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第十七話
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「はい、……はい。わかりました」
まだ寝ているクロをそのままに居間に行くと、環が仕事用の携帯電話で誰かと話しているようだった。
環は返事をすると電話を切る。携帯電話を持つ右手の怪我はまだ治っていない。
「今日も寝坊ですね。もう十時ですよ、那恵真」
「ひ、非常に申し訳ないと思っております」
振り向いた環に冷徹な視線を浴びせられ、肩身が狭い。
「いつまでも酔っぱらいの相手をしているからそうなるんです。適当に相槌を打って早く切り上げなさい。……魔物を倒すのもいいですが、そういった処世術も学ぶことですね。いずれ、社会に出るのですから」
「仰る通りです……」
昨晩、魔物を倒したことを報告したら一心がどこからか酒を持ってきて、普段は飲まない紫水も、クロも巻き込んで宴会が始まってしまったのである。
自分にそれを止める力はなく、夜半に環に怒られるまで続いたのだ。
勇気を振り絞り、法力を使って魔物と戦い、挙句夜更かしでは寝坊しようというものだ。
「朝の巡回は……」
今の環は戦えない。しかし魔物が活発になっているのだ。巡回は欠かせない。
「先程一心が行きました。二日酔いで情けない姿でしたが……。僕はあれの失敗したところを見たことがありません。心配無用でしょう。それより」
一心をあれ呼ばわりとは、環もなかなかやる人間である。しかし、同期の環ですら一心の失敗を見たことがないとは。ああ見えて一心も才能の塊なのか。
「午後に機関の本部から来客です。居間を片付けておくように。寝坊したのですからそれくらい、ね」
「本部から……? まさか、環さんが特務隊に……! やっぱり考え直してくれたんですね!」
「異動など紙切れ一枚で終わります。直接来るのは余程のことですし、何の要件か聞かされていません。それに、法力B級の僕では特務隊に入る資格はありません。……悔しいですが、それが事実です」
言って環は俯き、感情のままに拳を握り締めていた。
彼にかける言葉が見当たらず、戸惑っていると環は無言で自室に行ってしまった。
何のために本部の人間が来るのだろう。疑問に思いながら朝食を食べ、八畳間に掃除機をかける。するとクロが起きてきたので目玉焼きを焼いてやった。
紫水も起きたので二人分の朝食の皿を洗っていると、呼び鈴が鳴った。紫水が玄関に出向く。
一心が戻ったなら呼び鈴など鳴らさないはずだ。
玄関に出向いた紫水の声がする。
――午後って聞いてましたもんで。何のお構いもできませんが。
そして、夏だというのに黒いスーツ姿の男と、作業着の男が二人入ってきた。軽く会釈をする。
「那恵真とクロくんに話があるんだって。居間に行って」
自分とクロに何の用事だろうか。皿洗いをやめて八畳間に向かう。
卓袱台には人数分の冷たい茶が出され、奥には男たちが、手前には紫水とクロが座っていた。自分も入り口に近い下座に座る。あとから環も部屋に入ってきて隣に座った。
「鶯機関・特務隊隊長、風間月人だ。久しいな、師父。鈴彦。こんな用でもなければ世間話でもしたいくらいだ」
言ってスーツの男は傲慢そうに言ってのけた。傍若無人、自信があるのがそのまま態度に出ている。
金色の髪に青い瞳。まるで童話に出てくる王子様のようだ。三十代くらいの、若さと経験どちらも兼ね備えた風の男である。
「こっちは技術部の飾利と紬」
月人が言うと二人は名刺を差し出してきた。眼鏡をかけているのが飾利、前髪で目が隠れているのが紬だった。
「隊長さん直々に、何の御用でしょうか?」
紫水が問うと、月人は真っ直ぐにこちらに視線を向けてきた。
「雅嵐那恵真、お前、やっと魔物を倒したようだな」
「は、はい……。その通りです」
紫水が本部に伝えたのだろうか。
「特務隊に来い。法力A級、かつ魔物を倒した実績。その二つをお前は満たした」
青い双眸に見つめられると緊張で動けなくなる。
「お言葉ですが、隊長。那恵真はまだ一体倒しただけです。特務隊に入るならばもっと修練を積むべきかと」
紫水が進言する。確かに、あの魔物を倒せたのはただの偶然かもしれない。またやれと言われてできる保証はない。
「都心には腐るほど魔物がいる。そいつらを倒して経験を積めばいい。法力A級はこんなところで腐らせていい才能ではない」
「た、環くんは……。彼はB級ながらも魔物の討伐数は都内でも上位です。特務隊に入っても十分やっていけます」
「どうした師父。その可愛い鈴彦を死地に追いやりたいのか? 法力B級では一か月しないうちに魔物や怪魔の毒気に蝕まれて死に至る。無駄死にだ」
月人はそう言い捨てた。
「特務隊とは名誉あるゴミ掃除係だ。なろうと思ってなれるものでも、目指すものでもない」
「しかし隊長、僕は命を懸けて怪魔と戦う覚悟があります! どうかご一考を……! 家族の仇をとりたいのです!」
こんなに声を荒げる環は初めて見た。それだけ水面下に秘していた感情が大きいのだろう。
「鈴彦、覚悟をしたからといって強くなるわけではないんだよ。お前はこの地に暮らす人々を守るという崇高な使命がある。感謝もされる。それでいいじゃないか」
「ですが……」
「話が逸れたな。那恵真、お前は特務隊に入ることが正式決定した。これは強制だ。明日にでも荷物をまとめて本部に来るように」
月人は環の訴えを一蹴し、自分に命令した。
「しかし、急に言われましても……。最近、この辺りで魔物の出現が相次いでいます。それを片付けてからでも構いませんか?」
「それは都心も同じだ。助けられる人間の数を思えば都心のほうが優先度は高いと言えよう」
「そんな馬鹿な……! 大を助けるために小を捨てるというのですか?」
「人の価値は何を捨てられるかで決まるものだ、那恵真。切り捨てたものが大事であれば大事であるほど、その決断に価値も生まれる」
「その理屈には納得いたしかねます! ここも都心も人の価値は同じです!」
そう返すと月人は感情を失くした目でこちらを見た。
「ここでのんびり芽を出すのを待っていたつもりだったが、いらん同情心まで芽生えるとはな。人の価値が同じというなら、数で測るしかなかろうよ。たった一人と百人、千人、万人。同じ価値とは言わせんぞ」
「しかし……!」
月人の言うことは一理ある。人の価値が同じというなら、助けられる数で優先度をつけることはしょうがないのかもしれない。
だが、小を切り捨てるのを当然のように思うのはおかしい。この地で暮らす人にも家族がおり、亡くなれば悲しい思いをする人がいるのだ。それを無視などできない。
「お前も家族を怪魔に食われたのだろう。そこの鈴彦と同じに復讐心は持たないのか。特務隊に来れば怪魔を倒せる。鈴彦に資格はなかったが、お前には資格がある。幸運にもな」
そうだ、自分だって怪魔を倒したい。そう思っていた。しかし――。
「僕は役立たずということですね。では、失礼ですが中座させていただきます」
環がそう言って居間から逃げるようにして出ていってしまった。
「環くんは立派にやってくれているんです、それをあんな言い方……」
紫水が月人に抗議した。
「事実を伝えたまでだ。ありのまま受け取ればいいものを、期待しているから落ち込むのだ。それに、無駄死にをさせない慈悲でもある」
月人の言葉に皆が黙り込んだ。
そのとき、玄関の引き戸を開けて誰かが入ってきた。足音が近付き、一心が八畳間に顔を覗かせた。
「おーっと、取り込み中か。邪魔したな」
それだけ言って立ち去ろうとする。その背中に月人が声をかけた。
「何の言葉もなしか、綾乃一心。稀代の天才が抜けたおかげで何人の隊員が死ぬ羽目になったと思っている。今からでもいい、戻れ。どんな待遇でも用意しよう」
「そういうのが嫌で俺は抜けたんだよ、言わせんな」
不快そうに一心は月人を睨みつける。彼が剣呑な雰囲気を見せるのは初めてのことで、いつものへらへらした態度とは違って針のような鋭さを感じた。
一心と月人は互いに睨み合っていたが、一心から視線を外し、ちらりとクロを見た。そして空いた場所にどかりと胡坐をかいて座った。
「妙なことすんじゃねえぞ、月人。俺は見てるからな」
そう宣言すると一心は腕を組んで場の成り行きを見守る様子だった。味方が増えたようで有難い。
「まあ、いい。今までの話は前置きだ。本題は別にある。そこの黒いの、饕餮号だろう。その真紅の指輪、担い手の証だ。俺たちが来たのはこちらが目的でな」
言って月人はクロを真っ直ぐ見据えた。
「何の話だ」
クロは月人相手に臆することなく堂々と答える。
「その件については私、飾利が話をします」
飾利が話を進めるようだ。しかし技術部がクロに何の用だ。
「日本各地に古くから饕餮号の名が残されています。最古のものは八世紀、平安時代です。古文書によると食べ物を差し出し、担い手がその身に神を降ろし魔物を倒す神の化身であると。一説には大陸から製鉄技術が伝わった際に日本に来たとも。実際、徐福の訪れたとされる三重県熊野には饕餮神社という、饕餮を祀る神社があったようです。あまり記録には残っていませんが」
八世紀――?
そんなに昔からクロは生きているのか? 魔物を倒しながら?
思わず隣にいるクロを見る。彼は動じていない。
「話が長い。そんなことはどうでもいいだろう」
月人が言うと飾利は、はあ、と声を漏らした。
「那恵真さんの心配には及びません。あなたも本部に来ていただきます。解析のために。饕餮号の構造を把握し、応用、量産ができれば魔物や怪異と十分に戦えます」
「量産? そんなことができるのですか?」
「それは調べてみないと……」
飾利はそう言って言葉を濁した。
飾利の言う通りであれば確かに饕餮号の解析をするのがいいように思う。
「すみません、その指輪、触らせていただいても?」
紬が尋ねてくる。クロはこちらに許可を求めるように視線で問うてきた。悪いようにはしないだろう、そう思って頷いた。
するとクロは手を前に差し出す。失礼します、と言って紬は真紅の指輪に触れた。
「こんなに強い法力は初めてです。A級以上……、測定不能です」
興奮したように紬は指輪を外そうとするがびくともしない。
「外せないのか?」
月人が言う。嫌な予感がする。
「なら指を切って持って帰ろう。いや、体と一体化しているのであれば解剖も必要か」
「っ……!」
「安心しろ、血の一滴とて無駄にはせん。これも多くを救うための犠牲である」
この男、どこまで箍が外れている――!
クロの手を取って立ち上がり、急いで家を飛び出した。
後ろでは一心と月人の争う声が聞こえる。一心が止めてくれている今の内に逃げるのだ。
「待て、那恵真!」
「駄目です、逃げないと……! あいつら、クロさんのことを物のようにしか思っていない……!」
「違う、そうではない! 気配が……!」
クロが言いかけたその時、ぽつり、と水の雫が滴り落ちてきた。
雫はやがて黒い雨となり、雷雲のように真っ黒な雲が空を覆う。
「これは……」
黒い雨が降る。それは怪魔が現れる前兆であった。
まだ寝ているクロをそのままに居間に行くと、環が仕事用の携帯電話で誰かと話しているようだった。
環は返事をすると電話を切る。携帯電話を持つ右手の怪我はまだ治っていない。
「今日も寝坊ですね。もう十時ですよ、那恵真」
「ひ、非常に申し訳ないと思っております」
振り向いた環に冷徹な視線を浴びせられ、肩身が狭い。
「いつまでも酔っぱらいの相手をしているからそうなるんです。適当に相槌を打って早く切り上げなさい。……魔物を倒すのもいいですが、そういった処世術も学ぶことですね。いずれ、社会に出るのですから」
「仰る通りです……」
昨晩、魔物を倒したことを報告したら一心がどこからか酒を持ってきて、普段は飲まない紫水も、クロも巻き込んで宴会が始まってしまったのである。
自分にそれを止める力はなく、夜半に環に怒られるまで続いたのだ。
勇気を振り絞り、法力を使って魔物と戦い、挙句夜更かしでは寝坊しようというものだ。
「朝の巡回は……」
今の環は戦えない。しかし魔物が活発になっているのだ。巡回は欠かせない。
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一心をあれ呼ばわりとは、環もなかなかやる人間である。しかし、同期の環ですら一心の失敗を見たことがないとは。ああ見えて一心も才能の塊なのか。
「午後に機関の本部から来客です。居間を片付けておくように。寝坊したのですからそれくらい、ね」
「本部から……? まさか、環さんが特務隊に……! やっぱり考え直してくれたんですね!」
「異動など紙切れ一枚で終わります。直接来るのは余程のことですし、何の要件か聞かされていません。それに、法力B級の僕では特務隊に入る資格はありません。……悔しいですが、それが事実です」
言って環は俯き、感情のままに拳を握り締めていた。
彼にかける言葉が見当たらず、戸惑っていると環は無言で自室に行ってしまった。
何のために本部の人間が来るのだろう。疑問に思いながら朝食を食べ、八畳間に掃除機をかける。するとクロが起きてきたので目玉焼きを焼いてやった。
紫水も起きたので二人分の朝食の皿を洗っていると、呼び鈴が鳴った。紫水が玄関に出向く。
一心が戻ったなら呼び鈴など鳴らさないはずだ。
玄関に出向いた紫水の声がする。
――午後って聞いてましたもんで。何のお構いもできませんが。
そして、夏だというのに黒いスーツ姿の男と、作業着の男が二人入ってきた。軽く会釈をする。
「那恵真とクロくんに話があるんだって。居間に行って」
自分とクロに何の用事だろうか。皿洗いをやめて八畳間に向かう。
卓袱台には人数分の冷たい茶が出され、奥には男たちが、手前には紫水とクロが座っていた。自分も入り口に近い下座に座る。あとから環も部屋に入ってきて隣に座った。
「鶯機関・特務隊隊長、風間月人だ。久しいな、師父。鈴彦。こんな用でもなければ世間話でもしたいくらいだ」
言ってスーツの男は傲慢そうに言ってのけた。傍若無人、自信があるのがそのまま態度に出ている。
金色の髪に青い瞳。まるで童話に出てくる王子様のようだ。三十代くらいの、若さと経験どちらも兼ね備えた風の男である。
「こっちは技術部の飾利と紬」
月人が言うと二人は名刺を差し出してきた。眼鏡をかけているのが飾利、前髪で目が隠れているのが紬だった。
「隊長さん直々に、何の御用でしょうか?」
紫水が問うと、月人は真っ直ぐにこちらに視線を向けてきた。
「雅嵐那恵真、お前、やっと魔物を倒したようだな」
「は、はい……。その通りです」
紫水が本部に伝えたのだろうか。
「特務隊に来い。法力A級、かつ魔物を倒した実績。その二つをお前は満たした」
青い双眸に見つめられると緊張で動けなくなる。
「お言葉ですが、隊長。那恵真はまだ一体倒しただけです。特務隊に入るならばもっと修練を積むべきかと」
紫水が進言する。確かに、あの魔物を倒せたのはただの偶然かもしれない。またやれと言われてできる保証はない。
「都心には腐るほど魔物がいる。そいつらを倒して経験を積めばいい。法力A級はこんなところで腐らせていい才能ではない」
「た、環くんは……。彼はB級ながらも魔物の討伐数は都内でも上位です。特務隊に入っても十分やっていけます」
「どうした師父。その可愛い鈴彦を死地に追いやりたいのか? 法力B級では一か月しないうちに魔物や怪魔の毒気に蝕まれて死に至る。無駄死にだ」
月人はそう言い捨てた。
「特務隊とは名誉あるゴミ掃除係だ。なろうと思ってなれるものでも、目指すものでもない」
「しかし隊長、僕は命を懸けて怪魔と戦う覚悟があります! どうかご一考を……! 家族の仇をとりたいのです!」
こんなに声を荒げる環は初めて見た。それだけ水面下に秘していた感情が大きいのだろう。
「鈴彦、覚悟をしたからといって強くなるわけではないんだよ。お前はこの地に暮らす人々を守るという崇高な使命がある。感謝もされる。それでいいじゃないか」
「ですが……」
「話が逸れたな。那恵真、お前は特務隊に入ることが正式決定した。これは強制だ。明日にでも荷物をまとめて本部に来るように」
月人は環の訴えを一蹴し、自分に命令した。
「しかし、急に言われましても……。最近、この辺りで魔物の出現が相次いでいます。それを片付けてからでも構いませんか?」
「それは都心も同じだ。助けられる人間の数を思えば都心のほうが優先度は高いと言えよう」
「そんな馬鹿な……! 大を助けるために小を捨てるというのですか?」
「人の価値は何を捨てられるかで決まるものだ、那恵真。切り捨てたものが大事であれば大事であるほど、その決断に価値も生まれる」
「その理屈には納得いたしかねます! ここも都心も人の価値は同じです!」
そう返すと月人は感情を失くした目でこちらを見た。
「ここでのんびり芽を出すのを待っていたつもりだったが、いらん同情心まで芽生えるとはな。人の価値が同じというなら、数で測るしかなかろうよ。たった一人と百人、千人、万人。同じ価値とは言わせんぞ」
「しかし……!」
月人の言うことは一理ある。人の価値が同じというなら、助けられる数で優先度をつけることはしょうがないのかもしれない。
だが、小を切り捨てるのを当然のように思うのはおかしい。この地で暮らす人にも家族がおり、亡くなれば悲しい思いをする人がいるのだ。それを無視などできない。
「お前も家族を怪魔に食われたのだろう。そこの鈴彦と同じに復讐心は持たないのか。特務隊に来れば怪魔を倒せる。鈴彦に資格はなかったが、お前には資格がある。幸運にもな」
そうだ、自分だって怪魔を倒したい。そう思っていた。しかし――。
「僕は役立たずということですね。では、失礼ですが中座させていただきます」
環がそう言って居間から逃げるようにして出ていってしまった。
「環くんは立派にやってくれているんです、それをあんな言い方……」
紫水が月人に抗議した。
「事実を伝えたまでだ。ありのまま受け取ればいいものを、期待しているから落ち込むのだ。それに、無駄死にをさせない慈悲でもある」
月人の言葉に皆が黙り込んだ。
そのとき、玄関の引き戸を開けて誰かが入ってきた。足音が近付き、一心が八畳間に顔を覗かせた。
「おーっと、取り込み中か。邪魔したな」
それだけ言って立ち去ろうとする。その背中に月人が声をかけた。
「何の言葉もなしか、綾乃一心。稀代の天才が抜けたおかげで何人の隊員が死ぬ羽目になったと思っている。今からでもいい、戻れ。どんな待遇でも用意しよう」
「そういうのが嫌で俺は抜けたんだよ、言わせんな」
不快そうに一心は月人を睨みつける。彼が剣呑な雰囲気を見せるのは初めてのことで、いつものへらへらした態度とは違って針のような鋭さを感じた。
一心と月人は互いに睨み合っていたが、一心から視線を外し、ちらりとクロを見た。そして空いた場所にどかりと胡坐をかいて座った。
「妙なことすんじゃねえぞ、月人。俺は見てるからな」
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「まあ、いい。今までの話は前置きだ。本題は別にある。そこの黒いの、饕餮号だろう。その真紅の指輪、担い手の証だ。俺たちが来たのはこちらが目的でな」
言って月人はクロを真っ直ぐ見据えた。
「何の話だ」
クロは月人相手に臆することなく堂々と答える。
「その件については私、飾利が話をします」
飾利が話を進めるようだ。しかし技術部がクロに何の用だ。
「日本各地に古くから饕餮号の名が残されています。最古のものは八世紀、平安時代です。古文書によると食べ物を差し出し、担い手がその身に神を降ろし魔物を倒す神の化身であると。一説には大陸から製鉄技術が伝わった際に日本に来たとも。実際、徐福の訪れたとされる三重県熊野には饕餮神社という、饕餮を祀る神社があったようです。あまり記録には残っていませんが」
八世紀――?
そんなに昔からクロは生きているのか? 魔物を倒しながら?
思わず隣にいるクロを見る。彼は動じていない。
「話が長い。そんなことはどうでもいいだろう」
月人が言うと飾利は、はあ、と声を漏らした。
「那恵真さんの心配には及びません。あなたも本部に来ていただきます。解析のために。饕餮号の構造を把握し、応用、量産ができれば魔物や怪異と十分に戦えます」
「量産? そんなことができるのですか?」
「それは調べてみないと……」
飾利はそう言って言葉を濁した。
飾利の言う通りであれば確かに饕餮号の解析をするのがいいように思う。
「すみません、その指輪、触らせていただいても?」
紬が尋ねてくる。クロはこちらに許可を求めるように視線で問うてきた。悪いようにはしないだろう、そう思って頷いた。
するとクロは手を前に差し出す。失礼します、と言って紬は真紅の指輪に触れた。
「こんなに強い法力は初めてです。A級以上……、測定不能です」
興奮したように紬は指輪を外そうとするがびくともしない。
「外せないのか?」
月人が言う。嫌な予感がする。
「なら指を切って持って帰ろう。いや、体と一体化しているのであれば解剖も必要か」
「っ……!」
「安心しろ、血の一滴とて無駄にはせん。これも多くを救うための犠牲である」
この男、どこまで箍が外れている――!
クロの手を取って立ち上がり、急いで家を飛び出した。
後ろでは一心と月人の争う声が聞こえる。一心が止めてくれている今の内に逃げるのだ。
「待て、那恵真!」
「駄目です、逃げないと……! あいつら、クロさんのことを物のようにしか思っていない……!」
「違う、そうではない! 気配が……!」
クロが言いかけたその時、ぽつり、と水の雫が滴り落ちてきた。
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黒い雨が降る。それは怪魔が現れる前兆であった。
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