クリスマスソング

白川ちさと

文字の大きさ
5 / 8

たい焼き

しおりを挟む


 次の日は迷ったが、ギターケースを持って駅前にやって来た。ジャケットのポケットには、赤い手袋が入っている。返さないといけない。

 いつもの場所にいつものようにギターケースを置く。ギターを取り出すけれど、やはり歌う気にはなれなくて植え込みの縁に座って、ポロポロと軽くかき鳴らす。



「ルイくん」



 名前を呼ばれて顔を上げても誰だか分からなかった。



「ほら、彰くんと一緒に飲んだ。磯井です」

「ああ」



 あのときのとは思ったが、また会うとは思わなかった。なぜここに来たのだろうか。



「私、謝ろうと思って」

「……別に。謝って貰う必要なんてない」



 喉から声が出て、随分尖っていると感じる。



「ううん。彰くんに聞いてルイくんのことが分かった」



 何を言っているんだ、この女。一度、会っただけの女に何が分かるって言うんだ。



「ルイ。たい焼き売って、た……」



 タイミングが悪いことに、風子が両手にたい焼きを持ってやって来た。驚いた表情をする磯井さんだが、すぐにキッと風子を睨む。



「なに、あなた。大事な話をしているんだけど」

「ちょっと、もういいから」



 大事な話はしていない。それよりも早く去って欲しかった。



「ルイくんが貴方みたいな、軽薄な人を相手にするわけないじゃない。ルイくんは本来医学部の生徒なの。それも将来有望な」



 勝手に暴露した女がこちらを振り向く。その眼はなぜか潤んでいた。



「ルイくん。私は分かっているから。お父さんが亡くなったばかりで、学業に集中できないんだよね。だけど、いくら歌ったってお父さんは帰ってこないよ」



 どうして、そうずかずかと踏み込んでくるんだ。聖女にでもなったつもりか。



「黙……」



 黙れ。そう言おうとしたが、その前に俺の前を風子が横切った。



「勝手なことを言うな!」

「もがっ!」



 風子は磯井さんの口にたい焼きを突っ込んだ。



「ルイを馬鹿にしないでよ! ルイが何のために歌っていたっていいじゃない!」

「ごほごほ。何すんのよ!」

「ルイだってお父さんの為に頑張ったんだもの! 今だって、お父さんのことを想っている! それなのに帰ってこないなんて、残酷なこと言わないで!」

「風子?」



 真っ赤になって叫び散らした風子。肩でぜぇぜぇと息をしていた。



「信じられない! 親切で言ったのに! もう私に関わらないでよ!」



 関わってきたのは自分なのに、磯井さんは肩を怒らせて去って行く。



「えっと、風子。俺のことを知っている様だったけれど」



 俺が近づくと風子はびくりと肩を震わせた。



「え、えへへ」



 笑って誤魔化しながら、風子は後ずさる。そのまま回れ右をした。



「あ! 風子!」



 止める間もなく、風子は走り去ってしまった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...