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第九話
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それから馬車を走らせ続け、北にある森に辿り着く。
曇り空で太陽は見えないが時間は昼頃だろう。
山の麓に広がる森で、背の高い針葉樹が我々が森の支配者だとでも言わんばかりに並び立っている。
ここからは街道を外れるため馬車が通れず、荷物を自分たちで運ぶことになった。
第一に拠点の確保。それから魔物の探索、退治とイングヴァルは指示を出した。水の補給を考えると拠点は水源の近くがいい。丁度この近くに湖がある。まずは湖を目指した。
山の近くで高低差があり、雪が積もっている中を進んでいくのは骨が折れた。
その途中、いくつもの獣の死体を見つけた。無残に食いちぎられて腐っているそれは魔物の仕業であると示している。
魔物は物を腐らせる瘴気を漂わせながら徘徊し、獲物をその牙にかけるのである。
魔物が近くまで迫っている。気を引き締めながら歩いた。
一時間ほどで湖に到着した。
湖の近くに地面が平坦な場所を見つけ、そこに幕舎を立てることにする。
イングヴァルはアカートとクルキに幕舎を組み立てるよう指示すると、荷物を漁って白い結び目のある縄を取り出した。金糸でも織り込んであるのか、金色にきらきらと輝いている。
「なんですか、それ」
「聖索だよ。これで魔物や悪魔の動きを封じたり、周りに廻らせて結界にしたりする。これを近くの木に結ぶんだ。魔物が近寄れないようにね」
コスティはイングヴァルと共に、拠点を囲うように木に聖索を巻いていった。
「ん……?」
その最中、森の奥で何かが動いたような気がして手を止めた。
「どうした?」
コスティが森の奥を凝視しているのを見てイングヴァルは声をかける。
「森の奥に何かいたような……」
「それは確かかい? 瘴気の臭いはしなかったが」
「こっちが風上だから瘴気は流されてると思います」
「わかった。行ってみよう。準備してくれ。幸いにもクルキ君には仕事がある」
イングヴァルはそう言うと幕舎を組み立てている二人に近寄った。
イングヴァルは手短に状況を説明し、自身とコスティの二人で探索に出ると言った。
それを聞きながらコスティは弓矢の準備をする。弦の調子を確かめ、矢の本数を頭に入れた。イングヴァルも剣帯を腰に巻いて剣を提げる。
「コスティ君、そういえば君は瘴気の対策はどうしていたんだい?」
そう問われてコスティは服の上から首から提げた石に手を当てた。
「クルキにお守りをもらったんで、それで」
イングヴァルの言う通り、魔物は瘴気を纏っている。魔物に近付くということは瘴気を吸い込む危険がある。その対策をしなければ魔物退治はできない。
コスティはずっとお守りにしていた真紅の石に、クルキから瘴気よけの属性付与をしてもらっていた。おかげで息苦しくなる覆面などをしなくとも魔物に近付ける。
「万全だね。じゃあ行こう」
そう言われて、コスティは先程何かが見えた場所へと向かった。
「これって……」
二人は呆然と立ち尽くす。
その前には巨大な蟻の体に獅子の頭がついた、奇怪な魔物の死体が転がっていた。
腰から下が引きちぎられており、腐った臭いを放つ体液が零れて地面にしみ込んでいる。
「共食いか。ここに魔物が現れて一日しか経っていないのに……。数が多すぎたんだ。ここらにいる獣を食いつくしたから共食いをするしかない」
言ってイングヴァルは珍しく顔を顰めた。
「魔物同士が食い合うなら、数が減っていいんじゃないですか?」
「共食いをした魔物は食べただけ力を蓄えていくんだ。最近の報告では共食いした魔物が悪魔に転化した例がある。よくない状況だ。早く魔物を片付けないと手遅れになるぞ」
コスティの疑問にイングヴァルは答えた。
「でも院長さんは悪魔と一人で戦えるって……」
「後ろを気にしなければの話だ。君たちを巻き添えにしないように気を付けながらでは、どうかな……。前に悪魔と戦ったときは辺り一面が氷漬けになってしまった」
その言葉に息を呑んだ。
悪魔と直接対峙したことのないコスティにとっては想像しかできないが、そこまでしないと殺せない相手なのか。
「これから……」
これからどうする、と言いかけた瞬間、ぞくりと寒気がして辺りを見回す。
魔物の気配だ。死んだ魔物の臭いで近付いてくる魔物の瘴気の臭いに気付けなかったのだ。
「あっちだ……!」
木の隙間、東に魔物の姿が見えた。
人ほどの大きさもある二本の角を生やした兎。長い手足で雪を物ともせずにこちらに向かってくる。その巨躯による跳躍は馬が駆けるよりも速い。
考えている時間などなかった。
すぐにでも動かないと魔物の牙がこちらに届く。魔物のほうが圧倒的に速い。人の足では逃げ切れない。
手が自然に矢筒に伸びて矢を手に取った。
右手で弓を構え、矢を番えて左手で弦を引き絞る。
狙うのは額。空中にいる瞬間。
どんな速度で移動していたとしても空中では動きを変えられない。
こちらを翻弄するようにジグザグと跳ぶ角兎の動きを先読みする。
「っ……!」
クルキはこの場にいない。矢の当たる心配はない。
それでも手が震える。体が芯から冷えていく。
その間にも大きな跳躍で角兎は距離を詰める。あと三回の跳躍でこちらに届く。
迷えば死ぬ――!
左手が矢を離した。
放たれた矢は空気を切り裂くように飛び、角兎の額に吸い込まれるように刺さった。
角兎は断末魔を上げたかと思うと、その体が膨れ上がって爆ぜた。その肉片が辺りに散らばる。
「……ば、爆発するんだ、矢が……」
隣にいるイングヴァルが驚きを隠せない、といった声で言う。
その声にはっと我に返る。いつのまにか止まっていた息が漏れた。
「できたじゃないか」
そう言ってイングヴァルはコスティの肩を叩いた。
「君ができなければ僕がやるつもりだったけど、心配はいらないみたいだね」
安堵と同時に心に澱が沈む。
一人ならばできるのだ。しかし、貪欲な自分は更に望んでしまう。
自分はクルキと共に戦いたい、いや、守ってやりたいと。
イングヴァルは角兎のいた場所に向けて歩き出した。
「矢は回収するだろう?」
「は、はい……」
返事をしてコスティも後に続く。
「それにしても頼りになるな。遠距離からの攻撃は弓の特権だ。それも一撃で魔物を倒すなんて。クルキ君は接近戦だし、僕も大雑把な攻撃しかできないから助かるよ」
あまりそういうことを言われるとむずがゆくなるからやめてほしかったが、褒められて悪い気がしないのも事実だ。
しかし、これ以上は調子に乗ってしまいそうな気がしたので話を逸らすことにした。
「そういえば、院長さんに一つ聞きたいんですけど」
「何だい?」
「アカートのおっさんのこと、どう思ってるんですか?」
突然振られた話題にイングヴァルは考える時間をくれ、と言うように沈黙を返した。
「……そうだな。悪い人間ではないのはわかっているよ。頼めば仕事も丁寧にやってくれる。そういう点では信頼している。ただ、何と言えばいいのかな。相性が悪い気はするね。でも、誰にも好かれるなんてことは無理だろう? 僕たちは仕事仲間であって、友達になろうっていうわけじゃないんだし」
「それは、そうなんですけど」
イングヴァルの言うことは正しくはあるが、それで解決するという話ではない。その理屈だと現状に対して何もしないのが正解になってしまう。
だが、アカートがあれほどイングヴァルを嫌っているのを表に出しているのは雰囲気が悪くなるというものだ。
「一回、本音で話してみたらいいんじゃないですか。俺たちだって気まずいし……」
「本音、ね……」
イングヴァルがそう返したところで先程の角兎を仕留めた場所まで辿り着いた。
周囲には肉片が飛び散って腐った臭いをまき散らしていた。見た目といい腐臭といい、あまり気分のいいものではない。
残っていた矢を拾い、辺りを見回す。
そこで気付いた。
森のもっと奥深くに黒い霧が立ちこめている。
「あれは……」
目に見えるほど濃い瘴気。
これだけの瘴気を纏うとなると、かなりの力を持った魔物だろう。
「近付いて様子を見よう。あれがさっきの魔物を食った魔物かもしれない」
言ってイングヴァルは警戒しながら歩き出した。
少し近付くと魔物の気配がする。背骨の中を冷たい水が通り抜けるようなこの感覚は、何度味わっても嫌なものだ。
そのとき、強い風が吹き抜ける。風は木々の間を通り抜けて黒い瘴気を散らした。
瘴気の中にあるものを見て、思わず声が出そうになったのを飲み込んだ。
二階建ての家ほどもある巨大な影。身体の前半分が蹄のある四つ足の動物で、後ろは蛇の姿をしている。
前肢だけで巨木ほどの太さはあろう。
頭部は枝に隠れて詳細はわからなかったが、異様な魔物であるということはわかる。
前肢が持ち上がって地を踏むと大地を揺らす。その巨躯は地を踏み鳴らしながら森の奥深くへと進んでいた。
「まずいな。あれは悪魔になるのも時間の問題だ」
「気付かれないうちに引き返したほうがいいんじゃ……」
「そうだな、一旦戻ろう。設営も終わっているだろうし、情報を共有しよう」
言ってイングヴァルは来た道を戻り始める。コスティも一歩踏み出した瞬間。
――お前は、■■■■。
そう囁かれた気がして振り返る。
雪の降り積もる森の奥に、巨大な魔物の背が見える。先程と何ら変わりのない風景だ。
虫の羽音のような雑音だったが、確かに自分に語りかけていた。
「院長さん、今何か聞こえました?」
「いいや? どうかしたのかい?」
「……いや、何でもないです」
今はあの巨大な魔物をどうするかが優先だ。
イングヴァルに聞こえなかったということは、何かの聞き間違いだろう。
深い森は迷い込んだものを惑わす。
見えないはずのものが見える、聞こえないはずの音が聞こえる。
そういった話は珍しくない。猟師の祖父も父もそういった経験があると聞かされた。
自然の前に人間はあまりに無力で、自己は曖昧なものだ。
自分の抱える漠然とした不安が、ただの風の音に意味を与えてしまったのだろう。
そう思ってコスティはクルキたちの元に向かった。
曇り空で太陽は見えないが時間は昼頃だろう。
山の麓に広がる森で、背の高い針葉樹が我々が森の支配者だとでも言わんばかりに並び立っている。
ここからは街道を外れるため馬車が通れず、荷物を自分たちで運ぶことになった。
第一に拠点の確保。それから魔物の探索、退治とイングヴァルは指示を出した。水の補給を考えると拠点は水源の近くがいい。丁度この近くに湖がある。まずは湖を目指した。
山の近くで高低差があり、雪が積もっている中を進んでいくのは骨が折れた。
その途中、いくつもの獣の死体を見つけた。無残に食いちぎられて腐っているそれは魔物の仕業であると示している。
魔物は物を腐らせる瘴気を漂わせながら徘徊し、獲物をその牙にかけるのである。
魔物が近くまで迫っている。気を引き締めながら歩いた。
一時間ほどで湖に到着した。
湖の近くに地面が平坦な場所を見つけ、そこに幕舎を立てることにする。
イングヴァルはアカートとクルキに幕舎を組み立てるよう指示すると、荷物を漁って白い結び目のある縄を取り出した。金糸でも織り込んであるのか、金色にきらきらと輝いている。
「なんですか、それ」
「聖索だよ。これで魔物や悪魔の動きを封じたり、周りに廻らせて結界にしたりする。これを近くの木に結ぶんだ。魔物が近寄れないようにね」
コスティはイングヴァルと共に、拠点を囲うように木に聖索を巻いていった。
「ん……?」
その最中、森の奥で何かが動いたような気がして手を止めた。
「どうした?」
コスティが森の奥を凝視しているのを見てイングヴァルは声をかける。
「森の奥に何かいたような……」
「それは確かかい? 瘴気の臭いはしなかったが」
「こっちが風上だから瘴気は流されてると思います」
「わかった。行ってみよう。準備してくれ。幸いにもクルキ君には仕事がある」
イングヴァルはそう言うと幕舎を組み立てている二人に近寄った。
イングヴァルは手短に状況を説明し、自身とコスティの二人で探索に出ると言った。
それを聞きながらコスティは弓矢の準備をする。弦の調子を確かめ、矢の本数を頭に入れた。イングヴァルも剣帯を腰に巻いて剣を提げる。
「コスティ君、そういえば君は瘴気の対策はどうしていたんだい?」
そう問われてコスティは服の上から首から提げた石に手を当てた。
「クルキにお守りをもらったんで、それで」
イングヴァルの言う通り、魔物は瘴気を纏っている。魔物に近付くということは瘴気を吸い込む危険がある。その対策をしなければ魔物退治はできない。
コスティはずっとお守りにしていた真紅の石に、クルキから瘴気よけの属性付与をしてもらっていた。おかげで息苦しくなる覆面などをしなくとも魔物に近付ける。
「万全だね。じゃあ行こう」
そう言われて、コスティは先程何かが見えた場所へと向かった。
「これって……」
二人は呆然と立ち尽くす。
その前には巨大な蟻の体に獅子の頭がついた、奇怪な魔物の死体が転がっていた。
腰から下が引きちぎられており、腐った臭いを放つ体液が零れて地面にしみ込んでいる。
「共食いか。ここに魔物が現れて一日しか経っていないのに……。数が多すぎたんだ。ここらにいる獣を食いつくしたから共食いをするしかない」
言ってイングヴァルは珍しく顔を顰めた。
「魔物同士が食い合うなら、数が減っていいんじゃないですか?」
「共食いをした魔物は食べただけ力を蓄えていくんだ。最近の報告では共食いした魔物が悪魔に転化した例がある。よくない状況だ。早く魔物を片付けないと手遅れになるぞ」
コスティの疑問にイングヴァルは答えた。
「でも院長さんは悪魔と一人で戦えるって……」
「後ろを気にしなければの話だ。君たちを巻き添えにしないように気を付けながらでは、どうかな……。前に悪魔と戦ったときは辺り一面が氷漬けになってしまった」
その言葉に息を呑んだ。
悪魔と直接対峙したことのないコスティにとっては想像しかできないが、そこまでしないと殺せない相手なのか。
「これから……」
これからどうする、と言いかけた瞬間、ぞくりと寒気がして辺りを見回す。
魔物の気配だ。死んだ魔物の臭いで近付いてくる魔物の瘴気の臭いに気付けなかったのだ。
「あっちだ……!」
木の隙間、東に魔物の姿が見えた。
人ほどの大きさもある二本の角を生やした兎。長い手足で雪を物ともせずにこちらに向かってくる。その巨躯による跳躍は馬が駆けるよりも速い。
考えている時間などなかった。
すぐにでも動かないと魔物の牙がこちらに届く。魔物のほうが圧倒的に速い。人の足では逃げ切れない。
手が自然に矢筒に伸びて矢を手に取った。
右手で弓を構え、矢を番えて左手で弦を引き絞る。
狙うのは額。空中にいる瞬間。
どんな速度で移動していたとしても空中では動きを変えられない。
こちらを翻弄するようにジグザグと跳ぶ角兎の動きを先読みする。
「っ……!」
クルキはこの場にいない。矢の当たる心配はない。
それでも手が震える。体が芯から冷えていく。
その間にも大きな跳躍で角兎は距離を詰める。あと三回の跳躍でこちらに届く。
迷えば死ぬ――!
左手が矢を離した。
放たれた矢は空気を切り裂くように飛び、角兎の額に吸い込まれるように刺さった。
角兎は断末魔を上げたかと思うと、その体が膨れ上がって爆ぜた。その肉片が辺りに散らばる。
「……ば、爆発するんだ、矢が……」
隣にいるイングヴァルが驚きを隠せない、といった声で言う。
その声にはっと我に返る。いつのまにか止まっていた息が漏れた。
「できたじゃないか」
そう言ってイングヴァルはコスティの肩を叩いた。
「君ができなければ僕がやるつもりだったけど、心配はいらないみたいだね」
安堵と同時に心に澱が沈む。
一人ならばできるのだ。しかし、貪欲な自分は更に望んでしまう。
自分はクルキと共に戦いたい、いや、守ってやりたいと。
イングヴァルは角兎のいた場所に向けて歩き出した。
「矢は回収するだろう?」
「は、はい……」
返事をしてコスティも後に続く。
「それにしても頼りになるな。遠距離からの攻撃は弓の特権だ。それも一撃で魔物を倒すなんて。クルキ君は接近戦だし、僕も大雑把な攻撃しかできないから助かるよ」
あまりそういうことを言われるとむずがゆくなるからやめてほしかったが、褒められて悪い気がしないのも事実だ。
しかし、これ以上は調子に乗ってしまいそうな気がしたので話を逸らすことにした。
「そういえば、院長さんに一つ聞きたいんですけど」
「何だい?」
「アカートのおっさんのこと、どう思ってるんですか?」
突然振られた話題にイングヴァルは考える時間をくれ、と言うように沈黙を返した。
「……そうだな。悪い人間ではないのはわかっているよ。頼めば仕事も丁寧にやってくれる。そういう点では信頼している。ただ、何と言えばいいのかな。相性が悪い気はするね。でも、誰にも好かれるなんてことは無理だろう? 僕たちは仕事仲間であって、友達になろうっていうわけじゃないんだし」
「それは、そうなんですけど」
イングヴァルの言うことは正しくはあるが、それで解決するという話ではない。その理屈だと現状に対して何もしないのが正解になってしまう。
だが、アカートがあれほどイングヴァルを嫌っているのを表に出しているのは雰囲気が悪くなるというものだ。
「一回、本音で話してみたらいいんじゃないですか。俺たちだって気まずいし……」
「本音、ね……」
イングヴァルがそう返したところで先程の角兎を仕留めた場所まで辿り着いた。
周囲には肉片が飛び散って腐った臭いをまき散らしていた。見た目といい腐臭といい、あまり気分のいいものではない。
残っていた矢を拾い、辺りを見回す。
そこで気付いた。
森のもっと奥深くに黒い霧が立ちこめている。
「あれは……」
目に見えるほど濃い瘴気。
これだけの瘴気を纏うとなると、かなりの力を持った魔物だろう。
「近付いて様子を見よう。あれがさっきの魔物を食った魔物かもしれない」
言ってイングヴァルは警戒しながら歩き出した。
少し近付くと魔物の気配がする。背骨の中を冷たい水が通り抜けるようなこの感覚は、何度味わっても嫌なものだ。
そのとき、強い風が吹き抜ける。風は木々の間を通り抜けて黒い瘴気を散らした。
瘴気の中にあるものを見て、思わず声が出そうになったのを飲み込んだ。
二階建ての家ほどもある巨大な影。身体の前半分が蹄のある四つ足の動物で、後ろは蛇の姿をしている。
前肢だけで巨木ほどの太さはあろう。
頭部は枝に隠れて詳細はわからなかったが、異様な魔物であるということはわかる。
前肢が持ち上がって地を踏むと大地を揺らす。その巨躯は地を踏み鳴らしながら森の奥深くへと進んでいた。
「まずいな。あれは悪魔になるのも時間の問題だ」
「気付かれないうちに引き返したほうがいいんじゃ……」
「そうだな、一旦戻ろう。設営も終わっているだろうし、情報を共有しよう」
言ってイングヴァルは来た道を戻り始める。コスティも一歩踏み出した瞬間。
――お前は、■■■■。
そう囁かれた気がして振り返る。
雪の降り積もる森の奥に、巨大な魔物の背が見える。先程と何ら変わりのない風景だ。
虫の羽音のような雑音だったが、確かに自分に語りかけていた。
「院長さん、今何か聞こえました?」
「いいや? どうかしたのかい?」
「……いや、何でもないです」
今はあの巨大な魔物をどうするかが優先だ。
イングヴァルに聞こえなかったということは、何かの聞き間違いだろう。
深い森は迷い込んだものを惑わす。
見えないはずのものが見える、聞こえないはずの音が聞こえる。
そういった話は珍しくない。猟師の祖父も父もそういった経験があると聞かされた。
自然の前に人間はあまりに無力で、自己は曖昧なものだ。
自分の抱える漠然とした不安が、ただの風の音に意味を与えてしまったのだろう。
そう思ってコスティはクルキたちの元に向かった。
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