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第十四話
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「おやおや、帰ってきたばかりなのに精が出るねえ」
言って紫水は窓際の床に座り込んだ自分に麦茶を淹れてくれた。それを一気飲みする。クロは涼しい顔をしていた。
朝食のあと、結界の基点に行って応急処置をした。
車を運転してくれる紫水を待とうとしたのだが、クロが楓がいるから行こう、と言い出したのだ。
外に出てクロが何かを唱えると、どこからともなく光と風が巻き起こり、光は真紅の毛を持った馬となった。
クロの乗っていた馬の精霊だ。
馬に乗るのは初めてだったが、風を感じて気持ちのいいものだった。車では入れない山道もすいすいと登り、ずっとこれで巡回に出たい気持ちになった。
数か所の基点を周り、その途中にも襲い掛かってきた魔物をクロはあっという間に倒してしまった。
家に帰った後はこちらの番だ。
――クロさん、剣を教えてくれませんか。
クロがもう記憶を食わせなくていいように。自分が代わりに戦えれば、と。
クロは少し考えてから頷いた後、強気に笑って言った。
――剣の間合いは怖いぞ。お前は槍を持て。
そうして小一時間、クロに稽古をつけてもらったのである。
一般家庭に槍などというものはないため、玄関の傘立てにあった金剛杖――登山に使う六根清浄と書いてある長杖を使った。
クロはいつからか玄関の傘立てにある木刀だ。クロが目覚めてカレーを食べていたとき、環がこれを持ってクロを警戒していたことが懐かしい。
槍と刀。そのリーチの差は一目瞭然で、無論槍のほうが有利である。
しかし、クロは片手に持った木刀で自分の槍相手に一本取り続けたのだった。
悔しい。有利な得物を使っているのに、片手のクロに負けるなんて。
悔しい。守ってあげたい人に勝てないなんて。
外でやっていたので家の中に入って小休憩をしていた。
「剣先を見るな。一点を注視せず全体をぼうっと見ろ。そうすると相手の動きが見える」
「そ、そんなことを言われましても……」
相手は武器を持っているのだ。どうしても軌道が気になって目で追ってしまうのだ。
「はっはっは、人間は動いているものを見てしまうからね。ちゃんと相手を見るには訓練が必要なんだよ。戦闘時には興奮して視野狭窄も起きるから。懐かしいなぁ、近接戦闘訓練。足を悪くしてからやってなかったから」
そう言って紫水はからからと笑った。
「那恵真が戦う練習をねえ。いいことだよ。鍛え上げてやってね、クロくん」
「わかった。……だが、今のままでは一年経っても一人前になるかわからん」
「そんなに見込みがないんですか⁉」
「冗談だ。休んだらまたやるぞ」
クロはふっと微笑んでくれた。あのクロが冗談を言ってくれるとは。少しは信頼されているのだろうかと思うと嬉しくなる。
「しかし、得物にばかり頼るのもよくない。そんな棒をいつも持ち歩くわけにもいかないだろう」
確かにそうだ。木刀程度なら腰に提げられるが、百二十センチはありそうな棒である。
「那恵真は法力? というのが優れているのだったな」
クロはそう言うとこちらに向かってずかずかと近寄ってきて、手を取った。いきなりの接触に驚いてしまう。
自分の手を矯めつ眇めつしていた。こちらの体温が上がったことや、脈が速いことがばれていないだろうかと不安になる。クロはやがてうんと頷いた。
「お前ならできそうだ。……手に力を集めるようにして……、こうだ」
クロは己の手のひらを上にすると、そこに真紅の光球が現れた。光球は縦に伸びて形を変え、それをクロは剣のように握った。
「おや、まだできる人がいるんだねぇ。昔の人はこうやって法力を直接武器にして戦っていたんだよ。武器に法力を纏わせるほうが省エネだからって廃れてしまったけど」
紫水が懐かしむように言う。
自分もクロに言われたように、目を閉じて手に法力を集めるイメージをする。微かに手のひらに熱を感じた。
目を開くと集中が切れてしまったのか、薄紅色の光が花火のように散ってしまった。
「こちらの筋はいい。これを槍の形にできれば、強くなれるぞ」
強くなれる。そう聞いたらやらないわけにはいかなかった。
「そうですか、頑張ります!」
自分の言葉にクロは満足そうに頷いた。
「お昼になったら冷やし中華作るから。暑いし、ほどほどにね」
「はい、ありがとうございます」
「肉はあるか?」
「今、一心くんが叉焼煮込んでるよ。いっぱい食べて」
クロの問いに紫水が答えると、クロは目を輝かせて頷いた。
「ところで、クロさん。この辺りに強い魔物が出るようになったことについて、何かご存知ですか?」
「……思い当たることは、ある。しかし、まだ言う段階ではないだろう」
「どういう意味です?」
「名誉の問題だ」
よくわからない返答に首を傾げるしかできなかった。
言って紫水は窓際の床に座り込んだ自分に麦茶を淹れてくれた。それを一気飲みする。クロは涼しい顔をしていた。
朝食のあと、結界の基点に行って応急処置をした。
車を運転してくれる紫水を待とうとしたのだが、クロが楓がいるから行こう、と言い出したのだ。
外に出てクロが何かを唱えると、どこからともなく光と風が巻き起こり、光は真紅の毛を持った馬となった。
クロの乗っていた馬の精霊だ。
馬に乗るのは初めてだったが、風を感じて気持ちのいいものだった。車では入れない山道もすいすいと登り、ずっとこれで巡回に出たい気持ちになった。
数か所の基点を周り、その途中にも襲い掛かってきた魔物をクロはあっという間に倒してしまった。
家に帰った後はこちらの番だ。
――クロさん、剣を教えてくれませんか。
クロがもう記憶を食わせなくていいように。自分が代わりに戦えれば、と。
クロは少し考えてから頷いた後、強気に笑って言った。
――剣の間合いは怖いぞ。お前は槍を持て。
そうして小一時間、クロに稽古をつけてもらったのである。
一般家庭に槍などというものはないため、玄関の傘立てにあった金剛杖――登山に使う六根清浄と書いてある長杖を使った。
クロはいつからか玄関の傘立てにある木刀だ。クロが目覚めてカレーを食べていたとき、環がこれを持ってクロを警戒していたことが懐かしい。
槍と刀。そのリーチの差は一目瞭然で、無論槍のほうが有利である。
しかし、クロは片手に持った木刀で自分の槍相手に一本取り続けたのだった。
悔しい。有利な得物を使っているのに、片手のクロに負けるなんて。
悔しい。守ってあげたい人に勝てないなんて。
外でやっていたので家の中に入って小休憩をしていた。
「剣先を見るな。一点を注視せず全体をぼうっと見ろ。そうすると相手の動きが見える」
「そ、そんなことを言われましても……」
相手は武器を持っているのだ。どうしても軌道が気になって目で追ってしまうのだ。
「はっはっは、人間は動いているものを見てしまうからね。ちゃんと相手を見るには訓練が必要なんだよ。戦闘時には興奮して視野狭窄も起きるから。懐かしいなぁ、近接戦闘訓練。足を悪くしてからやってなかったから」
そう言って紫水はからからと笑った。
「那恵真が戦う練習をねえ。いいことだよ。鍛え上げてやってね、クロくん」
「わかった。……だが、今のままでは一年経っても一人前になるかわからん」
「そんなに見込みがないんですか⁉」
「冗談だ。休んだらまたやるぞ」
クロはふっと微笑んでくれた。あのクロが冗談を言ってくれるとは。少しは信頼されているのだろうかと思うと嬉しくなる。
「しかし、得物にばかり頼るのもよくない。そんな棒をいつも持ち歩くわけにもいかないだろう」
確かにそうだ。木刀程度なら腰に提げられるが、百二十センチはありそうな棒である。
「那恵真は法力? というのが優れているのだったな」
クロはそう言うとこちらに向かってずかずかと近寄ってきて、手を取った。いきなりの接触に驚いてしまう。
自分の手を矯めつ眇めつしていた。こちらの体温が上がったことや、脈が速いことがばれていないだろうかと不安になる。クロはやがてうんと頷いた。
「お前ならできそうだ。……手に力を集めるようにして……、こうだ」
クロは己の手のひらを上にすると、そこに真紅の光球が現れた。光球は縦に伸びて形を変え、それをクロは剣のように握った。
「おや、まだできる人がいるんだねぇ。昔の人はこうやって法力を直接武器にして戦っていたんだよ。武器に法力を纏わせるほうが省エネだからって廃れてしまったけど」
紫水が懐かしむように言う。
自分もクロに言われたように、目を閉じて手に法力を集めるイメージをする。微かに手のひらに熱を感じた。
目を開くと集中が切れてしまったのか、薄紅色の光が花火のように散ってしまった。
「こちらの筋はいい。これを槍の形にできれば、強くなれるぞ」
強くなれる。そう聞いたらやらないわけにはいかなかった。
「そうですか、頑張ります!」
自分の言葉にクロは満足そうに頷いた。
「お昼になったら冷やし中華作るから。暑いし、ほどほどにね」
「はい、ありがとうございます」
「肉はあるか?」
「今、一心くんが叉焼煮込んでるよ。いっぱい食べて」
クロの問いに紫水が答えると、クロは目を輝かせて頷いた。
「ところで、クロさん。この辺りに強い魔物が出るようになったことについて、何かご存知ですか?」
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よくわからない返答に首を傾げるしかできなかった。
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