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第二話
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環が運転する車は真夏の炎天下の中、緑豊かな山道を進んでいた。
――SNSで話題の馬男。山梨県を西から東に移動している模様。一体馬でどこに向かっているのでしょうか。
ラジオは平日午後らしく、下らないニュースを針小棒大に膨らませて喋っていた。
新宿から電車で二時間ほど。そこから更に車で三十分ほどの距離に自分たちの住処――鶯機関、奥多摩支部がある。
古来より日本に住み着いている魔物を退治する術師集団、それが鶯機関だ。時代によって変遷があったものの、現代は鶯機関という名で通っていた。
車の窓硝子には、相変わらずのピンク色のツンツン頭をした自分の顔が映っている。珍しい髪色だが、立派な生まれつきの産物だ。法力が高い者は人とは違う髪の色を持つのは珍しくない。
「ちょっと早いけど、那恵真の誕生日にお菓子買ってきたよ。新宿で買ってきたんだ。好きでしょ、苺のお菓子?」
名前を呼ばれて我に返る。
後部座席に座っていたのは自分たちの師父、千代田紫水だった。
紫水は都心にある鶯機関本部に呼び出され、泊りがけで出かけていたのである。
若い頃は化け物を殺す化け物、鬼の紫水などと呼ばれ恐れられていたらしいが、齢五十を迎えた彼は穏やかなおじさんにしか見えない。
「本当ですか? 別に構いませんのに……」
「節目って大事にしたいじゃない。お祝いはいくらあってもいいからね」
「ありがとうございます」
いいって、と紫水は言う。
「環くんの分もあるからね。みんなで食べよう」
「甘いものは好きません」
環はハンドルを切りながら言い捨てる。
「そういうと思って、しょっぱいもの買ってきたよ」
「……そういう気遣いがいらないと言っているんです」
こういう男なのだ、環は。
機関の訓練課程では次席で優秀だが、とにかく他人と慣れ合うのを好まない。
「ところでクロくん、目が覚めた? 置いてきちゃって大丈夫?」
「いいえ、まだです。まあ、一時間くらいなら大丈夫でしょう」
「警察に突き出せばいいんですよ、あんな浮浪者」
環はクロのこととなると当たりが強かった。助けられたのが気に食わないようだ。
クロを保護してから一日が経ったが、まだ目を覚ます様子はない。
札に書かれていた電話番号にかけたが出なかったため、留守番電話に伝言を残しておいた。
「それで、師父。本部はどうでした」
尋ねると紫水は窓の外を見ながら、しょんぼりとした様子で答えた。
「異動の話、なくなったよ。やっぱり足を悪くしてると駄目だね。求められてるのは前線で戦える兵隊だから。なりたかったな、幹部。かっこいいし」
「……あまり気を落とさずに。きっと次の機会はあります」
紫水はさらに言葉を紡いだ。
「環くんのことも特務隊に推薦したんだけどねぇ。実績はあっても法力がA級じゃないからって言われちゃった。力不足でごめんね」
「……いいえ。万年二位の僕ではそんなものでしょう。法力ばかりは生まれつきです。才能がなかったんですよ」
そう言われると自分の肩身が狭くなってしまう。
「何より那恵真が期待されてたよ。法力A級なんだから、早く実績を積んで特務隊に来いって」
「は、はぁ……。それは追い追い……」
痛いところを突かれて思わず苦笑いを浮かべた。
「いつか、なんて思うのは無駄ですよ、那恵真。あなたは怪魔を殺すと誓って機関に来たのでしょう。いつまでも怖がっていないで、一歩を踏み出しなさい」
環からも追撃が来て、車の座席に小さく縮こまることしかできなかった。誰もが環や紫水のように勇敢になれるわけではない。自分は人より強い法力があるだけで、それ以外は凡人なのだ。
「でも、あんなことがあったんだし怖いのも仕方ないよ。ゆっくり頑張ろうね、那恵真」
「は、はい。精進いたします」
あんなこと。
自分の家族は怪魔に皆殺しにされた。怪魔とは魔物の何倍もの強さを持った化け物だ。人語を解す優れた知性すら持っている。
その怪魔に、父も母も、双子の兄さえ食われてしまった。
みんな、痛い、死にたくないと――。
車酔いか、過去のことを思い出したからか、頭がくらくらして冷や汗が出る。
「機関に入るにせよ、一般社会に出るにせよ、そろそろ本格的に進路を決めなさい。大学三年の夏休みなんて、今時は就活を始めている人もいるんでしょう?」
なんとなく見ないふりをしていた現実を環に突きつけられる。
「いえ、私は機関に入って魔物や怪魔を……!」
「だったら、恥でも恐怖心でも何でも捨てて自分が役立たずではないと証明しなさい。そうして初めて生きる資格が与えられるのです。僕はそうしました。一人でも生きていけると示しましたよ」
環の言葉は厳しいが、一理ある。
環も魔物に両親を殺されたのだという。
鶯機関に入れるぎりぎりの法力だったが、努力に努力を重ねて訓練課程では二位の成績まで登り詰めたそうだ。
自分もそうあるべきとわかっているのだが、心の奥底に刻まれた恐怖に抗うことは難しい。
では、ただの一般人として過ごせというのか。それも嫌だ。
これではただの駄々っ子だ。わがままが通る境遇や年齢でもない。
環の言う通り、自分がこれからどう生きるかを決めないといけないのだ。
――SNSで話題の馬男。山梨県を西から東に移動している模様。一体馬でどこに向かっているのでしょうか。
ラジオは平日午後らしく、下らないニュースを針小棒大に膨らませて喋っていた。
新宿から電車で二時間ほど。そこから更に車で三十分ほどの距離に自分たちの住処――鶯機関、奥多摩支部がある。
古来より日本に住み着いている魔物を退治する術師集団、それが鶯機関だ。時代によって変遷があったものの、現代は鶯機関という名で通っていた。
車の窓硝子には、相変わらずのピンク色のツンツン頭をした自分の顔が映っている。珍しい髪色だが、立派な生まれつきの産物だ。法力が高い者は人とは違う髪の色を持つのは珍しくない。
「ちょっと早いけど、那恵真の誕生日にお菓子買ってきたよ。新宿で買ってきたんだ。好きでしょ、苺のお菓子?」
名前を呼ばれて我に返る。
後部座席に座っていたのは自分たちの師父、千代田紫水だった。
紫水は都心にある鶯機関本部に呼び出され、泊りがけで出かけていたのである。
若い頃は化け物を殺す化け物、鬼の紫水などと呼ばれ恐れられていたらしいが、齢五十を迎えた彼は穏やかなおじさんにしか見えない。
「本当ですか? 別に構いませんのに……」
「節目って大事にしたいじゃない。お祝いはいくらあってもいいからね」
「ありがとうございます」
いいって、と紫水は言う。
「環くんの分もあるからね。みんなで食べよう」
「甘いものは好きません」
環はハンドルを切りながら言い捨てる。
「そういうと思って、しょっぱいもの買ってきたよ」
「……そういう気遣いがいらないと言っているんです」
こういう男なのだ、環は。
機関の訓練課程では次席で優秀だが、とにかく他人と慣れ合うのを好まない。
「ところでクロくん、目が覚めた? 置いてきちゃって大丈夫?」
「いいえ、まだです。まあ、一時間くらいなら大丈夫でしょう」
「警察に突き出せばいいんですよ、あんな浮浪者」
環はクロのこととなると当たりが強かった。助けられたのが気に食わないようだ。
クロを保護してから一日が経ったが、まだ目を覚ます様子はない。
札に書かれていた電話番号にかけたが出なかったため、留守番電話に伝言を残しておいた。
「それで、師父。本部はどうでした」
尋ねると紫水は窓の外を見ながら、しょんぼりとした様子で答えた。
「異動の話、なくなったよ。やっぱり足を悪くしてると駄目だね。求められてるのは前線で戦える兵隊だから。なりたかったな、幹部。かっこいいし」
「……あまり気を落とさずに。きっと次の機会はあります」
紫水はさらに言葉を紡いだ。
「環くんのことも特務隊に推薦したんだけどねぇ。実績はあっても法力がA級じゃないからって言われちゃった。力不足でごめんね」
「……いいえ。万年二位の僕ではそんなものでしょう。法力ばかりは生まれつきです。才能がなかったんですよ」
そう言われると自分の肩身が狭くなってしまう。
「何より那恵真が期待されてたよ。法力A級なんだから、早く実績を積んで特務隊に来いって」
「は、はぁ……。それは追い追い……」
痛いところを突かれて思わず苦笑いを浮かべた。
「いつか、なんて思うのは無駄ですよ、那恵真。あなたは怪魔を殺すと誓って機関に来たのでしょう。いつまでも怖がっていないで、一歩を踏み出しなさい」
環からも追撃が来て、車の座席に小さく縮こまることしかできなかった。誰もが環や紫水のように勇敢になれるわけではない。自分は人より強い法力があるだけで、それ以外は凡人なのだ。
「でも、あんなことがあったんだし怖いのも仕方ないよ。ゆっくり頑張ろうね、那恵真」
「は、はい。精進いたします」
あんなこと。
自分の家族は怪魔に皆殺しにされた。怪魔とは魔物の何倍もの強さを持った化け物だ。人語を解す優れた知性すら持っている。
その怪魔に、父も母も、双子の兄さえ食われてしまった。
みんな、痛い、死にたくないと――。
車酔いか、過去のことを思い出したからか、頭がくらくらして冷や汗が出る。
「機関に入るにせよ、一般社会に出るにせよ、そろそろ本格的に進路を決めなさい。大学三年の夏休みなんて、今時は就活を始めている人もいるんでしょう?」
なんとなく見ないふりをしていた現実を環に突きつけられる。
「いえ、私は機関に入って魔物や怪魔を……!」
「だったら、恥でも恐怖心でも何でも捨てて自分が役立たずではないと証明しなさい。そうして初めて生きる資格が与えられるのです。僕はそうしました。一人でも生きていけると示しましたよ」
環の言葉は厳しいが、一理ある。
環も魔物に両親を殺されたのだという。
鶯機関に入れるぎりぎりの法力だったが、努力に努力を重ねて訓練課程では二位の成績まで登り詰めたそうだ。
自分もそうあるべきとわかっているのだが、心の奥底に刻まれた恐怖に抗うことは難しい。
では、ただの一般人として過ごせというのか。それも嫌だ。
これではただの駄々っ子だ。わがままが通る境遇や年齢でもない。
環の言う通り、自分がこれからどう生きるかを決めないといけないのだ。
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