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真・最終部 みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
第24話 いつだって、古羊洋子は『ありのまま』の世界を映しだしている
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「ふぃぃ~……。結構ゴミが落ちてるね、メイちゃん」
「そうねぇ。流石に2人だけじゃ、ちょっとキツイかしら?」
額の汗を軍手で軽く拭いながら、芽衣は河川敷の土手沿いに捨てられていた空き缶をヒョイッ! と拾い、ゴミ袋へボッシュートしていく。
2人以外に誰も居ないせいか、いつもの猫は被っておらず、素のままの彼女の状態で軽快にゴミを拾っていく。
その横で「はふぅ~」と、吐息を漏らし天を仰ぐ洋子。
途端に2人の間に木枯らしが吹き抜け、芽衣も洋子も気持ち良さそうに目を細めた。
冬の冷たい風が、ほどよく汗ばんだ肌に心地よく響く。
「ん? あっ、見て見て! メイちゃん、あそこ! テレビ局の人が居るよ! 何の番組だろう?」
そう言って、洋子が森実川を挟む森実大橋へと視線を向け、興奮したように声を弾ませた。
芽衣は導かれるように橋の上に視線を寄越すと、そこには洋子の言った通り、大砲のようなカメラ構えた男性たちと、司会者らしき女性が居た。
「あら、ほんとね。こんな場所に来てもイイ画なんて撮れないのに、よくやるわ」
「そ、そんなこと無いよぉ! も、森実にだってイイ所はたくさんあるよぉ!」
「例えば?」
「た、例えば? 例えば、そのぅ……ひ、人が優しい、とか?」
もはや半疑問形で返って来た答えに、芽衣は思わずクスリ♪ と笑ってしまう。
彼女は妹のこういう可愛らしい反応が大好きだった。
だからついつい、からかって、余計に彼女の反応を引き出したくなってしまう。
「でも森実、変態が多いわよ? 鷹野くんしかり、猿野くんしかり」
「うっ!? で、でもでもっ! へ、変態さんでも、優しい変態さんだから! ほらっ、ししょーだってそうでしょ?」
何となしに洋子が口にしたその言葉に、つい芽衣は言葉に詰まってしまう。
ししょー……大神士狼――彼女の世界で1番大切な人。
大切な人で、大好きな人で、そして……盛大に告白をフッた男の子。
今、思い出しても、目尻が熱くなる。
気を抜くと、また泣いてしまいそうだ。
「どうしたの、メイちゃん?」
「……ううん、何でもない。そろそろゴミ拾いも1時間経つし、ちょっと休憩しましょうか?」
芽衣は軽く微笑みながら、洋子の心配を受け流す。
洋子はそんな姉の姿をジィーと眺めながらも、あえて何も聞かず、芽衣の隣に寄り添った。
彼女のこういう優しさに、芽衣は何度も助けられてきた。
どんなに強情でも、どんなに醜い人間でも、彼女は――洋子は優しく手を差し伸べてくれる。
かつて誰も信じられなくなっていた自分の心を、優しく解きほぐしてくれたように。
灰色だった世界に、色を与えてくれたように。
洋子が居たから今の自分があると、心の底から本気で思えるほどに。
そんな優しい彼女だからこそ、芽衣は覚悟を決めることが出来たのだ。
……その覚悟も、いささか逃避じみてはいたが。
「ねぇ洋子」
「うん? なぁに、メイちゃん? もう休憩おわり?」
「アンタ、士狼に告白したでしょ?」
「はへっ? ……ふへっ!? め、メイちゃっ!? ど、どうしてソレを!?」
「何年アンタのお姉ちゃんをしていると思ってるのよ? そんなの、見てれば分かるわよ」
ほんとは病院で盗み聞きをしていたからなのだが、芽衣はあえてそのコトは口にしなかった。
洋子は一通りアワアワッ!? していたが、ようやく少し落ち着いたのか、顔を赤らめながら「うん……」と小さく頷いた。
「でも、ししょーにはフラれちゃったけどね」
「なら、もう1回告白してみればいいじゃない。大丈夫よ。あのバカ、きっと告白なんて気づかずにフッてしまったとか、そんなオチだろうから。なんならアタシが全面的に協力してあげるし」
「えっ? メイちゃんが……? ボクとししょーの恋を、応援してくれるの?」
「えぇっ。自分で言うのもアレだけど、あの男の趣味嗜好は完璧に把握しているから、最高のサポートが出来ると思うわよ」
ほんとアレな発言ではあったが、心の底から『洋子の手助けがしたい!』という気持ちが伝わってくる言葉であった。
そんな彼女の気持ちが、洋子にも届いたのだろう。
洋子は苦笑を浮かべつつも、どこか困ったような声音で、姉にこう言った。
「それは……ダメだよ。出来ないよ」
「出来ない? あっ、大和田さんと鷹野くんの事を気にしているなら、問題ないわよ。2人にはアタシから――」
「だって、ししょーは……メイちゃんの事が大好きだから」
――息が詰まった。
一瞬で芽衣の思考は真っ白に停止し、さっきまで言おうとしていた言葉が、頭からスッパリと抜け落ちてしまう。
バクバクと早鐘を打ったように心臓が高鳴る。
それでも何か言わなければと、芽衣は必死に思考停止した頭をフル回転させ、
「ち、ちがう……」
なんとも情けない声で、どうにかこうにか搾り出した答えは、
「ううん、違わないよ」
あっさりと、洋子によって否定された。
「ししょーはメイちゃんの事が好き。それで……メイちゃんも、ししょーの事が好き」
「ち、違う……」
「違わないよ。見てれば分かるもん。だってボクは、メイちゃんの妹だよ?」
ニッコリと微笑む洋子。
そんな洋子を直視出来ずに、芽衣は俯きながら、それでも否定の言葉を投げかけた。
意固地になって投げかけ続けた。
「そ、それでも間違いなのよ」
「ううん、間違いじゃない。メイちゃんのその気持ちは……恋は、間違いなんかじゃない」
「間違いなのよっ!」
思わず声を荒げてしまう。
その予想よりも大きな声は芽衣自身を驚かせ、橋の上で撮影していたテレビ局の人たちの意識を「何事か?」とコチラに引っ張らせるには充分な声量だった。
「アタシはっ! アタシじゃ、士狼を幸せにする事なんて出来ない! アタシと一緒に居たら、士狼は幸せになれない! なれないのよ!?」
1度口にしてしまうと、もう止まれなかった。
天に向かって吠える獅子のように、芽衣は吠え続けた。
「アイツはっ! 大神士狼はっ! アタシにとっての『太陽』だからっ! 真っ暗だったアタシの世界に『光』を与えてくれた、大切な人なのよっ! だから、だからっ!? だから……アタシみたいな穢れた人間が……一緒に居ちゃいけないのよ。汚しちゃ、いけないのよ……」
どれだけ清廉潔白でいようとしても、過去は変えられない。
佐久間くんによって穢されたこの身体は、心は、思い出は、どう足掻いたって替えるコトは出来ない。
アタシの身体と、心と、魂は、汚れていて、それは揺らぐ事のない真実で……。
だから『あの日』――胸の鐘が鳴った日に、アタシは全てを諦めた。
この恋心は抱いてはいけないモノ。
自分ごときが彼に恋焦がれる事など、あってはならない。許されない。
それなのに、甘えてしまった。
士狼と過ごす時間が、何よりも楽しかったから。
何よりも、心地よかったから。
少しでも長く、1秒だろうが構わない。
一緒に居たいと、そう思ってしまったから。
だから、彼の優しさに甘えてしまった。
現実は何も変わらないのに、士狼の、陽だまりのような優しさに、甘えてしまった。縋ってしまった。
……自分に、彼の優しさを享受する資格など無いクセに。
そうだ、アタシは士狼の隣に居る資格なんて無い――
「――無くてもいいんだよ、そんなの」
「……ぇ?」
パッ! と顏をあげると、そこにはどこまでも真っ直ぐな目をした洋子が、彼女の瞳を覗きこんでいた。
現実から目を逸らす彼女を、ただ1人だけ、洋子だけは目を逸らさずに、見つめ続けた。
その青空のように透き通る蒼い瞳で、世界をありまのまま映し出すその瞳で、一心に芽衣を見続けていた。
「おバカさんだなぁ、メイちゃんは。大好きな人の隣に居るのに、資格なんて要らないんだよ?」
「で、でもっ!」
「『でも』でもない。いいんだよ、別に。メイちゃんは、ししょーの隣に居て、いいんだよ。傍に居て、いいんだよ」
「……ダメよ、ダメなのよ。アタシと一緒に居たら、士狼は傷ついてしまうから……。辛い思いをさせちゃうから……。アタシには士狼を幸せにする権利が、自信が、勇気が……ないから」
フルフルと、力なく首を横に振る芽衣。
そんな姉を叱るでも、鼓舞するでもなく、
「大丈夫。メイちゃんなら、ししょーを幸せにする事が出来るよ」
洋子はただただ、彼女を肯定し続けた。
そんな妹を引き離そうと、芽衣は強い語気で突っぱねる。
「どうして? どうしてそんな事が言えるのよ!? 分からないじゃない!」
「ううん、分かるよ」
だって、と逃げ出そうとする臆病なお姉ちゃんを前に、洋子は微笑んで、こう言った。
「だって――ボクがメイちゃんのおかげで幸せだから」
……言葉が出なかった。
生まれてからずっと隣に居たから分かる。
その瞳には、声には、心には一切の嘘が無く、ソレが本気であることを芽衣は一瞬で理解した。
理解して、涙が溢れそうになった。
違う。
違うの、洋子。
アタシが、アタシの方こそ、その言葉を言わなきゃいけないの。
佐久間くんに騙され、クラスで排斥され、心が折れてしまったアタシに、温かな居場所をくれた。
生きるために、生まれ故郷を捨て、新しい土地へと足を踏みだすとき、一緒について来てくれた。
洋子が居たから、どんなに辛い時でも、頑張ってこれた。
洋子が居たから、初恋を知ることが出来た。
「ボクね? ししょーの事も、メイちゃんの事も大好きだから……だから分かっちゃうんだ」
返しきれないほどの『幸せ』をアタシにくれた。
「この世界で、ししょーを幸せにしてあげられるのは、メイちゃんだけなんだよ」
それなのに彼女は――
「メイちゃんは、ししょーを幸せに出来る。ボクが保障する」
それなのに彼女は――まだアタシにくれるのだ。
「……アタシは洋子に何もしてあげられない。お返しすることが……出来ない」
「そんなことないよ。メイちゃんはボクに、たっっっっくさんの思い出をくれたよ!」
――ボクをいつも気にかけてくれたこと。
――夏休みの自由研究を手伝ってくれたこと。
――風邪をひいたボクに、1日中付き添ってくれたこと。
――お昼ごはんを一緒に食べてくれたこと。
――夜中2人でこっそり家を抜け出して、天体観測をしたこと。
この上なく些細な、翌日には忘れてしまいそうな出来事を、洋子は宝物でも扱うかのように大切に口にしていく。
「だからね? メイちゃんが居てくれたから、ボクはこんなにも幸せなんだよ」
……もう返す言葉さえ見つからなかった。
その眩い笑顔を前に、もはや自分を貶める言葉さえも見つからない。
洋子の笑顔は、芽衣の心の影を照らすように、じんわりと彼女の闇を溶かしていく。
「メイちゃんじゃ幸せにできない、じゃないんだよ。逆なんだよ――メイちゃんじゃなきゃ、幸せに出来ないんだよ」
「よ、洋子……」
芽衣の視界が滲む。
暴れ狂う感情が嗚咽となって、溢れ出てくる。
「士狼に、嫌な思いをさせるかもしれない……」
「大丈夫だよ。メイちゃんは1人じゃないんだし、なんとかなるよ」
「な、なんとかならなかったら……?」
洋子は、にぃっ! とイタズラっ子な笑みを浮かべながら、かつて彼に言われた大切な言葉を、姉に向かって投げかけた。
「なんとかならなかったその時は――みんなで笑って誤魔化せばいいよ!」
そんな彼女らしくない、彼の影がチラつく言葉に、芽衣の心は不思議と軽くなった。
その時だった。
橋の上に居たロケ隊が、急にザワザワッ!? し始めたのは。
『お、おい何だ!? あの猛スピードでこっちに走ってくる少年は!?』
『ちょっ、ヤバい、ヤバいッ! 誰でもいい! 誰かアイツを止めろ!』
『止まれ少年っ! コッチは通行禁止だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「「???」」
芽衣と洋子は首を傾げながら、ロケ隊が慌てふためいている視線の先へと、意識を移動させ……「「あっ」」と2人揃って声をあげた。
ロケ隊の、芽衣と洋子の視線の先には、「めぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」と叫びながら、砂煙を上げコチラに向かって爆走してくる1人の少年の姿が目に入った。
制服のズボンにスカジャン1枚だけを羽織った、少年の姿が目に入った。
――大神士狼の姿が、目に入った。
「ははっ……なんてベタな」
思わず芽衣の口から笑い声が漏れた。
まったく、いつもいつも、なんてタイミングでやってくるんだ、あの男は。
まるで夢でも見ているんじゃないか? と、錯覚するようなタイミングで現れる士狼。
あまりに自分に都合が良すぎて、逆に芽衣は不安になった。
「アタシで……いいのかな?」
「メイちゃんじゃなきゃ、ダメなんだよ」
彼女の独り言に、洋子が頷き返す。
洋子は、そのどこまで包み込むような温かい眼差しで、芽衣の背中を優しく押した。
「頑張れ、お姉ちゃんっ!」
その言葉が、芽衣の身体をジンワリと温め、意固地になっていた気持ちを溶かしていく。
気がつくと、アレだけ動かなかった足が、勝手に1歩前へと進んでいた。
見上げた空は遥かに遠く、その不確定な未来に、恐怖で足が竦む。
それでも、もう彼女は目を逸らさない。
士狼のことが好きだから。
士狼と一緒に居たいから。
そして彼女は息を吸う。
少女漫画や月9のヒロインのように、器用には出来ないけれど、
「っ……士狼ォォォォォォォォォォォォッ!!!」
――世界中を轟かす大きな声で、1番大好きな人の名を叫んだ。
「そうねぇ。流石に2人だけじゃ、ちょっとキツイかしら?」
額の汗を軍手で軽く拭いながら、芽衣は河川敷の土手沿いに捨てられていた空き缶をヒョイッ! と拾い、ゴミ袋へボッシュートしていく。
2人以外に誰も居ないせいか、いつもの猫は被っておらず、素のままの彼女の状態で軽快にゴミを拾っていく。
その横で「はふぅ~」と、吐息を漏らし天を仰ぐ洋子。
途端に2人の間に木枯らしが吹き抜け、芽衣も洋子も気持ち良さそうに目を細めた。
冬の冷たい風が、ほどよく汗ばんだ肌に心地よく響く。
「ん? あっ、見て見て! メイちゃん、あそこ! テレビ局の人が居るよ! 何の番組だろう?」
そう言って、洋子が森実川を挟む森実大橋へと視線を向け、興奮したように声を弾ませた。
芽衣は導かれるように橋の上に視線を寄越すと、そこには洋子の言った通り、大砲のようなカメラ構えた男性たちと、司会者らしき女性が居た。
「あら、ほんとね。こんな場所に来てもイイ画なんて撮れないのに、よくやるわ」
「そ、そんなこと無いよぉ! も、森実にだってイイ所はたくさんあるよぉ!」
「例えば?」
「た、例えば? 例えば、そのぅ……ひ、人が優しい、とか?」
もはや半疑問形で返って来た答えに、芽衣は思わずクスリ♪ と笑ってしまう。
彼女は妹のこういう可愛らしい反応が大好きだった。
だからついつい、からかって、余計に彼女の反応を引き出したくなってしまう。
「でも森実、変態が多いわよ? 鷹野くんしかり、猿野くんしかり」
「うっ!? で、でもでもっ! へ、変態さんでも、優しい変態さんだから! ほらっ、ししょーだってそうでしょ?」
何となしに洋子が口にしたその言葉に、つい芽衣は言葉に詰まってしまう。
ししょー……大神士狼――彼女の世界で1番大切な人。
大切な人で、大好きな人で、そして……盛大に告白をフッた男の子。
今、思い出しても、目尻が熱くなる。
気を抜くと、また泣いてしまいそうだ。
「どうしたの、メイちゃん?」
「……ううん、何でもない。そろそろゴミ拾いも1時間経つし、ちょっと休憩しましょうか?」
芽衣は軽く微笑みながら、洋子の心配を受け流す。
洋子はそんな姉の姿をジィーと眺めながらも、あえて何も聞かず、芽衣の隣に寄り添った。
彼女のこういう優しさに、芽衣は何度も助けられてきた。
どんなに強情でも、どんなに醜い人間でも、彼女は――洋子は優しく手を差し伸べてくれる。
かつて誰も信じられなくなっていた自分の心を、優しく解きほぐしてくれたように。
灰色だった世界に、色を与えてくれたように。
洋子が居たから今の自分があると、心の底から本気で思えるほどに。
そんな優しい彼女だからこそ、芽衣は覚悟を決めることが出来たのだ。
……その覚悟も、いささか逃避じみてはいたが。
「ねぇ洋子」
「うん? なぁに、メイちゃん? もう休憩おわり?」
「アンタ、士狼に告白したでしょ?」
「はへっ? ……ふへっ!? め、メイちゃっ!? ど、どうしてソレを!?」
「何年アンタのお姉ちゃんをしていると思ってるのよ? そんなの、見てれば分かるわよ」
ほんとは病院で盗み聞きをしていたからなのだが、芽衣はあえてそのコトは口にしなかった。
洋子は一通りアワアワッ!? していたが、ようやく少し落ち着いたのか、顔を赤らめながら「うん……」と小さく頷いた。
「でも、ししょーにはフラれちゃったけどね」
「なら、もう1回告白してみればいいじゃない。大丈夫よ。あのバカ、きっと告白なんて気づかずにフッてしまったとか、そんなオチだろうから。なんならアタシが全面的に協力してあげるし」
「えっ? メイちゃんが……? ボクとししょーの恋を、応援してくれるの?」
「えぇっ。自分で言うのもアレだけど、あの男の趣味嗜好は完璧に把握しているから、最高のサポートが出来ると思うわよ」
ほんとアレな発言ではあったが、心の底から『洋子の手助けがしたい!』という気持ちが伝わってくる言葉であった。
そんな彼女の気持ちが、洋子にも届いたのだろう。
洋子は苦笑を浮かべつつも、どこか困ったような声音で、姉にこう言った。
「それは……ダメだよ。出来ないよ」
「出来ない? あっ、大和田さんと鷹野くんの事を気にしているなら、問題ないわよ。2人にはアタシから――」
「だって、ししょーは……メイちゃんの事が大好きだから」
――息が詰まった。
一瞬で芽衣の思考は真っ白に停止し、さっきまで言おうとしていた言葉が、頭からスッパリと抜け落ちてしまう。
バクバクと早鐘を打ったように心臓が高鳴る。
それでも何か言わなければと、芽衣は必死に思考停止した頭をフル回転させ、
「ち、ちがう……」
なんとも情けない声で、どうにかこうにか搾り出した答えは、
「ううん、違わないよ」
あっさりと、洋子によって否定された。
「ししょーはメイちゃんの事が好き。それで……メイちゃんも、ししょーの事が好き」
「ち、違う……」
「違わないよ。見てれば分かるもん。だってボクは、メイちゃんの妹だよ?」
ニッコリと微笑む洋子。
そんな洋子を直視出来ずに、芽衣は俯きながら、それでも否定の言葉を投げかけた。
意固地になって投げかけ続けた。
「そ、それでも間違いなのよ」
「ううん、間違いじゃない。メイちゃんのその気持ちは……恋は、間違いなんかじゃない」
「間違いなのよっ!」
思わず声を荒げてしまう。
その予想よりも大きな声は芽衣自身を驚かせ、橋の上で撮影していたテレビ局の人たちの意識を「何事か?」とコチラに引っ張らせるには充分な声量だった。
「アタシはっ! アタシじゃ、士狼を幸せにする事なんて出来ない! アタシと一緒に居たら、士狼は幸せになれない! なれないのよ!?」
1度口にしてしまうと、もう止まれなかった。
天に向かって吠える獅子のように、芽衣は吠え続けた。
「アイツはっ! 大神士狼はっ! アタシにとっての『太陽』だからっ! 真っ暗だったアタシの世界に『光』を与えてくれた、大切な人なのよっ! だから、だからっ!? だから……アタシみたいな穢れた人間が……一緒に居ちゃいけないのよ。汚しちゃ、いけないのよ……」
どれだけ清廉潔白でいようとしても、過去は変えられない。
佐久間くんによって穢されたこの身体は、心は、思い出は、どう足掻いたって替えるコトは出来ない。
アタシの身体と、心と、魂は、汚れていて、それは揺らぐ事のない真実で……。
だから『あの日』――胸の鐘が鳴った日に、アタシは全てを諦めた。
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それなのに、甘えてしまった。
士狼と過ごす時間が、何よりも楽しかったから。
何よりも、心地よかったから。
少しでも長く、1秒だろうが構わない。
一緒に居たいと、そう思ってしまったから。
だから、彼の優しさに甘えてしまった。
現実は何も変わらないのに、士狼の、陽だまりのような優しさに、甘えてしまった。縋ってしまった。
……自分に、彼の優しさを享受する資格など無いクセに。
そうだ、アタシは士狼の隣に居る資格なんて無い――
「――無くてもいいんだよ、そんなの」
「……ぇ?」
パッ! と顏をあげると、そこにはどこまでも真っ直ぐな目をした洋子が、彼女の瞳を覗きこんでいた。
現実から目を逸らす彼女を、ただ1人だけ、洋子だけは目を逸らさずに、見つめ続けた。
その青空のように透き通る蒼い瞳で、世界をありまのまま映し出すその瞳で、一心に芽衣を見続けていた。
「おバカさんだなぁ、メイちゃんは。大好きな人の隣に居るのに、資格なんて要らないんだよ?」
「で、でもっ!」
「『でも』でもない。いいんだよ、別に。メイちゃんは、ししょーの隣に居て、いいんだよ。傍に居て、いいんだよ」
「……ダメよ、ダメなのよ。アタシと一緒に居たら、士狼は傷ついてしまうから……。辛い思いをさせちゃうから……。アタシには士狼を幸せにする権利が、自信が、勇気が……ないから」
フルフルと、力なく首を横に振る芽衣。
そんな姉を叱るでも、鼓舞するでもなく、
「大丈夫。メイちゃんなら、ししょーを幸せにする事が出来るよ」
洋子はただただ、彼女を肯定し続けた。
そんな妹を引き離そうと、芽衣は強い語気で突っぱねる。
「どうして? どうしてそんな事が言えるのよ!? 分からないじゃない!」
「ううん、分かるよ」
だって、と逃げ出そうとする臆病なお姉ちゃんを前に、洋子は微笑んで、こう言った。
「だって――ボクがメイちゃんのおかげで幸せだから」
……言葉が出なかった。
生まれてからずっと隣に居たから分かる。
その瞳には、声には、心には一切の嘘が無く、ソレが本気であることを芽衣は一瞬で理解した。
理解して、涙が溢れそうになった。
違う。
違うの、洋子。
アタシが、アタシの方こそ、その言葉を言わなきゃいけないの。
佐久間くんに騙され、クラスで排斥され、心が折れてしまったアタシに、温かな居場所をくれた。
生きるために、生まれ故郷を捨て、新しい土地へと足を踏みだすとき、一緒について来てくれた。
洋子が居たから、どんなに辛い時でも、頑張ってこれた。
洋子が居たから、初恋を知ることが出来た。
「ボクね? ししょーの事も、メイちゃんの事も大好きだから……だから分かっちゃうんだ」
返しきれないほどの『幸せ』をアタシにくれた。
「この世界で、ししょーを幸せにしてあげられるのは、メイちゃんだけなんだよ」
それなのに彼女は――
「メイちゃんは、ししょーを幸せに出来る。ボクが保障する」
それなのに彼女は――まだアタシにくれるのだ。
「……アタシは洋子に何もしてあげられない。お返しすることが……出来ない」
「そんなことないよ。メイちゃんはボクに、たっっっっくさんの思い出をくれたよ!」
――ボクをいつも気にかけてくれたこと。
――夏休みの自由研究を手伝ってくれたこと。
――風邪をひいたボクに、1日中付き添ってくれたこと。
――お昼ごはんを一緒に食べてくれたこと。
――夜中2人でこっそり家を抜け出して、天体観測をしたこと。
この上なく些細な、翌日には忘れてしまいそうな出来事を、洋子は宝物でも扱うかのように大切に口にしていく。
「だからね? メイちゃんが居てくれたから、ボクはこんなにも幸せなんだよ」
……もう返す言葉さえ見つからなかった。
その眩い笑顔を前に、もはや自分を貶める言葉さえも見つからない。
洋子の笑顔は、芽衣の心の影を照らすように、じんわりと彼女の闇を溶かしていく。
「メイちゃんじゃ幸せにできない、じゃないんだよ。逆なんだよ――メイちゃんじゃなきゃ、幸せに出来ないんだよ」
「よ、洋子……」
芽衣の視界が滲む。
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「士狼に、嫌な思いをさせるかもしれない……」
「大丈夫だよ。メイちゃんは1人じゃないんだし、なんとかなるよ」
「な、なんとかならなかったら……?」
洋子は、にぃっ! とイタズラっ子な笑みを浮かべながら、かつて彼に言われた大切な言葉を、姉に向かって投げかけた。
「なんとかならなかったその時は――みんなで笑って誤魔化せばいいよ!」
そんな彼女らしくない、彼の影がチラつく言葉に、芽衣の心は不思議と軽くなった。
その時だった。
橋の上に居たロケ隊が、急にザワザワッ!? し始めたのは。
『お、おい何だ!? あの猛スピードでこっちに走ってくる少年は!?』
『ちょっ、ヤバい、ヤバいッ! 誰でもいい! 誰かアイツを止めろ!』
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「「???」」
芽衣と洋子は首を傾げながら、ロケ隊が慌てふためいている視線の先へと、意識を移動させ……「「あっ」」と2人揃って声をあげた。
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――大神士狼の姿が、目に入った。
「ははっ……なんてベタな」
思わず芽衣の口から笑い声が漏れた。
まったく、いつもいつも、なんてタイミングでやってくるんだ、あの男は。
まるで夢でも見ているんじゃないか? と、錯覚するようなタイミングで現れる士狼。
あまりに自分に都合が良すぎて、逆に芽衣は不安になった。
「アタシで……いいのかな?」
「メイちゃんじゃなきゃ、ダメなんだよ」
彼女の独り言に、洋子が頷き返す。
洋子は、そのどこまで包み込むような温かい眼差しで、芽衣の背中を優しく押した。
「頑張れ、お姉ちゃんっ!」
その言葉が、芽衣の身体をジンワリと温め、意固地になっていた気持ちを溶かしていく。
気がつくと、アレだけ動かなかった足が、勝手に1歩前へと進んでいた。
見上げた空は遥かに遠く、その不確定な未来に、恐怖で足が竦む。
それでも、もう彼女は目を逸らさない。
士狼のことが好きだから。
士狼と一緒に居たいから。
そして彼女は息を吸う。
少女漫画や月9のヒロインのように、器用には出来ないけれど、
「っ……士狼ォォォォォォォォォォォォッ!!!」
――世界中を轟かす大きな声で、1番大好きな人の名を叫んだ。
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キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
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