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第十五話
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一心の作った叉焼を乗せた冷やし中華はおいしかった。よく味がしみていて柔らかく、店で出せるような逸品だ。
「あの叉焼、美味かった。また食べたい」
「お、じゃあ那恵真に秘伝のレシピを教えてやろう。俺がいなくても作れるようにな」
「え……」
一心の言葉に皿を洗っていた手が止まる。
「一心さん、帰ってしまうんですか? 長野、でしたっけ」
「おう、都心のほうが魔物は多いが、田舎にも全くいねえわけじゃねえからな。あちこち回って根元を断ってんのよ。いつ帰るかはまだ決めてねえが、長居するつもりはねえ。クロの元気そうな顔が見られて安心したしな」
「そう、ですか……」
なんとなく、一心もずっとここにいるものだと思ってしまっていた。他人には他人の事情があるのだ。それを引き留めることはできないだろう。
それとは別に、今の一心の言葉に気になる点があった。
「根元を断つって、魔物が出ないようにできるってことですか?」
「……それは言えねえなぁ。俺が機関を抜けるときも言わないって誓約書書いてやっと抜けられたんだ。ま、特務隊に入れりゃ聞くことにはなるけどよ」
言って一心は珍しく沈んだ様子で言った。
「機関が隠し事を……?」
「そんな言い方しなさんなって。機密なんてどこにでもあんだろうが」
「で、でも魔物の根元を断てたら皆さん助かるじゃないですか……! それに……」
自分の家族も食われることはなかった。
「あんたの境遇は紫水のおっさんから聞いてるよ。災難だったな。だがな、一時的に根元を断ってもまた出て来るんだよ。そういうもんなんだ」
自分の言いたいことを察したように一心は言う。
「……一心さんは、特務隊にいたんですよね。どうして特務隊だけではなく機関からも離れてしまったんですか? 機関にいれば力を発揮できるのに……」
「嫌になっちまったんだよ。特務隊ってのは上級の魔物から怪魔まで相手にする。そこには数えきれないほどの被害者も、仲間たちの死体も転がってる。何から何まで辛気くせえ。田舎でのんびり暮らすほうが性に合ってたんだ。人を救ってることにゃ変わりねえしな。……環は特務隊に入りたがってたが、真面目な奴ほど向いてねえよ。それにあの隊長がなぁ。俺には許せなかった」
特務隊とは、そんな場所なのか。
法力A級の者しか特務隊には入れない。だから、自分が魔物を倒せるほど強くなったら特務隊に入るものだと思っていた。
しかし、特務隊に入ったらゴールなのではない。魔物や怪魔と最前線で戦い続ける過酷な場所。そう一心は言っている。
自分に、できるだろうか。
「おうクロ、紫水のおっさんに護符作れって頼まれてんだ。手伝ってくれるか?」
思い悩んでいると、一心はそう言って話を切り上げて八畳間に行ってしまった。自分も途中だった皿洗いを終わらせ、護符作りに合流する。
「一心の護符、雑じゃないか……?」
クロが自分と一心の描いた護符を見比べている。
一心も法力A級のため優れた護符を作れるのだが、ささっと朱色の墨で描かれた五芒星は歪んでいる。しかしちゃんと効果があるものだ。
「こんなん使えりゃなんだっていいの。速度が大事だ、生産性重視」
言いながら一心は適当に五芒星を描く。思うところはあったが、使えればいいというのは確かにそうである。
結界が簡単に綻んでしまう以上、個人で持てる護符は最後の砦だ。一人一枚でも安心できない。
――今日の、花火大会は、青天のため、決行です。
防災無線からエコーがかかった音声が聞こえてきた。
「そういえば……」
はたと気付いて筆を止める。
今夜は花火大会だった。最近忙しくて行事のことを考える余裕もなかった。
「お、いいじゃねえか、花火大会。お前ら二人で夜の巡回ついでに行ってきたらどうだ」
その申し出は嬉しいものだった。クロと二人きりになれるなんて。しかも夏の花火大会。いいロケーションである。
しかし、わざわざ二人で、というのが気になった。車を出して全員で行けばいいではないか。
「巡回したって、いつどこに魔物が出るかわからねえ。留守番係は必要だ。環だって腕が利かねえし、紫水のおっさんも足が悪いし。それに楓に乗っていくならこっちに車が残るしな」
こちらの思考を読んだかのように一心はにやりと笑って言った。それどころか恩着せがましく拙いウインクまでしてくる。
「花火大会、飯はあるのか?」
クロが無邪気そうに尋ねてきた。
「おう、屋台が出るぜ。たこ焼き、かき氷、焼きそば、チョコバナナ、お好み焼き、りんご飴、綿菓子あたりは定番だよな」
「そんなに……!」
一心の話にクロが期待を胸にわくわくしている。そんな姿を見せられたら、行かない選択肢はない。
「那恵真、行こう!」
「ええ、行きましょうか。でも、先に巡回ですよ」
「わかっている。その花火大会とやら、いつやるんだ?」
「夜ですよ、暗くなってからです。っていうかクロさん、花火のこともご存じない……?」
驚きに思わず口にすると、さっきまで元気そうだったクロがしょげてしまった。
「そんな言い方はねえよなぁ? 誰だって知らねえことくらいあるもんなぁ?」
一心がこちらを煽るようにクロを慰める。
「す、すみませんでした、クロさん。屋台でいっぱい食べていいですから」
食べ物で釣るのは小狡いと思ったが、クロの機嫌をとるならこれ以外ない。
「わかった。いっぱい食べる」
それから夕方六時になるまで、クロは待ち遠しそうに何回も時計を確認していた。
「あの叉焼、美味かった。また食べたい」
「お、じゃあ那恵真に秘伝のレシピを教えてやろう。俺がいなくても作れるようにな」
「え……」
一心の言葉に皿を洗っていた手が止まる。
「一心さん、帰ってしまうんですか? 長野、でしたっけ」
「おう、都心のほうが魔物は多いが、田舎にも全くいねえわけじゃねえからな。あちこち回って根元を断ってんのよ。いつ帰るかはまだ決めてねえが、長居するつもりはねえ。クロの元気そうな顔が見られて安心したしな」
「そう、ですか……」
なんとなく、一心もずっとここにいるものだと思ってしまっていた。他人には他人の事情があるのだ。それを引き留めることはできないだろう。
それとは別に、今の一心の言葉に気になる点があった。
「根元を断つって、魔物が出ないようにできるってことですか?」
「……それは言えねえなぁ。俺が機関を抜けるときも言わないって誓約書書いてやっと抜けられたんだ。ま、特務隊に入れりゃ聞くことにはなるけどよ」
言って一心は珍しく沈んだ様子で言った。
「機関が隠し事を……?」
「そんな言い方しなさんなって。機密なんてどこにでもあんだろうが」
「で、でも魔物の根元を断てたら皆さん助かるじゃないですか……! それに……」
自分の家族も食われることはなかった。
「あんたの境遇は紫水のおっさんから聞いてるよ。災難だったな。だがな、一時的に根元を断ってもまた出て来るんだよ。そういうもんなんだ」
自分の言いたいことを察したように一心は言う。
「……一心さんは、特務隊にいたんですよね。どうして特務隊だけではなく機関からも離れてしまったんですか? 機関にいれば力を発揮できるのに……」
「嫌になっちまったんだよ。特務隊ってのは上級の魔物から怪魔まで相手にする。そこには数えきれないほどの被害者も、仲間たちの死体も転がってる。何から何まで辛気くせえ。田舎でのんびり暮らすほうが性に合ってたんだ。人を救ってることにゃ変わりねえしな。……環は特務隊に入りたがってたが、真面目な奴ほど向いてねえよ。それにあの隊長がなぁ。俺には許せなかった」
特務隊とは、そんな場所なのか。
法力A級の者しか特務隊には入れない。だから、自分が魔物を倒せるほど強くなったら特務隊に入るものだと思っていた。
しかし、特務隊に入ったらゴールなのではない。魔物や怪魔と最前線で戦い続ける過酷な場所。そう一心は言っている。
自分に、できるだろうか。
「おうクロ、紫水のおっさんに護符作れって頼まれてんだ。手伝ってくれるか?」
思い悩んでいると、一心はそう言って話を切り上げて八畳間に行ってしまった。自分も途中だった皿洗いを終わらせ、護符作りに合流する。
「一心の護符、雑じゃないか……?」
クロが自分と一心の描いた護符を見比べている。
一心も法力A級のため優れた護符を作れるのだが、ささっと朱色の墨で描かれた五芒星は歪んでいる。しかしちゃんと効果があるものだ。
「こんなん使えりゃなんだっていいの。速度が大事だ、生産性重視」
言いながら一心は適当に五芒星を描く。思うところはあったが、使えればいいというのは確かにそうである。
結界が簡単に綻んでしまう以上、個人で持てる護符は最後の砦だ。一人一枚でも安心できない。
――今日の、花火大会は、青天のため、決行です。
防災無線からエコーがかかった音声が聞こえてきた。
「そういえば……」
はたと気付いて筆を止める。
今夜は花火大会だった。最近忙しくて行事のことを考える余裕もなかった。
「お、いいじゃねえか、花火大会。お前ら二人で夜の巡回ついでに行ってきたらどうだ」
その申し出は嬉しいものだった。クロと二人きりになれるなんて。しかも夏の花火大会。いいロケーションである。
しかし、わざわざ二人で、というのが気になった。車を出して全員で行けばいいではないか。
「巡回したって、いつどこに魔物が出るかわからねえ。留守番係は必要だ。環だって腕が利かねえし、紫水のおっさんも足が悪いし。それに楓に乗っていくならこっちに車が残るしな」
こちらの思考を読んだかのように一心はにやりと笑って言った。それどころか恩着せがましく拙いウインクまでしてくる。
「花火大会、飯はあるのか?」
クロが無邪気そうに尋ねてきた。
「おう、屋台が出るぜ。たこ焼き、かき氷、焼きそば、チョコバナナ、お好み焼き、りんご飴、綿菓子あたりは定番だよな」
「そんなに……!」
一心の話にクロが期待を胸にわくわくしている。そんな姿を見せられたら、行かない選択肢はない。
「那恵真、行こう!」
「ええ、行きましょうか。でも、先に巡回ですよ」
「わかっている。その花火大会とやら、いつやるんだ?」
「夜ですよ、暗くなってからです。っていうかクロさん、花火のこともご存じない……?」
驚きに思わず口にすると、さっきまで元気そうだったクロがしょげてしまった。
「そんな言い方はねえよなぁ? 誰だって知らねえことくらいあるもんなぁ?」
一心がこちらを煽るようにクロを慰める。
「す、すみませんでした、クロさん。屋台でいっぱい食べていいですから」
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