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第三十一話
しおりを挟む真咲からまた漫画を描くと連絡を貰って、一週間後。
――京都駅。
「んー! 着いた、京都!」
「はぁ、着きましたね。京都……」
東京から京都までは新幹線で二時間ちょっとで到着する。すぐと言えばすぐなのだが。
ここは京都タワーがみえている京都駅を出てすぐの場所だ。
真咲のテンションは高いが、爽次郎はすでにげんなりしていた。なぜなら、いきなり真咲が京都に取材に行きたいと言いだしたからだ。
取材はいっこうに構わないが、担当編集者の爽次郎にもついて来いと言う。
それならば時間を調整して来月なら行けると提案したのだが、嫌だ、明日にでも行きたいとごねる真咲。
まさか、また漫画を描きたくないと言いださないかと爽次郎は強く突っぱねることは出来なかった。
なんとか説得を重ねて一週間後のこの日に京都にやって来たのだ。
しかし、爽次郎は何とか時間を調整したので、この一週間はいつも以上に慌ただしかった。行きの新幹線の中でも仕事をする始末。取材を始める前からグロッキーだ。
「まずは清水の舞台に行って、金閣寺に行って、抹茶スイーツ食べて。あ、バス停はこっちみたい」
スマホを操作しながら真咲は今日の予定を指折り数えて話す。はしゃいでいる様子を見ると、どうやら爽次郎は真咲についていくだけで良さそうだ。
「それにしても、どうして京都なんですか?」
この日、真咲はコンタクトで、眼鏡をかけていない。少し化粧を施している真咲はやはり可愛く、横顔を見ると少しだけ緊張する。
「別に大した理由じゃないけど? 京都って修学旅行の定番じゃない。春リボでも出てきたけど資料で済ませちゃったし、今度出てくるときはちゃんと今の内に自分の目で見ておこうと思って」
「おお、流石ですね」
爽次郎は真咲のプロ意識の片鱗を見た気がして、素直に感心する。
「それに中学のときの修学旅行は京都だったんだけど、わたしはインフルエンザにかかって行けなかったんだ。だから、この前の同窓会のときに話しに入れなくて」
なるほど。真咲の性格からしてそっちが本音だなと爽次郎は納得する。
こうして一泊二日の真咲との取材旅行が始まった。
京都駅からバスに十五分ほど揺られてやって来たのは清水寺だ。
寺へと続く石畳の参道には趣ある土産物店がずらりと並んでいた。真咲と爽次郎は並んでゆっくりと歩いて登っていく。
実を言うと、爽次郎も京都を訪れるのは初めてだった。ついつい美味しそうな食べ物や風情のある店の土産物に目移りしてしまう。
「真咲さん。あのお皿、ウサギが描かれていて可愛くないですか」
平たい和風の皿に筆でさらりとウサギの模様が描かれていた。
「そうね。写真とりたいかも」
「すみません。写真撮っていいですか?」
爽次郎が店員に聞くと「いいですよ」と快く返事を貰えた。
真咲は首から下げていた一眼レフカメラを構えてバシバシと商品を写真に収める。
東京駅で大きなカメラを真咲が持って来ていることには驚いた。スマートフォンで撮るよりも、いい写真が撮れるし、資料としての整理もしやすいそうだ。
真咲がファインダーから目を離すと、爽次郎は話しかける。
「どうですか?」
「ん」
真咲はカメラを寄せて液晶画面を見せてくる。
ピントが手前の皿に合っていて、背景が薄っすらとボケていた。構成も決まっていて、まるでプロの写真家が撮ったような写真だ。
「流石ですね」
「あなたも何でもいいから撮っておいてよ。何が何に使えるか分からないんだからさ」
道行く人や狭い路地まで撮りだす真咲。いったいどんなシーンに使うのだろうかと思いつつ、爽次郎もスマートフォンを取り出してカメラを起動させた。
何を撮ろうかと、構えて左右に動かす。
なんでもいいなら、やっぱり人を撮るべきだ。
そう思って夢中でカメラを構えている真咲の横顔を画面に収める。シャッター音が鳴っても、真咲は全く気付いていないようだ。
爽次郎と真咲は、ゆっくりと参道を上がって清水寺の本堂までやって来た。
「いい景色じゃない!」
真咲はそこに出るなり大きく声を上げる。
切り立った崖に建てられている有名な清水の舞台だ。
「流石にまだ紅葉には早かったですね」
紅葉などの紅葉する植物が植えられているが、まだ青々とした緑でほんの少し赤く色づいてきただろうかといったところだ。
まだ九月初めだから仕方ない。
その分、紅葉する頃よりも人も少ないことは間違いなかった。紅葉の季節や桜の咲く季節の京都は人がごった返すと聞いている。
「清水の舞台から飛び降りるって言う通り、ここから飛び降りるなんてすごい勇気がいりますよ」
爽次郎は思わず景色ではなく、崖の下を覗き込んだ。
「でも、最近はそんなことが多かったな。入社したときに、はじめて持ち込みを見たとき。特に真咲さんと打ち合わせをしているときは勇気がいったな」
「まあ、それだけ飛び降りたら度胸は大分ついたでしょ」
風も気持ちよく吹き、真咲の長い髪を揺らす。
爽次郎はその光景をカメラに収めようと真咲にスマホを向けた。しかし、真咲は自分の顔を手で覆ってしまう。
「えっ! な、何するの!?」
「いや、資料の為にと思いまして。ほら、手をどけてください」
「い、嫌よ。何でわたしが写らないといけないの!」
恥ずかしいのか、真咲の頬はほんのりと赤く染まっている。
「だから資料の為に。漫画のためですよ、真咲さん」
漫画のためが効いたらしい。
爽次郎がそう言うと、顔をしかめながらも手をどける真咲。
「ちょっとは笑いましょうよ」
「嫌」
しょうがなく膨れた顔を写真に収めた。
京都のお寺でこんな顔をするヒロインがいるだろうか。そう思いつつも、正面から写真が撮れたことに満足する爽次郎。
「ほら、そんなものを見てないで、景色でも見なさいよ」
ふいと横を向いて真咲は柵に手をかけて、遠くを見つめた。爽次郎も景色を眺める。
京都の町が一望できる清水の舞台。山々に囲まれた町並みは真咲に何を感じさせているのだろうか。
「次の作品のことでも考えているんですか」
「ううん。まだ、そんな段階じゃない。……読み切り、みんな喜んでくれたかな」
「もちろん喜んだに決まっていますよ」
直接SNSで感想を聞けるというのに、真咲はまだそんなことを言う。
読み切りに対してのファンレターも貰っていた。疑っている訳ではないのだろう。ふとサイン会のときの真咲を思い出した。
「真咲さんって、本当にファンの人たちを大事にしますよね。前に一度、サイン会をしたじゃないですか。僕、実はサインを貰いに行ったんです」
「……ふーん、そうなんだ」
真咲は柵に手をついたまま爽次郎の方は見ない。
「そのとき真咲さん、すごく可愛い格好をしていましたよね。フリルのついたブラウスとか着て。普段はカジュアルな格好なのに。あれって、きっとファンのために夢咲真子のイメージを崩さないように選んだ服なんですよね。……あれ?」
真咲から返事がない。自分一人で語ってしまって、爽次郎は何だか気恥ずかしくなる。
「……違う」
「え?」
「あれは真尋が選んだの。わたしはあんなフリフリ嫌だって言ったんだけど、瀬戸原さんやカナデにも着ろって言われて」
当時のことを思い出しているのだろう真咲の顔は真っ赤だ。
「そ、そうだったんですか。いや、でも結局着たのは真咲さんだし。やっぱり、ファンを大事にしているじゃないですか。うん」
「……わたしが選んだのはリボンのヘアアクセだけ」
「え。なんですか?」
真咲の細い声は風にあおられて、爽次郎の耳には届かなかった。
「それより! 今は京都観光! あそこに見える音羽の滝、行ってみよう」
真咲は爽次郎に背を向けて、歩いていく。
「あ、待ってください」
慌てて追いかける爽次郎。だが、突如真咲は立ち止まった。
ぶつかりそうになりながら、爽次郎は立ち止まる。
「どうかしましたか?」
ふいに振り返る真咲。どこか不敵な笑みを浮かべていた。
「わたしの担当編集なんだからさ。清水の舞台から飛び降りるなんて言わずに、飛び立つつもりで新作描かせてよ、そうきゅん」
爽次郎の呆けた顔をニンマリと満足そうに見つめて、また先へと歩き出す真咲。
「そ、そうきゅん……」
それはサインの横に書かれた爽次郎のその場だけのあだ名だ。
爽次郎は少し離れてしまった真咲を慌てて追いかけた。
「え! いつから気づいていたんですか!」
「教えなーい」
振り返った真咲は、出会ってから今までで一番いい笑顔をしていた。
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