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……変な奴
しおりを挟む空は晴れているが、けだるい。この日も授業は出なかった。
だけど午後六時になると行かないといけないと思い、準備を始めた。黒いジャケットを羽織り、黒いズボンを履いて、黒いマフラーを巻く。電車に乗って大きな駅の駅ビルの前にやって来た。
いつもの場所、ビルの明かりが辛うじて届く植え込みの前に陣取る。ギターケースを地面に置いて、ギターを取り出した。
目の前には帰宅を急ぐ人々が流れていく。
さぁ、今日も始めようか。俺はすぅっと冷たい空気を吸い込んだ。
一時間後。植え込みの縁に座って休憩する。ケースの中を覗き込んでも空っぽ。確かにこれじゃアマチュアとも言えないなと自嘲気味に笑う。
「お疲れ!」
「わっ!」
いきなり冷えた頬に熱が当てられた。振り返ると、以前会った女子高生がいたずらっぽく笑って立っている。
「あんた……」
「来たよ! はい、これ」
女子高生が手にしているのは缶コーヒーだ。熱の正体らしい。俺は手で押しのける。
「なんで、わざわざ女子高生におごってもらわないといけないんだよ」
「女子高生? 風子って名乗ったよね、ルイ」
しかも呼び捨てにされている。名乗らなければ良かった。
「風の子、風子か」
「あ! なんか馬鹿にした感じ」
「というか、何の用だよ」
「歌を聞きに来たに決まっているじゃん」
風子は腰に手を当ててふんぞり返った。
嘘だろ。暇だからからかいに来ているに決まっている。とはいえ、聞いていくなら彼女は観客だ。立ち上がってギターを手にする。
「じゃあ、報酬はそれ。リクエストを一曲どうぞ」
「やった!」
風子は缶コーヒーを押し付けて、ギターケースを挟んだ目の前に座り込んだ。俺は缶コーヒーを置き、ギターの弦に挟んでいたピックを指でつまむ。
「リクエストはね。やっぱりクリスマスソングかな」
「じゃあ、あれだな」
数年前に流行ったバンドのクリスマスソングのアコースティックバージョンだ。女子高生なら喜ぶに違いない。
俺はいつものように果てしない真っ暗な夜の空を目指して声を張り上げた。
俺のちっぽけな音では、雑踏に紛れて空まで届かないことは分かっている。それでも、大きく口を開けて歌う。
一番だけ歌い終わり、おそまつさまでしたとお辞儀をした。足を止めていた人が何も言わずに去って行く。目の前の風子だけが拍手をした。じっとこちらを見つめている。
「どうだった」
拍手以外の反応がないことに焦れて、思わず俺から問いかけた。
「なんか、思っていたのと違った」
「違った?」
まさか本家のプロと比べてとは言わないだろうな。
「気に入らなかったってことか」
「うーん、そういう訳じゃないよ」
曖昧な答えだ。だけど、俺の歌で誰かを満足させるなんて出来ないことは分かっている。
風子は屈伸をするように立ち上がった。早々に立ち去るだろう。俺は缶コーヒーのプルタブを開ける。コーヒーは少しぬるくなっていた。しかもブラックで苦い。
「ねえ、もっと明るいところで歌わないの?」
風子はライトアップされた像の方を指さす。そこには数組の楽器を持ったグループがいた。目立つそこは場所の取り合いになる。観客もよく聞いてくれるほうだ。
でも、この日はスペースが空いていた。
「俺はここでいいんだよ」
俺はこの薄暗い、いるかいないか分からないぐらいの場所でいい。
「お前はあっちを聞きに行けよ。思っていたのが聞けるかもよ」
「うーん、いいや。今日はもう帰るね。じゃあ、またね、ルイ」
背を向ける風子。スキップするように跳ねながら去って行く。
「……変な奴」
この日の報酬は風子の缶コーヒーと四十五円だった。
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