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第十九話 勇樹の部屋
しおりを挟むバーベキューはとにかく野菜が残り、肉がすぐに消えてなくなる。食べ盛りの高校生四人がいれば、例えその半数以上が女子と言えども焼くほうが追いつかない。
おしゃべりしていても、どんどん網から食材が消えていった。
「ふぅ、もうお腹いっぱい……」
「わたしも……」
しかし、さすがに一時間もすると限界がやって来た。雪花と葉瑠だ。それでも未だに詩帆と勇樹はバーベキューコンロを囲んで、次の肉が焼けるのを待ち構えている。
「ねえ、雪花。焼肉のたれを取って」
詩帆はまだまだ食べる気満々だ。
苦笑しつつ、雪花は簡易テーブル置いてある焼肉のたれを手に取った。
「はい。あっ……!」
雪花の手から詩帆の手へ焼肉のたれが渡るときだ。
うっかり手が滑ってしまう。そのまま、茶色いたれが入ったボトルがひっくり返って地面に落ちてしまった。
落ちた拍子に雪花が履いていたデニムに焼肉のたれがべっとりとかかる。
詩帆は慌ててタオルを手に取った。
「ごめん、雪花! わたしがちゃんと受け取らなかったから!」
「ううん。わたしが手を離しちゃったせいだよ」
「いや! わたしが!」
雪花と詩帆が謝り合う。お互いに自分のせいだと譲らない。
「それより早く洗った方がいいんじゃないかな?」
葉瑠が冷静に言う。それもそうだと、顔を見合わせる雪花と詩帆。
拭くとかえって汚れが広がった気もする。
「勇樹! 雪花にズボン貸してあげて!」
「そうだな。じゃあ雪花さん、俺の部屋に」
「何!? 部屋に連れ込んで雪花になんかするつもりじゃないでしょうね!?」
「しないって!」
それどころじゃないのに、いつもの調子で詩帆と勇樹は顔を突き合わせた。
「危険だから私も一緒に行く!」
「詩帆はお肉を見ていた方がいいんじゃないかな。……ちょっと焦げてきている」
雪花がそう言うと、詩帆は慌ててバーベキューコンロに向き合う。少しだが黒い煙が出ていて、詩帆は慌てて肉を皿に入れた。
詩帆は必死に振り向きながら、葉瑠にお願いする。
「葉瑠! 二人のこと見張っていて!」
「え。ああ。うん、分かった」
別に何も起きやしないのにと思う雪花。
結局、雪花と勇樹と葉瑠の三人で勇樹の部屋に行くことにした。
勇樹の部屋は階段を上がったすぐの場所にあった。陽キャの勇樹のことだから、スポーツ選手やアーティストのポスターが貼っているのだろうかと想像する。
しかし、部屋に入ると、まるで想像とは違った。
「この部屋、勇樹のイメージとちょっと違うかも。元気な雰囲気だけど……、なんか子供っぽい?」
「確かに、そうかも」
雪花のつぶやきに葉瑠も頷く。
「いや、あんまり見ないで下さいよ。掃除もちゃんとしてないんで」
子供の頃のまま時間が止まってしまっているのではと思えるような部屋だ。高校生の部屋だとは思えない。
昔ながらの勉強机には乱雑に文房具が置かれている。青いカーテンはロケット柄で、ベッドのシーツも青地に懐かしいキャラクターものが描かれていた。
カーテンもシーツも、一度も買い換えようとは思わなかったのだろうか。
中学生の祭の部屋の方がよほど大人っぽかった。
「えーと、雪花さんが着られるようなズボンがあるかな」
勇樹は背の低いタンスを開けて、着替えを探す。その上には蝶の標本が置かれていた。
「そういえば、昆虫集めが趣味だって言っていたね」
興味津々で雪花は標本を見つめる。
「この青い蝶、綺麗。なんて言う蝶かな」
葉瑠が標本の青い蝶を指さした。そこには名前は書かれていない。
「え、あ。なんて名前だったかな」
ふと、勇樹は遠い目をする。
まただと雪花は思った。また意識だけ違う世界に行っている。
「ど忘れしちゃったな! あ、雪花さん。替えのズボン、これでいいですか?」
すぐに、あっけらかんとした表情になる勇樹。差し出してきたのはグレーの紐でウエストを調節できるズボンだ。雪花はうんと小さく頷いて受け取った。
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