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1.姫の章
8.緑の目の女
しおりを挟む首元の冷たい感触、それはナイフだった。
(引かれたら死ぬ……誰が……私が? それとも姫様が……)
「ナイフを収めろ。でなけりゃ、てめぇの首が飛ぶぞ」
いつの間にか、正面にいたはずのスピネルが相手の首元に剣を突き立てているようで。私の位置からは見えないけれど、緊迫した激しい睨み合いの雰囲気を感じる。
背筋に冷たい汗が一筋、つーと流れていく。
「名を名乗れと言っている」
「アーチー・ベネットだ」
「てめえじゃねぇ、俺はこの女に聞いてんだ」
「妹の名か? ただで聞けると思ってんのか」
「あぁ!? ナメてんのか、てめぇら!! ここが誰のシマかわかって言ってんだろうなぁ」
荒々しく野太い声。男は私の背後に二人、貴族と関わりがあるようには見えないけれど私の名前だけを執拗に……もしかしたら姫様だとバレたのかもしれない。
「お前達、何をしている」
また背後から違う声が聞こえてきた。
「ドボン様、それが怪しい緑の目の女を見つけやして」
「ほう……どれ、見せてみろ」
「あんた何者だ」
「貴様こそ、ずいぶん偉そうな態度だな。このドボン・マーチン様に向かって。数ある公爵家の中でも、マーチン家がどれほど偉大でこの国に貢献しているのか知らないのか」
「ドボン・マーチン? わりぃな、俺等この国のもんじゃねぇんだ。隣のルディ共和国のもんでさ、そうだ、偉い貴族様なら言葉もわかるか」
そう言うとスピネルはペラペラと言語を変えて何かを話し出した。
「こいつ、何を言っている。わけのわからぬ言葉で、私を愚弄しておるのか」
通じなかったのかドボンという人は怒り始めてしまう、その間も私の首にはナイフが突きつけられたまま。
(これ……まずいんじゃ)
その時、今まで黙っていたルチルが小さくウインクをして立ち上がり、貴族に向かって礼をした。
「これはこれは……かの有名なドボン・マーチン様でいらっしゃいましたか。まさかこんな所で本物のドボン様にお会い出来るとは思わず、固まってしまいました」
「ルチル・アディントン……髪は黒いが似ている気がする。確か奴の目は……そうだ、お前のような灰色だった」
(バレてる……)
しかし、ルチルは動じる事なく貴族に向かって微笑みを見せる。
「私は卑しい旅商人でして。しかしドボン様のような御方のお知り合いと似ているとは、誠に光栄な事にございます。この容姿のおかげで商売に困った事はなく着飾れば貴族のようにも見えると……いやはや、卑しい身の上に産まれた者の悪あがきにございます。どのように着飾っても決して貴族様方のような気品や威厳は持ち合わせておりませんもので」
「はっ、当たり前だ。肝心なのは容姿ではなく、生まれながらに備わる気品だからな。商人がいくら着飾ったとて所詮、真似事にしか過ぎん」
ルチルは言葉でうまく貴族の機嫌をとって意気投合。最後には何か小袋を渡して、ようやく私の首元からナイフが離れた。
「この者達は同郷の友人とその妹なのですが、先日の攻撃で母を亡くし、行く先がないため引き取ったのです」
ルチルは私の事を爆撃に遭って目の前で母親を失い、ショックで口が聞けなくなった少女と説明してまた私にウインクする。
頷いてすみませんというように頭を下げると貴族は物色するようにじっと見つめた。
「フン、紛らわしい。他を当たるぞ」
そう言って貴族とその手下らしき人達は去っていった。
「なんとかなったな」
「そうだね。宣伝にも役立ってくれたんじゃないかな」
「宣伝ねぇ……結局、カネで黙らせたって感じだったけどな」
「人聞きが悪いよ。でもこれで他の貴族や憲兵に捕まる事はなくなったわけだし、安心して旅ができるね」
「まぁ、ここは早く退いた方がよさそうだけどな」
周りの視線が痛く、私達はその場を逃げるよう後にした。
「面倒事はごめんだって顔だな」
「スピネルが剣を抜いたりするから、みんな怖くなっちゃったんだよ」
(それより……)
あの貴族も、その手下もこの瞳を手掛かりに姫様を探していた。
「もっと隠れて動かないとそのうちバレるんじゃ……」
ルチルの正体も早々にバレそうになっていたし、安心とは言えない。
「安心して。彼等の探しているのは姫様じゃないから」
「姫様じゃない? 」
「あぁ……そのうちわかる。1.2.3で右に曲がって全速力で走れ」
「え? いきなり何を」
「1.2…3!! 」
スタートダッシュで出遅れて、スピネルに腕をつかまれながら走り出す。
「何でいきなり」
「追ってきてる」
「どうして」
「話は後だ。なんも考えずに走れ!! 」
建物と建物の間の油臭い道を右へ左へ曲がって、言われた通り全速力で走る。息が切れて心臓が速さに追いつかない。喉から血の味が込み上げてくる。
(はぁ、はぁ……もう……限界……)
「わっ!! 」
何かにつまずいて転んだ。
「大丈夫か」
「大丈夫……」
「そこまでだ」
「残念だったなぁ~」
スピネルの手を取って立ち上がろうとした時、両サイドから声が。
「ナメたマネしてくれんじゃねぇか」
「言ったろ? ここは俺等のシマだってよ」
さっきの貴族は見当たらず、ガラの悪い男がじりじり近付いてくる。
「さぁ、追い詰められた魔女さんはどんな力を使ってくるか……まぁ、俺等にとってニセモンかどうかはどうでもいい」
「ドボン様がお前達の遺体をご所望だ。緑の目の女なら何でもいいとさ。おとなしく身代わりになるんだな」
「それ以上近付くと容赦しねぇぞ。いいか、これは警告だ」
スピネルが剣を抜いた。
殺気立つ背中は私を守るように男達に立ちはだかって、今にも斬りかかりそうに。その反対側にはルチルの背中が、同じように私を。
「おうおう、威勢の良い事だ。田舎モンが……それとも何か? てめぇが魔女の使い魔のカラスだってのか」
「誰と勘違いしてるのか知らねぇが、こいつを傷付ける奴は俺がゆるさねぇ」
睨み合い、どちらからともなく駆け出して戦い出したのはスピネル。続いてルチルも、髪をなびかせて剣で相手に立ち向かっていく。
(あんな大きな相手……勝てるはずない)
「アイラ連れて逃げろ。ここは俺がやる」
「一人だけカッコつけてズルいよ。こんなのさっさと片付けちゃおう」
貫禄あるゴツい体格の男達の攻撃を素早く交わし隙を突いて……互いに会話までして。スピネルもルチルも余裕で相手を翻弄し、楽しんでいるかのようにさえ見える。
剣のぶつかり合う音が響く中、ナイフを突きつけたあの男が向かってきた。
「逃げろ!! 」
間一髪、スピネルが追い付いて剣で受け止めてくれたけれど足がすくんで動かない。
ぴちゃん、ぴちゃん……
(雨……)
ざー………
土砂降りの、雨が降ってきた。
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