実験したら体も記憶も名前もなくしたので誰か私の存在を証明してください!

藤間背骨

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第二十六話

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 四人はソファに座り、改めて話を始める。

「なんだ、このおっさんとも知り合いだったのか?」

 信じられないとコスティが言うと、クルキとアカートはひどく落ち込んでため息を吐いた。

「知り合いというか、その……。二年前、私が名前を失うまで、ここにいたのだ……」
「ここに、ですか……?」

 ジュラーヴリが問うと、クルキは頷いた。

「丁度ジュラーヴリ達と入れ違いになったのだろう。私はここでマスター、つまりアカートさんの助手をしていた」

 クルキが言うと、アカートは情けない、と更に大きなため息を吐く。

「顔も名前も違うとはいえ、何で気づかなかったんだ……」
「顔も名前も違う人を、普通は同一人物とは思わないですよ」
「そうは言ってもだな……」

 納得できないと言った様子でアカートは悔しさに歯噛みした。

「それにしても、すごい偶然ですね。コスティさんと会って、顔が同じ私と、それにマスターまで……」
「いやそれが、どうにも偶然だけ、というわけではないらしい」

 ジュラーヴリの言葉にアカートが反論した。
 アカートは席を立つと、戸棚から手のひらの大きさの革袋を持ってきた。
 机の上で中身を出すと、三人が驚く。
 そこにはクルキやコスティの持つものと同じ、薔薇色の輝きを持つ石があった。

「同じだ……」

 コスティは胸のお守りを自分の首から外し、石に近づけて見比べる。
 すると、磁石のように石同士が引き合いくっついた。

「触ってわかったが、この石は引き寄せるとか、引き合うとかいった性質が特に強いものだ。そもそも何も関係のない文字を周囲に留めておいたくらいだから、同じ石、ましてや一つの石を割った欠片同士なら……」

 その先は言うまでもないとアカートは首を振った。

「でも、これは俺とクルキが持ってた石だろ? 俺はお守りの分だけ割ってクルキに渡したけど、おっさんはどこでこの石を?」
「落ちてたんだ。突然いなくなった助手の部屋に」

 アカートが言うと、それを継いでクルキが口を開いた。

「コスティからもらった石を全部使うのはもったいないと思ったから、半分に割って使ったんだ。それがまさか、こんなところで繋がるとは……」

 四人は驚きに言葉を失い黙り込んだ。

「そういえば、お前はどうして魂の証明なんかをやるつもりになったんだ? 思い出したんだろ?」

 クルキが名前を失う原因となった、ある実験。
 魂の証明を目的とした実験は、そもそも何のために行われたものであったか。
 アカートがそれを問うと、クルキは静かに答えた。

「私は、父と母が救われるか知りたかった」

 それを聞き、コスティははっとした顔をする。

「私は戦災で、目の前で両親を失いました」

「クルキ、それは……」

 コスティが止めようとするが、クルキは心配ないと視線をやると言葉を続けた。

「十年近く、私は考えていました。父と母のことを。唐突に生を奪われた者に救いはあるのかと。教会は死後の救済を約束していますが、その救済は何に対して行われるものなのか。それは魂です。亡くなった父や母に救済があると言うならば、まず救われるべき魂が存在しなければなりません」

 クルキはそこで言葉を区切ると、優しい声音で言った。

「私はそれを証明しました。人に本質は宿る、魂は存在すると。父と母の魂には安らぎがもたらされるのです」
「クルキさん……」

 ジュラーヴリはクルキが自分と似た願いを持っていたことを知り、クルキの名を呼んだ。クルキはそれを受け止めて頷いた。

「ところで、気になっていたのですが」

 沈んだ場の空気を晴らすように、クルキは別の話題を持ち出した。
 呼ばれたアカートは答える準備をする。

「いくら助手がいなくて困っているからと言って、あの勧誘の仕方は性格が悪いとしか思えませんね。もっと素直に、ここに残って助手になってくださいと言えばいいではありませんか。そうすれば頷いたかもしれないのに」
「相手の弱いところを突くのは常套手段だろ。俺はなんとしても助手がほしかったんだ。掃除とか、薪割りとかやってほしいし。それでたまに街に買い出しに出てプリンとか作ってもらいたい」
「雑用ではないですか! 私のときもそうでしたよね!」
「クルキさんも、でしたか……」

 アカートの物言いに怒るクルキに、ジュラーヴリは同情の視線を向けた。

「確かに本は自由に読めましたが、私が助手として来たときはこう、ずっと書物と向き合って時には師と論を交わすような、そういうものを想像していました! それが誰でもできるような雑用ばかり……!」
「誰でもできると言ったか? 飯作るのが下手で何でも消し炭にして、まずいコーヒーしか淹れられなかったお前に言われたくはないな。俺がずっと飯作ってただろ」
「ぐ……」

 そこでクルキは黙り込んだ。

 二人を止めるかどうか悩んだジュラーヴリがコスティを見ると、好きにさせてやれという顔をされたので従った。

「そういえばジュラーヴリの名付け親だと言っていましたが、どういう気持ちで名前を付けたのか、聞かせては頂けませんか」

 クルキに問われ、アカートは苦い顔をした。

「確か、父上のいたルーシの言葉で鶴という言葉だと聞きました」

 答えようとしないアカートの代わりにジュラーヴリが口を開く。

「奇遇だな、ジュラーヴリ。私のクルキ、という名もスオミの言葉で鶴という」
「う……」

 クルキの言葉にアカートが唸る。

「まさか、私がいなくなった後に、その場の思いつきで名前を付けたのではありませんか?」
「ち、違う違う! その場の思いつきが全部ってわけじゃない」
「一部は思いつきだと認めたような言い方ですね?」
「だ、だって、その……」

 アカートはしどろもどろになりながら答えた。

「その時の俺は突然助手が消えて大変だったし、そこにジュラーヴリとオリョールが転がり込んできて、ジュラーヴリは名前もないと言ってたから、それじゃ困ると思って、早く名前を付けたほうがいいと思って……」
「思って?」
「オリョールは鷲だし、親子で鳥繋がりはいいと思ったんだよ。わ、悪い意味じゃないからいいだろ!」
「大体が思いつきではないですか……。もう少し考えて名前をつけてほしいものですね。名前は名付けた側からの祈りだなんだと、偉そうに言っていたではありませんか」
「ぐ……」

 ルルススであった頃のクルキと深夜に話したことを掘り返され、アカートは苦しげに唸った。

「い、いいじゃねえか、鶴。魔力の中を飛ぶ正義と純潔の象徴。詩人の守護者、一説では文字の起源だ。いい名前だろ」
「開き直らないでください。次に名前をつけるような機会があったら、熟考してくださいよ。大事なものなのですから」
「…………」

アカートは何も言えずに黙り込んでそっぽを向いた。

「クルキが鶴なら、ムラッティとルーネベリはどういう意味なんですか? 私、スオミの言葉は聞いたことがなくて」

 ジュラーヴリが尋ねると、クルキは答える。

「ムラッティは蔦、ルーネベリはルーンに地名を現す接尾辞がついた……」

 クルキはそこまで言うと、何かに気づいたように途中で言葉を切った。

「クルキさん?」
「いや、これも象徴的な名前だと思ってな」

 微笑みながらクルキは言葉を紡いだ。

「蔦は生命、死と復活の象徴。ルーンとは古い言葉で囁き、秘密、そこから転じて神秘を意味する言葉だ。そして、私の仮の名はルルスス……、再びだ。私が今こうしてここにいるのも、名前の力があってのことなのかもしれない」

 クルキは今一度、自分の名前を頭の中で繰り返した。
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