囚われの姫はまだ自分の正体を知らない

織本紗綾(おりもとさや)

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1.姫の章

0.夢に誘われて

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 それは転移か転生か、はたまた一夜ひとよの夢物語か──始まりはほんの些細ささいなきっかけから。



「ラピス、ルチルも、今月ほんと~にピンチなの。今度こそお願いね」

 浄化中の石の前でパンパンと手を叩いてお願いする。神社でやるみたいに拝み倒してんーとりきんで力を込める。

 今はとにかく何より金運!

 今晩の夕食は豆苗ともやしをレンチンしてポン酢をかけたもの。仕事帰りに豚こま肉を買って帰ろうと思ったら残高不足で、給料日前の私にはチャージできる現金もなくて。

「はぁ……」

 六畳の部屋がいっぱいになりそうなほどの溜め息に浄化も気合も負けそうだ。

「おいし……」

 ちびちびつまみながらよく噛んでお腹いっぱいにする。今月は少し残せると思ったのに、あまりに催促されてつい渡してしまった。

 (まぁ……平穏な時間を買ったと思えば)

 長く起きていれば寒いし、光熱費がかかるのでさっさと布団に潜り込む。仕事の疲れがあったのかスマホをいじっているうちに眠ってしまった。



 見たことのない場所に立っていた。いつもより少し高い目線、豪華な宮殿の中のような景色、目の前には龍の彫刻がほどこされた重そうな扉。

「まだ、緊張されていますか? 」

 誰かが私に微笑みかける。藍色の、夜空のような髪と瞳に思わず見惚れてしまう。

 (綺麗……ラピスラズリみたい……)

「大丈夫ですよ。皆が貴女様を待っています。今宵は祝福の宴、さぁ、参りましょう。わたくしと共に」

 扉が開いてきらびやかな世界が。

「お誕生日、おめでとうございます」
「姫様に祝福を」

 歓声と拍手、流れるような音の調べも……すべてが輝きに満ちていて美しい。

「誕生日おめでとう、立派なプリンセスに育ってくれてうれしいわ」
「君が娘でとても誇らしいよ。私達から成人祝の品だよ」
「お父様、お母様……ありがとうございます」

 優しくて愛情深い両親に恵まれ、祝いの品であるティアラを飾られると一際ひときわ大きな歓声と拍手が。

「皆、今日は娘の為に集まってくれて感謝する。今宵は心ゆくまで楽しむが良い」

「国王様に祝福を! 」
「我が王国にさらなる繁栄と幸福を! 」

 集まる人々がワイングラスを掲げると父様は満足そうな表情を浮かべ、母と共に座る。

 音楽は明るいムードのワルツへ変わり、人々はグラスを置くと踊り始めた。

 (綺麗……)

 宝石や羽飾り、色とりどりのドレスで着飾った貴婦人達が燕尾服姿の男性達と踊る景色を上から眺める。音楽に合わせてステップを踏み、時にくるくる回る様子は美しくて目が離せない。

「姫様、わたくしと踊っていただけませんか? 」

 金色の、絹糸のように豊かな髪の紳士が私に手を差し伸べ、ダンスに誘ってくれる。目の覚めるような青の騎士姿、姿勢も所作もとても優雅な人。

「ロゼッタ、私達に構わず踊ってくるといい。どうせなら五騎士全員と。これからは共に過ごす時間も減るのだからな」
「格別のご配慮ありがとうございます、国王陛下。それでは失礼致します」

 戸惑う私の手を取って誘い出され、あっという間に踊る人達の中にいた。

「姫様、力を抜いて……すべて私にゆだねてください」

 灰色の瞳に吸い込まれそうに、恥ずかしくなって目を伏せる。くらくら目眩めまいを覚えるほどに、魅惑的な瞳。

「おしたいしております」
「……え…」

 耳元でささやかれてうわずる声。

「ずっとこの日を夢見ておりました」

 突然の告白に胸は破裂しそうなほど。

「ふふ、お顔が真っ赤ですよ。ではまた後ほど」

 そうして相手が流れていって、次に手を取ったのは。

「姫様、俺のこと忘れてないよね」

 今度は小悪魔なウインク攻撃。いちごミルクのような甘い香りと髪の色。長い前髪の隙間から覗く熟した苺色の瞳。

 何がなんだかわからなくなって、くるくるとリードされるがままにターンする。

「ダンス、練習した甲斐があったね」

 笑顔の端に見える八重歯やえばはちょっと吸血鬼みたいで。ドキドキしながらまた手が離れていく。

「今度は俺と、踊ってくれ」

 みずみずしく涼し気なアイスブルーの瞳に淡く水色がかるシルバーヘア。肩までの柔らかい髪が動くたびしなやかに揺れて香る。

「演奏は任せてきた。どうしても貴女と踊りたくて」

 かすかに口の端があがり、ぎこちない微笑みが心を打つ。静かに燃える熱意と勇気を感じて私もそっと微笑みを返した。

 ステップを踏んでターン、互いの息を合わせて踊るのは楽しい。

 夢の中、かろやかな細身の身体は動きやすくて、長いドレスの裾まで上手に操りながら、知らないはずのワルツを踊っている。

「楽しいか」

 頷くと嬉しそうに目を細めて、ニッと笑う人。

「よかった……しかし疲れも出てきた頃だろう。特別なディナーを用意したんだ。少し休まないか」

 導かれるままフロアの隅へ。そこにはさっき踊った二人がいて、バルコニーにテラス席が用意されていた。

「お待ちしておりましたよ」
「姫様の為にカロンが腕を振るったんだ」

 お肉の焼けた香ばしい匂い、テーブルには色とりどりの豪勢な食事が。

「へぇ~、美味そうじゃねぇか」

 その時、後ろから声がする。

「スピネル! 急に現れないでよ」
「まぁ、そろそろ帰ってくると思ってたけどね」
「いつもの事だろ。さぁ姫様、スピネルに食い尽くされる前に早く」

 促されて席に着くと目の前には美味しそうなローストビーフが。

「おい、声が中まで聞こえてるぞ」

 その時、フロアからまた一人……最初に会ったあの人だった。



「わっ!! 」

 目が覚めて、支度して慌てて外に出る。

 (遅刻、遅刻……)

 鍵を出しながら慌てて階段を駆け下りる。

 (あのローストビーフ……食べたかったな……)

 思わずお腹がぐぅと鳴ったその時。

「あっ!! 」

 それは一瞬の事だった。
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