囚われの姫はまだ自分の正体を知らない

織本紗綾(おりもとさや)

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1.姫の章

15.柔らかな朝

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「ん……」

 ぬくもりを感じて目を覚ます。いつのまにかラピスの手を握ったまま……眠ってしまっていたらしい。

 小さな寝息を立てて眠るその表情は、昨夜ゆうべと変わらず無垢であどけなくて、眺めていると胸の奥がなぜかきゅっと苦しくなる。

 (起きなきゃ……)

 広い部屋には私とラピスの二人だけ。ルチルも、モモルーの姿も見当たらない。眠る彼を起こさないように、手をそっと外すと、ぴくりとその指が動いた。

「姫…様……」
「あ……ごめんなさい」
「いえ……うっ」

 まだ少しぼんやりと、寝ぼけまなこで体を起こそうとして、ラピスは痛そうに顔をしかめる。

「あの……すみません。姫様の前でとんだ醜態を」
「気にしないで。まだ起き上がらないほうがいいと思うから」

 無理に起き上がろうとするのを何とか止めると、ルチルを呼んでくると言い訳して部屋を出た。

「………どうして……」

 手に残るぬくもり、柔らかな朝陽あさひに照らされて眠るその姿が焼きついて離れなくて……なぜか胸が高鳴っていた。



「勝手な事してんじゃねぇ。何でお前がここにいんだよ」

 昼時を過ぎた頃に帰ってきたスピネルはラピスに対して怒りをぶつける。

「勝手だと!? それはこっちの台詞セリフだ、スピネル。そもそも勝手な事をしたのはお前だろ、お前がもっと早く俺達に話していればこんな事にはならなかったとは思わないのか」
「あぁ!? いてんじゃねぇよ。だいたいてめぇが本分を忘れて、くだらねぇ行進の練習ばっかりしてやがるから、大事な時にロゼが頼れなかったんだろうが」
「これだけの問題を起こしておいてよくそんな事言えるな」

「あの……」

 怒る二人に声はかき消されて、聞こえていないみたいで。

「申し訳ありません、姫様。実はいつもの事でして……」
「いつもの事? 」
「えぇ、幼い頃から二人は何かと意見が合わなくてぶつかる事が多いのです。しかも、二人とも負けず嫌いで自己主張が強いのでこうなってしまうと収拾がつかず……困ったものです」

 私とルチルが話している間もずっと……言い合いは止まりそうにない。

「ルルルゥ♪ 」

 モモルーは私の肩に乗って楽しそうに笑っているけれど。

「こんな事してる場合じゃ……」

 まだ捕まっているカロンの行方が気になるし、ラピスを探して兵士達がここに来るかもしれない。

 一刻も早く、ここを出なければならないかもしれないのに。

「そうですね。二人揃うだけでなぜ、こんなにも精神年齢が低くなるのか……まるで子供ですね」
「誰が子供だ。こいつが身勝手だからいけねぇんだろ」
「身勝手なのはお前だろ。いつも急に外に出てどこにいるかも知らせず、姫様や俺達にどれだけ心配かけてきたと思ってるんだ」
「んだと!? おいラピス、今日という今日は決着つけてやる。表へ出ろ表へ」
「二人ともそこまで。時間を無駄にすればそれだけ対応が遅くなる。取れる手段も減ってくる。それはわかっているよね」

 穏やかだけれど先を見通した冷静なルチルの言葉に、スピネルもラピスもやっと口を閉じる。

「今は対策をろう。スピネル、外の様子は? 」
「道はある。例の祭りとやらのせいか軍が動いてる様子もねぇ、すぐに出られる」
「へぇ……これだけ派手に動いて軍が動いてないのか……ラピスが止めたの? 」
「俺にはそんな力はない」
「あれだけ司令部に入り浸ってるくせにな」
「スピネル」
「思った事言って何が悪い」

 はぁ……

 ルチルの溜め息が漏れた後、沈黙が場を包む。

 心を許しているから何でも言えるのか、今回の事がそれだけ皆の仲を隔ててしまったのか……私には知るすべもないのだけれど。

 だとしたら……なんて罪深いお姫様だろう。

 ルチルもラピスも親身になってくれるのに、一番側にいなかったスピネルにだけ大切な計画を打ち明けるなんて。

 何か理由わけがあるならスピネルも話せばいいのに……そっぽを向いて窓の外を眺める遠い瞳に思うけれど。

 今は、ゆっくり離している時間などないと、なぜか気がく。

「とりあえず、出られるなら早くった方が」
「そうですね」
「そいつも連れてくのかよ。そのピンクの奴」
「ルルル~ゥ♪」
「一緒に行こうね」
「では、支度を」
「魔物だ」

 ルチルの言葉を遮った、ラピスの声が大きく響く。

「魔物? 」
「お前、何バカな事言ってんだ。こんなマヌケそうなのが魔物なわけ」
「今出るのは危険だ。王都付近に魔物の出没情報がある。市民が二人、食い殺されたらしい。俺達が追われていないのもそれが原因……国内の全ての兵に緊急招集がかかり採掘場の兵士は半減した。犯罪者も多数逃げ出したようだ……」
「その混乱に乗じてラピスも抜け出してきたんだね。その傷は魔物に? 」
「いや、これは賊の襲撃で受けた傷だ」
「しかし……驚いたね。魔物だなんてこの時代に……古典の中だけだと思っていたよ」
「あぁ……事実と思えないが、熊のような身体に狼の頭が三つ付いているとか……」
「それはまた……」

 ファンタジーはあまり詳しくないけどこれは、魔物退治に行く流れなのだろうか。五人の騎士は聖なる戦士で……となると、特別なエメラルドを受け継いだお姫様が、魔物のボスと戦うか、魔物を封印する役割を……これはまたとんでもない異世界に、来てしまったのかもしれない。

「知っている事を話してくれ、スピネル」

 くだらない空想にふけっていると、ラピスは鋭い眼差しでスピネルを見つめていた。
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