囚われの姫はまだ自分の正体を知らない

織本紗綾(おりもとさや)

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1.姫の章

3.記憶の断片

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 (戻れた……? )

 目を開けるとなぜか実家にいた。実家と言っても最近建ったばかりで、私にとってはあまり馴染みのない場所。

 そこにいる私達を、なぜか上から眺めている。

 (私……死んだの? 違う、これは……記憶? )

「まぁ、実際にはいくら住んでいるからと言っても奥さんや娘さんが債務者になるのは不可能だし、ご主人だってそのくらいは知ってるでしょ」
「それはそうだと思いますけど……でも父が払わなかったらここには住めないんですよね」

 思い出すだけで胃が痛くなる話。

 どうしたらいいのか……自分一人ではどうする事も出来ない問題に直面し、必死で調べたり勉強したけれど。

 (あれ? )

 そして次の瞬間、また私は見知らぬ場所に……と言ってもさっきと同じようにまた上から眺めている。

「おばあさま……」

 洋風の、とても広い部屋の窓際に大きなベッド。そのかたわらで小さな、5歳くらいの女の子がベッドに横たわる誰かを泣きそうに見つめている。

「ロゼッタ……ありがとうね……」
「おばあさま……早く元気になって。そうしたらまたあのお花畑にいきましょう。あの時のようにお花畑を眺めながら美味しい紅茶を飲めばきっとまた元気になれるわ、ね? 」
「ロゼッタ……よく聞いてほしいの……」

 そう言うとそばに控えていた老紳士がおばあさまという人に何かを手渡す。

「ロゼッタ……これは、一族の中でも選ばれし者だけに受け継がれるエメラルドストーンよ。本当はあなたがもう少し大人になるまで頑張って生きていようと思ったのだけれど」

 その人は、つらそうにしながらも起き上がるとネックレスをその子の首にげた。

「私から、あなたに引き継ぐ時が来たようです。誰かに見せたり持ち歩いたりせずに大事にしまっておいてほしいの。いずれ時が来てあなたにも仲間が出来たらゴホッゴホッ……」
「おばあさま、大丈夫? 」

 そう、私はおばあさまの事が大好きだった……なぜか浮かんでくる言葉。

「かわいいロゼッタ……あなたにはつらい宿命が……ゴホゴホ……でも大丈夫。聖石せいせきり人達が…きっとあなたを……護ってくれゴホゴホッ……」
「もうこれ以上は」
「えぇ……後はあなたから……話してくれるわね」
「はい。最後のお役目、謹んでお受け致します」

 (宿命……役目って一体……)

 少女はミルクティーのような色の長い髪をエメラルドグリーンのリボンで束ねていた。

「おばあさま、死なないで……お願い……ロゼのそばにいてよぅ……」

 肩を揺らす小さな後ろ姿。それが強烈に印象に残り、まばゆい光に包まれた。



 (朝……? )

「お目覚めですか、姫様」

 目を開けると、あの金髪の人が心配そうに顔を覗き込んでいた。

「……ルチル……? 」
「はい、ルチルにございます」

 (夢……)

 ルチルがいるという事は、まだあの世界なのだろう。何となく……もう帰ることは出来ないのだと感じる。

「あの後、拷問ごうもんの件をおおやけにする事で牢からは出られたのですが……申し訳ございません。もっと早くお助けできていれば……」

 整った、彫りの深い顔立ち。高い鼻に長い睫毛、美しいその顔は悲痛に暮れ、目も泣いたように赤い。

「みんなは……」
「はい? 」
「みんなは……助かったの……? 」
「あ、いえ……」

 右腕がない、起き上がろうとして気付いたけれど今はそんな事を気にしている場合ではない。

「それなら……」
「まさか姫様、ご記憶が? 」
「え……? そういうわけじゃ……でも……私だけ寝ているわけには……」
「まだ熱が高く安静にと医師から言われております。それに起き上がれたとして姫様はこの部屋から出られません。この部屋から外に出ない事を条件にあの牢から出られたのです」
「あなたが……交渉してくれたの……? 」
「交渉というほどの事では。激しい拷問ごうもんの末、姫様は記憶を失くされ、もはや尋問は何の意味もなさないと……お伝えしただけです」
「ありがとう……ございます」

 この先の事はどうなるかわからないけれど、良い未来は見えそうになかった。力なく横たわったまま、姫なんて呼ばれていても結局、何の力もないお飾りの姫様だったのだろう。

 どこかわからない質素な部屋。

「数日で、裁きが下されると思いますが、いわれなき罪で裁かれることのないよう尽力致します」

 ルチルは丁寧に、優しく話してくれる。

「私は……どうなっても。皆が不当に裁かれることのないよう……お願いします」

 それが精一杯の、私にできる姫様のフリだった。食事も、治療も、してくれるという一切の事を拒否して一人になりたいと伝えると、何かあれば外の見張りにと、心配そうにしながらも外に出ていった。

 これからどうすべきか、わからない。

 そもそも何故ここにいるかもわからないのに、何をどう考えたら最善がわかると言うのだろう。振り返ればいつも一生懸命考えて、最善を選んで生きてきたつもりだった。それなのに事態はどんどん悪く、複雑化してわけがわからなくなっていく。

 (もうどうでも……いい……)

 寒くて苦しくて頭が割れるように痛い。

 (いっそ死ねたら……)

 そんな願いは叶うはずもなく3日後、裁きは下され流刑となった。

 位は剥奪はくだつ、騎士達は職をかれてそれぞれ別の土地へ流刑。腕を失った私は足枷あしかせだけを付けられて木のおりに、捨てられるように城から出された。
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