ、ガッキーは幸せに出来ない! おまえと居たら、ガッキーは不幸になる!」
「そ、そんな!? 僕は新垣さんを不幸になんかしないよ! 僕専用の牝穴07ホールとして、大切に可愛がるさ! なんなら彼女の身体に誓ってもいい!」
「スゲェ。こんなナチュラルクソ野郎、ワイ見たことがないで」
「いや元気が言うな」
「いや下僕1号も言うな」
「「いや宇佐美も言うな(や)」」
「いつまで漫才を続けるつもりですか……」
俺たち腐れ縁チームに、芽衣のジトッ! とした視線が突き刺さる。
いやいや?
その視線を向ける相手は間違っているからね、芽衣ちゃん?
その冷え切った視線は、あの後輩をナチュラルに07ホール扱いしている谷垣にこそ相応しいからね?
というかこの場で堂々と自分の後輩を07ホール扱いするなんて、どんなメンタルしてんだ谷垣?
肝座り過ぎだろう?
何なの? 肝が超合金で出来てるの?
まぁ、案の定というか当然というか、谷垣のその言動は火に油どこから、地雷原にガソリン抱えて特攻するようなモノで、一瞬にして亀梨少年の顔が怒りで真っ赤に染まった。
「このクソ野郎がっ!? それ以上ガッキーを侮辱したら、容赦しねぇぞ!」
「ぶ、侮辱なんてとんでもない!? むしろ本気で賞賛したさ! 新垣さんは最高の牝穴07ホールになるって、これ以上なく褒めちぎったよ!?」
谷垣がそう叫ぶと同時に、曲がり角の方から大和田ちゃんと司馬ちゃんが帰ってきた。
が、そのまま谷垣の発言を耳にするなり、2人同時に瞳から光彩を消失させ、そのまま曲がれ右っ! して、再び廊下の角へと姿を消して行った。
そのあまりに無駄のない動きに、思わず感心してしまう。
うんうん、分かる、分かるよぉ!
このクソみたいな会話に、参加したくないんだよね?
俺もだよ♪
「こんのっ!? まだ言うか!」
「ひぃっ!? だ、誰か助けてぇ!?」
完全に自業自得な谷垣は、半ベソをかきながら、チラチラと俺の方を見つめてくる。
その仕草がまさに小動物チックで、とても吐き気がした。
おい、やめろ!?
潤んだ瞳で俺を見るな!
気持ち悪いんだよ!?
「ハァ……士狼?」
「……あいよ」
芽衣の無言の「やれ」という合図に、小さく頷く。
そのまま怒りでトマトのように顔を真っ赤にした亀梨少年と、涙で顔をグシャグシャにした谷垣の間に無理やり身を滑りこませる。
「はいはい、ストップ、ストップ。中断、中断」
「大神先輩……そこをどいてください!」
「どかない。いいから一旦離れろ。まずは頭を冷やせ、話し合いはそこからだ」
「話し合いなんて必要ない! そこのふざけたクソ野郎を1発ぶん殴ってやらないと、オイラの気が収まらない!」
今から始まるのは『話し合い』ではない、『殺し合い』だ! と言わんばかりに、亀梨少年の身体から殺気と怒気が溢れ出る。
ひぃっ!? と、すっかり身を縮こまらせて、俺の背後に隠れてしまう谷垣。
そんな谷垣に今にも殺してしまいそうな危ない光を瞳に宿した亀梨少年が、再び詰め寄ろうとするが、ソレを俺はグイッ! と身体を押しのけ阻止する。
途端にそのナイフのような瞳がジロリッ、と俺を射抜いた。
邪魔をするなら容赦しないぞ? と言外に語るその瞳を前に何故かよこたんが「ひゃうっ!?」と息を呑む。
「どけ!」
「どかない」
「~~~~っ!? いくら先輩でも、いい加減にしないと本気で――」
「よかったな。まだ間に合うじゃねぇか、おまえ」
「……はっ?」
何を言われたのか分からない、と言った様子で目を白黒させる亀梨少年。
いや亀梨少年だけじゃなく、芽衣以外のここにいる人間全員が、キョトンとした顔で俺を見つめていた。
俺はただ1人、亀梨少年の激情に彩られた瞳をまっすぐ見据えながら、
「自分が愛した女がさ、不幸になっちまうのってさ、悔しいよな。……俺もさ、前に1度だけ同じようなことがあったんだよ。まぁ、そのときは彼女には彼氏が居て、どうすることも出来なかったんだけどさ」
「お、大神先輩? な、何を言って……?」
「でも、おまえは違うじゃねぇか。まだ新垣ちゃんは誰のモノでもないんだぜ?」
亀梨の大きく見開いた目が俺を捉える。
そんな亀梨少年に、俺は苦笑を浮かべながら、
「亀梨少年の気持ちは痛いほど分かるぜ? 惚れた女には幸せになって欲しいよなぁ。出来れば、自分の手で幸せにしてやりてぇよなぁ」
コクン、と頷く亀梨少年の肩を軽く叩きつつ、俺は発破をかけるように言った。
「なら、それはまだ終わってねぇ。始まってすらねぇ。今ならまだ、間に合うんだ。なぁ亀梨少年よ? おまえが今するべき事は、一体なんだ? このクソ野郎を血祭りにあげることか?」
違うだろ?
そうじゃないだろ?
おまえが今、しなきゃいけないことは、1つだけだろ?
「――おまえが今しなきゃいけないコトは、自分の想いを伝える勇気を持つコト、だろ?」
「大神先輩……」
「ほれ行け少年。それとも、この谷垣に彼女を取られる方がいいか?」
「――ッ!」
瞬間、亀梨少年は春一番の如く俺の横を走り去っていった。
あっという間に校舎の中から後輩の姿が消えて行く。
その遠ざかって行く足音を耳にしていると、誰よりも先に我に返った谷垣がガクガクと俺の肩を揺さぶってきた。
「ちょっ、大神!? なに犯人を取り逃がしてんだよ!? お、追わなきゃ! 早く追わないと僕専用の牝穴07ホールが寝取られてしまう!?」
「えぇい、うるせぇ、うるせぇ。シロウサンタさんからの、ちょっと早めのクリスマスプレゼントってことで、これでいいんだよ」
よくないよ! と慌てて亀梨少年の後を追おうとする谷垣。
俺はその肩をグッ! と掴み、
「ちょい待ち。おまえには色々と聞かなきゃならんことがあるから、一緒に生徒会室まで来て貰うぞ」
「そ、そんな悠長なことを言っている時間はないよ! それに僕は脅されていただけで、真犯人はあの1年坊主だったんだよ!? それなら先に、あの1年坊主から事情を聞くのが筋ってモンでしょ!?」
「それもそうか――よし、行ってこい」
そう俺が口にしたときには、谷垣も風の如く校舎を疾走していた。
そしてそのまま日が差し始める町の中へと、亀梨少年と共に消えて行く。
あの2人がこの後どうなるかは、俺にも、神様にも分からないだろう。
でも出来ることなら、みんなが笑っていられるような、幸せな結末でありますように。
と、心の中で祈っておいた。
「し、ししょーっ!? ふ、2人ともどこか行っちゃったけど、追わなくていいの!?」
「問題ねぇよ。もう面は割れてるし、あとでしょっぴけばいい。それでいいだろ、芽衣?」
「ハァ……まぁいいですよ。その代わり、後でキッチリあの2人を捕まえてくださいね?」
ほいほい、と軽く返事を返しながら、いまだ唖然とした顔を浮かべているパツキン巨乳と、涙を流して谷垣に敬礼している元気へと視線を向けた。
「おい、元気。いつまで敬礼してんだ?」
「いやぁ。実に男らしい谷垣はんの生き様に、ついな。それにしても相棒? さすがに今のは、ちょっとお人好しが過ぎひんか?」
「あぁん? 別に俺はお人好しじゃねぇっつぅの。ただ俺は、2人のウチのどちらかが新垣ちゃんに盛大にフラれる様を、高みからニヤニヤ♪ しながら眺めていてぇの。それで出来れば、フラれた方を盛大にバカにしてぇの」
「キサマもキサマで、人間のカスやのぅ1号」
ようやく現実世界へと帰還したパツキン巨乳が、湿った視線を俺に送ってきた。
まぁ、うさみんのエキセントリックな言動にはもう慣れたものなので、とくに反応することもなく、俺は元気に声をかけた。
「とりあえずは、一件落着ってことで、これからどうする? 朝飯でも食べに行くか?」
「そやな。これで無事クリスマス会も中止にならんで済んだんやし、パァといくかいな!」
「ダメですよ、2人とも。まだそのクリスマス会の準備が終わっていないんですから。せっかく時間があるんです、少しでも準備を進めようじゃありませんか」
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後にこの事件は、俺たちの間で『冬の訪れ07ホール事件』として語り継がれることになるのだが……まぁこの話は横へ置いておこう。
俺たちは無事守り抜いた保健室の窓をその場に、1年生ズと合流するべく、生徒会室へと足を進めるのであった。
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