あなたの味を教えてください

藤間背骨

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第三話

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 自分たちを乗せた車は鶯機関・奥多摩支部に着く。
 奥多摩支部と言うと聞こえはいいが、実態はただの古民家だ。ここで自分と環、紫水の三人で暮らしている。
 午後六時を回ってようやく日差しが陰ってきた頃合いだ。
 車から外に出ると高温と湿気がむわっと襲ってきて、早く冷房の効いた室内に入りたいとしか考えられなくなってしまう。
 後部座席から紫水の荷物を取り、環が鍵を開けるのを待って中に入る。
 クロが寝ているから冷房はつけたままだったので、ひんやりとした冷気が体を包み込んで心地よかった。
 それに、夕食時にそそられるカレーの匂い。今日の夕食はカレーなのか。

「ん?」

 待った。食事は持ち回りの当番制であり、今日は自分が担当だ。
 それで今まで紫水を迎えに行ってきて、玄関に鍵がかかっていたのだから――。

「おかしくありませんか……?」

 自分が言うより先に環は動いていた。玄関の傘立てにあった木刀を片手に居間への引き戸に手をかける。
 建付けの悪い引き戸が、ガタっと音を立てて開いた。そこには。
 年季の入った台所。
 四人掛けのダイニングテーブル。
 そこには一人の男が座っていた。
 黒い長い髪を無造作に後ろに撫でつけ、着替えさせてやった浴衣姿で、無心にカレーを頬張る男が――。
 そう、昨日助けたばかりの男、推定クロである。
 クロはこちらに気付くとスプーンを持った手を止め、無言でじっと見つめてきた。まるでこちらが余所者かのような堂々とした有様だった。
 真紅の瞳が警告灯のようにぎらりと光っている。

「何をしているんです」

 苛立ち交じりの環の問いかけに、クロは口の中のものをゆっくりと飲み込んでから答えた。

「食事だ。……食べるか?」
「誰が食べますかそんなもの!」

 環が突っかかるのを、袖を引っ張って止める。家の中で暴れるのは勘弁してもらいたい。

「クロくん? 目が覚めたんだね、元気そうでよかった。カレー作ったの?」

 紫水がにこやかに尋ねた。クロは無言でまたカレーを口に運び、もぐもぐと咀嚼しながら頷いた。まるで子供である。

「ちょっと早いけどご飯にしようか。カレー、おいしそうだし」
「え、いいんですか……?」
「食べ物を無駄にするわけにはいかないもの。食べながら話を聞けばいいじゃない」
「僕はいりません。得体の知れない男が作ったものなんて食べられません。早く出て行きなさい」

 そう言って環は木刀を壁に立てかけて、さっさと自室に戻ってしまった。
 紫水は手早く皿にご飯を盛って、もう食べる気満々だ。ルーをかけてクロの対面に座った。
 環の気持ちもわかるが、クロの正体も知りたいところだ。
 好奇心に負けて自分もご飯とカレーをよそう。
 人参、じゃが芋、玉ねぎはいい。入っていて当たり前の具だ。しかし何だこの肉は。鶏肉、豚肉、牛肉。多分冷蔵庫にある肉を全部突っ込んだのだろう、ひき肉すら入れられていて野菜より肉のほうが多い。こんな贅沢は断じて許されない罪深いカレーである。
 咳払いをして紫水の隣に座った。

「君、名前はクロなの? あだ名?」

 紫水が尋ねると、クロは食べる手を止めた。

「……思い出せない。そう呼ばれていた気がする」

 その声音は少し落ち込んでいるように聞こえた。

「記憶喪失、ですか?」

 自分が問うとクロは静かに首を振った。

「違う。俺は全部忘れてしまう」

 記憶喪失とクロの言葉と、何が違うのだろうか。

「魔物を倒すことが俺の役目。この辺りに強い魔物の気配を感じた。だから来た」
「ま、魔物の気配がわかるんですか?」

 クロが頷く。
 現在、鶯機関では魔物を探知する術を持たない。宵闇で活性化することだけはわかっている。基本的に魔物が出てから出動することしかできないのだ。

「俺をここに置いてくれないか。食べた分は働こう。魔物を倒すのは得意だ」
「それが本当なら助かるけど、クロくんがどこの誰か確かめるのも大事だよね。ご家族も心配してるかもしれない」
「……多分、もういない」
「札に書いてあった電話番号は? 綾乃さんって家族じゃないの?」
「わからない」

 少し手を止めてから、クロはおかわりをするために立ち上がった。

「魔物を倒す力があるから本部にも聞いたけど、調査するとしか言われなかったんだよねぇ。君のことがわかるまでは、うちにいていいよ。ほら、こんなに暑いと大変だし」
「いいのか……?」

 カレーをたんまりよそったクロが振り返る。
 人の家で勝手にカレーを作っておいてその反応は今更感があるのだが、確かにこの暑さの中放り出すわけにもいかない。

「ここに置くんですか? 僕は反対です」

 すっと戻ってきた環が口を出した。
 まずい立場になった。これは多数決の問題だ。自分の判断でクロの処遇が決まってしまう。
 クロはどう見ても怪しい。しかし魔物を倒す力は本物だ。
 自分たちを助けてくれたのだし、恩返しと思えばここに置くのもいいだろう。
 それにクロの言う通りここ最近魔物の出現件数は上がっており、結界を張っていると言えど三人だけでは手が足りない。

「……クロさんの身元がわかるまで、ここにいてもらうのはどうでしょうか」
「賛成多数だね。よろしく、クロくん」
「こちらこそ、よろしく頼む」

 そう言ってクロは椅子に座って再びカレーを食べ始めた。

「そういえば、ちゃんと言っていませんでしたね。助けてくださってありがとうございました、クロさん」
「別にいい。魔物を倒すのが俺の役目だ」

 その言葉は、どこか乾いた響きだった。
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