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第一章 学園転入編
第二十四話 いつもの道
しおりを挟むバラの根元をよく調べてみるけれど、何も見つからない。まさかそこら中に穴を掘って探すわけにもいかなかった。
温室内の怪しい場所をチェックしつつ、倉野さんと図鑑で川柳に合致しないか、花や樹木の名前を調べていく。スマホで写真を撮って、専用のアプリで検索すれば名前だけでなく詳しい情報も出て来た。
ただ、やはり簡単には謎の手がかりも出てこない。
三日、四日と、時間は無常に過ぎていく。
それでも僕らは、考えていた以上に焦っていなかった。
「アロエって、ヨーグルトに入れて食べるだけじゃなくて、塗ると火傷に効くらしいよ」
水上くんは食べられる植物を見つけると喜々として調べている。
津川先輩も本ではないが、図鑑で実物を見ることが楽しそうだった。
「この花、おもしろい形だね」
「とういか、花ですか?」
黄色いポンポンのような丸い形状のものが茎の先についている。津川先輩はすぐに写真を撮って調べていた。
「クラスペディアという花らしい。ふふっ。この形からドラムスティックとも言われているんだって」
僕は調べた記録のためにも、改めて写真を撮る。撮った写真は全てトレジャーハンター部の四人で共有していて、いつでも見られるようにしていた。
僕らは、温室内の花や樹木を徹底的に調べ、周りを探索する。というか、それ以上に出来ることはなかったのだ。
「オランダって、やっぱりチューリップが有名だよね」
チューリップの季節はとっくに過ぎているが、隣で図鑑をめくる倉野さんに尋ねてみる。最近では自然と雑談の内容も花のことになっていた。
「確かにそう。だけど、チューリップだけじゃない。世界一大きな花の市場がある。たくさんの花を輸出している」
「へー。オランダといえば、チューリップ畑に風車ってイメージばかりだな」
僕がそう言うと、倉野さんはムッとする。
「それだけじゃない。有名なアンネもミッフィーもオランダ!」
「そ、そうなんだ」
「有名なものでさえ、知らないことが多い」
「うん。そうだね」
倉野さんは僕の同意に満足したように頷いて、目線を図鑑に戻した。
きっと、世界には僕には知らないことがたくさんある。
オランダに住む人だって、みんな倉野さんみたいな人ばかりじゃないだろう。日本人だってそうなんだから、オランダ人だってもちろんそうだ。
「知らないって、楽しいね」
「何を言っている? 知らないから、謎に行き詰っている」
僕の意図は倉野さんにはあまり伝わらなかったようだ。だけど、別に気にするほどのことではない。
そんなことをしている内に、六月下旬になった。
僕が慈従学園に来てから、一か月半。季節は梅雨だ。
この日も、借りた傘を差して温室に入る。灯りはついているものの、やはり薄暗い。
「きっと」
いつものテーブルチェアセットへの道を歩きながら、津川先輩が口を開く。
「理事長は僕らにこの道を歩いてもらいたかったのかもね」
「この道を?」
なんてことのないレンガで舗装された温室内の道だ。周りは深い緑で覆われている。
「これまでの謎は、一人や二人でも解こうと思えば解けると思うんだ」
倉野さんが眉間にしわを寄せて、首を傾げた。
「……そう?」
「そう思うのは僕だけかな。古びた焼却炉も、図書室の本も、中庭の像も、体育館のスクリーンも。川柳のヒントで解けたよね」
「まあ、そうですよね。だから、なんとかここまでたどり着いたんですから」
僕も津川先輩の意見に同意して頷く。
「だけど、温室のこの謎だけはどうしても、少人数では解けなくなっているのさ。川柳ではどう考えてみても温室を指しているのに」
「何度も他の特別教室も確かめてみましたもんね」
水上くんの言う通り、他にも川柳に合う教室がないか確かめてみた。けれど、どこにも温室以上に思い当たる教室はない。
「温室はどうしても人海戦術でしか攻略出来ないようになっているんだ。それってさ。ここに人が集まることを理事長は望んでいたからじゃないかな」
全寮制の学園だ。生徒の他に訪れる人間はいない。だけど、肝心の生徒たちは部活や勉強、遊び。やることは他にたくさんある。
僕もなんだか少しずつ理事長のことが分かってきた。
「せっかく、これだけ綺麗に手入れされていますからね」
きっと理事長自慢の温室だったのだ。温室は学園でも一番新しいから、亡くなった理事長が建てたに違いなかった。
ふふっと珍しく倉野さんが声を漏らして笑う。
「そう考えると、仕方ないから理事長に付き合おうかと思う。理事長は祖父の古い友人らしい」
足取り軽く倉野さんが前を歩いていく。雨模様だけど、僕らの心は軽い。
「あ。晴れて来たよ」
水上くんの心持ち明るい声が響く。僕たちは足を止めて空を見上げた。
雲が晴れて、そこには薄っすらと虹がかかっている。津川先輩がまぶしそうに手を掲げた。
「虹の根元には宝が眠っているって言うからね。いい、兆しかもしれない」
「そうですね……、あッ!」
僕は思わず声を上げた。そして、一本の樹木を指さす。
「あれ! 何か花が咲いている!」
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