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Chapter Ⅰ

愛の火花 〜spark of love〜

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「どうして……」

 悲痛な声が洞窟に響く。

 暗闇に持ち込まれた光。銃を手に携え踏み込んできたのは、ロイド軍の制服に身を包んだ草野海斗。

「どうしてロイド軍の格好なんてしてるの? 蓮と美蕾は? なんで一緒にいてくれなかったの」

 混乱と戸惑いに満ちた叫びに、映し出される心は切なく胸が張り裂けそうだ。それなのに目を背け、海斗は遥を見ようともしない。

「海斗……ねぇ、答えて」
「信頼できる人に頼んだ」
「信頼出来る人……」
「離婚したんだ、もう関係ない」

 一歩ずつ、立ち上がり歩み寄る遥を冷たい声が突き放す。俺の知る二人ではない。あの頃、見つめ合っていたはずの視線が通い合う事はなさそうだ。

「脱獄してきたのか。二人仲良く」
「え……? 」
「今さら隠す必要はない」

 尚も響く冷たい声にとどめを刺され、遥は崩れ落ちそうになる。駆け寄り支えようとした俺に向く銃口、怒りに満ちた目が睨んでいる。

 嫉妬の念……なぜだ。

 海斗の気持ちは変わっていない。それなのに遥を追い出し、突き放さなければならない理由……まだわからないが、きっと、何かある。

「動くな、まずはお前からだ」
「やれるもんならやってみろ」
「やめて……お願い、この人は私を助けてくれたの。海斗にとっても恩人のはずでしょ? 」
「脱獄犯を始末する為に来た。任務は必ず果たす」
「そんな……」

「遥、少し待っててくれ」

 少し懲らしめるつもりで、立ち尽くす遥をそっと抱き寄せ頬にキスをする。

「離れろ、死にたいのか」
「離婚したんだろ? なら関係ないはずだ」

 案の定、凄む声。

 振り返り、遥を隠すように立ちはだかる。

「今のお前には渡せない。返してほしければそんなもん脱いで、あの女と別れてから出直してこい」

「女? 何の事だ」
「相変わらず芝居が下手だな」

 眉を歪め、怪訝けげんな表情。

 まさか見られたとは思ってもいないのだろう。海斗が引き金に指を、撃鉄を起こす音と同時、隙だらけの脇腹に潜り込み一気に投げ飛ばす。

「海斗! 」

 痛そうにうめき、うずくまる海斗に駆け寄る遥。海斗はその手を乱暴に跳ねのける。

「お前、どれだけ遥を」

『隊長、そちらにいるんですね』

 外から聞こえた声に時が止まる。

 投げた震動か、争う声に気付かれたか、それとも……海斗が仲間を呼んだとは思いたくない。

「仲間か……卑怯だな」

 一瞬、焦りを見せた後、海斗は俺を睨みつけ出て行った。十人はいたか……足音が遠ざかっていく。

「追いかけるか。今ならまだ間に合う」

 何も言わず瞬きすらしない、俺が何より守りたかった遥の心は、完全に壊れた。






 俺は遥に何をしてやれるだろう。

 親兄弟もなく産まれた時から一人だった俺に、夫婦の事などわかるはずもない。

 離婚、浮気……死にたいとまで思うのは、それほど海斗を愛しているからか。わからない、遥の気持ちも海斗の気持ちも。そもそも俺に人の気持ちなんて……考えるだけ無駄だ。


「すみません……逃げないといけませんね。ロイド軍が追ってくるかも」
「今夜はここにいよう。爆撃がひどい、ロイド軍も焦ってるはずだ」

 目が覚めたのか……気絶するように眠っていた遥が、ゆっくり重そうに身体を起こす。あれから何時間も経った事に気づいていないのだろう。あんなにも怖がっていた爆撃の音や、地を這う震動さえも。

「自爆ロイドです」
「あ? どうした突然」
「たくさんの人が、心を許したパートナーロイドの犠牲になりました。爆発するんです、ある日突然……家族を巻き込んで。樹梨亜の家族も……私が気付けなかったせいで」
「樹梨亜? 」
「佐原煌雅……覚えていませんか」
「煌雅が? 自爆って爆発したのか」
「はい……五年前みたいに」

 山での爆発、遥も五年前を思い出したのだろう。海斗が爆発したあの時の事。

「威力が凄まじいんです。家ごと、家族みんな燃えて……きっと苦しかった、熱くてつらくて……何が起きたかもわからないまま。私が、殺したんです」

「あり得ない、煌雅に……いや、精魂込めて作ったロイドにそんな事するわけないだろ。一体作るのにどれだけ時間と金が掛かると思ってんだ。修理センターの責任者は。外部からの干渉なら対処すべきだ」
成瀬なるせ……名字しか知りません。オーダーをあげると決められた日時に出荷される……センターには居たんだと思います」
「お前、まさかまだあそこにいたのか」
「最後の一人でした」
「なぜ辞めなかった、軍の人間でもないのにあんな所にいたら誤解される」
「家族も、友達も、そう言いました。でも待っていたんです……馬鹿みたいに」

 震える、小さな声は続く。

とあなたが助けに来てくれる気がして」

 膝を抱え、震える声。

「寒いな、ちょっと待ってろ」

 俺達と出逢っていなければ……遥はこんな所で震えていなかったはずだ。

「火を起こす。何か燃料を拾ってくるから」
「私のせいで」
「お前のせいじゃない。悪いのは俺だ」

 そんな事しか言ってやれなかった。






「こっち来いよ」

 深夜、洞窟の入口に何かを置いて、立ち去ろうとする背中に声を掛ける。

「寒いだろ」

 遥は眠っていると言うと、黙ってついてきた。焚き火に照らされた寝顔を、見つめる瞳は悲しげだ。


「何があった」

 もしかしたらこいつは、遥を救うためロイド軍に入ったのかもしれない。遥がショップに残った事で軍にいると勘違いして。

「言えよ、何に巻き込まれた」
「遥とはどういう関係ですか」

 その答えは、枝をべると大きくなる炎そのもの。燻っていた所に枝を何本も突っ込まれ、燃え始めてしまった。

「大切な人だ。守りたいと思っている」

 なぜか海斗の頬に微笑みが、意図の掴めない表情。

「そうですか……」

 そして立ち上がった。

「本当にいいんだな」
「どうぞご勝手に」

 炎に照らされた背中は振り向こうとしない。

「なら何でこんなもん持ってきた。心配してるんだろ。遥を生かしたいと思っているから」
「これが最後です」

 海斗は立ち上がる。

「おい、待てよ」
「もう夫婦でも何でもない。次会う時は敵同士、容赦なく撃つと……伝えておいてください」

「てめぇ……どこまで遥を傷つけるんだ」

 胸ぐらを掴む手は振り払われ、海斗は出て行った。なぜか俺まで傷付いている、変貌した海斗に。

「本当に、いいんだな」

 声は暗闇に溶けて消えていく。

 こんな事ならあの時……あまりにも腹立たしい後悔が沸いてくる。悲しませる為にこんな未来を選んだわけじゃない。

 眠る遥の背を見つめ、聞いていなくてよかったと……心から思った。






 涙を浮かべ眠る遥の傍らに座り、内藤は絶やさず火を焚いた。煙もそれだけ立ち上ったが、ロイド兵が追ってくる事はもうない。

 やがて陽が昇る頃、遥がゆっくり重そうに身体を起こす。

「もう春だってのにいつまでも寒いな」

 掛けられたブランケットは長年、愛用していた物。気づいた遥はそれを畳んで傍らに置く。

「あいつが持ってきたんだ、着替えも薬も入ってる。あんな事言いつつお前の事、心配してんだな」

 つとめて明るく振る舞う言葉は無視される。鞄をあさり、白いTシャツとボトムを取り出す。

「もっと暖かい格好しろよ。色々入ってただろ」
「必要ありません」
「そんな事言うなよ。着替えに薬に、そのブランケットだってお前が気に入ってるからって」
「戦うのに暖かい格好なんて邪魔なだけです」
「お前を生かしたいと思ってるんだ。海斗も俺も。戦場で戦わせたいなんて思ってない」
「行きましょう。これ以上、内藤さんを足止めするわけにいきません」
「遥、もうやめよう。街を出て避難を」
「行きましょう」

 遥は頑なに言う事を聞かず、水を掛けて火を消す。

「案内したい所があります」

 荷物を置き去りに。走り出す遥に、ついていくしかなかった。






 全部、聞いていた。

 側にいられなくても密かに想うのは自由、やっと気持ちを整理できた所だった。最期の日まで海斗を……蓮と美蕾を愛していたかった。

 でも……もうできない。

 拒絶され、冷えていく。動かなくなった心は石のように重くのしかかる。

「昨日はすみませんでした。次はちゃんと戦います」
「そんな事しなくていい」
「ここは戦場、ロイド軍は敵ですから」

 思えばいつも孤独だった、ブランケットを見て思い出す。荷物と共に海斗を愛した自分も捨てて、銃を握った。






「行ったのか……」

 二人が去った後の洞窟を、悲しげに見つめたたずむ海斗。

 何度も同じ朝を迎えてきた……でもこれからは。置き去りにされた荷物、畳まれたブランケットを愛おしそうに抱きしめる。

「この子は連れて行くよ」

 海斗もまた、決意を胸にこの場から立ち去った。

「幸せになって……遥」

 別々の方向へ走り出した遥と海斗。その悲痛な声が遥に届いていたなら、何かが変わったのかもしれない。
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