囚われの姫はまだ自分の正体を知らない

織本紗綾(おりもとさや)

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1.姫の章

4.覚醒

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 流刑地は思っていた以上に遠かった。

 腕がないのを隠すためか白いマントのような物を着せられて木のおりの中へ。逃げる恐れがないからか、それとも見せしめの為か、木と木の間はすり抜けられそうなほど開いていて外がよく見えたし、よく見られた。

「見て、あれが姫様よ」
「部屋に男連れ込んで国王様に愛想つかされたらしいぞ」
「いやねぇ~、暮らしに困ってないとやらしい事ばっかり考えるんだから」

「あの女、贅沢三昧ぜいたくざんまいで服も食いもんも一級品しか手を付けない穀潰ごくつぶしだ」
「畑仕事なんかした事もないくせにっ、クソッ」
「あんた、やめときな。姫様に石なんか投げておとがめでもあったらどうするんだい」
「ありゃしねぇさ。もう姫でも何でもねぇんだからよ。ほらよっと」
「いいぞー、やれやれ」
「顔に当てちまえよ」

 指をさされてののしられ石を投げられて、舗装していない道にひどく揺られながら少しずつ、心が麻痺する。この先、どのくらい生きてどう死ぬかわからない。けれどもう何もかも、どうでもいい。

 何も、感じなくなっていた。

 たくさんの夜を越えて辿り着いた流刑地は、深い森の中だった。おりから出されて壊れかけた木の小屋へ入れられる。そこは何もない、ただ木で囲っただけの空間で隙間から陽が漏れている。

「逃げようなんて思うなよ」
「おい、行こうぜ。そんな身体じゃ逃げれやしねぇよ」

 兵士達は私を突き飛ばし、小屋の鍵を掛けると笑いながら何処かに行った。

 木の床に寝転がって目をつむれば……この世界に私一人。

 虫の鳴き声、風で葉が揺れる音、電子音がなくても世界は音に溢れている。

 (落ち着く……)

 肉体も魂も溶けていくような感覚がして、そのまま静かに身を委ねた。



 それからどのくらい時間が経ったのか、目を覚ますと辺りは暗く、夜になっていた。

 (死ぬか戻るか出来ればよかったのに……)

 まさか、今までの境遇に戻りたいと思う日が来るとは思ってなかった。パラレルワールド…あるなら行きたいと思っていた。背負っている荷を全部降ろして別の自分になって生きていけたら……ずっとそう、願っていたのに。

 どこにいても、私は私だった。

「ケホッ……ゴホゴホ…」

 何となく、煙たい気がして咳が出る。

 パチパチと木の燃える音、兵士達が戻ってきて焚火たきびでもしているのだろうか。だとしたらこの寒い中、外で見張りなんて大変だと思う。命じた偉い人達は暖房のある部屋で布団にくるまって暖かく眠っているだろうに。

 私を拷問ごうもんした兵士も、石を投げた人達も、上流階級を恨んでいた。私でなく、お城で裕福に暮らすお姫様を。

 (どこの世界も一緒だな……)

 ずるい手を使い人を蹴落として上にのし上がった人間と、産まれながらに地位も名誉も財産も手にしている恵まれた人間、ピラミッドの頂点だけの為の世の中。

 もっと早く、子供の頃に気付いていれば無駄な借金も努力もせずに済んだのに。

「ゴホゴホ……」

 あまりの煙たさに思わず咳き込む。バチバチと、もう焚火たきびと言えないほど大きな音が入口の辺りから聞こえる。

「うそ……」

 見ると炎が、轟々ごうごうと扉の下から木を飲み込むように燃えている。

「どうして……」

 必死で動こうとするけれど片腕を失くした身体はバランスが悪く、起き上がることすら出来ない。炎をいつくばって奥へ逃げる。背中にも熱を感じて避けて、勢いを増す炎は小屋を囲い、逃げ場をなくした私は部屋の中心へと追い詰められた。

 (死ぬんだ……)

 今度こそ本当に。こんな場所でこの国の強欲な姫様に間違われて。

 (何で……何で私がこんな目に……)

 今まで散々、理不尽な目に遭ってきた。あの時もこの時も、我慢しながら自分を抑えながら全部私が悪かった、考えや努力が足りなかったって……何度、踏みにじられても生きてきたのに。

 怒りが沸々ふつふつと沸き上がる。

「こんなの……理不尽すぎる」

 殺してきた自分の心が、怒りがあふれ出て抑えられない。今ならどんな残忍な事もできる気がして赤く染まる世界。

 地の底から沸き上がるように身体を燃やし、力がみなぎる。

「姫様!! 」
「ロゼ返事しろ、ロゼ!! 」

 壁の向こうから声が聞こえ、視線を動かす。

「行くぞ」

 声と同時に抱えられ、燃え盛る小屋から連れ出された。



「ん……」

 柔らかな布の感触で目が覚める。

「姫様」

 この間、会った金髪の騎士ルチルが心配そうに顔を覗き込んでいた。支えられながら上体を起こすと黒髪の騎士が……確か名前はラピスだったと思い出す。

「体の具合はいかがですか。どこか痛い所は」
「特には……」

 黒髪の騎士に抱えられてすぐ意識を失い、半日ほど眠っていたらしい。

「覚えていらっしゃらないのですか……」

 出会った時とは違う少し困惑した表情。

「姫様は、石の力をお使いになられたのです」
「石の力? 」
「はい。私達が到着した時、辺りは既に炎に包まれており近づく事さえ難しい状況でした。ですが、炎とは違う赤い……とても強い光が小屋から放たれ、小屋は一瞬で大破しました。辺りの草木に燃え移り、消火は不可能と判断したので姫様をお連れしてここまで逃げてきたのです」

「ありがとう……ございました……」

 蘇る炎の恐怖にまだ心が震えている。今はそれしか言う事が出来なかった。

「姫様……」
「もう……そんな風に呼ばないでください。もう姫様じゃないし、あなた達の事も覚えてない。姫だなんて呼ばれる資格ないんです。それよりどうして……流刑地にいないといけないんじゃ」
「それならご心配には及びません。私の場合、警備の者の弱みを握っていますので」
「弱み……」
「えぇ、姫様はお忘れかと思いますが、私は人につけこみ利を得るのが得意なのです」

 偉い人らしい、答えだと思った。

 いたずらっ子のような微笑み。

 (まつげ長……鼻筋も肌も綺麗……)

 流れるような眼差し、うれいになずむ灰色の瞳。端正な顔立ちのおかげで色気が増して魅惑的に、勝手に心臓が音を立てる。

「それに、スピネルもその辺はうまくやっているはずです。ねぇ、スピネル」
「スピネル? 確かこの前はラピスって……」
「はぁ!? あんな奴と間違えんな」
「え……? 」

 顔を上げたその人は、深紅の瞳を私に向けた。
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