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第十話
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自分たちの足跡を辿って拠点まで戻る。
聖索の巡らされた木の向こうには、四人が余裕をもって寝転がれるほどの立派な幕舎が立てられていた。
その前には石で竈が組まれ、金属製のポットが火にかけられている。ポットの様子を窺うようにクルキが背を向けて座っていた。
「…………」
今まで普通に歩いていたイングヴァルが不意に足を止めた。
「どうしました?」
「い、いや。ちゃんと設営してくれたと思って」
言ってイングヴァルは笑った。しかし声に張りがない。
薄っぺらい虚勢で、咄嗟についた嘘というのが丸わかりだった。
よくよく見れば顔色が悪いようにも見える。
「院長さん、調子悪いんですか?」
コスティがそう尋ねると、仕切りなおすかのようにイングヴァルは咳払いをした。
「僕は大丈夫だ。さ、行こう」
そう言った声は普段の調子に戻っていた。
しかし先程の虚勢を見ていると、さらに虚勢を重ねたのだなとしか思えない。
イングヴァルは幕舎に近付いていった。
足音に気付いてクルキが振り向いて立ち上がった。
「院長、コスティ。どうでしたか」
「色々収穫があった。みんなで共有したい。中に入ろう」
「わかりました」
言うとクルキは火に灰をかけると、ポットを持って幕舎に入る。イングヴァルとコスティもそれに続いた。
幕舎の中はほのかに暖かかった。
幕舎は大きな円形で底冷えを防ぐために絨毯が敷かれており、四角形を描くように折り畳みベッドが置かれている。
空いた中心には毛布が置かれ、その上にお馴染みの炎の入った硝子玉が置かれている。祓魔院の建物にあるものより小さいが、これ一つで明るさと暖かさが確保できるとは何とも便利なものだ。
アカートがベッドの上に荷物を広げて状態の確認をしていた。見慣れない道具がいくつも転がっている。
「ああ、戻ったか。備品はどれも使えそうだ」
アカートはそれだけ言うと備品を木箱にしまい込んだ。
「話したいことがある。座ってくれ」
イングヴァルが言うと、アカートは空いたベッドに腰掛けて話を聞く体制を整えた。
クルキは入口近くの机に置いてあったカップにポットから茶を注ぎ、イングヴァルとコスティに渡してポットを地面に置いた。
それからベッドに座り、コスティに座れというように隣を示した。
「ありがとな」
礼を言ってコスティはクルキの隣に座る。
イングヴァルはカップを持って空いたベッドに腰掛けた。
そして自分を落ち着けるように息を吐いてから口を開く。
「一言で言うと、状況はあまりよくない。魔物の発生から一日足らずで魔物の共食いが発生している。さらに、家ほどもある巨大な魔物が一匹。目に見えるほどの瘴気をまとっていた。その魔物が魔物を食らっているんだろう。悪魔になるのは近いと言える」
「となると、日が沈む前にそのデカブツをなんとかしてえもんだな」
イングヴァルの簡潔な説明にアカートはそう返した。
「そうだね。今はまだ昼過ぎだ。僕としては、軽く昼食をとってから巨大な魔物の退治に行きたい。クルキ君も来てくれるかな?」
「はい。私はいつでも行けます」
クルキはやっと出番が来たというように頷いた。
「じゃあ、君にはここで留守番を頼むよ」
言ってイングヴァルはアカートに指示をした。しかし。
「俺も行きてえんだが」
とアカートは言った。
「俺が戦力にならねえのは重々承知だ。だが、それでも一回は院長さんがどの位強いのかを見てえんだよな」
「……僕が失敗するところを見たいのかい?」
自嘲するようにイングヴァルは言った。
「勝手に言葉以上の意味を読み取るんじゃねえよ。言葉の通りだ、お前がどの位の実力を持ってるのか確認したい。それ以上の意味はねえ」
イングヴァルの返しに、珍しく焦るようにアカートが喋った。
イングヴァルは手に持ったカップを見ながら沈黙している。
「お前の仕事ぶりはよくわかってる。教会内で上手く立ち回ってるし、ちゃんと結果は出してる。そこは俺だって文句のつけようがねえ。よくやってると思ってる。だが、俺はまだお前の戦ってるところを見てねえ。信頼してねえわけじゃねえんだよ、試すわけでもねえ。本当に確認したいだけだ。祓魔院の持ってる手札がどんなもんかを知りたい」
アカートはそう言って誤解のないよう念押しした。
イングヴァルを嫌っているアカートにしては、珍しく彼を認める発言であった。
イングヴァルは少しの逡巡の後、答えた。
「わかったよ。ただし自分の身は自分で守ってくれ。じゃあ、僕は外にいるから。各々食事をとっておくように」
力なくイングヴァルは言って立ち上がると幕舎を出て行ってしまった。
「……何だ、やけに元気がねえじゃねえか」
そう呟いてアカートはコスティのほうを見つめる。何かあったかと聞きたいのだ。
「院長さん、さっきから調子悪そうなんだよな。どうしたのかって聞いたんだけど何も言ってくれなくて」
「なるほど。あいつは俺たちを信頼してねえわけだ」
そう言ってアカートは肩を竦めた。
「これから命を懸けて魔物と戦うってのに、調子が悪いのを隠されてもな」
しかし、本当に弱っているときほど弱っているのを悟られたくないものだとコスティは思う。数日前までの自分のように。
それを信頼していないと判断するのも気が早いのではと思ったが、自分が言えることではない。
自分とてクルキを信頼していないわけではない。
信頼しているが故に迷惑をかけたくない場合だってある。
イングヴァルは自分たちのことをどう思っているのだろうか。
――アカートはほら、誰にも遠慮しないじゃろ。良くも悪くも裏表がない。誰にも本音を言う。イングヴァルはその逆、誰にも深入りしない。
イグナシウスに言われた言葉を思い出す。
果たしてそれでよいのだろうか。
――一人で悩んでいると視野が狭くなるものだからね。相談するのも一つの手だ。それに、君は勇気を出して話してくれた。君が自分を助けたんだよ。
昨晩イングヴァルはこう言っていたのに、自身は誰にも相談しないのだろうか。弱みを晒すだけの勇気を持てないのだろうか。
イングヴァルの不調を不安に思いながら、三人は干し肉とパンの昼食をとった。
聖索の巡らされた木の向こうには、四人が余裕をもって寝転がれるほどの立派な幕舎が立てられていた。
その前には石で竈が組まれ、金属製のポットが火にかけられている。ポットの様子を窺うようにクルキが背を向けて座っていた。
「…………」
今まで普通に歩いていたイングヴァルが不意に足を止めた。
「どうしました?」
「い、いや。ちゃんと設営してくれたと思って」
言ってイングヴァルは笑った。しかし声に張りがない。
薄っぺらい虚勢で、咄嗟についた嘘というのが丸わかりだった。
よくよく見れば顔色が悪いようにも見える。
「院長さん、調子悪いんですか?」
コスティがそう尋ねると、仕切りなおすかのようにイングヴァルは咳払いをした。
「僕は大丈夫だ。さ、行こう」
そう言った声は普段の調子に戻っていた。
しかし先程の虚勢を見ていると、さらに虚勢を重ねたのだなとしか思えない。
イングヴァルは幕舎に近付いていった。
足音に気付いてクルキが振り向いて立ち上がった。
「院長、コスティ。どうでしたか」
「色々収穫があった。みんなで共有したい。中に入ろう」
「わかりました」
言うとクルキは火に灰をかけると、ポットを持って幕舎に入る。イングヴァルとコスティもそれに続いた。
幕舎の中はほのかに暖かかった。
幕舎は大きな円形で底冷えを防ぐために絨毯が敷かれており、四角形を描くように折り畳みベッドが置かれている。
空いた中心には毛布が置かれ、その上にお馴染みの炎の入った硝子玉が置かれている。祓魔院の建物にあるものより小さいが、これ一つで明るさと暖かさが確保できるとは何とも便利なものだ。
アカートがベッドの上に荷物を広げて状態の確認をしていた。見慣れない道具がいくつも転がっている。
「ああ、戻ったか。備品はどれも使えそうだ」
アカートはそれだけ言うと備品を木箱にしまい込んだ。
「話したいことがある。座ってくれ」
イングヴァルが言うと、アカートは空いたベッドに腰掛けて話を聞く体制を整えた。
クルキは入口近くの机に置いてあったカップにポットから茶を注ぎ、イングヴァルとコスティに渡してポットを地面に置いた。
それからベッドに座り、コスティに座れというように隣を示した。
「ありがとな」
礼を言ってコスティはクルキの隣に座る。
イングヴァルはカップを持って空いたベッドに腰掛けた。
そして自分を落ち着けるように息を吐いてから口を開く。
「一言で言うと、状況はあまりよくない。魔物の発生から一日足らずで魔物の共食いが発生している。さらに、家ほどもある巨大な魔物が一匹。目に見えるほどの瘴気をまとっていた。その魔物が魔物を食らっているんだろう。悪魔になるのは近いと言える」
「となると、日が沈む前にそのデカブツをなんとかしてえもんだな」
イングヴァルの簡潔な説明にアカートはそう返した。
「そうだね。今はまだ昼過ぎだ。僕としては、軽く昼食をとってから巨大な魔物の退治に行きたい。クルキ君も来てくれるかな?」
「はい。私はいつでも行けます」
クルキはやっと出番が来たというように頷いた。
「じゃあ、君にはここで留守番を頼むよ」
言ってイングヴァルはアカートに指示をした。しかし。
「俺も行きてえんだが」
とアカートは言った。
「俺が戦力にならねえのは重々承知だ。だが、それでも一回は院長さんがどの位強いのかを見てえんだよな」
「……僕が失敗するところを見たいのかい?」
自嘲するようにイングヴァルは言った。
「勝手に言葉以上の意味を読み取るんじゃねえよ。言葉の通りだ、お前がどの位の実力を持ってるのか確認したい。それ以上の意味はねえ」
イングヴァルの返しに、珍しく焦るようにアカートが喋った。
イングヴァルは手に持ったカップを見ながら沈黙している。
「お前の仕事ぶりはよくわかってる。教会内で上手く立ち回ってるし、ちゃんと結果は出してる。そこは俺だって文句のつけようがねえ。よくやってると思ってる。だが、俺はまだお前の戦ってるところを見てねえ。信頼してねえわけじゃねえんだよ、試すわけでもねえ。本当に確認したいだけだ。祓魔院の持ってる手札がどんなもんかを知りたい」
アカートはそう言って誤解のないよう念押しした。
イングヴァルを嫌っているアカートにしては、珍しく彼を認める発言であった。
イングヴァルは少しの逡巡の後、答えた。
「わかったよ。ただし自分の身は自分で守ってくれ。じゃあ、僕は外にいるから。各々食事をとっておくように」
力なくイングヴァルは言って立ち上がると幕舎を出て行ってしまった。
「……何だ、やけに元気がねえじゃねえか」
そう呟いてアカートはコスティのほうを見つめる。何かあったかと聞きたいのだ。
「院長さん、さっきから調子悪そうなんだよな。どうしたのかって聞いたんだけど何も言ってくれなくて」
「なるほど。あいつは俺たちを信頼してねえわけだ」
そう言ってアカートは肩を竦めた。
「これから命を懸けて魔物と戦うってのに、調子が悪いのを隠されてもな」
しかし、本当に弱っているときほど弱っているのを悟られたくないものだとコスティは思う。数日前までの自分のように。
それを信頼していないと判断するのも気が早いのではと思ったが、自分が言えることではない。
自分とてクルキを信頼していないわけではない。
信頼しているが故に迷惑をかけたくない場合だってある。
イングヴァルは自分たちのことをどう思っているのだろうか。
――アカートはほら、誰にも遠慮しないじゃろ。良くも悪くも裏表がない。誰にも本音を言う。イングヴァルはその逆、誰にも深入りしない。
イグナシウスに言われた言葉を思い出す。
果たしてそれでよいのだろうか。
――一人で悩んでいると視野が狭くなるものだからね。相談するのも一つの手だ。それに、君は勇気を出して話してくれた。君が自分を助けたんだよ。
昨晩イングヴァルはこう言っていたのに、自身は誰にも相談しないのだろうか。弱みを晒すだけの勇気を持てないのだろうか。
イングヴァルの不調を不安に思いながら、三人は干し肉とパンの昼食をとった。
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