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たい焼き
しおりを挟む次の日は迷ったが、ギターケースを持って駅前にやって来た。ジャケットのポケットには、赤い手袋が入っている。返さないといけない。
いつもの場所にいつものようにギターケースを置く。ギターを取り出すけれど、やはり歌う気にはなれなくて植え込みの縁に座って、ポロポロと軽くかき鳴らす。
「ルイくん」
名前を呼ばれて顔を上げても誰だか分からなかった。
「ほら、彰くんと一緒に飲んだ。磯井です」
「ああ」
あのときのとは思ったが、また会うとは思わなかった。なぜここに来たのだろうか。
「私、謝ろうと思って」
「……別に。謝って貰う必要なんてない」
喉から声が出て、随分尖っていると感じる。
「ううん。彰くんに聞いてルイくんのことが分かった」
何を言っているんだ、この女。一度、会っただけの女に何が分かるって言うんだ。
「ルイ。たい焼き売って、た……」
タイミングが悪いことに、風子が両手にたい焼きを持ってやって来た。驚いた表情をする磯井さんだが、すぐにキッと風子を睨む。
「なに、あなた。大事な話をしているんだけど」
「ちょっと、もういいから」
大事な話はしていない。それよりも早く去って欲しかった。
「ルイくんが貴方みたいな、軽薄な人を相手にするわけないじゃない。ルイくんは本来医学部の生徒なの。それも将来有望な」
勝手に暴露した女がこちらを振り向く。その眼はなぜか潤んでいた。
「ルイくん。私は分かっているから。お父さんが亡くなったばかりで、学業に集中できないんだよね。だけど、いくら歌ったってお父さんは帰ってこないよ」
どうして、そうずかずかと踏み込んでくるんだ。聖女にでもなったつもりか。
「黙……」
黙れ。そう言おうとしたが、その前に俺の前を風子が横切った。
「勝手なことを言うな!」
「もがっ!」
風子は磯井さんの口にたい焼きを突っ込んだ。
「ルイを馬鹿にしないでよ! ルイが何のために歌っていたっていいじゃない!」
「ごほごほ。何すんのよ!」
「ルイだってお父さんの為に頑張ったんだもの! 今だって、お父さんのことを想っている! それなのに帰ってこないなんて、残酷なこと言わないで!」
「風子?」
真っ赤になって叫び散らした風子。肩でぜぇぜぇと息をしていた。
「信じられない! 親切で言ったのに! もう私に関わらないでよ!」
関わってきたのは自分なのに、磯井さんは肩を怒らせて去って行く。
「えっと、風子。俺のことを知っている様だったけれど」
俺が近づくと風子はびくりと肩を震わせた。
「え、えへへ」
笑って誤魔化しながら、風子は後ずさる。そのまま回れ右をした。
「あ! 風子!」
止める間もなく、風子は走り去ってしまった。
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