囚われの姫はまだ自分の正体を知らない

織本紗綾(おりもとさや)

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1.目覚めたのは

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 目覚めると、見た事のない石牢のような場所に囚われていた。

 (痛いし、全身が重い、それに寒い……)

 肌着姿に巻き付く鎖。痛くて冷たくて、石で造られたような椅子に縛り付けられていて、いつやられたのか肌は所々紫に変色し、流れ出た血が固まり始めている。

 (何これ……夢……? )

 少し手の位置を動かそうとしただけ、それなのにジャラ…と鎖が音を立てる。

「やっと起きたか」

 野太い声に恐怖で心臓がぎゅっと縮む。

 警察官と言うより軍人と言った方が正しいかもしれない。そんな服装のどっしりとした人が私の前で仁王立ち……薄暗くて表情はよく見えないけれど脅されている気持ちになる。

「こんな事に何日掛けるつもりだ。お偉いあんたらと違ってなぁ、俺等は暇じゃねぇんだよ。黙ってねぇでとっとと吐きやがれ!! 」
「ぐっっ……」

 棍棒こんぼうのような物で頬を殴られて声が出てしまう。

「はぁ……はぁ……」

 何か言わなければ……でも何を言えばいいのかわからない。

「ほら、早く吐けって。それとももう一発お見舞いされてぇか」
「……何を……何の事か……」
「あぁ!? このに及んでとぼけてんじゃねぇっ!! 」
「ぐぅっっ……」

 一瞬、目の前が暗くなって、これが原因で気絶していたのだと気付く。口内に広がる血の味に激痛、夢なのにリアルに襲ってくる。

 (痛い……早く楽に…なりたい)

 こんな夢、早く覚めてしまいたい。何で私ばかり……現実だけじゃなくて夢の中までも苦しめられているのだろう。

 (助けて……)

 思わず、心の中で叫んだ。

 夢の中までは持って来られなかったらしいあの子、御守りのように肌身離さず身に着けているラピスラズリとルチルクォーツのパワーストーンのブレスレットに。

 寂しい時、ストレスを感じた時、ブレスレットをさすって心の中で話し掛けるのが癖になっていた。ルチルクォーツで金運を上げて、ラピスラズリの不思議な力で宿命から解き放たれる事を……いつも願っていた。

「てめぇ……舐めてんのか? 」

 男はより低い声で凄み、威圧してくる。沈黙がこうなった人間をより怒らせる事はよく分かっている、それでも……。

「何も知りません……」

 他に言える事はなかった。

「ゔぁっっ、ぐっっっ……ぐはぁ!! 」

 殴られ続けた。理由も分からないままに。夢なら早く覚めてほしい……そう願うしかない。何を言っても無駄、それは幼い頃に受けた仕打ちとよく似ていた。



「ごめんなさい……」
「だからあんたじゃなきゃ他に誰がやったんだって聞いてるの、謝ってごまかすんじゃない!! 」
「でもほんとに知らな」
「じゃあ、あんたじゃなきゃ私がやったって言うのか」
「そんなこと誰も……」
「そういう事だろ、あんたが言ってるのは!! 」

 飛んでくるティッシュの箱、怖くてとっさに身体が避ける。

「わざとらしい事すんなっつってんの! 本当にあんたに当たるように投げる親だと思ってんの!? 親を何だと思ってるの!? 」

 延々と続くのようなお説教。どうしていいかわからなくて、ただ消えたいと、終わってほしいと願うしかない時間。何がいけなかったんだろう……終わったはずなのに何度も夢に見て引き戻される。

「ねぇ、早く答えてよ。あんたがつけっぱなしにした電気代、誰がやりくりしてると思ってんの!! 」

 地獄のような時間を越えて大人になった。

 一生懸命、勉強して一人で生きていけるだけの経済力をつけて、苦手な勉強にたくさんの時間を費やして、現実逃避だと散々言われた読書やアニメに浸るのもやめた。

 ひとりでに流れ浮かんでくる記憶の欠片達かけらたち

 結局、何一つ結果を出せないままだったけれど、食べていくのがやっとだったけれど、誰かに迷惑を掛けたり捕まるような事をした覚えはまったくない。

 どうして……こんな目に。

「また気絶しやがって。起きろって言ってんだよ!! 」

 髪をつかまれ、頭を何度も揺さぶられて、辿っていた記憶はぷつりと途切れる。

「交代に……って目が……お前、そいつ目が光って」
「あぁ!? 知らねぇよ、そんなもん」
「やめとけよ、何されるかわかんねぇぞ」
「あぁ!? 情けねぇな。女相手に舐めてんのかよ。死ねっっっ!! 」

 もう声も出なかった。きっとこれで死ぬのだろうと思いながら、意識は闇の中へ落ちていった。

 (きっといつもの悪夢だ……目が覚めれば)



「あ……れ……」

 どれだけ眠っていただろう。夢だと思っていたのに目覚めたのは、あの男がいる石牢の中だった。
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