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第四十六話
しおりを挟む新体操の取材に行って一週間後、真咲から電話で爽次郎に相談があった。
「え。アナログからデジタルに移行したい?」
「ええ。次回作からデジタルに挑戦しようと思って」
「でも……」
真咲の漫画はアナログだから出ている味がある。デジタルで完全に表現できるとは爽次郎には思えなかった。
それを感じ取ったのだろう。真咲は続ける。
「連載がない今だから出来ると思うの。デジタルならではの表現もあるだろうし、きっとアナログよりもいい原稿にしてみせる。それにデジタルだと、毎回アシさんとも顔を合わせないで仕事が出来るでしょ」
「それは、そうですが……」
確かに真咲の言う通り、デジタルならデータのやり取りだけでアシスタントと直接顔を合わせずに依頼が出来る。
それならばトラブルも起きずに真咲も仕事ができる可能性もあった。
ただ、それだけの理由なのだろうか。
今までの画風が微妙にでも変わってしまうことに抵抗はないのだろうか。
疑問は尽きない。だけど、出来上がった原稿を見てから判断しても遅くはないだろう。
「えっと僕はデジタルの機器に詳しくないので、勉強してからでもいいですか?」
「ああ。大丈夫。デジタルに詳しい知り合いがいるから、機材を揃えるのもそっちでやるから」
「そう、ですか」
なんだか、真咲に避けられてる。京都にも強引に連れていかれたのに。その強引さがなくなった。
爽次郎はそう思うが、すぐにその思考を振り払う。
いやいや。詳しい人がいるなら、その人に聞いた方がいいに決まっている。デジタルにするのにも、本人の意志を尊重すべきだ。
「よし……!」
人知れず気合を入れ直して笑顔で爽次郎は言う。
「僕もデジタルのことをいろいろと調べてみます! 何かあったらすぐに相談してください!」
「うん。じゃあ、またネームが出来たら連絡する」
そう言って電話を切った。
『ところで、尾形くんはクリスマスイブの予定は?』
そんなメッセージが真尋から届いたのは、ちょうどクリスマスイブの一週間前。彼女のいる真尋からの嫌味に少し思えたが、すぐに返信をする。
『予定はないよ。平日だし、普通に仕事』
『そっか。それなら、真咲の家でパーティをしない?』
『真尋くん、彼女は?』
『それが、彼女はイブの日が忙しくてクリスマスに会うことになったんだ。それを真咲に言ったらイブに皆でパーティしようって聞かなくって。せっかくだから、尾形くんも一緒にどうかな?』
爽次郎は考える必要もなかった。
『もちろん、行かせてもらうよ。何か食べ物を買っていくけど何がいいかな』
『そうだな。チキンとケーキは真咲が用意するって言っていたから、それ以外だったらなんでもいいよ。あ、それから他にも一人、二人ぐらいなら誰か誘ってもいいからね』
『うん。分かったよ』
思いがけずクリスマスの予定が出来た。少し浮かれつつ、スマートフォンをしまう。
「なに? 何かいいことあったの、尾形」
よほどにやけていたのか、瀬戸原が話しかけて来た。
「あ、瀬戸原さん。そうだ。瀬戸原さん、クリスマスイブの予定はありますか? 真尋くんから誘いがあって、ホームパーティをしようってことなんですけど、一緒に行きませんか」
以前、彼氏はいないようなことを言っていた。きっと予定は空いているだろう。
しかし、瀬戸原は不敵に笑む。
「ふっふっふ。わたしにイブの予定なんてないって思った? 残念だったわね」
「あ。彼氏が出来たんですか」
爽次郎がついそう言うと、しゅんと笑顔がしぼんでしまう。
そこに水野が駆け寄ってきた。
「違いますよ! 瀬戸原さんはわたしとクリスマスパーティに招待されたんですよ!」
「あ、ああ! そうなんですね! いいじゃないですか! きっと素敵な人がいますよ!」
ぎこちない笑みで慌ててフォローする爽次郎。
「そう……、そうよ。大人の集まりに行くの。お子様たちのパーティとは違うのよ!」
瀬戸原はそう言って立ち去っていく。はぁと爽次郎は息を吐いた。
毎年どこでも見られる光景だが、皆クリスマスで色めき立っている。
彼女がいた頃は一緒に過ごして、プレゼントを交換し合ったものだったが――
「宮下さんはクリスマスイブの予定はある?」
この日は亜佳梨と約束をしていた。ブースで原稿を見た後に、亜佳梨にそう尋ねる。
「え! えッ! イブですか!?」
なにやら大げさに反応する亜佳梨。
クリスマスイブの一週間前だから、そんなに突拍子もない質問ではないはずだ。
「よ、予定は全くありません。絵の練習をしようかなって、思っていました」
なぜか居住まいを正して、報告するように少しカタコトで亜佳梨は言った。
「そっか。それなら真咲さんがホームパーティをするっていうから、一緒にお邪魔しない?」
「え、あ。夢咲先生の、ですか?」
どこか拍子抜けしたような表情だ。
「うん」
「二度しか顔を合わせていないわたしが行ってもいいんですか?」
「もちろん。それにまだ決まっていないけど、夢咲先生は新作を用意しているから、そのアシスタントもお願いするかもしれないし」
亜佳梨は、以前はノートで描いていたが、お金がたまったとかでタブレットを買ってそれで描いている。いくらアシスタントを離れた場所で出来ると言っても、全く面識のない人物には頼みにくいこともあるだろう。
「行きます! それで、またアシスタントやらせて下さい!」
亜佳梨のやる気は目に見えるようだ。
そういえば、と爽次郎は思い出す。翼も真咲のアシスタントをやりたがっていた。
彼女のデジタル原稿をみれば、かなり戦力になるだろうことは間違いない。翼にもあとで連絡を入れることにした。
次の日。爽次郎は真咲の家へ向かっていた。購入した資料を届けるためだ。
届けるのは本だけでなく、インタビューに行った高校の真咲がいいと言った写真も現像してファイリングしてある。
あのときは、結局真咲は体育館から動かなくて、爽次郎だけが何度も校舎内と体育館を何往復もしたのだ。真咲の注文は様々な対象をあおりで撮ったり、俯瞰で撮ったりと細かかった。高校生たちにもモデルを頼んだりもした。
でも、それもこれも真咲と新作漫画のためだと思えば、何度でも走ることが出来たし、頭を下げることが出来た。
真咲の新作への思いはきっと自分と同じだ。今日もきっとネームを練ったり、資料を見ながら絵の練習をしたりしているに違いない。
途中、真咲が食べたがっていたコンビニの新作スイーツを手土産に買う。少し言った時間より早いが、真咲のマンションへと向かった。
自然と笑顔が浮かぶ。その道すがらだ。
真咲が道の向こう側から歩いてきているのが見えた。
「あ! 真咲さ……」
爽次郎は中途半端に手を上げた。
真咲の横には男性が歩いている。長身で赤い髪で、耳にはリングのピアスをしていた。彼と真咲は楽しそうに談笑しながら、こちらに歩いてくる。
とっさに角を曲がって、電信柱の影に身を隠す爽次郎。
しかし、すぐにどうして隠れる必要があるのかと思いなおす。
普通に話しかければいい。だけど、二人の親密そうな雰囲気を見るとそんな勇気は出なかった。
「ちょっと、相談しただけじゃない!」
「いやいや、真咲がそんなこと俺に話すなんて高校時代には考えられなかった。恋バナとかありえねー!」
二人は何かを言い争っていて声が大きい。会話が筒抜けだった。
高校時代ということは、真咲さんたちと仲が良かったっていう。恋バナも、彼なら気軽に相談出来るんだ。自分ではないことに軽くショックを受ける。
自分がインタビューをしたときは、真咲は自分のことはほとんど話さなかった。
彼氏はいない。自分にはきっと出来ない。そんな言葉で突っぱねてばかりいた。恋バナということは、それ以外のことをきっと彼には話したのだろう。
「もう、からかうの止めて!」
「ぐはっ! 肘で脇腹をさすな!」
スキンシップまでして親し気だ。とても二人の間に割って入ることなどできない。
そうしている間に爽次郎の前を通り過ぎていった。今日の真咲はほんの少しおめかししている気がする。
二人の後ろ姿をぼんやり見送って、爽次郎は背を向けた。
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