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2.騎士との面会
しおりを挟む(どうして……)
思わず声が出そうになった。
夢だと思っていた。てっきり温かい布団の中で目が覚めるのだと。それなのに目覚めた場所は寒くて恐ろしい石牢の中。あの男は……眠っているようだ。
(よかった……)
もう一度、寝てしまえば。そんな風にも思ったけれど、とても眠れそうにない。少しの音も立てられず、かと言って眠る事もできず、脳が焼かれるような頭痛にまともな考えも浮かんでこない。
(もう……終わりだ……)
何が終わるのかわからないけれど、そんな言葉が浮かんでくる。
その時、外から金属の動く音がゆっくり響いた。
「お、おい。お前ら誰の許可で」
「これはこれは少尉様、お休みのところ申し訳ございません」
誰かが牢に入ってきた。一人は髪の長い煌びやかな服装の人、顔は薄暗くてよくわからないけれど蝋燭の灯りに照らされる髪が金色に見える。もう一人は黒髪の凛々しい眼差しの人……私の方を見て驚いた後、辛そうに目を伏せた。
「何のつもりだ」
凄む男は私の前に立ちはだかり武器を構える。
「まぁまぁ、お気持ちはわかりますが武器を下ろしていただけませんか。私達も罪人の身ではありますが、特別に父の配慮で姫様の説得に参ったのです。私もラピスも詳しい事情を聞いておらず囚えられたので、少しだけ……怒っています。ですから」
「そんな事を言って、どうせ仲間内で口裏を合わせるつもりだろう」
「まさかそんな事を。何なら同席していただいても構いません。おや……? 」
「何だ」
「これは……随分いたぶられたようですね。尋問で答えを引き出すのではなく、暴力で日頃の鬱憤を晴らしていたと……このまま帰ればそう報告する事になりますが」
「チッ……少しだけだぞ」
そんなやり取りの後、悔しそうに男は牢を出て行った。
金髪の人が、私の前で腰を下ろし私の手に触れる。
「姫様、御守りできず申し訳ございません。突然このような事が起こり、未だ事情が把握できずにいるのですが、どうか私達だけにはお話いただけませんか」
「私達は政務に支障をきたすとの理由から監視付きの自由行動が許されておりますが、カロン、セドニー、スピネルは捕縛され厳しい尋問を」
「ラピス、そのぐらいに」
「教えてください、姫様。いったい何をスピネルに命じたのか、そして何故スピネルだけにお話しになられたのか、深夜、密かに会っていた理由も」
「ラピス、気持ちは分かるけど」
力のこもった言葉、必死なその人を金髪の人が止める。何も知らないと言うのが申し訳なかった。今も拷問されている仲間を助け出す為に……金髪の人も黒髪の人も……私が知っているはずの情報を必要としている。
けれど。
「ごめんなさい……」
私に言えるのはそれだけ。
「姫様」
「ごめんなさい……」
嘘はつけなかった。
「何も……知らないんです。目覚めたらここにいて吐けと言われても何を言ったらいいのか……私、この世界の人間じゃないんです。だから何が起きているのかあなた達が誰なのか何もわからなくて。教えてください、私は誰で、一体何の罪で捕まってるんですか? 」
表情は見られない、けれど重い沈黙が包む。
言い逃れだとまた殴られるだろうか、それともこの人達を失望させてしまうだろうか。
「ロゼッタ・アレクス・エメラルド……それが貴女様の御名前です。三日前の深夜、騎士のスピネル・カーディーと自室で密会されている所を囚えられました。罪状は、彼と情を通じ……共謀して国王様を暗殺、国家転覆を謀った罪……というお答えでよろしいでしょうか」
暗殺に国王暗殺の罪、それに聞き覚えのない洋風の名前。どう受け止めていいかわからないけれど、私を見つめるその人は私の言葉を否定しなかった。
「ありがとうございます……信じてくださるのですね」
「えぇ、姫様は嘘のつけない御方です。こんな時に冗談やごまかしを言うはずもないでしょう。だからこそ、黙秘を続け何があったかお話にならないのには余程の理由があるのではと父を説得し、こうして参ったのです」
よほどの理由……話せる事があれば、私が本当にロゼッタという姫で、覚えている事があれば良かったのに。
「姫様……」
黒髪の人が私の前に跪く。
「姫様、私は覚悟を決めております。どんな時もお支えし、どこまでも共に参ります。ですから姫様も、私を信じ御心を強くお持ちください。必ず、助けに参ります」
闇の中でもその眼差しは凛々しく、頼もしくて……そしてなぜか懐かしくもあった。
「あの……あなたのお名前は……」
「……ラピス・バーガンディと申します」
「ラピスさん」
「ラピス、とお呼び下さい。姫様はいつもそのように。私共は貴女様に仕える騎士であり、主従関係にございます」
「ラピス……ありがとう」
「姫様、私も改めてご挨拶を。私はルチル・アディントンと申します。ラピス同様、ルチルと呼ばれておりました。此度の件、私に考えがございます。どうかすべて私に一任するとこの場で御命じください」
「ルチル……よろしく…お願いします」
「かしこまりました。必ず、姫様と仲間を救い、最後まで安寧の日々を御守り致します」
二人とも高貴な人なのだろうか。とても優雅な、この石牢に似つかわしくない礼をして立ち上がる。
「あの……」
最後、という言葉が何となく引っかかって呼び止めてしまう。
「あまり無理は……私は……どうなっても構いません。どうかあなた達と仲間の人の安全を第一に考えて……もし、私が本当にロゼッタという姫姫様なら……私のせいで苦しめたくはないと思うから」
暗殺なんて大それた事を命じておいて記憶がないなんて、どれだけ薄情で身勝手な姫様だろう。
「ご安心ください。きっと何か行き違いが……私共で必ず誤解を解いてみせます」
柔らかな微笑みを残して、彼等は牢を出て行った。
(大丈夫かな……)
もやもやと、さっきまでとは違う不安がわいてくる。私のしたらしき事で同じように囚えられている人がいるだなんて。
「いっそ殺しちまうか」
悩んでいるとまた、あの男が立ちはだかっていた。殺気が増して怒り狂う男は私を殴り蹴り、紐で腕を縛り上げてちぎれるほど引っ張り……そうして再び、意識は闇へ消えていった。
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