あなたの味を教えてください

藤間背骨

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第四話

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 ――客間のエアコン壊れてるから、那恵真の部屋で寝てもらってね。居間だとエアコン代高いんだよね。

 風呂上がりに紫水にそう言われ、思わずお茶を吹き出しそうになった。
 確かに男同士だし問題はない。双方いい年をした大人なのだから間違いが起こるなんてことはないだろう。部屋だって八畳あるのだから余裕はある。
 だが心の準備というものがある。物理的な準備もある。
 恥ずかしながら、自分は汚部屋の住人なのだ。
 あれもこれもまだ使える勿体ないと思うと捨てられないし、人からのもらい物などどんな些細な物でも処分できない。
 しかし人を部屋に入れるのだ。心を鬼にして通販の段ボールを潰し、布団の場所を確保した。

「クロさん、どうぞ」

 客用の布団を敷いて、風呂上がりのクロを招き入れる。
 クロはどこから見つけてきたのか棒アイスを咥えていた。それに大福アイスも持っている。

「もらった」

 そう先制されては言うことがない。

「あいつが、お前も食べろと」

 クロは布団に座り込むと、大福アイスをこちらに差し出してきた。
 確かに風呂上がりの冷たいアイスは美味であるが。
 あいつとは紫水のことだろう。環はこんな風に気を回すことはない。
 自分も布団に腰を下ろし、蓋を剥がして楊枝でアイスを口にした。柔らかな求肥とバニラアイスが口の中で甘くとろける。その味は何個でも食べられそうなおいしさだ。
 クロはアイスを舐めながら暑そうに浴衣を寛げ、上半身を露わにする。

「あの、それって……」

 服を着替えさせたときに見たのだが、クロの全身にはびっしりと何かの文様の刺青が入っているのである。土器や土偶の模様のように抽象化されていて何かはわからない。動物のようなものもあれば、明らかに楓とわかるものもある。体をキャンパスに描かれたその模様は一種の執念すら感じさせるものだった。
 胸には大きく二つの瞳に嘴のような模様があって、フクロウに見えなくもない。まさか、フクロウだからクロなのか?
 どういう模様なのか聞こうとしたが、人の芸術的センスに文句をつけることになりかねないのでやめておいた。

「それ?」
「あ、いえ、指輪が……綺麗だなって」

 クロは十本の指全てに赤い珊瑚のような指輪を嵌めていた。寝かせているときに外そうかとも思ったのだが、どういうわけかどんなに力を込めても外すことはできなかった。

「大事なものだ」

 クロはあっという間にアイスを平らげて棒をゴミ箱に放り投げる。
 そして、こちらの手元をじっと見つめてきた。
 その視線の先には大福アイス。
 二つ入りの、残ったひとつである。

「……それは美味かったな。よく覚えている」
「クロさん、覚えているんですか?」

 そう尋ねるとクロは静かに目を伏せた。

「食べ物のことだけは覚えている。美味かったものも、まずかったものも。それ以外は、何も」
「そんな記憶喪失があるんですか」

 漫画などで見る記憶喪失は、ある出来事以前の記憶が思い出せなくなる、というものだ。文字や生活習慣などは覚えている。
 しかし、特定の記憶を忘れているのならまだしも、特定のことだけ覚えているというのはどういう理屈だろう。

「あげますよ、これ」

 そう言ってクロに手元のアイスを差し出した。

「いいのか……?」

 覚えているのが食べ物のことだけ、というのは何とも寂しいものだ。
 そんな彼を元気付けてあげられるなら、アイスくらい安いものである。
 いや、勝手に人の家でカレーを作って食べていたのは、かなり元気な部類ではあろうが。
 でも、今の気落ちしたクロの顔を見ているのが嫌だったのだ。
 自分を助けてくれた人が困っていると、助けになりたいと思う。
 クロは恐る恐るアイスを手に取り、やがてアイスを頬張った。

「……うん、美味い」

 そう言ってクロはにっこりと微笑んだ。
 クロは後ろに撫でつけた黒髪に鋭い真紅の目、全身を覆う刺青と、いかつい見た目ではあるが、その分笑ったときのギャップがある。
 彼の身元がわかったら、ここからいなくなってしまうのだろうか。

「……那恵真、と言ったな。好きだ」
「は?」

 突拍子もないことを言われて間の抜けた声が出てしまう。

「二つしかない食べ物を分けてくれた。那恵真はいい人間だ。食べ物をくれる人間は、好きだ」

 餌をくれるから懐く、動物のような理屈だ。
 しかし、心は嬉しくなってしまった。
 自分にできることは食べ物を分けてやるくらいしかできないが、それを嬉しいと言ってくれる。
 他人を喜ばせることができる。自分に価値が芽生えたように思えたのだ。
 クロはそんな風に己の言動で他人の心を弄んでいるとも露知らず、またアイスの容器をゴミ箱に捨てる。
 そしてそのまま布団に潜り込んでしまった。
 歯磨きもしていないし、髪も濡れたままだが。
 まあ、一日やらなかったくらいでどうにかなるものではあるまい。

「明日買い出しに行きましょう。ここにいるなら、色々と入用ですから」

 返事をするかのようにすぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
 その気配に兄と一つの部屋で寝起きしていたことを思い出す。
 懐かしい過去だが、あまり思い出したくはない。どんなに会いたいと思っていても、時間が元に戻ることはないのだから。
 思わず涙が滲んでしまう。
 いつまでも泣き虫の怖がりだ。だから魔物とも戦えない。
 自分には何ができるのだろう。
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